第20話 疑問ーフアンー
「俺が話せるのはここまでです」
紘真は山での出来事を警察の二人に話し終える。
できるかぎりゆったりとした口調で説明したのだが、手汗が酷く、無意識が右手に左腕を掴んでいた。
警察である陽川と平久の表情に変化はない。職業柄、顔に出さぬよう訓練しているのか、元から期待していなかったからか、素人の紘真には警察二人の表情は読み切れない。
「その男、五島でしたか、あの二人は押し掛けるだけ押し掛けて、朝にはとんずら。なにをしたかったのかさっぱりです」
山小屋の主は高血圧必須のカンカン怒髪天であった。
幸いなのは、被害は部屋一つ以外ないことだろう。
特に、これは紘真の直感なのだが、五島なる男、釣り竿ケースに銃を隠し持っていたのはないか。同伴の謎女がいなければ、怒りに任せて発砲していた可能性も捨てきれない。
「あえて聞きますけど、その五島って人、なにをしたんですか?」
語頭を強めに紘真は逆に問う。
強盗なのは承知の上だが、警察としては捜査状況により返答せぬだろうと、発言通り敢えて、だ。
平久と陽川は互いに目配せすれば、平久が肘で陽川をつつく。
つつかれた陽川は軽い咳払い後、答えていた。
「二週間前のことです。とある消費者金融にて強盗が起こりました」
紘真は眉根を潜めて疑問符を頭上で浮かべるしかない。
強盗など、マスコミが飛びつきそうな事件のはずだが、SNSにも、その手の報道を垣間見た記憶にない。
一方で、陽川の口調は、どこか硬いときた。
「その犯人が五島だと?」
「はい、防犯カメラには職員を脅す瞬間がはっきりと映っていました」
「銃で?」
蛇足だろうと、紘真は確かめる必要合った故、言葉にした。
「え、ええ、その通りです。ライフル銃で脅しています」
「やっぱり、あれは銃だったのか」
「やっぱりとは?」
「びしょ濡れで押し入ってきたと話しましたよね? あの時、リュックとは別に釣り竿ケースを肩にかけていました。中身は見てないのですが、強盗した後なら辻褄が合う。ですけど」
日本ならではの疑問を紘真は口にした。
「銃での犯罪なのに、なんで警察はともかくマスコミは黙りなんですか?」
実体験した身として、マスコミは反骨精神を喜んで行う。
遺族の家や職場に知る権利として土足で押しよせる。
有名スポーツ選手が一般人と結婚しようならば、こぞって一般人を顔出し実名報道する。
避難勧告が出ていようと、平気で現場に残って取材を続行する。
有名税だからと我が物顔で踏み込んで来る。
有名税なら、脱税するから意味ないと叫びたいが、質問する口と情報を取り入れる耳はあろうと、聞く耳持たず悪びれず、なのだから頭が痛い。
「えっと、ですね。あ、はい、わかりました」
言いよどむ陽川だが、またしても平久に脇をつつかれた。
この平久なる老人、自分は一言も発せず、何もかも陽川に任せている。
いや、下手すると丸投げ、かもしれないが、紘真の知ることではない。
「強盗に遭った消費者金融ですが、暴力団の資金源として繋がりが疑われており、別班が裏付け中だったのです。消費者金融側も、下手に警察の捜査が入れば、関係が露呈するのを恐れて、被害に遭おうと通報していませんでした」
「所謂、闇金だった……元から網を張っていた矢先に、強盗が起こって警察が介入したと?」
「え、ええ、そう聞かされています」
だが、紘真として合点が行った。
ドラマの展開にもあるが、暴力団と繋がりある店で強盗を働けばどうなるか、結果は明らかだ。虎の尾を踏むように暴力団の逆鱗に触れ、メンツに報復と追い回されるのがオチ。山小屋に駆け込んできたのも、追っ手から身を隠すためだろう。
「あれ、なんかおかしくない?」
疑問を口走った紘真の行動は早かった。
電話機脇にあるメモ帳を掴めば、抱く疑問を文字に変換する。
「おかしいとは?」
「だって、その五島って人、強盗したから暴力団に追われているんでしょう?」
強盗理由は敢えて省く。金に困ったが定番だからだ。
「え、ええ、先にも申した通り、強盗に関しては別班が捜査している最中なので、詳細は差し控えさせて頂きます」
「ですから、強盗したから警察にも暴力団にも追われている男が、なんで殺人とか、さらに目立つような行動をとったかってことです」
記憶を巻き戻しても、五島だと判明したのも防犯カメラの映像が決め手となったからだ。
二組織の追っ手から身を隠さねばならぬ男が、大学生サークルの殺人及び誘拐に関与しているならば、自滅への道を辿っていることになる。
強盗と殺人では罪の重さが違う。アメリカでは犯罪の合計で実刑が決められる。懲役一五〇年がいい例だ。一方で日本は一番重い罪により実刑が下される。
安全な刑務所に入りたいなら今頃、自首している。
「ええ、ですから、それらも目下捜査中なのですよ」
今まで陽川に代弁させていたであろう平久が、ここに来て口を開いた。
「貴重なお時間を割いてのお話、ありがとうございました」
慇懃丁寧な年期の入った平久の口調。
発言通り、お話は終わりなのだろう。警察二人が席を立った時、陽川が思わず口を滑らせた。
「まさか、学生を尾行していたのは、おか、うぐっ!」
「憶測で語るな。現場を乱すだけじゃなく、自分の足すら引っ張るぞ」
痛そうな肘打ちが平久から放たれ、陽川は呻きで発言を中断させられる。
「失礼。こいつ、現場に立ってまだまだ日が浅いんですよ。新人の戯言として聞き流してください」
はぁ、と紘真は呆けた顔で相づちを打った。
次いで、何故、陽川なる若者任せなのか、合点が行った。
教育係として、あれこれ教えている最中なのだろう。
「もし他に思い出したことがあれば、こちらにご連絡をしてください」
平久はスーツのポケットから名刺を取り出し、テーブルに置く。
「では、失礼いたします」
今一度、平久は紘真にお辞儀を一つ。陽川もまた、遅れながらお辞儀をする。
「まさか、殺されていたなんて」
警察を見送った後、窓辺に立つ紘真は身震いする。
大学生たちとは短い期間だったとはいえ、同じ趣味を持つ者同士として、久々に話を弾ませた。
キャンパーとして守るべきルールをしっかり守るモラルもある。
それが今、一人が殺害され、残る三人も行方知れず。
「まさか、ね」
不安が紘真の胸をかき乱す。
スマートフォンを取り出せば、メッセージを送っていた。
送信先は、青川と柊の学者カップルだ。
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