第三部 一章 ローゼンハイツ領
学院のある街を抜け、俺たちは今、ローゼンハイツ家が所有する馬車に揺られていた。
「流石は貴族、馬車も思ってたより快適だな」
平民が使う馬車との座り心地や馬車内そのものの広さも違う事から、俺はそんな事を言う。
「ええ、そうでしょ? この馬車はローゼンハイツ家の中でも結構いいやつなのよ。馬も早くて体力のある馬を出してくれたわ」
なんて得意気に語るリアナ・ローゼンハイツ。
「それよりリアナ、お姉さんと模擬戦したんでしょ? どれくらい戦えたのか教えてよ」
「別に良いけど、そんなに面白い内容じゃないわよ?」
「いいよ、なんでハヤト君が呼び出されることになったかもっと詳しく知っておきたいし、移動中の暇つぶしにはなるでしょ?」
ミルティアーナが明け透けに言う。
「最初は両親も姉さまもあたしが実技が苦手って知ってたから初級の精霊魔術を見せてくれって言われたのよ。それで見せたら思ってた以上に霊威の制御が綺麗だって言われたの」
「そりゃこの二カ月きっちりと鍛え上げたからな」
「そうだね、これで成長してなかったらもう精霊使いは諦めた方が良いってくらい付きっ切りで教えたもんね」
たった二カ月とはいえ実技の講義の時間は付きっ切りでリアナに霊威の制御を教えたのだから初級の精霊魔術くらい使いこなせてもらわないと困る。
「それで今度は中位の精霊魔術はできるようになったのか、って聞かれたからその場で火焔球を連射して見せたのよ。そしたら何故学院でそんな実戦向けの使い方を覚えたんだ? って姉さまに聞かれたのよ。学院ってまずはちゃんと精霊魔術を扱えるように教育する場所だから不思議だって言われちゃって」
「そりゃハヤト君が連射を教えたからね、実戦経験豊富な人から教わったらそうなるんじゃない?」
「その時はまだハヤトから教わってるって言ってなかったのよ。しかもそれができるなら依頼を受けてある程度実戦経験も積んだだろう? なんて言われて姉さまと模擬戦をすることになったのよ。そしたら姉さまが酷いのよ、火焔球連射してくるし霊装顕現も使ってくるし」
「リアナは霊装顕現使えないだろ? どうやって対処したんだ?」
「火焔球の連射と大嵐炎舞で死に物狂いで姉さまを攻撃したわよ」
話を聞いている限りだと姉妹で殺し合いでもしてるのかと思えるな。流石に霊装顕現できない妹に霊装顕現使うとか可哀そうだろ。
「で、結果は?」
「負けたわ。最後に不完全な霊装顕現で姉さまの霊装顕現を斬ろうとしたんだけど失敗したのよ」
まあ霊装顕現使われた時点で今のリアナじゃ勝ち目は薄いだろうな。体術だけでももう少し早く教えておくべきだったか?
「でもあたしが大嵐炎舞まで使うのは本当に驚いたみたいよ? 姉さまだって一年生の頃は大嵐炎舞は使えなかったって言ってたし」
「じゃあ今のリアナは一年生の頃のお姉さんより優秀って事じゃない?」
「姉さまにも同じことを言われたわ。それと同時に学院の実技の講義で三ヶ月でここまで成長するものおかしいって言われて、どうしてこんなに成長してるのか理由を夕食の時に聞かれたのよ」
「それでハヤト君の名前を出したと?」
「ええ、出さざるを得なかったのよ。そしたら相手が男だと分かるとどんな男なのかとかこ、恋人なのかとかどれくらい強いのか、とか色々聞かれて散々な目に遭ったわ」
貴族の団欒に恋愛話がでるのか……そういえばローゼンハイツ家は自由恋愛が認められてるんだっけ?
「それでハヤト君を連れてこいと?」
「そういうこと。最初はちゃんと断ったのよ? 二人が孤児で貴族に良い印象がない事も伝えたし極力顔を合わせない方向に持っていこうとしたのに、連れてこないならこちらから会いに行く、なんて言うから……」
「貴族って身軽なんだな」
「そんな訳ないでしょ、直近の仕事を片付けたうえで残りの仕事を文官に押し付けるのよ。それでもなんとか領地の経営はできるんだから」
ローゼンハイツ家の貴族って変わってるのか?
それとも文官が優秀だからできる事なのだろうか。
「ちなみにリアナ、私達の契約精霊が人型って話はしたの?」
「してないわ、流石にそれを言うとローゼンハイツ家に迎え入れようとか言い出す可能性だってあったし」
「流石にそれは困るな、やっぱり帰るか」
「いやいや待ちなさいよ! アンタたちの契約精霊については話してないって言ったでしょ⁉ ほら、珍しい料理が待ってるんだから我慢しなさいよ!」
冗談で言ったつもりだったがリアナが必死の形相で止めに掛かってくる。
そんなに学院に両親が来るのが嫌なのか?
「なあリアナ、なんでそんなに両親が学院に来るのを嫌がるんだ?」
「学院生の保護者なら手続きをすれば学院内に立ち入れるでしょ? そしたらあたしの部屋も見られるかも知れないじゃない」
「ああ、がっつリアナの趣味がばれるのが嫌だったわけだ」
「がっつリアナ言うなっ!」
「なんか年頃の少女にしては過激なタイトルの本が多かった記憶がある」
「いい加減忘れなさいよ!」
「ハヤト君、どんなタイトルだったの?」
「『怪盗に攫われたお姫様』、『ご主人様、私はもう我慢できません』、『公爵令嬢と人型精霊の禁断の恋』、だったっけ?」
「ハヤトぉぉぉおおおおおおおおお! アンタ灰にするわよ⁉」
「馬車の中が熱くなるからやめてくれ」
「なるほど、それでがっつリアナ……」
編入前にリアナの部屋で夕食を御馳走になった時の記憶から本のタイトルを言っただけなのに灰にしようとしてくるとは……もはやこいつ危険物だろ。
「ミルティアーナも納得しないでよ!」
「でも人型精霊との禁断の恋だったらハヤト君がそうじゃない?」
突然話の矛先が俺に向く。しかも非常にめんどくさそうな内容で。
「確かに! アンタってツィエラと仲良すぎじゃない? 街に出る時とか腕を組んで歩いてるじゃない」
「それは昔からだよ、リアナ。私が覚えてる限りだとハヤト君は外に行くときは大体ツィエラが手を繋いでたし。あの頃は姉と弟って感じだったなぁ、懐かしいね!」
「懐かしいね、じゃない。余計な事は言わなくていいだろ」
「で、実際はどうなのよ? アンタ、禁断の恋をしてるわけ?」
「別に禁断の恋なんかしてない。というかなんでそんな事を気にするんだよ?」
「はぁ? べ、別に気にしてないし!」
「リアナ、嫉妬するならもっと素直になった方が良いと思うよ?」
ミルティアーナがリアナに助言という名の追撃をする。
「嫉妬なんてしてないわよ!」
「リアナ的にはあたしにキスしたんだからハヤト君の正妻の座はリアナのものって言いたいんでしょ? 女房だもんね?」
「ち、ちが、そんなのじゃなくて! あたしは純粋にハヤトとツィエラの関係が気になってるだけよ! 普通の精霊使いとは精霊との関係性が全然違うじゃない!」
「ツィエラは人型だし話せるからな、会話ができない精霊と同じ関係性にはならないだろ」
そもそも世間で知られている精霊使いの精霊との関係性というのは契約者によって変わる。精霊を相棒と捉える精霊使いがいたり、友達と捉える精霊使いもいる。中には道具としか思わない奴もいるがそういうのは少数派だ。
「ハヤトはツィエラと会話できるから良いわよね、あたしもイグニレオと会話してみたいわ」
リアナがそんな事を言うと、俺の腰に差している剣が淡い光を帯びて人型に変わる。ツィエラが実体化したのだ。
そのまま俺の隣に座り、
「イグニレオが最高位の精霊に昇華したら人型になるんじゃない? そうしたら会話もできるかもしれないわよ?」
「イグニレオが昇華? 昇華って何よ?」
「貴女精霊使いなのにそんなことも知らないの? 精霊だって成長するのよ? 低位の精霊が中位精霊に昇華して、中位精霊が高位精霊に昇華する。そうやって精霊も成長するのよ。なら高位精霊が最高位の精霊に昇華することだってあるかもしれないでしょう?」
「嘘、精霊って成長するの?」
「当り前じゃない、私達だって生き物なのよ? この世の生き物は全て成長するでしょう?」
「ならツィエラも最初は最高位の精霊じゃなかったの?」
「私は最初から最高位の精霊として生まれたわ」
「じゃあ高位の精霊が最高位の精霊に昇華する例は知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。過去に一度だけ見たことがあるもの」
精霊の昇華。俺も初めて聞いたがそんな現象が起こるのか……。
なら、最高位の上はあるのだろうか?
「ツィエラ、最高位の精霊は昇華しないのか?」
「さあ? 最高位から先は知らないわ。私は最高位より上は神霊以外見たこともないし聞いたこともないわ」
そう言ってツィエラは俺に身体を預けてくる。
「……ねえ、やっぱりアンタたちの関係って契約とかより恋人の方が正しいんじゃないの?」
「あら、嫉妬かしら? でも駄目よ、ハヤトは私のなんだから。泥棒猫にはあげないわ」
「嫉妬なんてしてないわよ! どうしてミルティアーナもツィエラも嫉妬とか言うのよ!」
「だってこの間の昼食時にハヤト君にキスされた理由を聞いた時の顔を見ると、ねぇ?」
ミルティアーナが前期試験の前の話を持ち出す。
「あんな嬉しそうな顔をしてたらもうハヤト君が好きですって言ってるのと変わらないと思うな」
「別にハヤトの事なんて好きじゃないわよ!」
「あら、チームを抜けるなんて言ってあれだけハヤトに迫られて内心喜んでたくせに?」
「俺の前でそういう話はやめてくれないか? なんかいたたまれないんだ……」
俺は正直この場から早く離れたい。自分が話題になるとどことなく気持ちが落ち着かないというかなんか気まずいんだよ。
「別にあの時は喜んでないわよ、寧ろハヤトはあの蛮行をあたしが教師に報告してないことに感謝して欲しいくらいだわ」
「教師に報告するとどうなるんだ?」
「強制猥褻で退学かしら?」
「ありえないわね、ハヤトをこの学院に通わせてるのは帝国そのものって学院長に言われたでしょ? 揉み消されるだけよ」
ツィエラの言葉でリアナははっとする。
「もしかしてハヤトって学院にいる間は何をしても罪にならないの……?」
「何をしてもって事は無いと思うがその程度じゃ罪にはならないだろうな。それに教師に報告ってどういう風に報告するんだ?」
「そ、それは、その……」
「まあ流石に無理矢理キスされました、なんて自分の口からは言えないよな、孤児にキスされた公爵令嬢って噂が立つだけだろうし」
「つまり最初からリアナにはどうすることもできないことだったってわけだね」
「嘘でしょ……あたしはやられっぱなしって事……?」
「諦めろ、というかそのあたりを考えての行動でもある。帝国も流石にリアナ一人のために俺を捕まえる事はないだろうしな」
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お久しぶりです、神凪儀です。
ようやく三巻相当の文字数まで書けました……。
資格試験とか転職活動とか色々重なって大変だけど完結まで書き続けるつもりなので見つけてくれた人たちは暖かく見守ってくださると嬉しいです。
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