第二部 三章 前期試験(Ⅴ)


 自室に戻ると、ミルティアーナが珍しく夕飯の用意をしていた。

「あ、おかえりハヤト君。夕飯はもう少し時間が掛かるから待っててね」

「ミルティアーナが一人で料理って珍しいな」

「たまには良いかなって思って朝のうちにツィエラから許可を取ったの」

「うちのキッチンってツィエラの許可がないと使えないのか……」


 するとツィエラが実体化し、

「ハヤトはこの部屋の主なんだから許可なく使っても良いのよ?」

「俺に一人で料理ができるほどの技量はない。ツィエラの料理を手伝うのが関の山だ」

 俺はそう言ってテーブル席に座り、座学の勉強を始める。

 ツィエラは対面に座ってニコニコと微笑んでいる。


「……なんだよ、そんなにニコニコして」

「何でもないわ、ハヤトが自分からこうやって何かに取り組んでくれるのが嬉しいだけよ」

 ツィエラはそう言ってニコニコしながら俺を見ている。俺が自分から何かに取り組むのってそんなに嬉しい事なのだろうか?

 そんな事を思いながら勉強に勤しむ。前期試験まであと一週間を切っている以上ここが正念場なのだ。


 今日リアナに教えてもらったところを読み直し、復習していると、

「夕飯できたよ!」

 そう言ってミルティアーナが夕飯を運んできた。

「今日の夕飯はポトフです!」

 そう言ってそれぞれの卓に並べてくれる。

 そして配膳が終わって三人で食事を始める。

「ポトフ、久しぶりに食べたけど上手いな」

 俺がそう言うと、

「愛情をたっぷりと込めてるからね! おかわりもあるよ!」


 ミルティアーナがそう言っておかわりを進めてくるからそのままおかわりを貰う。

「というかティアーナの手料理って初めて食べた気がする」

「確かに最初から最後まで一人で作った料理をハヤト君に食べてもらうのは初めてかも」

「前は簡単な料理なら一人でできるって言ってたけどポトフ作れるならなんでも作れるじゃないか」

「いやいやハヤト君、ポトフは料理の中でも簡単な方なんだよ?」

「ハヤトは料理できないからポトフが簡単だって分からないわよ?」

「料理できなくて悪かったな」

「ハヤトは料理ができないままで良いのよ。その代わりに私が毎日作るんだから」

「たまには私にも作らせてよ、ツィエラ」

「たまになら良いわよ」


 そんな話をしながら夕食を食べ、寝る支度をしてベッドに入る。

「ねえハヤト」

「なんだ、ツィエラ?」

「前期試験で全単位自力で取得できたらご褒美をあげるわ」

「ご褒美?」

「そう、ご褒美。そうね……内容はキス、だけじゃ物足りないからまた一緒にお風呂に入りましょうか」

「俺の身がもたないから却下」

「でもお風呂に入るたびに私の身体をチラチラ見るじゃない? 本当は全部見たいんじゃないの?」

「チラチラ見てない! ……ほら、もう寝るぞ」

「照れなくても良いのに、おやすみなさい」

 そう言ってツィエラは俺の頬にキスをして眠りにつく。

「ああ、おやすみ」

 俺もそう言って眠りについた。



 翌朝、今日は微睡みの時間もそこそこに起きる事にした。昨日みたいにミルティアーナに目覚めのキスをされでもしたら朝から身が持たないし、できれば朝も勉強に回す時間が欲しかった。

「あらハヤト、今日は早起きね」

 ツィエラは既に起きていたらしく、今から朝食の用意をするようだ。ミルティアーナは珍しくまだ眠っている。

「おはようツィエラ。できれば試験までは朝も勉強する時間を確保したくてさ、ちょっと早起きしてみた」

「あら、努力するのね。じゃあ朝食ができるまでコーヒーでも飲みながら勉強してなさいな」

 そう言ってツィエラはコーヒーを淹れてくれる。


 そのまま俺は教科書を開いて勉強を始める。昨日暗記した内容を覚えているか確認し、今日の講義内容を先取りして読み進めていく。それから十数分した後、

「ハヤト、朝食ができたわ」


 ツィエラがそう言い、俺は教科書を片付ける。

「珍しくティアーナがまだ起きないな」

「そうね、折角だし昨日やられたことをやり返したら?」

「それはいいな」


 俺とツィエラはそんな話をしてからミルティアーナの元へ行く。そしてミルティアーナの顔眺め、一向に起きる気配のないミルティアーナにキスをする。

「ん、んぅ……んぁ?」

「おはよう、ティアーナ。昨日の仕返しをされた気分はどうだ?」

「あ、れ? ハヤト君? なんでもう起きてるの?」

「何でも何も、もう朝食の時間だぞ?」

「え、嘘⁉ 私寝坊しちゃった⁉」

「ああ、そして俺の目覚めのキスで目を覚ましたんだ」

「……目覚めのキスってあまりキスしたって実感湧かないね」

 ミルティアーナがそんな事を言うが、

「そうだな、眠ってる相手にキスするようなものだからな。それより朝食がもうできてるから早く食べるぞ」

「はーい」


 ミルティアーナを起こして俺たち三人は朝食を食べる。

「今日の実技もまたミルティアーナがリアナに型を教えるのか?」

「そうだね、リアナの筋は悪くないから最終日に少し組手をやってみて、後期からはこういう事をするよって教えておこうと思う」

「そうだな、後期になるのが楽しみだ。ようやく俺も実技らしく身体を動かせる」

「そういえばハヤト君、実技の時間ほとんど動かないもんね、かなり退屈だったんじゃない?」

「ああ、かなり退屈だった。リアナに霊威の制御を教えてるにしても暇な事に変わりはないからな」

「じゃあこれからはお姉ちゃんと組手する?」

「それも悪くないがリアナを放置することになるだろ?」

「組手の見本として見せてあげればいいんだよ」

「それ、いいな。ティアーナと組手するのは楽しいから毎日でもやりたいと思ってたんだ」

 そんな話をしながら食後の紅茶を飲み終え、登校準備をして部屋を出る。

「とりあえず組手は最終日まで我慢しててね、それまでにリアナに基本の型を教えておくから」

「ああ、分かった」

 そう言って俺たちは教室に入り席に着く。

「おはようリアナ」

「おはよ、リアナ」

「おはよう、二人とも」


 いつのも挨拶を交わし、ミルティアーナが爆弾発言をする。

「ねえリアナ、目覚めのキスってされる側からしたらキスされたかどうかって分からないんだね」

「はあ⁉ め、目覚めのキスってどういうことよ⁉ ちょっとハヤト! アンタミルティアーナが寝てる時にキスしたの⁉」

「さあ? ご想像にお任せするよ」

 俺はあえて解答をはぐらかすことでリアナの情緒を破壊しにかかる。

「ちゃんと答えなさいよ! したの? してないの?」

「そんな事言わなくても分かるだろ?」

「分からないから聞いてるのよ!」

「別にリアナが気にすることでもないだろ?」

「そ、それはそうだけど……」

「全く、キスしたかどうかで騒ぐなんて、リアナはお子様だな」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 リアナは上手い反論が思いつかないらしく、唸り声をあげている。


 そこでセリア先生が教室に入ってきて講義が始まる。

 リアナは中途半端なところで追及が終わってしまい不完全燃焼気味なのかこちらをちらちらと見ている。まだ気になるのか……

 セリア先生の座学の講義はリアナの助力のおかげでまたついていけるようになっていた。

 今日の朝は講義内容を先取りして読んでいたため理解が早い。しっかり講義についていけてる。

 午前の講義は順調に理解が進み、昼休みになった。



 昼休み、俺のテーブル席に座る人間が三人。

「で、キスはしたの? してないの?」

 リアナは午前中ずっと気にしていたのか今もその質問をしてくる。

「リアナの好きに解釈して良いって」

「そうじゃないでしょ⁉ 姉弟間でそんな事があったらダメでしょ⁉ あたしは公序良俗に反した行動をアンタがしてないか気にしてるのよ」

「公序良俗って俺は元からそんな潔白な人間じゃないぞ? それに姉弟間で何かあったとしてリアナに何か言う権利があるのか?」

「それは、そうだけど……」

「お姉ちゃん的には早く教えてあげないハヤト君も悪いと思うな」


 ここでミルティアーナが口を挟む。

「けどこう言っておいた方がリアナの反応が面白いだろ?」

「それは分かるけど流石に朝から気にしてるのを見てると可哀そうになってくるよ」

「じゃあミルティアーナが答えてよ、ハヤトに目覚めのキスしてもらったの?」

「えー、どうだったかなぁ……もう覚えてないや!」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

「結局ティアーナもリアナをからかうんじゃないか」

 リアナの悔しそうな顔を見て俺は笑う。



 そんな昼食の時間を過ごして午後の実技では、今日もミルティアーナがリアナに体術の型を教えている。様子を眺めていると昨日より型がまともになっているように見える。

 あれで一応才女だからな……なんて事を思いながら午前の座学の内容を思い出しながら実技の時間を過ごす。


 放課後はリアナと二人で座学の試験対策をする。

「ハヤト、最近暇な時間ずっと勉強してない?」

「ああ、俺にとっては初めての試験だからな。どのくらい勉強しておけば良いのか分からないんだよ。だから不安で時間がある時は勉強するようにしてる」


 俺は暗殺者としての試験とかは受けた事はあるが学院生としての試験は受けた事がない。どこまで勉強したら大丈夫、というラインが分からないから単位を落とすかもしれない、という感情が頭を占めている。


「今のハヤトならそこまで必死にならなくても単位自体は取れるわよ? 最近は根を詰めすぎなんじゃない?」

「そうか? じゃあ勉強の時間を減らして俺もリアナに体術の型を教えることにしようかな」

「それはダメよ」

「なんでだよ、まだ恥ずかしいのか? 昨日より型もマシになってただろ?」

「なんで見てるのよ! ……人前で足を広げたりするのって貴族としては駄目だと教わってきてるからなんか恥ずかしいのよ」


「そんな感情を持っているといざという時に負けるぞ? 貴族が戦うのは誘拐犯だけじゃなくて盗賊やゴロツキなんかも相手にすることだってあるんだからな。そんな時に恥ずかしくてまともに構える事も出来ませんでした、とか言っても相手は待ってくれないし誰かが助けてくれるわけでもない。それで捕まってみろ、親に身代金と交換と言われるか、奴隷として売られるか、嫁にいけない身体にされるかのどれかだろ」


 俺がそういうと、リアナはそこで盗賊やゴロツキという存在を思い出したのか、ハッとした表情をする。


「それは、考えてなかったわね……確かに、治安の悪い領地だと盗賊やゴロツキだっているわ。実際に貴族の令嬢が誘拐された例もある。そうよね、そういう時に恥じらってたら意味ないものね、今のうちに恥じらいは失くしておかないと」


「じゃあ明日からは俺も近くで見てるから早く恥じらいをなくせるといいな」

「え⁉ 明日から? そんな急に恥じらいを捨てれるわけないでしょ!」

「これだから箱入りお嬢様は……ティアーナとは大違いだな」

「ミルティアーナと比べないでよ、アンタと同じくらい体術ができる人と比べられても困るわ」

「ま、それもそうだな。そろそろ試験対策に戻ろう」

「そうね」

 そう言って俺たちは日が沈むまで試験対策に励んだ。


 自室での夕食時、

「ティアーナ、リアナの体術の型はどうだ?」

「うーん、貴族令嬢だから足を広げて腰を落とす構えに少し抵抗があるみたい。けど筋は悪くないから、型自体は毎日やるけど明日は型の練習と一緒に少し身体を動かしてみようと思ってるよ」

「なんか俺たちってリアナを育てるために学院に通ってる感じだな」

「確かにそんな感じだね。でもそれも悪くないんでしょ? ハヤト君結構楽しそうにしてるよ?」

「そうだな、何かを教えてあいつがそれをものにしていくのは見ていて結構楽しいんだ」

「ハヤト君の数少ない楽しみが一つ増えたね!」

「数少ないとか言うな、悲しくなる」

「でも数少ないのは事実でしょ? 旅をしてる間は釣りくらいしか楽しみがなかったじゃない」

「ツィエラまで……」

「あ、でも一緒にお風呂に入った時チラチラ私の身体を見るのも楽しみのひとつなのかしら?」

「勘弁してくれ……」

 こうして姦しい夕食を終え、就寝する。

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