第二部 二章 渦巻く不安(Ⅷ)


 それから俺は二人と別れ、リアナの部屋に向かう。

 女子寮でリアナに用があると伝え、リアナの部屋に着いた俺は部屋をノックする。

「リアナ、いるか?」

 俺がそう言うと、少ししてから部屋の扉が開く。


「……ハヤト? 特別依頼はもう終わったの?」

「ああ、だから顔を見せに来た。少し上がっても良いか?」

「ええ、いいわよ」

 リアナの許可を得て入室する。

「リアナの部屋に入るの、ひと月ぶりくらいか?」

「そうだったかしら?」

「そうそう、むっつリアナって名前が誕生したあの時以来だな」

「むっつリアナ言うな」


 そこで俺は、リアナがいつもと比べて元気がないことに気付く。

「リアナ、どうしたんだ? いつもより元気がないけどもしかして体調悪いのか?」

「そんなことないわよ」


 リアナは紅茶を用意しながらそんな事を言う。

「そうか? 反論の仕方にいつもよりキレがないというか、やっぱりいつもより元気がないって感じがする」

「別に元気が無いわけじゃないわ。だから本当に気にしなくて大丈夫よ」


 そういって淹れた紅茶を俺の前に置く。

「それで、地龍の討伐はどうだったの? 特別依頼の話聞かせてよ」

 リアナが落ち着いた様子で話を聞き出そうとする。

「ん? ああ、地龍自体は割と簡単に討伐できたよ。今回は帝国から派遣された精霊使いもいたしな。けどその数時間後に双龍ジェミドラゴが出て来てな、そっちの討伐に苦労した」

「地龍を簡単に討伐できたって言える人間ってそれは本当に人間なのかしら?」


 リアナが俺を見て呆れている。その言葉を聞いた俺は、

「似たような事を帝国から派遣された人にも言われたよ」

「それで、なんでその後に双龍なんておっかないのが出てくるのよ」

「双龍が出現する前に怪しい人物が近くで見つかったらしくてな、そいつが精霊鉱石から双龍を解放したらしい。しかし逃げられたんだと」


 するとリアナは真面目な顔をして、

「それってエルネア鉱山の暗殺者と何か関係あるのかしら?」

 と言い出す。

「可能性はあるだろうな。だが捕まえる事が出来なかった以上推測にしかならない」

「それもそうね」

「今回の特別依頼はそんな感じかな、地龍討伐して、双龍討伐して学園に帰ってきた。それでさ」

そこで俺は一度言葉を区切る。リアナをなんて言って元気づけるか考える。

「それで、何よ?」


「特別任務が急ぎだったからあの時リアナの顔を見ずに出発しただろ? だから落ち込んでないかなって思って顔を見に来たんだよ。そのついでに依頼の結果を話そうと思ったんだ。その、あの時は追いかけてやれなくて悪かったよ」


 上手い言葉が出てこない。こういう時の対処法ってなんなんだろう。


「別に、もう落ち込んでないわよ。確かに最初は落ち込んだけど、今のあたしじゃ地龍の討伐に役立つとは思えないし、ましてや双龍が出たんでしょ? いない方が良かったじゃない。あたしだけ特別依頼の参加を認められなくて良かったんじゃない?」


「安全面を考えたらそうだが、それでも俺たちはチームだそ? 本来こんな事があっていいはずがない」

「それについても心配しなくていいわよ。もうその事で悩む必要はないから」

 リアナの言葉の意味がいまいち良く分からない。

「どういうことだ?」

「あたし、チームを抜けるわ」


 俺はその言葉を聞いた時、何を言っているのか理解できなかった。

「……は?」

「だから、あたし、ハヤトとミルティアーナとチームを組んでいても足手まといにしかならないからチームを抜けるわ」

「いや、なんでだよ。元々リアナが作ろうって言ったチームだろ?」

「ええ、そうよ。でもそのあたしがお荷物になっているのだから仕方ないでしょう?」

「俺は荷物だなんて思ったことは無い」

「『足手まといはいらない、邪魔になるから近くにくるな』だっけ?」

「っ、それは昔の話だろ! もう四年以上前の事だ! 今はそんな事考えてないしリアナを足手まといだとは思っていない!」

「でも実際に足手まといじゃない⁉」

 ここで初めてリアナが感情を表にだした。


「あたしだけ置いていかれたのよ⁉ エルネア鉱山の特別依頼だって死にそうな思いをして達成したのに、今回の特別依頼ではあたしは置いていかれたのよ……? それに学院長が言ってたじゃない。今年の三年は不作だから特別依頼はハヤトとミルティアーナのいるチームに回ってくるって。その度にあたしだけ実力不足だからって置いていかれるの? そんなのごめんよ⁉」


「違う、今回と前回の任務がおかしかっただけで、本来特別依頼は学生でも達成できる難易度のはずだ! たまたま運が悪かっただけだろ?」

「それでも、あたしは二人と比べたら実力が足りなさすぎるじゃない……」

「そんなの当たり前だろ? 俺たちとリアナじゃ実戦経験が違い過ぎる。たかだか精霊の扱いを学び始めて一、二か月の学院生が同じ実力を持ってるほうがおかしい」

「じゃあ何よ? あたしはこのまま足手まといでいたらいいってわけ?」

「だから誰も足手まといだなんて思ってないって。むしろリアナはそれでいいのか? 自分で作ったチームを抜けてそこから先はどうするんだ?」

「そこから先? そんなの知らないわよ。でも、このままハヤトとミルティアーナのチームにいたら、あたしはその内二人の腰巾着って呼ばれるようになるわ!」


 リアナがそんな事を言いだし、俺は理解できずに、

「腰巾着? なんでだ?」

「実力のある人間と同じチームにいたら楽に成績も高くすることが出来るでしょ? 単位も取りやすくなって、お金も稼ぎやすくなる。他のチームでそんなアンバランスなチームを見たらアンタならどう思う? 腰巾着って思わない?」


「思わないし他のチームなんてどうでもいい。俺たちは俺たちで良いじゃないか。他人の視線なんか無視しとけよ。それにまだ腰巾着って言われてるわけじゃないんだろ?」


「腰巾着って言われる前に抜けるから意味があるのよ。そうしたらまだ他のチームに入れる可能性だってあるわ」

「そんなことしなくてもリアナが強くなれば良いじゃないか。このままいけば年内には確実に霊装顕現できるんだぞ? 十分実力者だろ」


「霊装顕現できたところで二人の実力に追いつけるわけじゃないじゃない……ねえハヤト、今回の特別依頼であたしだけ置いていかれたのよ? 置いていかれたあたしの気持ちがアンタに分かる?」

 そう言われて俺は何も言えなくなる。


「あたしは凄く悔しかったわ。惨めだとも思った。エルネア鉱山の特別依頼で自信が付いて、ハヤトとならこれからも上手くやっていけるって思ってたのに、いざ地龍がでたら騎士団百人よりハヤトとミルティアーナのほうが強いからって理由で簡単に騎士団案件の特別依頼が回ってきて、あたしだけ死ぬだけだから行かせないって言われたのよ? こんなのってないじゃない……こんな思いを何度もするくらいなら、あたしはチームを抜けるわ」


 ミルティアーナの悪い方向に考えてないといいけどね、という予感が的中した。俺はそう思った。だが、俺はリアナを足手まといだとは思ったことは無いし、リアナがどんどん成長していく姿を見ているのも楽しいと思っていた。たかだか特別依頼一つでこんなに落ち込まれても困る。だから、説得の手段を変えることにした。


「もし、本当にチームを抜けると言うなら、これから俺たちの霊威の制御と座学はどうするんだ?」

「座学はちゃんと教えるわよ。ここ二週間休んでた分を含めて。霊威の制御も教えてくれると嬉しいわ」

 そこは変わらず教えてくれるのか。律儀なやつだな。


 しかしリアナにチームを抜けられるのは嫌だ。だから抜けさせないためにミルティアーナ秘伝の策を打つ。

「そうか……本当にチームを抜けると言うなら、この話をミルティアーナとツィエラにも話して俺たちは次の登校日からリアナを女房って呼ぶことにするよ」


 俺がそう言うと、

「はぁっ⁉ 何でそうなるのよ!」

「どこのチームに孤児の女房をチームに加えようとする人間がいるんだ?」

 俺は切り札を使ってリアナのチーム脱退を阻止する。

「それ、学院内で言ったら灰にするって言ったわよね?」

「言ってたな。でもリアナじゃ俺もミルティアーナも灰にはできないぞ?」

「あたし将来に関わって来るんだけど?」

「日頃から将来が掛かってるだろ、というか学院長に女房って呼ばれた時点でもう駄目だろ。それに女房なら女房らしくちゃんと俺の側にいろ」

「はぁっ⁉ あ、アンタ何言ってんのよ⁉」

「俺はリアナにチームを抜けて欲しくない。だから側にいろ」

「でもあたしは足手まといじゃない」


 リアナは自分を卑下する。

「そんなものは努力でどうとでもなる」

 そして俺はそんなリアナを励ます。

「努力で埋まらないくらいの差があるわ」

「それでも努力してたら学院で三番目くらいの精霊使いにはなれる」

「あたしの霊威の制御がこれから先伸びなくなってアンタたちが見切りをつけるかもしれない」


 切り札を使ってもなお、リアナはチームを抜ける気でいるようだ。なら、奥の手を使うか。これもミルティアーナの言葉通りだけど。

「まだ言うのか?」

 俺は席を立ちあがり、リアナの元へゆっくりと歩を進める。

「な、何よ?」

 リアナは座ったまま俺に問いかける。

「馬鹿な事を言う口は塞いでしまえばいいんじゃないかって思ってな」

 そう言って俺はリアナの真横に立ち、リアナの顎に手を添えて俺の方を向かせる。

「な、何、何をするの⁉」

 ここでようやく危機感を感じたのか焦り始めている。

 俺はリアナの顎に手を添えたまま、


「リアナ」

 ただ一言、リアナの名を呼んだ。

「は、はぃ……」

「チーム、本当に抜けるのか?」

「ぬ、抜ける、ん⁉」

 俺は抜ける、と言おうとしたリアナの口を自分の口で塞ぐ。人工呼吸の時と違って、今回はリアナの唇からは紅茶の味がした。

「ん⁉ ん、んんっ、はぁ、はぁ……」

 一度唇を話して再度問う。

「リアナ」

「にゃ、にゃによ……」

「チーム、抜けないよな?」

「そ、それは……」

「抜けないよな」


 そう言ってもう一度顔を近づける。

「ま、待って! あたしは公爵家の人間よ⁉ こんなことしてただで済むと思っんむっ⁉ んんん! ……んぅ、はぁ、はぁ、はぁ、ただで済むと思ってるの?」

「別に? 誰にも見られてないし証拠がないだろ? それに俺は元々旅人だぞ? その気になればいくらでも逃げ切れる自信がある。で、チーム、抜けないよな?」

「こんなの、卑怯よ……」


 リアナが顔を赤くして言う。

「何故?」

「何故って……それは……」

「まあ卑怯とかは今はいい。チーム、抜けないよな? 次は舌を入れる」

 その言葉を聞いてリアナは、俺が本気だと理解したのか、

「アンタがこんなことしても、あたしがチームに残ったところでなんの役にも立たないじゃない」


「別に役に立つとか立たないとかそんなのどうでもいいんだよ。俺にとってもティアーナにとっても、学院の通常の依頼は遊びと変わらない程度のものなんだぞ? リアナを教育しながら依頼受ける方がまだ楽しい。それに、寂しいだろ? 俺を学院に編入させるきっかけを作った人に役に立てないからって理由でチームを抜けられるのって」


「何なのよ、あたしを教育? そんな理由で依頼を受けるつもりなの? しかもあたしにチームを抜けられて寂しいからってここまでするの?」

「ここまでって?」


 俺は分かっていながらあえてリアナに言わせる。

「そ、それは……その、キス、までして、自分の都合の悪い事を言うと最後まで言わせずに口を塞いでくるじゃない」

「別に女房にキスして何か問題あるのか? それに分かってるならさっさとチームは抜けないって言ってしまえば良いのに」


「あたしはあんたの女房じゃないわよ。……ねえ、本当にあたしがチームにいていいの?」

「当たり前だろ、卒業するまで同じチームで良いじゃないか」

「もしあたしが卒業まで霊装顕現できなくても見捨てない?」

「見捨てない」

「本当にみす、んっ! んあ、あむ、ん……んはぁ、はぁ、はぁ」

「見捨てないって言っただろ? うだうだ考えてないで黙って俺についてこい」

「……はぃ」


 リアナ、陥落。

「ふう、これで懸念事項も解決だな」

 俺がそう言うと、

「懸念、事項……?」

 とリアナは不思議そうにしている。


「ああ、特別依頼を受けた時からリアナがチームを抜けるって言いだす可能性は考えてたんだ。だからどうやって説得するかを考えてたんだが結局ごり押しが一番手っ取り早かったな」


 俺がそう言うと、

「ごり押しってアンタ、ただあたしにキスしただけじゃない。あたしは公爵家の人間なのよ? 嫁に行けなくなったらどうするのよ?」


「ここはリアナの部屋で誰にも見られていないんだ。俺たちが黙っていたらばれやしないだろ? それに唇を重ねるのなんてお互い初めてじゃないだろ、何を今更恥ずかしがってるんだよ」


「あの時は緊急事態だったからでしょ⁉ 今は緊急事態でもなんでもないじゃない!」

「リアナがチームを抜けるとか言い出す緊急事態だったから問題ない」

「これで嫁に行けなかったら責任取ってもらうから」

「具体的にどんな責任を取らされるんだ?」

「そ、れは……」

「ん? リアナ、早く言ってくれよ?」

「うるさいっ! このハイグレード変態!」

「そういえばそんなあだ名あったな……」


 俺はそんな事を思いながら、とりあえずリアナの問題はこれでいいだろ、と判断して自室に帰る事にする。


「それじゃあリアナはチームに残るってことで決まりだな。これからも頼むぞ、うちの指揮官様? あ、でも明日明後日は流石に休ませてくれ。二週間まともに休めてないから流石に疲れたんだ」


「え、ええ。分かったわ」

「それじゃ、俺はそろそろ自室に戻る。リアナも今週はゆっくりしてな」

 そう言って俺はリアナの部屋を出る。あとはイリスが俺の部屋漁りを終えていることを祈りながら自室に戻るだけだ。

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