第3話

 基本、椎名ソウタは引きこもりだ。

 学校が終わって自宅に帰ってきたら、家からは一歩も外に出ない。

 向かう先は学習デスクであり、そこには父親のおふるのラップトップパソコンが置かれている。そのパソコンこそソウタの執筆道具であり、ソウタの頭の中の世界を世に広めるための最終兵器だった。


 パソコンを起動させると、原稿執筆用のアプリケーションを起動させる。

 いま書いているのは、勇者に殺されるたびに時間が戻され、再び勇者と戦うことになるというタイムリープものでタイトルは『ゴブリン・リベンジャー』だった。

 すでにカクヨムには10話ほどアップしているが、いまのところPVがついた様子はない。異世界ファンタジーというジャンルは、群雄割拠であることは重々承知している。ランキング上位者たちは、見たこともないような桁数の星を手にし、紹介文にはPV数が誇らしげに書いてある。彼らにはPV0の小説の気持ちは決してわからないだろう。

 それでもソウタは書き続ける。なぜならば、書くことの楽しさを知っているからだ。


「あー、ダメだ。何にも思い浮かばない」


 ソウタは天井を見上げながら呟いた。

 そんな日もある。

 そんな時、ソウタは天井を見上げるのだ。


 天井にはアイドルグループ『天使のほほえみ』の本庄ツカサちゃんの水着ポスターが貼ってあり、こちらを見下ろしながら微笑んでいる。

 がんばって、ソウタくん。キミならきっと書けるよ。

 ツカサちゃんは、そう語りかけてくる。


「よし、おれ頑張るよ!」


 ソウタは大声でツカサちゃんのポスターに語りかけると、パソコンの画面に向き直った。


 それが五分前の出来事だった。


 いま、ソウタがなにをしているのかといえば、動画サイトで『天使のほほえみ』が先週リリースした新曲のMVをじっと見つめている。

 お前、書くんじゃなかったのかよ。

 きっと天井にいる本庄ツカサちゃんも、そうツッコミを入れているだろう。


「やっぱり、ツカサちゃんはカワイイ」


 ブツブツと独り言をいいながら動画を見るソウタは、スマートフォンを手に持つとSNSのページを呼び出して、ツカサちゃんの投稿の確認をはじめた。


『きょうは特大プリンを作りました』


 そんなコメントと一緒に顔の大きさくらいあるプリンの画像が貼られている。

 やっぱり、ツカサちゃんはカワイイ。

 そんなこんなでダラダラと他のメンバーの投稿などもチェックしていたりしているうちに、時刻は午後7時を迎えていた。


「なにやってんだろ、おれ」


 ソウタは、また、ため息をつく。

 動画サイトを閉じた画面には、原稿を書くはずだった白紙のテキストエディターが表示されている。

 なにを書けばいいんだ、おれは。

 ソウタは頭を抱えた。



 夕食を終えたソウタは、再び部屋に引きこもった。

 ヘッドホンをつけ、周りの音を遮断する。

 これで集中力は100%。いや120%だ。


 今度こそ、書くぞ。

 ゴブリン・リベンジャー。これは傑作になるはずだ。

 勇者一行に惨殺されたゴブリンは、もう一度人生をやり直したいと願う。

 すると、その願いを女神が叶えてくれて、殺される1時間前にタイムリープされるというわけだ。

 ゴブリンは何とかして、勇者一行を倒そうと考える。

 しかし、力の差は歴然であり、またしても殺されてしまう。

 そして、また1時間前に戻ってくるというわけだ。

 この小説の魅力は何よりも、主人公のゴブリンだろう。

 ゴブリンについては、前作の『寝取られゴブリンの一生』を書いているから描写などには慣れている。それに頭の中でゴブリン像が出来上がっているのだ。

 すでにゴブリンは頭の中で動きはじめている。

 あとはそのゴブリンに暴れさせる場所を与えてやるだけなのだ。

 よし、書くぞ。イケる。

 

 そう思ったのも束の間。

 気がつくと、ソウタはまた『天使のほほえみ』のMVを見ていた。

 しかも、今度は新曲ではなく、過去に出した曲をミックスリストにした動画をループして見ていたのだ。

 やっぱり、本庄ツカサちゃんは可愛い。あの笑った時に頬に出るエクボが最高なのだ。

 ツカサちゃんが近くにいてくれたらな……。

 優しい笑顔のツカサちゃん。


「ソウタくん」


 微笑みながら、ツカサちゃんが耳元でささやく。


「ね?」

「しよ?」


 ツカサちゃんは顔を赤らめながら、ソウタに言う。


 そんな妄想をしていると、ドアを強くノックする音が聞こえた。

 振り返ると、そこにはミズキが立っていた。

 ミズキは風呂上りらしく、髪の毛が少し濡れていた。

 あれ、ドアが開けっぱなしになっている。

 なんで……。

 ソウタは降ろしかけていたズボンを慌てて履き直したのだった。


「おい、風呂にさっさと入れ、ケダモノ」


 ミズキは吐き捨てるように言うと、ソウタの部屋の前から去っていった。

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