第二部 三章 前期試験(Ⅳ)
場所は以前と同じ平原。そして以前と同じように魔獣が見つからない。
「平原に魔獣が出たじゃなくて平原のどこらへんかをちゃんと教えて欲しいんだよなぁ」
「そうだね、そろそろ暑くなってくる季節だし、魔獣を探すために汗をかくのも嫌だしね」
「そんな事言ってないでさっさと探すわよ! 今日こそあたしが魔獣を討伐してみせるんだから!」
「連携はどうしたんだ?」
「……忘れてないわよ」
絶対忘れてただろ……なんて思いながら俺も魔獣を探す。
魔獣を探し始めて小一時間したところで、ミルティアーナから
「魔獣見つけたよ!」
との声が上がる。
「ようやく見つかったか」
俺はそう言ってミルティアーナの元へ行くと、そこにいた魔獣はまたしてもビッグボアだった。
「またあいつか」
俺は思わずそう言ってしまう。
「私も同じ気持ちだよ……」
ミルティアーナも同様らしい。
「前も言ったけど、それはアンタたちだから言える事なんだからね? 普通の学生からしたらかなり脅威なんだから」
「今のリアナでもあんなの雑魚だろ、大嵐炎舞で焼いてこいよ。学院で練習できないならここでやるしかないだろ?」
「……もしかしてそのためにこの依頼受けたの?」
「そうだ」
「アンタって変なところで気が利くわよね。ありがたくそうさせてもらうわ」
そう言ってリアナは詠唱を始める。
「紅蓮の劫火、原初にして終焉をもたらす因果の焔、時は来たれり、豪炎をもってこの世全ての生を無に帰せ、大嵐炎舞!」
リアナが生み出した炎は、そのまま大波のようにうねりを上げてビッグボアに襲い掛かる。そして瞬く間にビッグボアを呑み込み肉を焼くどころか溶かし、骨も焦げてしまった。危うく討伐部位である牙まで失う所だった。
「な、リアナにとっても相手になるような魔獣じゃないだろ?」
俺がそう言うと、
「……そうね、なんというか上位の精霊魔術って霊威の制御が難しいって聞いてたのにこんなあっさりと使いこなせて良いのかしら?」
「この一か月、それだけ霊威の制御を頑張って鍛えてきたんだろ? 精霊使いにとって一番大事なのは精霊魔術はないし、霊装顕現でもない。霊威の制御だ。それができなければ全てができないからな。リアナはそこを徹底的に鍛えたから上位の精霊魔術も制御できてるんだ。もっと素直に喜んでも良いんじゃないか?」
「そうだよリアナ、今の帝国騎士団にだって上位の精霊魔術をちゃんと制御して使える騎士なんてそう多くないんだからこれは誇って良い事なんだよ?」
「なんかアンタたちにそう言われると複雑な気持ちになるわね……でも、そっか。あたしは上位の精霊魔術を扱えるくらいに霊威の制御が上達していたのね」
「そろそろ実技の時間は組手にしても良いかもな」
「あ、じゃあ私達も身体を動かせるね、順番に組手していこうよ」
「ちょっと待ちなさい! あたしは組手というか体術なんて学んだことないわよ⁉」
リアナが二人の何気なく実技の訓練の難易度を上げようとしている事に驚くと同時に体術は未経験だと叫ぶ。
「大丈夫だ。体術もちゃんと教える」
「霊威の放出を封じられた場所だと体術は必須だからね、覚えておいて損はないよ?」
「どこにそんな場所があるのよ!」
「悪い事をしている貴族の部屋とかにたまにそういう結界が貼ってあるらしいよ? あとはそういう拘束用の魔道具があるじゃん?」
「アンタたちは何を想定して生きてきたのよ……」
「孤児を捕まえて奴隷にしようとする人間だっているからな」
「そうそう、この国は奴隷制度を禁止しているけど、奴隷制度を禁止していない国もあってね、そういう所の奴隷商人は他国から孤児を誘拐して奴隷にして売りさばいて利益を出すの。私達は精霊使いだから対処できるけど一般の孤児なら体術は必要になってくるのよ」
俺とミルティアーナはかつて任務中に街中で奴隷商人に襲われたことを思い出しながらリアナに話す。
「なんで話がそんなに具体的なのよ⁉ 怖すぎるわよ!」
「貴族の令嬢だって誘拐される可能性がゼロってわけじゃないんだ。体術は使えるようになっておいた方が良い」
「それは、そうね……」
「じゃあ決まりだね! 最初はリアナに型を教えよっか。後は魔術刻印した短剣も持たせたいね! 武器に霊威を流し込むだけなら霊威の放出を封じられててもできるし、精霊に頼れない時に役立つから」
「それってミルティアーナが持っていた短剣みたいなの?」
「そうだよ、ちなみにハヤト君は持ってないよ? 持つとツィエラの機嫌が悪くなるから」
「ツィエラにそんなところがあったなんて……でもそうね、短剣はいざという時に持っておいても良いかもね。明日にでも店を回って一本用意しておくわ。魔術刻印を刻む短剣はもっと時間を掛けて選ぶことにする」
「ああ、それがいい」
「じゃあ話も纏まったし、討伐部位を回収して帰ろっか」
ミルティアーナが話を締めくくり、俺たちは討伐部位を回収して帰路につく。
その間もリアナをどういう風に育てるかでずっと話し合いが続いたのだった。
翌週、前期試験一週間前。
俺とミルティアーナが朝食を取り、教室に入ってリアナにいつものように挨拶をする。
「おはようリアナ」
「リアナ、おはよ」
「おはようハヤト、ミルティアーナ。間に合わせの短剣は買っておいたけどこれでいいかしら?」
そう言ってリアナが短剣を見せてくる。恐らくこの街で買ったのだろう、それなりに品質の良さそうな短剣が無難な鞘に納められている。
「間に合わせならもっと安物でも良かったのに」
ミルティアーナがそう言うが、
「安物を買って簡単に壊れたりしたら困るじゃない、二人の実技の鍛錬ってハードそうだし」
「今まではそこまできつくなかっただろ? ハードになるのはここからだ」
「嘘でしょ……まだハードになるの?」
「と言っても、今日は体術の基礎というか型を教えるだけだがな。正直短剣はまだ使わない」
「型を覚えた後に短剣を使うの?」
リアナが問うが、
「いや、型を覚えたら無意識にその型通りの動きができるようになるまで組手をする。短剣を使った格闘術はその後だな」
「何よ、じゃあ短剣を買っておく必要はなかったじゃない」
リアナはそう言うが、
「そんなことないよ? これから毎日装備して生活するんだから、短剣を差した状態に慣れておかないといけないでしょ? 戦闘中だっていきなり戦術の幅が広がっても使いこなせないのと同じで、短剣だって普段から身に着けておくことでそこにあることを覚えておくの」
ミルティアーナがリアナに短剣を買わせた意味を教える。
「そういう事ね、分かったわ。短剣って右手で扱うのよね?」
「そうだね、基本右手だから腰の後ろか左側に差しておいていざという時に抜けるようにしておいてね」
ミルティアーナがそう言ったところで、セリア先生が教室に入る。
今日も講義が始まった。
昼休み、食堂にて。
いつも通り、俺のテーブル席に俺とリアナとミルティアーナが座ってメニューを注文している。
「ねえハヤト、午後の実技で体術を教えるって言ってたじゃない?」
「ああ、言ったな」
「よく考えたらそれって実技の内容から外れてない?」
「外れてはいるが霊威制御の一環だと言えば済むだろ。どちらかというと魔術科の実技に近くなるんだろうけど」
「でも霊威の制御を今以上に上手くするなら戦いながら霊威を使っていくしかないからね、ある意味仕方がないとも言えるよね」
「あたしの霊威の制御ってそこまで高いの?」
「まあ学年で五本の指には入るんじゃないか? あの霊装顕現できる斧使いはどうして霊装顕現できるのか不思議なくらい霊威の制御が下手だし」
「ちょっと待って、あの斧使いがあたしより霊威の制御が下手なのに霊装顕現できるってことは今のあたしでも霊装顕現できてもおかしくないって事よね?」
「ああ、そうだな。実際エルネア鉱山の特別依頼では形になりかけてただろう? あとは感覚の問題だろ」
「はあ⁉ じゃあ先に霊装顕現でも良いじゃない!」
「別にそれでも良いけどその先はどうするんだ?」
「え、その先?」
「そうだ、リアナはずっと霊装顕現できるようになりたいとは言っていたがその後の事は考えてるか?」
「そういえば考えてないわ、霊装顕現できるようになってから考えたらいいと思ってた」
リアナがそう言い、そこでミルティアーナが口を挟む。
「本当なら別にそれでも良いんだよ? でもね、最近の騎士団の実力の低下がそれなのよ」
「どういうこと?」
「霊装顕現できれば一流の精霊使いだと勘違いしている騎士が多いから、霊装顕現できるようになった途端鍛錬を疎かにするの。本当は霊装顕現できてからが精霊使いとしての始まりなのに」
「精霊使いの始まり……?」
リアナがそう言ったところで、料理が運ばれてきたので一度食事にする。
そして食後の紅茶を飲みながら、
「さっきの精霊使いの始まりってどういうこと?」
「霊装顕現できてから、自分の霊装顕現の能力の可能性を探っていったり、精霊魔術をより戦闘向きに改良したり、霊威の制御を高めて霊威の運用効率を上げたり、精霊使いとしてやれることは沢山あるにも関わらず大半の精霊と契約している人間は霊装顕現できた時点で一流になったと誤解して無駄に誇りを持って生きていく。馬鹿みたいだろ?」
「さっきミルティアーナが言ってた騎士団の実力の低下ってそういう事なの?」
「そうだよ? だからリアナには霊装顕現を後回しにして先に霊威の制御とか精霊魔術、霊威を放出できない、つまり霊装顕現と精霊魔術が使えない状況で戦う術とか、色んな事を教えておきたかったの。そこら辺の弱い騎士みたいにならないようにね」
「そういう事だったのね……」
「幸い、上位の精霊魔術が使える以上今期も来期も実技の単位は問題ないだろう。だからこの際いけるところまで育ててしまおうかと思ってな。それでもリアナが霊装顕現が先が良いって言うならそっちを優先するぞ?」
「……霊装顕現は後回しでいいわ。ただし一年生の間にできるようにはなりたい」
「分かった、後期でさくっと霊装顕現できるようになろう。前期の残り一週間は体術の基礎だな」
そう言って俺たちは紅茶を飲み終え、午後の実技の用意をするのだった。
「じゃあ体術の型から教えていくぞ?」
「あ、待ってハヤト君」
「ティアーナ?」
リアナに体術の型を教えようとすると、ミルティアーナに呼び止められる。
「体術の型は私が教えるよ」
「それは良いけど、どうしたんだ?」
「年頃の女の子が腰を落として体術の構えをこうやるんだって男の子に言われても恥ずかしいでしょ? わたしがリアナの立場だったら少し恥ずかしいだろうし、ここは私が教えるね?」
「リアナ、そういうものなのか?」
「正直、ちょっと恥ずかしいわね……」
「そうか。じゃあティアーナ、頼む」
「うん、任せて!」
俺はそう言ってミルティアーナに体術の教育を任せてその光景を少し離れた場所から眺める。
すると、構えや拳の突き出しなど、足幅が広がるような姿をリアナが恥ずかしがっている。
貴族だからそのあたりは俺たちとは感性が違うのかね?
なんて思い、暇だからツィエラに話しかける。
(なあツィエラ)
(なあに?)
(ツィエラだったら俺から体術を教えられるのは恥ずかしいか?)
(ん、どうでしょうね。でも好きな人の前で下手な所を見せたくないから私もミルティアーナの言葉には賛成よ)
(誰だって最初は下手だろ)
(それでも下手なところは見られたくないのよ、もう少し女の子の気持ちを理解してあげなさい)
(努力はしてみるよ、一応)
俺はそのままツィエラと話して時間を潰して実技の時間をやり過ごしたのだった。
放課後はリアナから座学の勉強を見てもらう。先週で二週間の遅れは大体取り戻し、今日でようやく今の講義内容に追いついた。
「ふう、これでなんとか講義には追いついたわね」
「ああ、リアナのおかげだ」
「ほんとよ、感謝してよね?」
「してるしてる」
「本当かしら? なんか雑っぽいわ」
「感謝してるのは本当だよ、リアナがいなかったら俺は多分講義についていけなくて依頼で単位を稼いでたと思う」
「それもそうね、じゃあ残りの一週間もこの調子で頑張りましょう!」
「ああ。……ところでリアナ、一つ聞きたいんだが」
「何?」
「体術を俺から教わるのは何がそんなに恥ずかしいんだ? 霊威の制御だって最初は下手だったろ? 下手なところはもう見てるんだから別に恥ずかしがることはないと思うんだが」
「それとこれとは話が別なのよ!」
「良く分からんが、そうか」
本当に良く分からん。
「それじゃあそろそろ今日は終わりにするか」
「そうね、明日からは講義の内容の復習と試験に出そうなところを詰め込むわよ、それでなんとか単位はとれるでしょ」
「だと良いんだが」
「いや、そんな事言ってないで取りなさいよ、本当に」
「ああ、努力はする」
そう言って俺たちは解散し、それぞれの自室に戻る。
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