第三部 一章 ローゼンハイツ領(II)
俺はそう言って昼食として買っておいたサンドウィッチを用意する。
既に馬車に乗って二日目の昼、そろそろ昼食を食べても良い頃合いだろう。
「ツィエラの分も買ってあるぞ」
「あら、ありがとう。いただくわ」
「じゃあリアナをからかって満足したしそろそろ昼食にするぞ、流石に腹が減った」
「そうだね、お姉ちゃんもお腹空いてたし賛成」
「ねえ、どうしてアンタたちをローゼンハイツ領に連れて行く事になった話からあたしをからかう話に変わってるの? おかしくない?」
「リアナはいじられ役だから仕方ないだろ?」
「あ、あたし、公爵令嬢……貴族の中でもずっと高い立場にいるのに、いじられ役……」
自らがいじられ役と知って放心しているリアナを眺めながら俺たち三人は昼食を食べるのだった。
そうして道中、魔獣に襲われることもなく平和に馬車はローゼンハイツ領へ向かい、六日掛けてリアナの実家、ローゼンハイツ家に到着した。
「さあ、着いたわ。ここがあたしの実家、ローゼンハイツ家の屋敷よ」
そう言ってリアナは馬車を降りる。ツィエラには剣に戻ってもらい、馬車を降りると目の前には流石は公爵家というべきか、壮大な屋敷が建っていた。
リアナに連れられて屋敷の正門を通り抜けると、色鮮やかな草花が咲き、噴水から水が流れ、小鳥のさえずりが聞こえる。広々とした空間に見事に色を与える綺麗な庭園だった。
「凄い綺麗な庭園だねぇ」
ミルティアーナも同じ事を思ったらしく、そんなことを言っている。
「そうでしょう? 自慢の庭園なのよ。他の公爵家よりも綺麗な庭園なんだから」
リアナの話を聞きながら俺たちは屋敷へと歩く。
そして屋敷の玄関に近づくと、玄関が内側から開けられた。メイドが出迎えてくれたのだ。
「お帰りなさいませ、リアナお嬢様。ハヤト様にミルティアーナ様、ようこそいらっしゃいました」
「ただいま、アンヌ。ハヤトとミルティアーナを連れてきたから後でお父様とお母様に伝えておいてちょうだい」
「かしこまりました。では先に長旅でお疲れでしょうからお二人を客間へ案内いたします」
メイドの一人が俺たちに声を掛けて案内する。
最初に案内されたのは俺とミルティアーナの客間だった。
「ローゼンハイツ家にいる間はこちらの部屋をお使いください。後ほど旦那様方がお会いになる予定ですのでその時までおくつろぎください」
そう言って俺とミルティアーナを個室に案内する。
「先に言っておくけど、ここではアンタたちは別々の部屋だからね?」
「えっ? どうして?」
ミルティアーナが疑問を呈するが、
「当たり前でしょ! どうして夫婦でもない男女を同じ部屋に入れると思うのよ! ここは学院じゃないんだからちゃんと部屋は分けるから!」
「別に一緒でも良いのに……」
ミルティアーナは心なしか残念そうにしている。
「久しぶりに一人になれる時間ができるのは嬉しいな」
「あー! そんな事言うんだ? お姉ちゃん悲しいなぁ」
「別にたまにはいいだろ? どうせ学院に戻ったらまた同じ部屋なんだ、貴族の屋敷の一人部屋を一人で使う贅沢なんてこの先できないかもしれないんだし、こういう時くらいは羽を伸ばしたっていいだろ」
俺はそう言ってリアナたちと別れ、案内された客室に入る。
中は広々とした部屋で、家具に寝具、トイレや風呂も付いている。それに加えて絵画や壺といった美術品が飾ってあり、貴族の客間って随分と豪華だな、なんて思いながら部屋を物色し、荷物をテーブルに置いて椅子に座る。
「流石に六日も馬車に揺られるのは疲れたな」
一人呟くと、
「そうね、途中からは話題も尽きちゃったし、退屈だったから尚更疲れたわ」
リアナが実体化してそんな事を言う。
「ローゼンハイツ家には最高位の妖精ってことは隠すんだろ? 実体化して大丈夫なのか?」
「人が近づいてきたらすぐに霊装顕現に戻るわよ」
ローゼンハイツ家の領主がどんな人間か分からない以上、下手にツィエラとクピートーを見せる訳にはいかない。
リアナがどれだけ良い奴だとしても、貴族は孤児に良い印象を持たないしその逆もまた然りだからだ。
「まあそれならいいけど。しかし貴族の屋敷って客として入ると豪華に見えるものなんだな。暗殺任務で入った時はもっとしょぼく感じたが」
「それは暗殺対象の貴族の位が低かったからでしょう? 流石に公爵家ともなると屋敷も豪華になるわ。昔の貴族と違って品のある豪華さで良いわね」
「昔の貴族ってツィエラが封印される前の?」
「そうよ、あの時代の貴族は家に珍しい美術品や宝飾品、市場では手に入らないような大きな精霊鉱石を飾って自分の家の権威を見せつけていたのよ。私からしたら適当に並べられたガラクタにしか見えなかったけれど、時代が変わると宝飾品とかも精緻に作られるようになるから見ていて飽きないわね」
そう言ってツィエラは飾られている宝飾品を眺めている。たしかに鬱陶しいと思わせない程度の飾りでどれも作りが細かく、見ていて飽きない。
中には鞘に納められた剣もあって、その鞘を見てみると鞘の装飾も細かい作りになっていて自分が持っている物とは比べ物にならない逸品だった。
そんな鞘を眺めている俺を見て、ツィエラは剣を見ていると勘違いしたのか、
「あらハヤト、私という剣がありながら他の剣を見るなんて酷いわ」
「違う、剣じゃなくて鞘を見てたんだ。貴族の持つ鞘は装飾も細かいんだなって思ってな」
「そうだったの、てっきり他の武器に目移りしてるのかと思ったわ」
「目移りなんてするわけないだろ、ツィエラとグラディウスだけで十分だ」
そんなやりとりをした後、俺は長旅の疲れを取るために風呂に入り、身体を水を絞った布で拭くだけだった生活に別れを告げるように全身を洗い、長旅の疲れをシャワーで流す。
シャワーの後に客間に備え付けられているベッドに座ると、これもまた今まで使ったことが無い程柔らかいベッドだった。
「ツィエラ、このベッド身体が沈むぞ。凄い高級品だ」
「私達は高級品に触れる機会は無かったものね、この機会に堪能しなさいな」
そう言ってツィエラは俺の横に腰掛け、そのまま横になってしまう。
「ずっと馬車での移動だったから少し仮眠でも取ったらどう? 誰か来たら起こしてあげるわ」
「……それもそうだな、じゃあ少し休む。ツィエラも見つからないようにな」
「ええ、心配しなくて大丈夫よ。おやすみなさい」
ツィエラはベッドで横になった俺の頬にキスをして微笑む。
その顔を見ながら柔らかなベッドの使い心地に眠気を誘われて俺は眠りにつくのだった。
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