第21話 車内ーカイワー
車内にて運転席でハンドル握る陽川は、助手席からの視線に気まずさを抱いていた。
「陽川~おまえさん、迂闊な発言には気をつけろよ~」
「す、すいません。うっかり」
「確かにさ、山小屋の誰かが五島の盗んだ金を盗んだのなら、殺害動機になるさ。金の在り処を吐かせるために拷問したってね」
事件としては別段、珍しい話ではない。
実際、振り込め詐欺グループが、入手した金銭の配分を巡って仲間割れからの強奪・横領・傷害・殺人により逮捕に至ったケースが多かったりする。
ただし、今回の件は不可解な点が多すぎる。
まず山小屋にて部屋一つ荒らされようと、誰一人、朝まで気づかなかったこと。
話を聞こうと口裏を合わせた感じはない。
一夜にして一人が殺害され、残る三人が同時期に行方知れずになるなど、複数犯でも無理がありすぎること。
組織的及び自発的な移動なら、と疑うも要素がなさすぎる。
「ほんにね~次からは気をつけてくれよ、ほんとに、ほんとにも~」
あくまでも平久の口調は柔らかく、怒鳴りつけるような叱責はしない。
感情のまま怒鳴りつければ委縮し、自発的な行動の障害となると分かっている故だ。
当人が自責の念を経て反省したと、平久は本筋に話を戻す。
「それでさ、陽川、おまえさん、どう思う?」
「どうって、白だと思います」
「だろうな。俺の若い頃みたいに顔も性格も良い兄ちゃんだ。犯罪とは無縁だよ、ありゃ」
陽川は耳を傾けるも、蛇足部位を脳内で抜粋して聞き流した。
「ちぃと小耳に挟んだけどよ、あの少年、ご近所じゃ、面倒見の良いことで有名ときた。休みの日に一人で登山に行くのが多いみたいだけどよ、町内会での登山やキャンプには積極的に参加して、小さい子たちの面倒を見ているんだとさ。数年前に亡くなった少年の祖父さんが、そうだったみたいでさ、それを倣って、だそうだ」
「そういえば、我々が来た時も子供二人の面倒を見ていましたね」
いつの間に情報を仕入れたのか、陽川は目線逸らさず内心では驚いていた。
警察として長く現場に立っているからだろう。抜け目のなさに感心する。
「ですけど、五島が銃を持っていると見抜くあたり、大した洞察力だと思いますよ」
「まあ、その祖父さんが猟銃持ってたってのもあんだろう。ほれ、一〇年前、霧鷹山に何が落ちたか、覚えているか?」
「え、ええ、旅客機が墜落した事故ですね。覚えています。確かエンジンに鳥が吸い込まれて暴発するバードストライクが原因だとか。墜落現場近くにあるキャンプ場にきていた老人が、元レスキュー隊員とかで、誰よりもいち早く現場に駆けつけては救助作業を行ったと、まさか!」
「前を見る。ハンドル握る。警察が警察に捕まるとかマスコミからお笑い記事にされるぞ」
一瞬だけハンドル操作がブレさせた陽川を平久は注意する。
これが運転免許試験なら減点だと苦笑した。
「その時の老人が、あの少年の祖父さんってわけ。乗客乗員救助して終わりってわけじゃねえ。運悪くシートごと遠くに放り出された一家がいたんだぞ」
「一家ですか。確か、一組の夫婦がクマに殺されたと」
「そうよ。んで、その祖父さんの孫が、夫婦から赤子を託され、クマに追いかけ回されたんだとよ」
「孫、あの少年ですか」
「当時はマスコミに警察と大騒動だ。お前さんも知っての通り、人がいる場所での発砲は禁止されてるだろう。けどよ、その祖父さんは、クマに襲われる寸前の孫と赤子を守るために発砲したんだ。それも何発もだ。現場にはすんげー数の空薬莢が落ちてたそうだぜ。下手すりゃ孫たちに当たる。本来なら銃免許剥奪なんだけどよ、マスコミがあれこれ騒いだもんだから、緊急避難による厳重注意で終わったんだ」
「どうして、今頃そんな話を? 今回の事件と関係あるのですか?」
「いんや、ないよ。銃繋がりで、ただ思い出しただけ」
あっけらかんに返す平久に陽川は腰砕けになりかけた。
だが現在、ハンドルを握って運転する身、どうにかこらえる。
「これは俺の勘だが、ほれ、俺たちが来た時、民生委員いただろう? 背格好からして、あの時、少年の側にいた女の子が、あの時の赤子じゃねえかって思うんだ」
「隣の家が赤子を引き取った、ですか。あの時の子供の家が隣だったとかドラマですか」
「運命なんじゃね?」
おちゃらけに答える平久に、陽川はつっこまない。
緩急が上手いのだ。話を上手に引き出しては、相手に不快を与えさせない。
陽川が被害者から事情を伺えば、平久から表情が硬い、心を柔らかくしろと指導を受ける。
一つできることが増えようと、三つできないことが見つかってしまう。
まだまだ現場での経験が足りないと痛感するが、足を止める理由にならない。
むしろ前に進める、警察官として成長できる、現場を知らずして上には行けないと前向きだった。
「もしもし? おう、そうかい、学者先生から話は聞けたか」
平久はスマートフォンを取り出せば、通話を開始する。
話し方からして、青川力弥へ派遣した捜査員からだろう。
昆虫学者であり、霧鷹山へは恋人である柊蓮華と訪れていた。
「ふむ、研究室に恋人も一緒にいたから話を聞けたと。おう、一挙両得じゃねえか。ともあれそっちの二人は無事で安心したぜ。こっちも少年のところからの帰りだ。あ~進展なしだわ。ともあれ、初心に戻って現場から再捜査だな」
現場一〇〇回とある。
犯人は必ずや痕跡を現場に残す。
大あれ小あれ、微々たるものであれ、その痕跡を犯人確保の糸口にする。
「では現場のアパートに向かいます」
「安全運転でね」
法にて動く警察官だからこそ、陽川は言わずして頷いた。
「はい、そこ! ヘッドフォンしながら自転車乗らない! 危ないよ!」
平久がマイクを掴んだと思えば、ヘッドホンをして自転車に乗る男性に声掛けをする。
本当に抜け目がないと感心する陽川であった。
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