第二部 三章 前期試験


 週明けの朝、いつものようにツィエラとミルティアーナに起こされて朝食を食べて教室へ向かう。

「もう少しで前期試験だね、私達は特別依頼のせいで随分と授業に遅れてるだろうから、あと二週間で授業に追いついて試験勉強もしないと」


「授業に遅れているのは仕方ないさ。というか俺は元々ついていけてなかったしな。それに今期は依頼分の単位があるから何とかなるだろ」

「それじゃあ意味ないよ? ちゃんと勉強して自分の力で単位を取らないと」


 ミルティアーナがそう言うが、

「依頼を受けて得た単位も自分の力で取った単位だろ?」

 と俺は屁理屈をこねる。


 そして教室に入りいつもの席に着く。

「おはようリアナ」

「おはよ、リアナ」

 しかし、リアナは俺の顔を見るなり急に顔を赤くして、

「お、おはよう……」

 と下を向いてしまう。

「……ねえハヤト君、リアナに何かしたの?」


 ミルティアーナが疑問を抱いたのか俺に聞いてくる。

「いや、特に何も」

 その瞬間、

「はぁ⁉ アンタ、あたしにあんな事して特に何もってどういうことよ⁉」

 とリアナが顔を赤くしたままいきなり怒り出す。

「あんな事ってなんだ?」

「……ハヤト君、お昼、少し話そうか?」

「ん? ああ、良いけど」


 そう言ってミルティアーナは席に着く。俺もリアナの隣に座ると、心なしかリアナがいつもより距離を取っているように思える。

「リアナ、なんか距離感遠くなってないか?」

「き、気のせいよ」

「そうか」

 俺は気にせずそのまま教室に入ってきたセリア先生の声に耳を傾けるのだった。


 そして昼休み。

「授業、全然ついていけなかった……」

 俺が授業の進行具合についていけずどんよりしていると、

「ハヤト君、朝言ったお話、しよっか?」

 そう言ってミルティアーナは俺のテーブル席に着く。

「ああ、構わないけどどうしたんだ?」

「リアナを説得した後にリアナと会った?」

「いや、会ってない」

「だよね。ずっとツィエラと私と一緒だったから会う暇なかったもんね」


 ミルティアーナがまるで外堀を埋めるかのようにじわじわと質問してくる。

「じゃあ最後に会ったのって特別依頼から帰ってきてリアナを説得しに行った時だよね?」

「ああ、そうだけどそれがどうしたんだ?」

「どうやって説得したの?」

ミルティアーナの質問に対し、

「ティアーナの言った通りに説得したけど?」


 俺がそう言うと、ミルティアーナはしばらく時が止まったと思わせる程に硬直し、その直後、

「……キス、したの? 説得のために?」

「ああ、ティアーナも言ってただろ? そうしたら確実に残るって」

 俺は隠し通せる雰囲気ではなかったため正直に話す。

「ねえハヤト君、どうしてお姉ちゃんにはキスの一つもしてくれないのに他の女にはそうやって簡単にキスするの?」

「いや、だってティアーナがそうすれば確実に残るって言ったから」

「言い訳は結構、早く理由を言ってくれるかな?」

「いや、そもそもティアーナとキスする理由がないだろ」

「理由があったらハヤト君はお姉ちゃんともキスしてくれるんだ?」

「というかなんでそんなにキスにこだわるんだよ、別にキスくらいなんてことないだろ?」


 俺がそう言った時、俺のテーブル席に一人の少女が座る。

「そう。キスくらいなんてことないのね。少なくともアンタにとっては」

 リアナだった。そして午前と違って今はすこぶる機嫌が悪い。何故だ。

「リアナ? なんでリアナまで怒ってるんだ?」


 その時、

「別に? 怒ってないわよ? ええ、怒ってないわ。アンタにとってあたしにしたことがなんてことない事だったとしてもあたしは怒ったりしないわ」

 明らかにリアナは怒っている。

「なんで二人ともそんなに機嫌が悪いんだよ、ほら、話はもういいだろ? 早く昼食注文しようぜ」

 俺はそう言って話を無理矢理逸らし、全員昼食を注文する。そして話は終わった、そう思ったその時。

「ハヤト君」


 ミルティアーナが俺を呼ぶ。

「どうした?」

「これから毎朝おはようのキスをしよっか? 世間一般の姉弟では普通にやることらしいから問題ないよね?」

「それ本当に世間一般でやってるのか?」

 俺が疑心の目でミルティアーナを見る。

「お姉ちゃん調べだと世間一般では普通らしいよ」

「へぇ、検討しとくよ」

「検討はしなくていいよ。ハヤト君を起こす時にキスして起こしてあげるから」

「たかがキスになんでそんな自棄になるんだよ……」


 俺がミルティアーナに呆れていると、

「あ、アンタたち、そんな世間一般があるわけないでしょ⁉ 不純よ! 不純! やっぱり姉弟だからって同じ部屋で暮らすのは駄目よ! ええ、よくないわっ!」

 なんてリアナが叫びだす。おかげで周囲のテーブル席から奇異の目を向けられている。

「あら、ハヤト君にキスされてコロッと従順になっちゃったリアナは黙っててくれないかな?」

「ちょっ⁉ 別に従順になんてなってないし! というかなんでミルティアーナが知ってるのよ⁉」

「だってその秘策授けたの私だし。それで、どうだった? ハヤト君からキスされて嬉しかったんでしょ? 感想教えてよ」

「……は? 秘策?」

「あ、ごめんね、この話しない方が良かったかな? なんか言わない方が良さそうだからもうこの話はやめにするね?」


 そしてリアナの矛先が俺に向く。

「……ハヤト、どういうこと?」

「……何がだ?」

「秘策ってなんのこと?」

「それは俺も知らん」


 俺は全力で知らないふりをする。一言でも余計な事を言えば自分の身に危険が及ぶ可能性が高いからだ。正直地龍を相手にしていた時より緊張する。

「じゃあ質問を変えるわ。あの時あたしにしたことはアンタの意思なの? それともミルティアーナに言われたから仕方なくしたの?」


 ここだ。ここが恐らく俺の今後に重大な影響をもたらす分岐点。ここを間違えると俺は恐らく詰む。

「……ミルティアーナにそうすれば確実だとは言われていた。だがやったのは自分の意思だ」

 俺は事実を包み隠さず答えた。結果はどうだ……? そう思いリアナを見る。

 するとリアナはむず痒そうな、嬉しいような、恥ずかしいような、それでいてどこかムカついているような顔をして、

「……そう、ならいいわ」

 と言って俺への追求をやめる。俺は助かった、のか?

 と自分の身の安全がどうなっているのか不安に思っているところで、料理が運ばれてきた。

 そして俺たちは無言で料理を食べる。久しぶりに三人揃って食べる昼食は味がしなかった。


 そして食後の紅茶を飲んでいる時、

「そういえばハヤト君」

「どうした、ティアーナ?」

 ミルティアーナが俺に何か聞こうとしてくる。

「ハヤト君ってファーストキスはいつ、誰としたのかな?」

「っ⁉」

 その言葉にリアナも反応する。

「……それ、知ってどうするんだ?」

「別に? ただ、ハヤト君はキスの貴重性を軽視しているように見えるから、慣れてるのかな? って思って。もしかしてそういうお店行ったの?」

「そういう店なんて行ってない!」

「じゃあどうしてそんなにキスに慣れてるのかな? それとファーストキスの答えもまだ聞いてないよ」

「黙秘権を行使する」

「お姉ちゃん権限で却下します」

「なんだそれ?」

「家族に隠し事は良くないってツィエラも言ってたでしょ?」

「この場に家族でない奴もいるんだが?」


 そう言ってなんとか俺は言い逃れようとする。

「あ、確かに。じゃあ続きは自室に戻ってからにしよっか」

 追求は夜になった。が、今されるよりは良いだろう。

 そして午後の実技の時間が近づいてきたので話を切り上げ、俺たちは実技の用意をするのだった。



 実技の時間中、俺はいつものようにリアナに霊威の制御を教える。

「なあリアナ、そろそろ上位の精霊魔術に挑戦してみても良いんじゃないか?」

「え、急にどうしたのよ?」


「いや、今までほとんど霊威の制御に時間を当ててきただろ? この間精霊魔術を改めて使ってみたら連射速度が上がっていたとか、威力が上がっていたとか色々発見があったじゃないか。それに今の霊威量の制御ができるなら上位の精霊魔術を扱えても不思議ではないだろ」


 ミルティアーナも同意見のようで、

「確かに霊装顕現の前に上位の精霊魔術を習得しても良いかもね。それも成長してる証拠になるし。仮に今期中に霊装顕現が仕上がらなくても、上位の精霊魔術が使えたら高評価は取れるでしょ」


 リアナは少しの間考え、

「そうね、それも悪くないわね」

 と答え上位の精霊魔術を試す事になった。

「詠唱は知ってるのか?」

 俺が聞くと、

「ええ、いくつか聞いたことがあるわ。それに詠唱は全く同じである必要はないから多少違っても問題ないはず」

「なら試すのが一番良いな」


 そう言って俺はリアナから距離を取り、ツィエラを構える。

「いつでも精霊魔術放って良いぞ!」

 俺はそう言うが、リアナが中々放たない。

「どうしたんだ?」

「いや、いくらアンタでも上位の精霊魔術を防ぎきるのって無理があるんじゃない?」

「その精霊魔術が双龍のブレスと同等の威力があるなら相殺するしかないけど、そうでないなら大丈夫だ」

「それはそれでムカつくわね。……良いわ、撃つわよ!」


 そう言ってリアナは目を瞑り上位の精霊魔術の詠唱を始める。

「紅蓮の劫火、原初にして終焉をもたらす因果の焔、時は来たれり、豪炎をもってこの世全ての生を無に帰せ、大嵐炎舞!」

 直後、リアナの周囲から大量の炎が生まれ、目を開いたリアナは俺めがけて炎を操り、炎がうねりを上げて大波の様に襲い掛かってくる。

「嘘だろ……? これは想定外だ」

 俺は焦って回避しようとし、即座に身体強化を施してその場から離脱する。


 直後、俺のいた場所は炎の大波に飲み込まれ地面が溶けて抉れていた。さらにその炎はそのまま俺を狙って追尾してくる。

「あの炎、術者が操れるのかっ!」

 リアナの上位の精霊魔術、想像以上に強力じゃないか。これが使えたなら地龍討伐に連れて行っても問題なかっただろうに、と思いながらツィエラに話しかける。

(ツィエラ、あれ一気に吸収できるか?)

(ちょっと面倒ね、身体強化で少しだけ耐えれるかしら?)

(耐えて見せるさ、なら吸収してくれ)

(ええ、任せてちょうだい)

 そんなやりとりをして、俺は回避行動をやめて一箇所に留まる。そして全力で身体強化を施し、リアナの大嵐炎舞を受ける。

「ハヤト君っ⁉」

 その行動にミルティアーナが声を上げる。


 しかし、リアナの炎は次第に小さくなっていき、最後にはツィエラに吸収されて消えてしまった。

「ふぅ、何とかなったか」

 俺がそう言うと同時に、リアナが地面に膝をつく。

「リアナ、大丈夫か!」

 俺はリアナの側に駆け寄り、リアナの体調を確かめる。

「ええ、大丈夫よ、ちょっと霊威を消耗しすぎたみたい。初めて使った上位の精霊魔術だから、まだ慣れてないのよ」

「にしても凄い精霊魔術だったね! あれが使えてたら地龍の討伐だってついていけたと思うよ?」

「ああ、俺も同感だ。まさかここまで強い精霊魔術だとは思ってなかったから驚いた」

「何よ、二人して随分と褒めてくれるじゃない」

「それだけ凄い精霊魔術だったってことだ」


 俺たちがそんな話をしていると、

「ハヤト、今の炎はなんだ?」

 セリア先生がいつの間にか後ろに立っていた。

「セリア先生、今のはリアナの上位の精霊魔術ですよ。霊装顕現が前期試験までに間に合わなかった時のために、使えるようにしておいた方が良いと思って試してもらったんです」

「なるほど、その結果が校庭の半壊か」

「え?」

 リアナが驚いた声を上げる。

「え、ではない! ローゼンハイツ、お前の精霊魔術で校庭の地面が溶けているではないか。これでは危険すぎて校庭はしばらく使えん。全く、ハヤトもどんな鍛え方をしたらあんな精霊魔術を使うようになるんだ?」

「さ、さあ……?」

 俺はとぼける事しかできなかった。俺だってリアナがあんな強力な精霊魔術を使うとは思ってなかったから仕方がない。


 こうして、リアナの上位の精霊魔術で半壊した校庭を使わせるのは危険ということで、午後の実技は中止になった。

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