第4話

 彼から逃げるようにダンジョンを出ると、洞窟の入口にやってきた。後ろを振り向くと、少年が必死の形相で現れたのだ。


「誰だか知らないけど、待ってくださいよ。僕のお金。僕のお金返してください」


 そう言いながら少年は俺のあとを追いかけてくるのだ。草むらをかき分け、公園の出口に向かって進んだ。公園の出入り口付近に黒いベンツが停まっていて、俺が通り過ぎるが、少年はそれ以上追いかけてくることはなかった。


 少年の名前も知らないが、こういう出会いは初めてなものだった。誰にも喋ることなく、自分だけの冒険譚が増えた気持ちだ。家に着くと、ベッドに横になり、気付いたらそのまま寝ていた。


「あんた」


 目を覚ますと、掃除機の音が聞こえてきた。


「いつまで寝てるの。いくら仕事してないとしても、昼夜逆転は許さないからね」


 母だった。手には掃除機を操作している。


「分かってるよ」


 俺はそう言ってベッドから起き上がり、時間を確認した。昼の十一時だった。服は昨日のままだった。階段を降りていくと、リビングのテーブルに朝食が並んであった。掃除機を抱えた母が、一階に降りてきたのだ。


「何か、新しいことでも始めたら?」

「高校にかよってる」

「あんた、定時制は働いたりしている人が多いのよ」

「俺は働いてるんだ」


 実際はダンジョンに行ってるわけだが、母には内緒にしている。


「新しい趣味見つけたらどうよ?」


 新しいスキルなら、昨日。俺はそう思いながら、ポケットに手を入れた。紙はなかった。左ポケットだろうか。左ポケットの手を突っ込むが、そこにも何もなかった。


 母の方を見ると、掃除器が目に入った。


「俺の新しい趣味」


 俺はそう言いながら母に近寄った。


「な、何何よ‼」


 俺は掃除機に手を伸ばした。母は掃除機を振り回し、俺の頭部に掃除機の本体が当たった。すごい衝撃が伝わる。


「あんたが、いけないんだからね。掃除機はお母さんのものなんだから」

「いやいや、一億円を吸い取っておいて何を言う」

「もう」


 母は頭を抱えそうになる。


「この中に一億円の小切手が入っているんだよ」

「なわけないでしょ」


 俺は掃除機を奪い取って本体の扉を開けた。ゴミが入った網がごわっとでてきたのだ。


「ない。俺の一億円がない」


 母は何も言わなかった。

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