第3話:歴史

 本日最後の授業は、歴史総合だった。昼休みの終わり頃から雨が降りだしていて、皆の気分も下がり気味らしい。ついさっきから堂々と寝てる人もいる。……例えば、隣の律季とか。

 寝る人が目立つ教室で、なおも先生は怒る事無く授業を続ける。


「…………という事件が起こった以降から、AIの出した結果に則り、感情を制御するという授業カリキュラムを義務教育の中に加えました。さて、天音さん。」

「!」


 授業を真面目に受けていた……フリをしていたのに、先生に当てられてしまった。ただのフリであることがバレてしまったのだろうか?


「では。この言霊の暴走事件と感情制御のカリキュラムを義務教育に追加したことの関係を説明してください。」


 授業終わりのチャイムが丁度鳴って、寝ていた人達が起きてきたのに対し、先生は「寝ていた人達にも分かりやすいようにね。」と続けた。やっぱり、先生も言わないだけで本当は皆が寝てたの気にしてたんだ。


「はい。

 1989年、10月31日。東京新宿―渋谷間の地下鉄車内で、当時16歳であった少年Aの発した言霊が暴走し、同乗していた160人近くが言霊の影響を身に受け、死傷者が出た『ハロウィン言霊事件』が発生。少年Aは言霊の使い方を知らず、怒りに身を任せ言葉を発したところ、いきなり皆が倒れ始めたのだと供述。

 それを受け、日本で使用される主要なAIの『マザーグース』が、言霊についての正しい知識を日本人が知らないことに警鐘を鳴らしました。

 感情制御の授業をカリキュラムに取り入れることで、激情に呑まれ言霊を暴走させることを防ぐという案を日本政府に持ち掛け、事件の4年後、2002年から日本では、国の保有するAIの母胎である『マザーグース』とその子機『マリア』に通じる、最末の子機であるAI『サラ』を用いて、小学生から中学生までは1学期毎に、中学生からは定期試験毎に、感情制御の実技テストを行うようになりました。」

「お見事!寝ていた人も、また次の授業に10分ほど復習する時間があります。勿論、先生は寝ていた人が誰かをバッチリ覚えているのでね。その中からランダムで当てますから、教科書の67頁から75頁をまでをしっかりと読み返しておくように!では、日直さん。号令を。」

「きりーつ、きをつけー……れーい。」


 ありがとうございましたー…と言って、お辞儀をする。長々とした説明だったが、何とか及第点に届いたようで安心した。この感情制御についての経緯は、所々簡略化されていたりするものの幼稚園の時から語り継がれている、お決まりの流れである。成長するにつれ複雑さが増すだけであって、説明を簡単にするならば


「感情が溢れて言霊が暴走する事件があったから、これからは言霊の使い方を学ぶカリキュラムを入れよう」


 というだけの話だ。なんら難しいことはない。それでもまぁ言霊に関しては一歩間違えればそれこそ、新宿ー渋谷間で起きた『ハロウィン言霊事件』のように、大勢の死傷者が出る可能性もある。

 ちなみに、言霊も全員が使えるわけではないし、その言霊の威力も、人によって個人差がある。少年Aはどうやらそこまで適性度は良くなかったらしいが、言葉に込められた想いが強すぎるあまりそれほどの威力になったのだろうと言われている。

 私達日本国民は、2002年に一斉調査を受けて以降、毎年小学1年生が適性検査を受ける。場合によっては、精神年齢が上がり、感情制御が上手く出来るようになるまで、言霊の制御器具をつける必要も出てくるのだそう。私は感情制御が幼少期からしっかりと出来ていたので、器具をつける必要はなかったが……和葉は中学2年生の初夏までつけていたと聞いた。

 曰く、チョーカータイプで首につけるのだが、若干の息苦しさがあるらしい。私は感情制御が上手く出来ているようで良かったと思った。


「うわぁぁ、ヤッベ!まだ雨止んでねぇのかよ!くそっ、歴史総合の時間で止むと思ってたのにさぁ…。」


 俺今日傘持ってねぇんだけど…!と頭を抱えている律季。スマホの雨雲レーダーを見ても、今後30分は雨雲がこの市内の上空を覆っている。『マザーグース』の子機、『マリア』によると、この地域の降水量は今後2時間変わらないとのこと。


「律季ー、諦めて雨に濡れなよ。天気予報見てこなかったアンタが悪い。」


 そういう和葉は自転車通学で、カッパを持ち出してドヤ顔を向けている。私は徒歩なので折り畳み傘を持っている。


「んー…私が家に帰る頃には『サラ』も雨は止むって言ってるし……小雨が降っていたとしても私なら言霊を傘代わりに出来るから良いよ。この傘使って。」


 今日は剣道部があって、18時半まで学校に残っているから。と折り畳み傘を差し出す。律季は「おっ、サンキュー!」と言って、傘を受け取ってから言葉を続ける。


「そっか、琴凛は言霊の力がとっても強いから雨避けに出来るんだよな…。俺はこの学年でも1、2番を争う弱さだからな。俺自身、よくこの学校に入学できたなと思うよ。」

「まぁまぁ。入れたんだし結果オーライじゃない。」


 リュックに持ち帰るものを入れながらぶつくさと言う律季に、既に準備を済ませて私達の下まで来た和葉が宥める様に声をかける。


「私もそう思う。合格できたかできなかったか、その2択でしょ?」


 気にすることないよ。と告げて、リュックの留め具をカチリと閉めた。



 昇降口へと向かう2人に手を振って、体育館に備え付けられている剣道場へと歩き出す。


 私達の通うこの学校――玄奘天城高校げんじょうあまぎこうこうは、言霊をどれだけ扱えるかが入学の条件の1つになっている。その能力値を、入学に必要な最低値は10。私はこの基準値の場合、200程になる。そして、律季は12とか11とかそんな所だろう。彼は本当に合格基準ギリギリで、例えばノートに向かって「燃えろ」と発しても、せいぜいノートの端がチリチリと煙をあげるだけで、なかなか燃えない。私の場合は、「燃えろ」というと激しく燃えるどころか加減を間違えると大爆発を起こしかねない。こんな感じの差だ。

 ちなみに。言霊を扱えない人の能力値を0とする時、その数値が1でも「ある」とされる人達は、日本に住む内の4割で、その中でも6割以上は能力値が10にも満たない。なのでこの高校に入ってきた私達は一応エリート扱いだ。……言霊を使えることで驕るような人もいるが、まぁ少なくとも和葉と律季は謙虚でいい人だと思う。


 更衣室で剣道着に着替え、それから防具一式を取り出す。それを持って剣道場に向かえば、まだちらほらとしか人影が見えない。皆、体をほぐしたり自分の竹刀を探したりしている。私も身体を痛めないようにしっかりとほぐして、防具を身に付けて、精神を集中させた。

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