第9話 序列

 息子「かあちゃん、かあちゃんー」

 母「なによー、これからあなたの上履き洗わないといけないんだけど、なにー?」

 息子「たいしたことじゃないんだけどねー」

 母「それなら、後にしてよー。忙しいんだけど」

 息子「いや、この前さー、学校で外に出る授業があったんだけどね」

 母「話し始めるのー。・・・・・・あんたも強くなってきたわねー」

 息子「まあ、工場見学だからバスに乗って行くんだけど・・・・・・」

 母「はい!分かったー。行く途中に乗ってたバスがパンクしたとか?」

 息子「全然違うよー、そういう話じゃないー」

 母「はい!逆に、あなたが走行中にオナラしちゃったとか?ブーーー」

 息子「逆にってなんだよー、違うよ。そんな話かあちゃんにする訳ないだろー」

 母「それもそうねー、わかった、ちゃんと聞くわよー。それでどうしたの?」

 息子「それでねー、出発する時、AとBと3人でふざけてて出発の時間ギリギリになっちゃったんだよー」

 母「ったく、なにやってるのよー・・・・・・。それで?」

 息子「もう出発って時に急いでバスに乗ったんだけどさー。もう席なんか空いてなくて、先に座ってる奴らの目が偉そうなんだよねー」

 母「・・・・・・。そりゃ遅れるあんたらが悪いわー」

 息子「えー、なんでー。別に遅れた訳でもないのにー。同じクラスの生徒じゃんー。全員がなんか偉そうな目でこっちを見てくるんだよー」

 母「だから、遅くなったあんたらが悪い訳なのー。知らないの?乗り物序列って」

 息子「なんだよー。しらないよー」

 母「うちはお金がないけど、唯一お金持ちを見下す事が出来る、最高のシュチュエーション・・・・・・。それが乗り物序列よ」


 息子「よく分かんないなー」

 母「あんたはまだ電車とか乗らないから分からないと思うけど、あるのよー。たまに絶好の機会が」

 息子「・・・・・・」

 母「たとえば、クラスのお金持ちでイケメンで頭の良い子が隣に座ってて、その子が急に消しゴムが無いことに気づいて焦って困って、あんたに消しゴム貸してって言うとするじゃないー」

 息子「あぁー、はい」

 母「あんたそん時、どう思う?」

 息子「どう?・・・・・・うーん。困ってるんだなー、貸してあげようって思うかなー、普通に・・・・・・」

 母「本当に?ちゃんと考えてよ。本当にそれだけしか思わない?」

 息子「えー。うっうん、たぶん・・・・・・。他に何か思うかなー」

 母「うわー。ピュア。ピュアすぎる。どんだけ人が良いのよ」

 息子「だめなのかよー、はいって貸してあげるくらい良いじゃん」

 母「貸すのはいいのよ。私が言いたいのは、貸す時の気持ちの話をしているのー」

 息子「じゃあ、どんな気持ちが良いんだよー」

 母「いい?その子とあんたじゃ比べても何一つ勝てない、そう、普段はね。言ってみれば手の届かない上の人って事よ。そんな人がね、その時だけ焦ってあなたに助けを求めてる。ここまでは分かるわね?」

 息子「うん、分かる」

 母「そこであんたは、簡単に手を差し伸べる。はい、それだけー。大きく損をしている事に気がつかないー」

 息子「は?全然意味わからないー」

 

 母「いい?私ならね。その子に消しゴムを貸してと言われたら、簡単には貸さないの。じらすのよー」

 息子「じらすー?」

 母「まずは、あれ?どこにしまったかしらとちょっと探す仕草をするわね。それから、見つけても簡単に、はいっ、なんて、渡さないの。消しゴムをじぃぃぃと見て慎重にゆっくり渡すの」

 息子「なんか受け取りづらくないー?」

 母「それでいいのよー。本当にまだ何も分かってないのねー。それで貸した後も、消しゴムを横目で見てやるのよ。突然、小さく、あっ。なんて声を出したりしてね」

 息子「使いづらいなー」

 母「返してもらう時も、消したところを無言でじぃぃぃと見てやるのよ」

 息子「なんか性格悪くない?」

 母「嫌な気持ちにまではさせないけど、どうもすみませんって気持ちが前面に感じられれば成功ー」

 息子「なんかだんだん分かってきたー。つまり、普段は何やっても勝てない相手だけど、その瞬間だけはこっちが主導権を握ってとことん相手の様子を楽しむってことかー」

 母「そう!そう言う事よー。だから、そういうチャンスを逃さないでしっかり楽しみなさいって事が言いたいの、わたしは」

 息子「でー、なんの話してたんだっけ?」

 母「乗り物序列の話でしょうー」

 息子「あぁ、そうそう」

 母「バスだの電車だのって、先に乗ってる人が何故か偉そうなのよー。後から乗ってくる人の事、迷惑そうに見ても自然な事なのよねー」

 息子「へぇー」

 母「だからね、わたしは後から乗ってくる金持ちっぽい人をこれでもかってくらい険しい顔でみるの、そうすると相手が申し訳ない、すみませんって顔するわ。ただそれだけよ。もしかしたら、その人はわたしの勤め先のすごい偉い人かもしれない、政治家かもしれない、有名人って事もあるかもしれない、そんな人達から、申し訳ない、すみませんが無条件でもらえるのよ。これ、見逃したら勿体無いじゃ無い」

 息子「なるほどー、ちょっと分かって来ちゃったなー」

 母「ちょっと人より先に行動するだけで、誰にでも優位に立てる、どう?これを使わない手はないでしょうー」

 息子「うんうん、分かったー。ちょっと今度実践してみるよ」

 母「是非やってちょうだい、上手くやるのよー。下手うつと相手が怒っちゃうからバランスが大事よ」


 夕食時


 母「はい、おまたせしましたー。奮発してからあげですー」

 兄「やったー!はらへったー」

 母「早く来なさいー、からあげ冷めるわよー」

 

 息子『ちょっと待ってー、今行くー』

 

 兄「なにしてんだよ、おせぇなー」


 息子「はいはい、お待たせー」

 母・兄「・・・・・・」

 兄「お前のせいで、熱々からあげが冷めた。罰としてお前は2個だけだ」

 息子「ってぇーーー、なんでだよー」

 母「おにいちゃん、甘いわよ・・・・・・。あんたは1個ね」

 息子「えー。なんだよー、ご飯にも序列があるのかよー」

 母「ちがうわ!」

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