第二部 三章 前期試験(Ⅲ)


 座学の勉強が終わり、俺たちはそれぞれの自室に戻る。

「今日は放課後からずっと実体化したままだな。何かあったのか?」

 俺がツィエラにそう問いかけると、

「たまには良いかと思ってね、ただの気分転換よ」

「そうか」

「それより、今日は何が食べたい?」

「トマト煮込み」

 俺は好きな食べ物を言ってみる。

「良いわよ、ちょうど材料も買ってあるし」


 そんな他愛ない話をしながら自室に戻り、ミルティアーナにお帰り、と迎えてもらう。

 いつもの日常が返ってきた、俺はそう思った。

「ハヤト君、座学はどう? なんとか試験までに追いつけそう?」

「リアナがいるから大丈夫だろ、それにしばらく実技の時間は自習だろうしな」

「今日のリアナの上位の精霊魔術、本当に凄かったね、あれを完全に制御出来てたらそこら辺の精霊使いよりよっぽど強いじゃん」

 ミルティアーナが実技の時間で見たリアナの精霊魔術について話す。

「ああ、あれほどの精霊魔術をたった一回で成功させるとは思っていなかった。これでリアナも実技は最高評価になるだろう」

「だね、これで夏季休暇にリアナが帰省しなければみっちりと霊威の制御を鍛えて霊装顕現アルメイヤできるようにしたんだけど」


 ミルティアーナが少し残念そうに言う。

「それは仕方ないだろう、俺たちと違ってリアナには親がいて帰る家があるんだから。あいつだって家族には会いたいだろうしな」

「そうだね、私達みたいに家族と一緒に暮らしてるわけでもないからこういう時くらい会いに行かないとね」


 そんな話をしながら俺は座学の続きを始める。リアナに頼ってばかりではなく自分でもまた努力してみようと思ったのだ。

「ハヤト君、リアナに教えてもらってない時も勉強してるの?」

「試験が近いし、二週間の遅れを取り戻したいからな、今だけだよ。それにリアナに教えてもらう前はこうやってツィエラが夕飯を作ってる間に勉強してたんだ」

「真面目だねえ、そんなに勉強に興味あるの?」

「勉強自体に興味はないが、ツィエラが言ってたんだよ。色んな事を知っていけばやりたいことも見つかるだろうってさ。だから学院にいる間は勉強は努力するつもりでいるんだ」


 俺はほんのひと月前にツィエラに言われたことをミルティアーナに伝える。

「へえ、ツィエラがそんな事を言ってたんだ。本当に一人三役やってたんだね」

 とミルティアーナが言ったところで、

「ええ、本当に一人三役やってたわよ?」

 とツィエラがやってくる。

「あとは鶏肉を煮込むだけで夕飯ができあがるわ」

 そう言ってツィエラもテーブル席に座る。

「ミルティアーナ、貴女は座学は大丈夫なの?」

「多分大丈夫だと思うよ? 一応諜報部隊にいた時もそれなにに知識はつけるようにしてたから授業にもなんとかついていけてるし」

「そう、当てのない旅をしていたハヤトとは大違いね」

「仕方ないだろ、やりたい事も無かったし、何をしたらいいか分からなかったんだから」

「今はどう? やりたい事は見つかった?」

 ツィエラがそんなことを聞いてくる。


「……いや、まだ見つからないな。強いて言うならティアーナとイリスと一緒に暮らしていたいくらいかな。やっぱり俺にとって家族って言える人間はこの二人だけだし」

「そう、まだまだ学院生活は続くのだからゆっくりやりたい事を増やしていけばいいわ」

「ああ、そうだな」

 そう言って俺は勉強に戻る。いつまでもリアナに頼ってばかりいられないと思っているからこそ自分で追いつく努力をしなければならないし自分で理解できるようにならないとこの先も苦労すると分かっているからだ。


 それから十数分後、

「そろそろトマト煮込みが出来上がる頃合いね、夕飯にしましょうか」

 そう言ってツィエラがキッチンに戻る。

 俺は教科書を片付け、ミルティアーナはキッチンでツィエラの手伝いをしている。

 そして二人が用意した夕食を食べる。

 食後の紅茶を飲んでから順に風呂に入り、眠りにつく。勿論ハヤトが真ん中になる川の字で。



 翌朝、俺は微睡みの中にいた。この眠るか眠らぬかという感覚が俺は好きで、この時間を堪能していると、突如唇に柔らかい感触を感じる。何かと思いゆっくりと瞼を持ち上げると、そこにはミルティアーナの顔があった。

「ん、んぁ、おはよ、ハヤト君」

「……おはようティアーナ、朝から何やってるんだ?」

「何って目覚めのキスだけど?」

「何故今日になっていきなり目覚めのキス?」

「だってツィエラとリアナとはキスしてるのに私とはしてないってなんか悔しいし、昨日いったでしょ? 明日から大変な目に遭うぞって」


 ……ああ、そういえばそうだった。大変な目に遭うってこういう事だったのか。

 なら、ミルティアーナにも大変な目に遭ってもらおうか。


 俺はそう思いミルティアーナの身体に抱き着きベッドに引きずり込む。

「きゃっ! は、ハヤト君⁉ どうしたの⁉」

「目には目を、歯には歯をっていうだろ?」

 俺はベッドの中でミルティアーナを仰向けにしてミルティアーナにまたがって両手を抑え込む。

「は、ハヤト君?」

 そのままミルティアーナにキスをして寝起きを仕返しをしてやるのだった──。



「ハヤト、ミルティアーナ、朝食ができたからその辺でやめにしておきなさい」

 ツィエラに言われて俺はミルティアーナに対する仕返しをやめる。時間にして三分くらいだろうか?

 きっちりと仕返しをしておいた。ミルティアーナは既に息も上がり顔を赤らめ潤んだ目でこちらを見ている。

「分かった、すぐそっちに行く」

 俺はそう言ってミルティアーナを見てニヤリと笑ってからテーブル席に座った。


 それから少ししてミルティアーナもテーブル席に座ったが、未だに顔が赤い。

「ハヤト君のえっち」

「いや、キスしかしてないけど」

「女の子をベッドに引きずり込んで両手を抑えてキスするのはえっちだと思うなあ」

「俺が寝てる時にキスしてくる人よりマシなんじゃないか? 堂々としてるし」

「別になんでもいいでしょ、ほら、朝食が覚める前に食べてちょうだい」

 ツィエラの言葉に従い朝食を食べる。そして食後の紅茶を飲みながら登校前のゆっくりとした時間を過ごす。

「私、ハヤト君があそこまでキスが上手いとは思ってなかったよ」

 ミルティアーナはそう呟く。


「ツィエラ仕込みのキスは堪能満足できたか?」

「気持ちよかったのもなんか悔しい、お姉ちゃんなのにずっと主導権握られてたし」

「ハヤトも成長したものね、最初はキスだって下手だったのよ?」

「誰だって最初はそうだろ」

「しかもキスがなんなのかすら知らなかったのだから本当にびっくりしたわ」

「教団の教育にキスなんてなかったんだから仕方ないだろ? むしろティアーナがなんでキスとか知ってるのかが不思議なくらいだ」

「それはほら、女の子だから」

 ミルティアーナがそう言って言葉を濁す。

「本当に訳が分からん」


 そんな話をしてから登校の用意をし、俺たちは教室へ向かう。

「これに懲りたら明日からはもう目覚めのキスとかはやめるんだな」

「どうしよっかなあ、キスしたらハヤト君も答えてくれるって分かったしこれから毎日キスするのも良いかも」

「歯止めが効かなくなるからやめてくれ……」

 げんなりしながら教室に入り、いつも通りリアナの隣に座る。

「おはよう、リアナ」

「おはよ、リアナ」

 俺たちがリアナに声を掛けると、リアナは考え事をしていたのか、少し遅れてから、

「あ、おはよう二人とも。……ミルティアーナ、なんか顔赤くない?」

 リアナがミルティアーナの変化に気付く。


「い、いや、これはなんでもないの! 気にしないで」

「気にするでしょ、熱あるんじゃないの?」

「リアナ、これは熱じゃないから大丈夫だ」

 俺もミルティアーナの顔の赤さについて熱ではないと言及しておく。

「? ……アンタたち、部屋で何かしてたの?」

 中々鋭い質問だった。

「何かしたというより俺が寝てる間に何かされただけだ」

「はぁ⁉ ちょっとミルティアーナ、アンタ何したのよ!」

「別に? 何もしてないよ?」

 ミルティアーナはすまし顔で答える。


「よく言うよ、あれで何もしてないとか」

「お姉ちゃんはその後のハヤト君の方が凄かったと思うなあ」

「ねえ、アンタたちほんとに何したの? なんか言動だけだと凄く怪しいんだけど?」

「言動だけで疑うのはよくないぞ、リアナ」

「そうだよリアナ、まるで私達が悪い事してるみたいじゃない」

「悪い事かどうかは知らないけど良からぬ事かもしれないじゃない」

「良からぬ事ってなんだ?」

「そ、それは……」

「ねえねえリアナ、今何を想像したのかな?」

 攻守が逆転して今度はリアナが質問攻めに遭う羽目になった。

「そりゃ姉弟間の禁断の恋とか……」

「……」

「……」

 それを聞いて俺とミルティアーナは無言になる。


「……ねえ、その無言は何よ?」

「別に、リアナもそういう事考えるの好きだよなって思っただけだ。流石がっつリアナ」

「がっつリアナ言うなっ!」

「ハヤト君の女房がこんな思想をしてるってちょっとお姉ちゃん、悩んじゃうな……」

「女房も言うなっ! あたしの人生がめちゃくちゃになるでしょうが!」

「リアナ、そんな大声で叫ぶと周りに聞かれるぞ?」

 その言葉を聞いた途端、リアナは周囲を見渡し、

「なら叫ばせないでよ!」

 と小声で叫ぶ。


「リアナをからかえなくなったら誰をからかえばいいんだよ?」

「あたしってそういう扱いだったの⁉」

「え、違ったの?」

「ミルティアーナまで、酷いわ……」

 なんて話をしているとセリア先生が教室にやってくる。

「今日も全員揃っているな、席に着け、講義を始めるぞ」

 こうして今日も座学が始まるのだった。

 あの日以来、特別依頼で呼び出されることは無く、講義を穏やかに受けることが出来た。



 二週間の遅れはあるものの、今やっている分はきっちりと聞いてノートに内容を纏めて記入する。午後の実技は地面が抉れたままではあるが比較的無事な部分を使って実技の講義が行われ、放課後はリアナから座学を教えてもらうという平和な一週間を過ごすことが出来た。

 そして週末、久しぶりに依頼を受ける日が来た。


 依頼の受付所でリアナと待ち合わせ、俺とミルティアーナが合流してから依頼を選びに行く。

「リアナ、また平原の魔獣討伐が出てるぞ、折角だしこの間の精霊魔術の練習がてら受けてみないか?」

「あたしは嬉しいけど、アンタたちはそれでいいの? Bランクの依頼じゃつまらないでしょ?」

「私は別にいいよ? 見た感じだとAランクもたいしたことないし」

「そうだな、正直特別依頼くらいじゃないと手応えがないからどれを選んでも同じだ」

「そんな事が言える学院生なんてアンタたちくらいなんでしょうね……じゃあ平原の魔獣討伐の依頼受けてくるわ」


 そう言ってリアナは受付に行く。

「平原ならリアナの大嵐炎舞の練習もできるね」

「そうだな、校庭を半壊させて以来あの精霊魔術は禁止されているからどこかで練習させてやりたかったんだ」

「じゃあ魔獣討伐がついでで本命はそっちなんだ?」

「そうなる」

「これはリアナに秘密にした方がいい?」

「いや、どっちでもいいよ。どのみちリアナなら気付くだろ」

 そんなやりとりをしているとリアナが戻ってくる。

「依頼の受注は完了したわ。行くわよ」

 そう言ってから俺たちを連れてリアナは歩き出したのだった。


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