第二部 三章 前期試験(Ⅵ)

 そんな日々が続き、

 週末、前期試験前の最後の休日になった。

 今日もリアナと待ち合わせている依頼の受付所にミルティアーナを伴って向かう。

「来たわね、今日は何にする?」


 さっそくリアナが俺たちを見つけて声を掛けてくる。

「今日も任せる。リアナの能力を活かせる依頼で構わない」

「うん、私も同意見だよ」

「分かったわ、依頼見てくる」


 そう言ってリアナは依頼を選びに行く。

「試験前だから全然人がいないね」

「ああ、魔術科の学院生がいないから今日は依頼を選び放題だな」

 今日は試験前だから本当に人がいない。依頼をゆっくり選べるのは良いことだが受付側からしたら依頼が溜まって面倒じゃないのか?

 なんて思っていると、

「依頼、受注してきたわよ」


 リアナが返ってきた。

「今日はどんな依頼を受けたんだ?」

「コカトリスの討伐よ。また平原だけど今回は依頼元が帝国だから場所も結構詳しく書いてあったわ」

「コカトリスって学生にやらせていい魔獣じゃないだろ、それランクはなんだ?」

「Aランクよ」

「これこそ特別依頼にする案件じゃない?」


 ミルティアーナも疑問に思っているらしい。

「コカトリスって名前しか知らないのだけどそんなに危険なの?」

「リアナ、コカトリスがなんなのか知らずに受けたのか?」

「ええ、二人がいれば失敗はないでしょ?」

「失敗はしないとも言い切れないぞ」

「……え?」

 リアナがポカンとする。


「コカトリスは石化の魔眼を持つ魔獣だ。目を合わせただけで相手を石に変えてしまう。霊威の総量が多い程石化に抵抗できるが、それでも石化の速度が遅くなるだけで最終的には石化してしまう。厄介な魔獣だ。騎士団は何をしてるんだ?」


「もしかして騎士団が失敗したから依頼に出したのかな? 特別依頼にしなかったのはお金を浮かせるためかも。この間の地龍の討伐で騎士団の損失は凄いことになってるからね」


「あり得るな、しかし遠距離攻撃に徹していれば石化もしないだろ、さくっと終わらせるぞ」

「そうだね、試験前だしあまり時間も掛けたくないしね」

「じゃあ、行くわよ」

 リアナの号令とともに平原へ出発する。



 そして平原に到着して、俺たちは唖然とした。

「なによ、これ……」

 リアナは絶句している。

「石化した人間だね。装備を見る限り帝国騎士団の騎士だと思う」

「てことはやっぱり騎士団の打ち洩らしが流れてきたのか。もう騎士団より学院の方が戦力高いんじゃないのか?」

「私達のチームだけが騎士団を上回ってるんじゃない? とりあえずこの石像どうする?」

「石化を解くにはサクロム神聖国に行かないと解呪できない、放置するしかないな。それに石化を解いたところで死んでいることに変わりはない」

「だね、早くコカトリスを見つけて討伐しよっか」

「ふ、二人はなんでそんなに冷静なの?」

 リアナがそんな事を聞いてくる。

「過去にコカトリスが人を石化する現場を見ているからだ」

「あの時は味方が石化しなくて良かったよねえ」

「ああ、本当にな……いたぞ、コカトリスだ」

 俺はコカトリスを見つけたと伝え、その場でしゃがみ石化した騎士団員の後ろに隠れる。

 リアナとミルティアーナもすぐに近くの石化した騎士の後ろに隠れ、コカトリスの目を見ないように確認する。

 全身はくすんだ灰色の羽毛に包まれ、目は大きく眼球の半分は外側に飛び出てるんじゃないかというくらい出目になっている。見た目からして気持ち悪い魔獣だった。

「指揮官様、どうやって討伐するんだ?」

「ちょっと、あたし討伐経験ないって言ったでしょ! こんな時に指揮官とか言わないでよ!」

「けどこのチームのリーダーはリアナだからな、リアナの指示に従わないと」

「ぐぬぬ……こういう時だけなんなのよ……とりあえず、近づくのは絶対に駄目ね。できれば気付かれずに討伐したいからミルティアーナの弓で頭を貫けるかしら?」

「それは良いけど、リアナの精霊魔術の練習に使わなくて良いの?」


「精霊魔術の練習なんてしてる場合じゃないでしょ、あたし、この依頼舐めてたわ。騎士団が失敗した依頼が紛れ込んでるなんて考えてもいなかったもの。こんな被害が出てる以上、人命が最優先よ。ミルティアーナが弓で頭を狙撃、それで決まればよし、駄目ならあたしの精霊魔術で丸焼きにするわ、コカトリスが飛べるのか知らないけど、もし飛んだらミルティアーナとハヤトで対処してちょうだい」


「わかった」

「いいよ、じゃあ早速矢を射るね!」

 そう言ってミルティアーナは霊装顕現して石化した騎士の後ろでしゃがみながら弓を構える。

「三、二、一、今!」

 ミルティアーナが放った風の矢はそのままコカトリスの頭を貫き、コカトリスは地面に倒れる。

「やったかしら?」

「まだ近づくなよ? 魔獣だからまだ生きてる可能性だってある」


 そしてしばらく様子を見て、コカトリスが一向に起き上がる気配がない事を確認してから、

「そろそろ近づくか、死んでいても石化の魔眼の効果はある。目だけは見るなよ?」

「分かったわ」

 リアナの返事を聞いてから俺たちは少しずつコカトリスに近づいていく。

「リアナ、コカトリスの討伐部位ってどこだっけ?」

「討伐部位? 確か……目玉だった気がするわ……」

「ハヤト君、どうする?」

「イリスがいてくれたら簡単に採れるんだがな……いっそ目玉を焼いてから採取するか? 一応焼かれてても討伐部位の証明にはなるだろ?」

「それもそうだね、じゃあリアナ、目玉が溶けない程度で視力を完全に失うくらいの火力で燃やしてもらっていい?」

「何とも言えない微妙な火加減が要求されるわね……まあ良いわ、やってみる」


 そう言ってリアナは中位魔術の火焔球で目玉を焼いていく。

 その間に俺とミルティアーナは周囲を警戒し、他の魔獣が近づいてこないか見張っている。

「焼き終わったわよ……灰になる一歩手前くらいだけど」

「完全に火加減間違えてるな、霊威制御の鍛錬やり直すか」

「うるさいわね、今まで通りにやったら思ってたより火力が出たのよ」

「じゃあ霊威の運用が効率良くできるようになってるってことだね」

「だな」

「どういうこと?」


「霊威を消費して使う精霊魔術に対して、消費する霊威が同じでも、今までは精霊魔術に正しく使われている霊威と霊威の制御が下手だからただ外に漏らしているだけの霊威があったんだよ。その外に漏らしていた霊威も正しく火焔球に使えるようになったから火焔球の火力が上がったように感じるんだ」


「……知らなかったわ、じゃあ今まで余剰に消費していた霊威があったって事なのね。これって上位の精霊魔術でもそうなのかしら?」

 俺はコカトリスの目玉を回収しながら答える。


「そうだな、初めて上位の精霊魔術を使った時、一度使っただけで疲れてただろ? あれって余剰に霊威を消費している、いわゆる無駄に霊威を使ってるから疲れるんだよ。だから霊威制御の鍛錬はどれだけやっても無駄にはならないんだ……よし、コカトリスの目玉の回収が終わったぞ、リアナ、他の魔獣が寄り付かないようにコカトリスを燃やしてくれ」


「ええ、分かったわ」

 そう言ってリアナは大嵐炎舞を唱えてコカトリスを消し炭にする。

「じゃあこれで一件落着かな? 学院に戻ろっか」


「ああ、受付に行く前に学院長室に行くぞ、流石に今回の依頼を通常依頼で出すのはおかしすぎる。学院生を死にに行かせるような真似はしないとか言って前回の特別依頼ではリアナを置いていかせた癖にこの依頼を出しているのは矛盾している」


「そうだね、もし学院長の耳に入ってなかったらこれって受付による学院生殺しみたいなものだしね」

「なんか最近こういうの多いわね……」

 リアナが呆れている。

 そんな様子で俺たちは学院に戻り、依頼の受付所には行かず、学院長室へ行った。


 学院長室をノックする。

「入りたまえ」

 返事が来たので入室する。

「ん? なんだお前たちか。こんな休日になんの用だ?」

「今日受けた依頼で聞きたいことがある」

「依頼で私に聞きたい事? 受付に聞けば済むだろう」

「受付が信用できなくなったからここに来たんだよ」


 俺がそう言うと、学院長が表情を変え、

「どういうことだ?」


「リアナに依頼を選んでもらったらコカトリスの討伐依頼がAランクで掲示されていたんだ。しかも何も知らずにリアナが受けてしまったから討伐してきたわけだが、現場には石化した騎士団が数十人いたぞ。なんでそんな危険な魔獣が特別依頼じゃなくて通常依頼で出てるんだ?」


「コカトリスだと? 私の元にはそんな話は来ていないぞ?」

「リアナ、依頼の書類を見せてやってくれ」

「ええ、分かったわ」

 そう言ってリアナは学院長に依頼の書類を手渡す。

 それを読んだ学院長は、

「……受付に学院生を殺そうと考えた奴がいると考えてここまで来たのか?」


「そうだ。騎士団数十人を石化させたコカトリスの討伐が特別依頼にならないのはおかしい。そこに疑問を持たずに依頼として掲示板に貼った受付の人間は信用できない」


「ああ、これは間違いなく特別依頼になる案件だ。私の元まで話が来ていないのもおかしい。騎士団でそんな被害を被ったという話も聞いていない。となると今回は騎士団が隠しているのかも知れん。そして報酬を抑えたままお前たちに受けさせるのが狙いだったのだろうな」


「現状コカトリスを討伐できるチームが俺たちだけだからか?」


「そうだ。前にも言ったが今年の三年は不作だ。二年も悪くはないが豊作とは言えん。それに対して一年はお前たちがいる。ローゼンハイツもここ二月で随分と成長した。現状では一年が一番豊作と言えるだろう。そして帝国騎士団は一年にハヤトがいることを知っている。だから学院に依頼を回してきたのだろうな」


「騎士団は実力が低下しただけでなく知性まで低下したのか? 俺がいなかったらどうするんだ? 魔術科の奴らが受けていたら間違いなく死んでたぞ? 石化は解呪できても生き返らないのは騎士団も知っているはずなのに……」


「いや、こんな事をしてくる騎士団だ、もしかしたら依頼を学院に投げた騎士はそれすら知らなかった可能性がある」

「……この国、大丈夫か?」


「……大丈夫ではないな。正直、騎士団は一度解体して再編成するべきだと思う。あまりにも魔獣に対する知識が乏しすぎる。先日の地龍といいコカトリスといい、騎士を死なせすぎだ」


「これで諜報部隊の方が優秀なのが良く分かったでしょ?」

「ああ、良く分かった」

 ミルティアーナの言葉に俺は心の底から同意する。

「ところで、コカトリスの討伐部位は目玉のはずだが、まさか回収したのか?」

「ああ、リアナに灰になる一歩手前まで焼いてもらって回収した」

 そう言って俺は学院長にコカトリスの目玉を見せる。

「確かにこれなら目玉の視力は失われるな。良い判断だ。帝国には私から掛け合ってみる。とりあえず受付所に行って誰がこの馬鹿げた依頼を発注したのか調べに行くぞ」

 そう言って学院長は部屋を出て、俺たちとともに以来の受付所へ行く。


 依頼の受付所にて、

「学院長? 何か御用ですか?」

 丁度書類仕事をしていた受付が学院長に声を掛ける。

「ああ、私の元に報告せずにコカトリスを通常依頼で出した人間が受付にいるはずだ。そいつを探している」

「コカトリスの依頼ですか? それならこの間騎士団の方から受け取っている人がいたので呼んできますね」

 そう言って受付の女性が席を外す。


 それから数分後、一人の男性を連れて受付が戻ってくる。

「学院長、連れてきました」

「ごくろう。それで、お前がコカトリスの依頼を出したのか?」

 連れてこられた男性に学院長が問う。


「は、はい。騎士団の人にコカトリスの依頼を学院長に伝えずに出せ、と言われまして、その、これは帝国騎士団からの勅命と言われてしまったので従うしかなくその場で依頼を作成しました」


「その騎士の名は?」

「分かりません。依頼主の欄に名前を書くから教えて欲しいと言ったのですが、そんなものは帝国とでも書いておけと言われてしまい……」

「……これは騎士団長の耳にも入っていない可能性があるな」


 学院長がそう呟き、

「事情は分かった。今後は発注した後すぐに私に伝えに来い。コカトリスはどう考えても学院生の手に余る。特別依頼でも出したくない部類の魔獣だ」

「はい、申し訳ありませんでした。」

「ああ、もう下がって良いぞ」


 学院長がそう言うとその男性は職場に戻って行く。そして、

「とりあえず任務の達成報告だけはここで済ませておけ。それと依頼書は私が貰う。これを持って騎士団長のもとへ確認に行かなければならないからな」

「はい」

 リアナがただ一言答え、依頼の達成報告を済ませ、依頼書を学院長に渡す。


「危険な依頼に行かせて済まなかった。もしこれが騎士団の不正だとしたら後日報酬が割り増しで出るだろうからその内結果の報告も含めて呼ぶ。それまで待っていてくれ」


「ああ、分かった。じゃあ俺たちはそろそろ自室に戻るぞ? 前期試験の勉強もしたいしな」

「ああ、単位を落とさないように是非とも勉強に励んでくれ」

 そう言って俺たち三人は学院長と別れる。

「それじゃあ俺たちも解散するか、今日もお疲れ。俺は特に何もしなかったけど」

「ハヤト君は目玉の回収をしてくれたでしょ? あれが一番危険なんだからお姉ちゃんがやっても良かったのに」

「それでティアーナが石化したら困るだろ?」

「やだ、お姉ちゃん嬉しい!」

「アンタたち、こんなところで馬鹿な事言ってないで早く帰りなさいよ、単位落とすわよ?」

「それもそうだな。それじゃあリアナ、またな」

「じゃあね、また来週!」

「ええ、また来週」

 俺たちはそう言って別れ、自室に戻る。



 自室に戻ると、

「楽に終わる依頼だと思ったら面倒な事になっちゃったね」

 とミルティアーナが言う。

「ああ、全くだ。騎士団は相当腐っていると見える。帝国の将来は暗いかもしれないな」


「他国は戦力を少しずつ増強してる中帝国だけ戦力が弱体化していっている……ううん、帝国が弱体化しているから他国が帝国から土地を奪うために戦力を増強しているんだろうね」


「前期試験前に嫌な考えをさせないで欲しいな」

「そうだね、今日の依頼は色々と考えさせられることが多い内容だったよ」

「勉強するとは言ったが勉強する気も起きん、今日はもう休むか」

「そだね、明日頑張ろっか」

 そうして俺たちはのんびりとした午後を過ごし、一日を終えたのだった。

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