第二部 三章 前期試験(Ⅱ)

 俺たち三人は校庭半壊の話を聞いた学院長に呼び出され、学院長室にいた。

「それで、ローゼンハイツの実技評価を上げておくために上位の精霊魔術を使わせてみたら校庭が半壊したと」

「まあ、地面が溶けただけだし別にたいした問題じゃないだろ」


 俺は苦し紛れに言い訳をする。

「ほう? お前はそのせいで実技は中止になったのだがたいした問題ではないと言うのか?」

「うっ」


 流石にそう言われると俺も言い返すことが出来なかった。

「しかし一年で上位の精霊魔術を使うか。それは流石に驚いたな。ローゼンハイツの姉も一年の頃はそこまでは出来なかった」

「姉さまがですか?」

 リアナがローゼンハイツの姉、という言葉に反応して質問をする。

「ああ、お前の姉は昨年の三年の中では一番優秀だったし上位の精霊魔術も使えた。しかし校庭を半壊させたりはしなかったがな」

「うぐっ」

 リアナも反論できないのか、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「まあ校庭を半壊したのはこの際もういい。やってしまったことはどうにもならんし生徒が成長したのにいつまでも怒っているのもどうかと思うからな。ローゼンハイツ、一年にして上位の精霊魔術を使えるのは非常に優秀だ。次はその上位の精霊魔術をしっかり制御できるように鍛錬するんだな。そうすればハヤトたちの特別依頼にもついていけるだろうさ」


「っ! はいっ!」

 リアナはその言葉を聞いて嬉しそうに返事をする。


「ついでにこのまま先日の特別依頼の件について伝えておく。地龍と双龍の討伐は諜報部隊が確認しているから既に事実として処理されている。帝国は喜んでいたぞ? 地龍と双龍、どちらも討伐するのは難しいどころか今の帝国騎士団では無理だろうからな。そんな魔獣の素材が手に入るのだ、報酬もたんまり貰っている」


「へぇ、そんなに報酬が貰えるのか?」

「ああ、金貨五百枚だ」

「……は?」

 俺はあまりの金額に聞き間違いかと思い生返事を返した。

「金貨五百枚だ」

「……本当か?」

「ああ、龍種二体の素材を考えたらこれでも少ないくらいだが、帝国騎士団の損害等の補填もあるからこれが限度だそうだ」

「俺とティアーナで分けて一人二百五十枚か、とんでもない金額だな」


 俺は金額の大きさに驚き、

「じゃあ夏季休暇は遊び放題だね!」

 とミルティアーナは純粋に喜んでいる。

「ちなみに単位は十単位出すことにした。こちらはもう十分なほど依頼で単位を取得しているからこのくらいで良いだろう?」

「ああ、正直実技の単位を確約されている俺からしたらもう座学の試験を落としても問題ないくらい単位を稼いでる」


「確かにそうだが座学の勉強は怠るなよ? 今やらなければ来年苦労するからな? 来年はローゼンハイツが同じクラスになるとは限らんからな。放課後に座学を教えてもらえるとも限らんだろう?」


 学院長からそんな忠告を受ける。

「言われなくても勉強はちゃんとするさ。三年間は頑張るって決めてるからな」


「そうか、なら良い。ああ、それと夏季休暇中は学生に特別依頼が来ることはない。帰省している学生もいる中で特別依頼を出しても確実に受けられるわけではないからな。だからハヤトとミルティアーナ、夏季休暇は楽にしていていいぞ」


 そう言われ、俺は夏季休暇が暇になる事が確定した。

「私からの話は以上だ。金貨を受取って退室したまえ」

 そう言われて俺たちは金貨を受取って退室する。


「金貨五百枚って流石に重いな、一度自室に戻ることにする、二人は先に教室に戻っていてくれ」

 俺はそう言ったが、

「一人で持つと大変でしょ? お姉ちゃんも手伝うよ」

 そう言ってミルティアーナが金貨を入れた袋を掴む。

「悪い、助かる」

「家族は助け合うものでしょ?」

「そうなのか?」

「そうらしいよ?」

 なんて言って家族を知らない俺たちは自室へ向かう。

「じゃあリアナは先に戻っててくれ」

「分かったわ、そのまま自室でサボるんじゃないわよ?」

「分かってるよ」

 そう言って俺たちはリアナと別れた。


 そして自室に着き、金貨の入った袋をテーブルの上に置く。

「ふう、重かったねえ」

「ああ、どうせならここまで持ってきて欲しかったな」

 そうミルティアーナと話していると、ツィエラが実体化して、

「身体強化を使えばもっと楽に運べたでしょうに」

 と指摘して、

「そういえばそうだった」

 俺はその事に今になって気付く。

 しかし既に金貨を運んだあとだった。気付くのが遅かったか、と思いながら俺は教室に戻ろうとするとミルティアーナに止められる。


「ハヤト君待って」

 そう言いながらミルティアーナは部屋の扉を閉めて鍵をし、扉に背を向けてハヤトが扉を通れないようにする。

「どうしたんだ、ティアーナ?」

「さっきの質問の答え、今聞いておこうと思って」

「さっきの質問?」


 俺はなんの事か分からず質問を質問で返す。

「そう、ファーストキスはいつ、誰としたのかなって質問だよ」

 俺はその瞬間、部屋からの脱出経路を探る。扉はミルティアーナが抑えているから使えない。となると窓か? しかしここは一階ではない以上飛び降りると肋骨の罅に響くかもしれない、そう考えると脱出経路がなくなってしまう。


「ね、ハヤト君。お姉ちゃんの質問に早く答えてよ。いつからハヤト君はキスに対する貴重性を失って簡単に人とキスできるような人間になっちゃったの?」

「黙秘権を行使する」

「お姉ちゃん権限で許しません」

「いくら姉といえどもそんな事まで教える必要はないだろう」

「お姉ちゃんは歪んだ弟の思考を正す義務があるの。だからちゃんと答えて?」

 なんてやりとりをしていると、ここまで黙っていたツィエラが口を開く。


「ハヤトのファーストキスは私よ? ジカリウス教団から逃げてからは私がハヤトの母であり、姉であり、恋人として過ごしてきたのだもの。ファーストキスどころかハヤトにはハグとか色々仕込んであるわ。キスをしたのはいつだったかしら……確かハヤトが十二歳の頃ね」


 とツィエラがファーストキスから時期まで全てミルティアーナに話す。

「やっぱりツィエラだったかぁ……ハヤト君と一緒にいた時間が一番長いのがツィエラだもんね、しかも恋人として過ごしてたんだからキスくらいするよね」

「ええ、勿論よ? ハヤトは私が私好みに育てた大事な恋人だから、ミルティアーナでもあげたりしないわよ?」

「お姉ちゃんは恋人じゃなくて家族だからキスくらい問題ないんですぅ!」

「いや、家族でキスはしないだろ」


 俺はミルティアーナの言葉に突っ込む。

「それは偏見という奴だよ、ハヤト君。そもそも家族の形って色々あるじゃん、私達のような家族の形もあれば世間一般でいう父がいて、母がいる家族だってある。でもそれらすべてが全く同じ形の家族ってわけじゃないんだから、私達には私達の家族の形があるんだよ。そこでは家族間のキスは認められています!」


 ミルティアーナは声高らかにそう宣言する。

「そうか。もう知りたい事は知れただろ? そろそろ教室に戻ろらないか?」

「お姉ちゃんまだキスしてもらってないんだけど?」

「気が向いたらな」

 俺はそう言ってミルティアーナを横にずらして扉を開けて教室へ向かう。

「もう、お姉ちゃんにそんな態度を取ってると明日から大変な目に遭うぞ?」

「そうか、その時はツィエラに助けて貰うさ」

「あら、私は姉弟のスキンシップを邪魔したりはしないわよ?」

 とツィエラが言い、

「嘘だろ……」

 俺は絶望するのだった。



 そんなやりとりをしてから俺たちは教室に戻り、俺はいつもの席に着く。

「遅かったじゃない」

 リアナが俺に話しかける。

「ティアーナと少し話してたんだ」

「それって昼休みの件?」

「黙秘権を行使する」

 俺は自分の分が悪くなる前に黙秘権を使い話を終わらせる。

「へぇ、あたしも聞いてみたかったわ。アンタにファーストキスの相手。どうせツィエラでしょうけど」

 リアナもツィエラだと予想していたらしく、物の見事に当ててくる。

「どうして二人ともファーストキスの相手にこだわるんだ? しかもなんで当たるんだよ」

「そりゃアンタが旅人だったからでしょ? その間にそういう店に行ってないならもうツイェラしかいないじゃない」

 なるほど、そうやって候補を絞り込んでいたのか……

「それより、アンタ座学はどうなのよ、二週間休んでたけどついていけそうなの?」

「駄目だな。もう完全に置いていかれてる」

「試験まであと二週間しかないのよ? 座学の復習の時間少し増やすから単位は落とさないようにしなさい」

「すまん、助かる」

 そうして俺とリアナは教室で自習となった実技の時間は俺の座学の勉強に使われるのだった。

 そのまま放課後になり、俺とリアナ以外が教室を出ても俺の座学の勉強は続いた。

「よく考えたらアンタってどうして座学の理論とかできないのに実技であれほどの身体強化とか精霊魔術を使えるのかしら? ちょっと不思議よね」

「そうか? 俺としては実技とか理論とか関係なくツィエラを剣として使ってたし、そもそも俺の精霊魔術はツィエラが教えてくれたんだ。だからそういうのは考えた事ないな」

「アンタ、精霊から精霊魔術を教えてもらってたの……? 最高位の精霊と契約しているとそのあたりは楽で良いわよね、会話ができない精霊だったらその精霊の伝承とか前の契約者を調べて精霊魔術を知っていくのよ?」

「それは大変だな、俺はツィエラが契約精霊で良かったよ」


 俺がそう言うと同時にツィエラが実体化する。

「そうでしょう? もっと感謝してくれても良いのよ?」

「ああ、日頃から感謝してる」

「ならたまにはお礼をして欲しいわ」

 ツィエラが珍しくお礼を要求してくる。

「そうね、いつもキスする時は私からしてるじゃない? たまにはハヤトからして欲しいわ」

「なんでここでまたキスの話になるんだよ」

「だってハヤトからキスしたのってリアナだけでしょ? あれは少し妬いちゃったわ。私ですらハヤトからキスしてきたことなんてなかったのに」

 ツィエラが少し拗ねたように言う。

「アンタ、いつもツィエラとキスしてるの?」

 そこにリアナが口を挟む。が、怒っているというより呆れている感じだ。

「精霊と人間は寿命が違うんだから、あまり入れ込み過ぎない方が良いわよ?」


「あら、でも好きな人と共に歩む時間は人間であろうと精霊であろうと尊いものよ? 種族の違いなんて些細な問題でしょ? それに私、後にも先にも契約する人間はハヤトだけだから。ハヤトがおじいちゃんになって死んだ後はハヤトのお墓の側で思い出と共に生きて行くわ」

 ツィエラがそんな事を言う。


「俺まだ十代だぞ? なんでそんな六十年くらい先の話してるんだよ。それよりそろそろ勉強を再開しないか? 二週間の遅れを早く取り戻したい」

 俺がそう言うと、

「それもそうね。じゃあ復習を続けましょうか」

 リアナもそう言って座学の勉強に戻る。

 ツィエラはその様子を実体化したまま微笑みながら眺めていた。

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