第二部 終章 夏季休暇
前期試験が終わってから丸一日。今週の最終日に教室で前期試験の結果と単位の通知表をセリア先生から受け取る。試験の評価はS、AA、A、B、C、Dで表され、Dは単位を落としているということになる。
俺の試験結果は、座学B、実技Sだった。正直、座学はCが限界だと思っていたばかりにこれは嬉しい誤算という奴だ。いつもの席に戻り、リアナが戻るのを待つ。
「ハヤト、約束通り試験結果を見せなさい」
リアナが戻って来るなり通知表を見せるように言ってくるので大人しく手渡した。
「……思ってたより座学が良いわね」
「やっぱりリアナもそう思うか? 実は俺も嬉しい誤算だと思ってたんだ」
「でも良かったわ。ちゃんと座学も単位を落とさずに済んだのね」
「ああ、リアナのおかげだ。それじゃ、次はリアナの試験結果を見せてもらおうか?」
「ええ、良いわよ。見て驚きなさい」
リアナは自信満々で俺に通知表を手渡してくる。その通知表を見ると、座学S、
実技Sと書かれていた。
「凄いでしょ」
どうだ、と言わんばかりにリアナが言ってくる。
「ああ、座学が得意なのは知ってたけど実技までS評価とはな……正直驚きを隠せん、あのリアナが実技でS評価か……」
「ちょっと、あのリアナって何よ」
「だってお前、最初は実技が苦手で水死体だったじゃないか」
「水死体とかもういい加減忘れなさいよ! あれから成長したってことでしょ?」
「前から思っていたが成長速度が凄まじいな」
「え、そうなの?」
「ああ、本当は霊威制御にもっと時間が掛かると思ってたんだ。でもリアナは二か月でここまで成長してる、正直天才の域だな」
「ちょ、何よ急に。そんなに褒めても何もでないわよ?」
「事実を述べているだけだ。この分だと後期はもう実技を教える必要はないかもしれないな」
「いやいや、まだ霊装顕現できてないから。後体術も教えてくれるんでしょ?」
「そういえばそうだったな、最近俺の出番がないから忘れてた」
「うぐっ、そ、それよりハヤト、夏季休暇はどうするの?」
「ずっと自室に籠ってるつもりだ」
「えー、お姉ちゃんと一緒にお出かけしようよ」
その時、ミルティアーナも通知表を受け取って合流してきた。
「夏って暑いから嫌いなんだよ、あまり外に出たくない」
「アンタ、そんな事言ってたら後期の前半外に出れないじゃない」
「昔は夏でも外に出てたじゃん、お姉ちゃんと海にでも行かない?」
「考えとく。それよりティアーナの成績はどうだったんだ?」
俺がそう言うとミルティアーナは俺とリアナに見えるように通知表を広げて見せ、
「座学A、実技Sだったよ!」
と元気よく答える。
「全員実技はS評価か、座学はまあ、こんなもんだろ」
「リアナもやっぱり実技S評価だったんだ?」
「やっぱりってことは予想してたの?」
「うん、他の学院生とは比べ物にならないくらい実技が出来てたからね、あれだけできてS評価じゃなかったらこの学院の基準がおかしいよ」
「二人にそう言われるとなんか嬉しいけど、他の学院生と比べて出来が良くても、二人と比べると出来が悪いからなんか素直に喜べないわね」
俺たちがそんな話をしていると、セリア先生が話を始める。
「あー、お前たち。明日から夏季休暇に入るわけだが、帰省する奴は後期に間に合うように帰ってこい、帰省しない奴らは部屋でだらけすぎるな、たまには身体を動かすんだぞ? あと犯罪は侵すな。前期では魔術科が軽犯罪を犯しているから今回は街の見回りも厳しくなっているからな。話は以上だ、前期試験お疲れさん。また後期で会おう」
そう言ってセリア先生が真っ先に教室から出て行く。それに続いて少しずつ学院生が出て行き、俺たちも帰るか、と言った時に、
「ハヤト、ミルティアーナ」
リアナに呼び止められた。
「どうしたんだ?」
「なあに?」
「あたしはローゼンハイツ領に帰省するけど、何かお土産いる?」
「ローゼンハイツ領の名産を頼む。できれば食べ物で」
「私も食べ物が良いかな、無駄にならないし」
「分かったわ、楽しみに待ってなさい」
そう言ってリアナも教室から出て行く。
「じゃあ俺たちも出るか」
「そうだね、部屋で姉弟の旅行プランを考えないと」
「せめて最初の十日くらいはのんびりさせてくれ」
こうして、一か月と三週間の夏季休暇が始まった。
そして夏季休暇が始まって早くも二週間近くが経とうとしていた。
「ハヤト君、いい加減お出かけしようよ、外も良い天気だよ?」
「暑いから嫌だ」
「昔は任務で真夏でも外に出てたじゃん」
「任務だから出てたんだよ、今は自由の身だ。身体が訛らない程度に運動はするがそれ以上外にでるのは嫌だ」
「もう、じゃあここでお姉ちゃんの水着姿公開しちゃうよ? 海じゃなくて良いの?」
「全然海じゃなくて良い」
「あら、ミルティアーナは水着を買ってたの?」
ツィエラが話に加わる。
「うん、ハヤト君に前から海に行こうって言ってたから用意しておいたの」
「じゃあ私も水着を用意しようかしら? ねえハヤト、新しい水着を買って欲しいわ。ハヤトの好きな水着を着てあげるわよ?」
「勘弁してくれ……身が持たないだろ」
「別に我慢なんてしなくていいじゃん、欲望のままに行動したら良いんだよ?」
「一度そうしたら本当に歯止めが効かなくなるだろ」
なんて話をしていると、部屋の扉がノックされる。
「ん? セリア先生かな? ちょっと見てくるね」
ミルティアーナが扉へ向かっていく。すると、
「あれ、リアナ? もう帰省は終わったの?」
俺の部屋を訪ねてきたのは帰省したはずのリアナだったらしい。
ミルティアーナはそのままリアナを部屋にあげる。
「二週間ぶりだな、元気だったか?」
「あまり元気じゃないわ……この二週間、ほとんど馬車の中で過ごしたんだもの」
本当にリアナに元気がない。しかも二週間で帰省が終わりとかほとんどトンボ帰りじゃないか。
「なんというか、短い帰省だったな」
「それがまたローゼンハイツ領に行かないといけないのよ、二人を連れて」
「俺たちを?」
「そう、アンタたちを」
「どうして?」
ミルティアーナが理由を聞くと、
「あたしの実技って両親にも苦手だって知られてて、通知表を見て驚かれたのよ。そして丁度休暇を取ってる姉様と模擬戦をしたら結構いい勝負ができちゃって、どうやってここまで成長したのか答えなさいって言われたの」
「で、俺たちの名前を出したのか?」
「名前を出したのはハヤトだけよ。そしたら今度はハヤトを連れてこいって言って馬車で学院まで戻ってくることになったの。一応、ハヤトには姉がいるから一緒に連れてくることになるとは伝えてミルティアーナも連れて行けるんだけど、二人とも今からローゼンハイツ領に来てくれない?」
「馬車の中は、暑いのか?」
俺は今、最も重要な事を聞く。
「……暑いわ」
「なら却下だ」
「嘘でしょ……」
「私もちょっと反対かな」
「ミルティアーナも? どうして?」
「貴族の家に行くのは抵抗があるの。だからハヤト君も行かせたくない。たとえリアナの実家だとしてもね」
ミルティアーナは今も貴族に良い印象を持っていない。勿論俺も持っていないが。
「待って、あたしの家族は孤児でも差別はしないわよ! それに二人を呼ぶにあたって領内の孤児院の経営状態も問題ないかお父様に確認してるから!」
「だとしても貴族の家に行くのはお姉ちゃん的には許可できません!」
「くっ……」
リアナが悔しそうにしている。
「……二人を連れてこないと、両親がこっちに来るのよ」
「……は?」
俺は気の抜けた声が出る。
「だから、二人を連れてこないと、両親がこっちに来て二人に会おうとするのよ。どのみち会うんだから、ちょっとした旅行だと思ってローゼンハイツ領に行きましょう、ね?」
確かに、どのみち顔を合わせるなら行ってもいいかもしれないな。
「リアナ、客室は涼しいのか?」
「涼しいわよ」
「料理は美味いのか?」
「料理人が作ってるから、美味しいわ。それにこっちでは手に入らない食材もあるから珍しい料理も出せるわよ」
「悪くないな」
「じゃあ!」
俺がそう言って、リアナが顔を輝かせた瞬間、
「待って、まだ重要な事を聞いてないわ」
ミルティアーナが真剣な顔で最後の質問をする。
「ローゼンハイツ領に、海はあるのかしら?」
「あるわ、砂浜付きのプライベートビーチが」
その瞬間、
「ハヤト君、荷物の準備して! 今すぐローゼンハイツ領に行くよ!」
「ああ、珍しい食事が俺を待ってる」
「アンタたち、あれだけ貴族を嫌っていながら何で食事と海で行く気になるのよ……」
リアナが呆れている。
こうして、俺とミルティアーナはリアナの実家、ローゼンハイツ領に行くことになった。
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あとがき
神凪儀です。
小説二巻相当の文字数まで書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
ラノベを書き始めて早二カ月半という時間が経って、読み返すともっとこういう表現があっただろうとか後悔というか謎の恥ずかしさに襲われることが増えてきました。
次の10万字の書き溜めが完了するまで更新は一時的に止まりますが、そう遠くない未来でまた毎日投稿をするのでよければこれからも読んでやってください。
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