第三部 一章 ローゼンハイツ領(V)

「それと屋敷に娘二人のために用意した鍛錬場がある。そこも好きに使ってくれて構わない。君たちも精霊使いなのだ、多少の鍛錬はしておかないと腕が鈍るだろう。その時にリアナも見てやってくれ。あれで人見知りをするところがあるからな。自分からは輪に入れないかも知れん」

「リアナ、様が……人見知り?」


 俺は思わず口にしてしまう。その瞬間、リアナが物凄い形相で俺を睨んでくる。リアナ、そういうことをするから自分が不利になっていくんだぞ? 俺にいくつ弱みを握られてると思ってるんだ?

「リアナ様が人見知りだとは知りませんでした。初めて会った時から普通に会話をしてくれてましたし」

「そういえばハヤト君とリアナがどうやって知り合ったのか聞いていなかったな。是非とも聞かせて欲しい」


 ほらきた。リアナにとって俺との出会いは中々人に話せるようなものではないからな、それも自分の親が相手だとなおさらだろう。リアナは首を横にブンブンと振って話すな、という意思表示をしている。それでも話すけどな。

「はい、あれは私が学院に編入する数日前、川で釣りをしていた時のことでし──」

 俺がリアナとの出会いを話し始めた途端、リアナが急に立ち上がり、

「ねえっ! そういう話はいいから! 別にあたしとハヤトがどう出会ってたってお父様には関係ないでしょ⁉」


 リアナが全力で話を逸らそうとしている。まさか自分の娘が水死体となって釣り竿で釣られた、なんて話を聞かされるとは思っていないだろうガレスは、娘の抵抗に驚いている。が、そこでリアナの母親、テレサ夫人が口を開く。

「リアナ、娘の将来のお婿さん候補との出会いは私も聞きたいわ」


 と、何故か知らぬ間に婿候補というポジションになっている俺との出会いの話を聞きたがる。

「で、でもお母様……」

「それとも何か言えない事でもあるのかしら?」

「……えっと、その……」

「問題、ないわよね?」

「……うぅ、はい……」


 リアナが母親の威圧に負けた。母は強しとは聞くが実際に目の当たりにするとやはり子は親に逆らえないのだろう。俺には親がいないから分からない感覚だが。そしてテレサ夫人がこちらを向く。

「ではハヤトさん、リアナとの出会いのお話を聞かせてくださるかしら」

「はい、川で釣りをしていたらリアナが釣れたんです。その時のリアナが心肺停止していたので蘇生処置を施してなんとか息を吹き返したのですが、リアナ様の勘違いによりイグニレオをけしかけられたり、リアナ様の学院の依頼を手伝わされたり、討伐対象を学院まで運ぶのを手伝わされたり……したのが最初の出会いですかね」


 その話をしている途中から周囲の温度が低くなっていくような錯覚を覚える。ローゼンハイツ一家の顔が真顔になっていき、それに対してリアナの顔が真っ青になっていく。

「リアナ、心肺停止で川で溺れたというのはどういうことだ?」


 最初に口を開いたのはリアナの父であるガレスだった。

「それは、学院で水棲魔獣の討伐依頼を受けて……」

「依頼を受けて、どうなったのかしら?」


 続けてテレサ夫人が言葉を紡ぐ。

「その……川で溺れてそのまま意識を失って下流に流されたところでハヤトに助けて貰いました」

「……ハヤト君にはローゼンハイツ家に来てもらって良かった。このままではローゼンハイツ家は娘の恩人に何の礼もしない礼儀を知らぬ貴族と言われるところだった……ハヤト君、君にはリアナを救ってもらった礼をしなければならない。学院に帰る前までに用意するから少し待っていて欲しい」


 リアナとの出会いを話したら思ってたより大ごとになってしまった。別にその時はが小娘一人助けたくらいの感覚でしかなかったし、もう随分と前の事に思えるが何かもらえるならもらっておこう。

「分かりました」

 とりあえず了承の返事だけしておく。そしてテレサ夫人は、

「リアナ、後でお話があります」

 と笑顔をリアナに向けて言い放つ。

「……はぃ……」

 それとは対照的にリアナはしょんぼりとした顔で返事をするのであった。



 顔合わせの夕食が終わり、それぞれ自室に戻った後、俺は実体化したツィエラに今日の夕飯の話をしていた。

「珍しい食材ってなんだって思ってたけど新鮮な魚のことだったよ」

「あら、魚は確かに珍しいわね。流石は港町を持つ領地なだけはあるわね」

 ローゼンハイツ領には港町がある。そこから直接ローゼンハイツ家のある街まで朝のうちに魚が運ばれてくるため、新鮮な魚を食べることができる珍しい領地だった。そして港町があるということは他国からの輸入品がある。まさしく珍しい食材とも巡り合える地だ。

「ああ、ムニエルって初めて食べたよ」

 なんて話をしていると、部屋の扉がノックされる。

「ハヤト君、入ってもいいかな?」

「ああ、構わない」


 声の主がミルティアーナだと分かると返事をして部屋に招き入れる。室内に入ってきたミルティアーナは髪をサイドテールにして束ねていていつもとは違う印象を与えてくる。

「さっきの夕食の時に鍛錬場があるってローゼンハイツ家の当主が言ってたじゃない? せっかくだから明日街の散策に行く前にそこでお姉ちゃんと組手しようよ」

「組手? 別に構わないけど徒手格闘のみの?」

「そだよ、たまには純粋な組手もしておきたいなって思うし、何よりまだハヤト君と今の私の実力差ってはっきりしてないでしょ? だからいい機会だし今の私がどこまでハヤト君に通じるのか試しておきたくて。もう脇腹は治ってるでしょ?」


 ミルティアーナが編入してきた時に模擬戦をしてセリア先生に実力を示して単位を確約してもらった事があったが、あの時の俺は脇腹に罅が入っていて本気を出していた訳ではなかった。しかし、今は怪我も治り、万全の状態だ。その状態の俺との実力差がどれだけあるか、ミルティアーナにとってはどれだけ実力差が埋まったかを調べる良い機会だと思ったのだろう。そして俺は霊装顕現を使った戦闘も、徒手格闘の組手もどちらも好きだから断る理由がない。

「分かった。明日の早朝に鍛錬場に行って徒手格闘の模擬戦やるか」

「やった! じゃあ朝になったらお姉ちゃんが起こしに行くからね」

「私が起こすから心配しなくても大丈夫よ?」

「弟を起こすのはお姉ちゃんの役目だと思うなぁ?」

「私は自分の恋人を起こすだけだからそんな役目は気にしなくて良いのよ、たまには貴女もゆっくりしてなさい」


 ツィエラとミルティアーナのどちらが俺を起こすかの話し合いが始まったかと思えば、以外というべきか、あっさりと終わってしまった。最近ツィエラの恋人感が高まってきてる気がする。

「じゃあ今回はツィエラにハヤト君を任せることにするかなぁ。それじゃあハヤト君、また明日ね」


 そう言ってミルティアーナが部屋から出て行く。明日の早朝から鍛錬場で徒手格闘の組手をするのなら、ということで今日は早めに寝る事にした。寝る支度をしてる途中、ツィエラに昼にあれだけ寝てたのにもう眠れるの? なんて聞かれたが、ここのベッドが心地よくていくらでも眠っていられるんだよな……正直、学院に持ち帰りたいくらいだ。


 そんな事を思いながらツィエラと共にベッドに入り部屋の明かりを消す。

「おやすみ、ツィエラ」

「ええ、おやすみなさい、ハヤト」

 こうして俺たちは明日に向けて眠りについたのだった。

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