第6話:依頼のメール

 食後、食器を洗っていると、「ねぇねぇ琴凛、それ洗い終わったらちょっとこっち来てー。パソコンにメール届いてる。」と兄の呼ぶ声。メールは恐らく、学校に持っていくものとは別で家に置いてある、個人使いのパソコンに届いたということだろう。内容はただの無差別に送られるような広告かと一瞬思ったが、それなら兄がわざわざ私に言うことはないので違うだろう。そうなれば思い付くのは……


「あれ、琴凛ー?聞こえてる?」


 兄が不思議そうに言っているので「聞こえてるよー。」と水音に負けじと程々の声量で返す。最後の食器を洗い、一度濡れた食器達を乾かそうとカゴに入れて、兄のいるリビングに向かった。


「ちょっと待ってね。まず株見るから。」


 兄に一旦断りを入れて、株の動きを見る。……んー、今日は動かす必要はないな。横から兄が「今日は動かす必要無いと思うよ、僕見てたけど。」と私の思考を読んだように言う。

 私は…というかいつも暇そうな兄に株をやってもらっているが、我が家における生活費などの資金源はそれだけではない。むしろ、もう1つのそれが無ければ我が家の家計は確実に成り立たない。

 今回届いたメールは、そのくだんの仕事だ。「ほら、これ読んでみて。」と言われて向けられたパソコンの画面にサッと目を通す。


「成る程……。」


 内容を読んで、それについて兄に「どうする?」と聞く。兄は少し逡巡した後、「良いんじゃない?琴凛がいいなら。」と言った。


「じゃあ、そうだね……。このメールを見る限りだと、送り主は今度の土曜日に細かい話がしたいって事らしいから、受けようか。




──────この依頼。」



 私の……私と兄の生活費の資金源、株ともう1つのそれは、何でも屋だ。依頼を受けて、こなすタイプ。その名の通り、法律に触れないものはほぼ何でもするので、失せ物探しから逃げたペットの捕獲、買い物の代行をして欲しいなんていう依頼もあった。

 しかし最近は主に、怪奇現象を解決して欲しいという依頼が舞い込んでくる。私がそう言った類いのモノの扱いに慣れているので、一番最初に怪奇現象を解決した際、その話が口コミで広まっていったらしい。今では、届く依頼の7割が怪奇現象である。…その実態が、本当にあやかしによるものかどうかは置いといて。そしてどうやら大まかな話を見るに、この依頼主もそっちの類いらしい。


「今回の話を見る感じだと、本物の怪奇現象みたいだね。」


 他の人みたいに、風の音に過敏に反応してるだけだとか、壁のシミが顔に見えるだとかそういう偽物の怪奇現象じゃないんだろ、多分。と兄は言う。

 メールには、幾つかの怪奇現象が書かれている。その中でも軽い症状で言えば、肩が重いとかだろう。これは過敏に反応する人がよく訴える症状で、大体その原因はただ凝っているだけだったり、中には四十肩だったとかいう人もいた。そういう場合はてすぐに怪異のせいでないと分かるし、さっさとそれ相応の機関に治してもらって終わりだ。

 だが、この依頼主の場合だと、かなりハッキリした現象も見受けられるらしい。例としては、夜使ってもないのにいきなりシャワーの水が出るとか、テレビが勝手に点いたり消えたり、また見ていたチャンネルが変わったと思えば、そのつぎは砂嵐が起きたり…。酷い時には、鏡を見たら見知らぬ女が自分の後ろに立っていた事もあるらしい。

 その依頼を送ってきた女性は独り暮らしだというが、『怖くてとても家に帰れそうにありません。早々に解決したいです。何卒、御検討のほど、宜しく御願い致します。』と、メールの最後にある。そりゃあ怖いだろう。私だって、見知らぬ霊──しかもかなり危険で、害悪なタイプといえるだろう──と共同生活だなんてまっぴら御免である。共同生活をする霊ならば、兄一人だけで充分だ。


「まぁなんにせよ、これは当人に会って詳しく話を聞かなきゃかな。今回の主犯は、この依頼主の後ろに立っていた女性の霊みたいだ、っていうその情報だけで、かなり面倒臭そうな気配はするけどね。」


 女性の霊はねちっこい理由で現世に留まっている事が殆んどだ。例えば、別れた男を呪う為に男を探す、ヤツを呪うまでは絶対成仏しない、だとかそういうような……。そういった場合は言霊とかを使い強引に祓おうとすると、かえって相手の執着心を増幅させたりして余計厄介なことになるので、相手が満足するまで親身になって、霊の意思に寄り添い、自然な形で成仏させる必要がある。

 私には勿論学校があるし、その依頼主も大体が会社員、まぁつまりは普通に働く社会人であったりする事がほとんどなので、土日の2日間の内に決着をつけるのが定番だ。しかし、それでうまくいかなければ、1週間後の土日にまで、調査は延長される事になる。

 調査が長くなると非常に面倒臭いし、それに相手が危険な怪異だった場合は、その1週間の間に何が起こってもおかしくない。怪異によっては知能が備わっていることもザラにあるからこちらの対策をされかねないし、何より依頼者に命の危機が迫ることだってあるのだ。……まぁまず、これだけ酷い霊に目をつけられているらしいその依頼主が、私達と会うその時まで生きていられる事を願おう。

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