第三部 一章 ローゼンハイツ領(III)
ハヤトが眠りに着く頃、リアナはメイドに連れられてローゼンハイツ家当主の部屋へ向かっていた。
両親に連れてこいと言われた人物を連れて帰ってきたことを報告するため、そして再度変な真似はしないように忠告するために。
当主の部屋に到着し、部屋をノックすると、返事があったのでそのまま扉を開けて部屋に入る。
「戻ったか。無事に連れてこれたのか?」
「ええ、なんとか二人とも連れてこれたわ。ただ変な事をしたら即座に帰るでしょうから、孤児を馬鹿にすることとローゼンハイツ家に引き込もうとするのはやめてよね」
「ああ、分かっている。孤児は貴族に良い印象はあまり持たないからな。今回はその印象を払拭する努力をしようと思う」
「なら学院では食べれない料理を出すと良いわ、ハヤトは学院では食べれない料理に釣られてここに来てるから」
あたしはハヤトの部屋で食べ物に釣られた瞬間を思い出しながら父に珍しい料理を出すように伝える。あの様子だと珍しい料理を出していたら恐らく滞在期間を引き延ばせるはず。
ミルティアーナは要注意ね。ハヤトより貴族に対する悪感情が強い上にローゼンハイツ家ですら警戒していたし、ハヤトに何かあったら二人で身体強化して走って学院に戻りそうだわ。
「姉はミルティアーナと言ったか? その子はどうだ、やはり警戒心は強いか?」
「ハヤトより強いわ。そしてハヤトに何かあったら即座に学院に戻ると思うわ」
「そんなに警戒心の強い子をどうやって連れてきたんだ?」
「ローゼンハイツ家のプライベートビーチで釣ったのよ、あたしが二人に会いに行った時に海に行きたいって話をしてたから」
「姉の方は警戒心が強いのか欲望に忠実なのか分からんな」
「欲望丸出しよ、ちなみに学院長曰くあの二人と帝国騎士百人が戦った場合、勝つのはハヤトとミルティアーナだって認めてるくらい強いから手荒な真似もしないでよね?」
その言葉を聞いた途端、父の表情が真剣なものになる。
「学院はそれほどの逸材をどこで見つけたんだ?」
「……さあ? あたしは知らないわ。ハヤトもミルティアーナも突然学院に編入してきたし」
「少し興味が湧いてきた。編入理由を調べてみるか」
父が少し前のあたしと同じ事をしようとしているので忠告する。
「やめた方が良いわよ? あたしも二人の編入理由を調べようとしたけど、学院長に帝国の機密事項になってるから調べると言う事はスパイ行為と変わらないって言われたわ」
「帝国の機密事項だと? 何故学生の編入にそんな大仰な言葉が出てくる……」
父もあたしと同じように悩んでいる。やはりおかしいのだ。子供二人の学院の編入理由が機密事項になるということが。優秀な人材を育てるためなら公表しても問題ないはず。であれば優秀だが公表できない理由がある事になる。それを考えるとあの二人に共通する事は同じ孤児院で育ったことだから孤児院が関係している可能性があるとあたしは考えたけど、それ以上は機密事項に触れるだろうから調べていない。
「ねえお父様、ハヤトもミルティアーナも同じ孤児院出身って言ってたわ。そしてその孤児院も数年前に潰れたって。孤児院が潰れるってどういうことなの?」
「孤児院が潰れる、か……。簡単な話だ。孤児院を経営している振りをして帝国からの支援金を受け取り、その金で遊び惚けていた馬鹿どもがいた。そういった孤児院は支援金が打ち切られて孤児院の経営が出来なくなり、最終的に孤児院が潰れて孤児が路頭に迷う事になる。それかそもそも孤児院ではなかった、という可能性もある。かつてのジカリウス教団のようにな」
父の口から聞いたことのない言葉が出てきた。
「ジカリウス教団って何?」
「数年前に帝国が総力を挙げて潰した暗殺者を擁する教団だ。奴らは子供を孤児院で引き取り、その孤児に暗殺の知識と技術を叩きこみ、感情を殺して孤児を暗殺者へと育てあげる。そして暗殺者に育った孤児は教団幹部の言いなりとなって暗殺や囚人の開放のために動くのだ。ジカリウス教団は帝国では最も危険な組織だったからな、アジトを見つけ次第徹底的に潰して回っていたのだ。それで数年前に最後のアジトを襲撃し、幹部たちを捕まえてジカリウス教団は壊滅に至ったわけだ」
「そのジカリウス教団にいた孤児はどうなったの?」
「私も詳しくは知らんが、大多数が常識を教え直して帝国の諜報部隊に組み込まれたらしい。しかしジカリウス教団で最も強い暗殺者は未だに行方不明だそうだ」
ジカリウス教団、初めて聞いたけどそこの暗殺者が帝国の諜報部隊に組み込まれていたなんて……帝国は上手くまとめられているのかしら?
「そう、じゃあジカリウス教団や馬鹿が経営している孤児院以外は潰れないからまともと考えて良いのね?」
「ああ、潰れない孤児院は問題ないだろう。勿論子供に教育を施すなどの違いはあるだろうがな。それはそれとして学院と実家を往復させて悪かったな、リアナも少し休みなさい。顔合わせは夕食時でも構わないだろう」
父がここ三週間のほとんどを馬車で過ごしたあたしを労わってくれる。
「ええ、そうさせてもらうわ、お父様」
そう言ってあたしは部屋を出て自室に向かう。
トンボ返りさせられた実家だが家の間取りを忘れたわけではないため、迷うことなく自室に辿り着く。学院に入学して以来ほとんど使うことの無かった自室だが、メイドが掃除をしてくれていたのだろう、自室は埃ひとつない状態で保たれていた。
(初めてハヤトと学院長室に行った時、学院長はハヤトに向かってあの孤児院出身だなって言っていた。あの孤児院ってどの孤児院の事なの? まさかハヤトがジカリウス教団の暗殺者だったりするのかしら?)
あたしは自室のベッドに倒れこみ、今まで学園で得た情報と、先程父から聞いた情報を照らし合わせる。
(たしかハヤトはツィエラと契約したのが六歳の時って言ってたかしら? その時点で孤児院にはいただろうから精霊契約は恐らく孤児院の大人も知っているはず。もし孤児院の大人が知っていたら、貴族に宣伝して多大な寄付金を貰って養子に出す可能性が高いと思うけれどそんなことは無く四年前までハヤトは孤児院にいた……。そういえばミルティアーナも最高位の精霊と契約していたわね……。なのに孤児院出身。それに二人のあの強さ、同じ体術。決して孤児院じゃ手に入らない代物よね。それにミルティアーナが言ってたじゃない、『私達の孤児院はあまり良い教育は受けさせてくれなかった』って。)
あたしは思考を続ける。一つ一つ言葉を紐解いていくように考える。
(あまり良い教育は受けさせてくれなかったって言葉は、将来平民として生きるのに必要な教育をあまり施して貰えなかった、という意味で捉えていたけれど、良くない教育を受けさせられていた、という捉え方もできるわ。仮に良くない教育だったとして、それがジカリウス教団の暗殺の知識や技術だったなら? 帝国内で最も危険視されていた組織なら高位の精霊を精霊鉱石に封じていてもおかしくないわよね……。もしかしてツィエラも封印されていた精霊だったりするのかしら? クピートーも? そう考える方が自然じゃない……。)
そう考えてあたしはかぶりを振る。
先程父から聞いたジカリウス教団の話のせいでどうしても思考がそちらに寄ってしまう。
しかし一度そう考えてしまうとそれ以上にしっくりくる二人の育ちが思い浮かばず、結局頭の片隅に二人がジカリウス教団の暗殺者だった可能性を残すことになった。
「駄目ね、これ以上は本人たちに聞かないと疑問は晴れそうにないわ……。でも帝国の機密事項である以上聞くことなんてできないし。やっぱり謎のままかしら?」
そう独り言を呟き、今までの疲れと嫌な思考を洗い流すために風呂へと向かうのだった。
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