第二部 二章 渦巻く不安(Ⅶ)
その後、俺はミルティアーナとイリスの元へ戻り、
「打開策に気付いてからはあっけなく終わったな」
なんて呑気に言うが、
「ハヤト君がもっと早く気付いてたらもっと早く討伐も終わってたんだけどね」
とミルティアーナに言われてしまい、
「それについては申し開きのしようもないな」
と潔く非を認める。
「ですが兄さんが怪我をせずに済んで良かったです」
イリスは素直に喜んでくれる。そして、
「では兄さん、龍種の討伐も終わりましたので持っている精霊鉱石を全て渡してもらいます」
と俺が持っている精霊鉱石を回収しようとする。
「ああ、分かったよ。けど休んだ後にしてくれ。売れば結構な金になっただろうに……」
「売られる前に回収できて良かったです。この後学院に戻ったら兄さんの部屋を一度調べて他に隠し持ってるものが無いか調べますからね?」
「嘘だろ……?」
俺はイリスの徹底具合に驚愕し、これ以上何を取り上げるんだと戦々恐々とする。
「じゃあこれで依頼は本当に終わりってことで良いよね?」
ミルティアーナがそう言うと、
「はい、もともと地龍の討伐だけでしたから依頼自体は既に終わっています。言うなれば、後から再度出されたであろう依頼を先に終わらせた、でしょうか?」
イリスがそう答える。
「ほんと、騎士団にはもうちょっと頑張って欲しいところだな」
俺がそういうと、
「騎士団の質の低下はかなりのものだからどう頑張ってももう役には立たないんじゃないかな」
とミルティアーナが現実的な事を言う。
その時、諜報部隊員の一人がこちらにやってきた。
「イリス様、ご報告します。双龍ジェミドラゴを解き放った人物は捕獲できませんでした。また、逃げた方角はサクロム神聖国の国境方面でした」
「分かりました。今回はそれで充分です。再度周囲の警戒をお願いします。私たちは休息を取った後、予定通り学院に戻ります」
イリスがそう言うと諜報部隊員はそのまま周囲の警戒に戻って行った。
「これでようやく学院に戻れるのか。今回の依頼で何日分の授業を休んだんだ?」
俺がそういうと、
「往復でざっと十日分くらいじゃない?ハヤト君また座学でまわりから置いていかれちゃうね」
なんてミルティアーナが茶化す。
「勘弁してくれ……」
俺が空を見上げてぼやく。
「それにハヤト君にはまだ重要な仕事が残ってるよ?」
「重要な仕事?」
「リアナを慰めること」
「……そういえば何も言わずに出てきたからな、あいつ今頃何考えてるんだろうな」
「特別依頼に置いていかれたことを悪い方向に考えてないといいけどね」
「ああ、本当にそう願うよ……」
「もしチームから抜けるって言ったら頑張って説得するんだよ?」
「本当にありそうだから今は考えたくない」
俺がそういって現実逃避しようとすると、
「もし本当にリアナがチームを抜ける、なんて言い出して説得が難しかったら最初は女房って言いふらすぞって言えばいいのよ。それでも駄目ならキスで口を塞いじゃえば確実にリアナは残るよ」
「女房って言いふらされると困るからってのは分かる。けどなんでキスで確実に残るんだ?」
俺は訳が分からずにミルティアーナに聞くが、
「それが分からないからハヤト君はまだまだ子供なんだよ。大丈夫、リアナは口だけで嫌がらないから」
ミルティアーナは楽しそうにそう答えるのだった。
「まあ、説得が面倒になったらそうするよ。どのみち人工呼吸で口は合わせてるから抵抗もないし」
「ほら、やっぱり子供だ」
……訳が分からん。
そんなやりとりをした後、俺たちは休息を取った。
そして、二時間後。
「兄さん、姉さん、そろそろ出発しましょう。帰りは急ぎではないので多少時間が掛かっても構いませんのでゆっくり行きましょうか」
「ああ、そうしよう。行きと任務中は忙しくてのんびり話す暇も無かったしな」
「あ、じゃあ帰りはイリスがこの四年間、どれだけハヤト君のことを心配していたかを話してあげる!」
「姉さん、余計な事は話さなくて良いです」
俺たちはそんな話をして学院への帰路へついた。
「そう言えば、兄さんはリアナという方と仲が良いのですか?」
と帰路でイリスがそんな質問をしてくる。
「ああ、俺が学院に編入するきっかけになった人物って話はしただろ? それもあって色々と一緒に過ごすことが多いんだ」
「リアナはね、学院長からハヤト君の女房って呼ばれてるんだよ?」
「女房?」
「ティアーナ、余計な事は言わなくていい」
「兄さん、女房とはどういうことですか?」
「学院長が勝手に言ってるだけだ」
俺がそう言うと、ツィエラが実体化して俺の乗っている馬の背に乗り、
「リアナがね、エルネア鉱山の特別依頼の話が来た時に、ハヤトに何かあった時、少しでもハヤトの役に立つために一緒に任務に行くのよ、なんて学院長に啖呵を切ったの。それで女房って呼ばれてるのよ」
ツィエラが全てを話す。
「ツィエラ、余計な事は言わなくて良いからな?」
「あら、家族に隠し事は良くないわよ、ハヤト?」
「そうですね、家族に隠し事は良くないですよ、兄さん」
と、そんな学院での日々の話をしながら俺たちは、行きは五日掛かった道のりを、帰りはのんびりと九日も掛けて帰ったのだった。
俺たちが到着したのは、一週間の最終授業日だった。
学院は既に放課後らしく、人がまばらに寮に帰ったりしている。
そのまま俺たち三人は学院長室に行き、扉をノックする。
「学院長、俺だ、入っていいか?」
「構わんよ」
返事を聞いて俺たちは入室する。
「随分とゆっくり帰ってきたのだな。公欠扱いだが授業に遅れる心配はしていないのか?」
「それ以上に疲れてたんだよ」
「そうか。とりあえず報告を聞こうか」
学院長がそう言うと、イリスが報告する。
「今回の特別任務の討伐対象である地龍は討伐しました。しかし、戦闘後の休息中に双龍ジェミドラゴが突然森の中に現れました。その直前に諜報部隊員から怪しい人間を見つけたとのこと。こちらは捕まえることはできませんでしたが逃げた方角はサクロム神聖国の国境方面とのことです。そしてジェミドラゴも討伐済みです」
イリスの報告を聞いて学院長はしばらくの間黙考し、沈黙が場を支配する。
そして、
「そうか。分かった。地龍及び双龍の討伐、ご苦労だった。しかし双龍まで討伐してくるとはな、さぞ面倒だっただろう?」
と学院長は口を開く。
「ああ、かなり面倒だった。しかも片方の頭は炎属性だったから森が炎上しかねなかった。任務に関係なくても討伐する以外手段が無かったし、どのみち逃げても俺たちに討伐依頼がくるだろ?」
「ああ、おそらく特別依頼として回ってくるだろうな。それであらかじめ討伐してきたわけか」
「そういうことだ。報酬は期待しているぞ」
「任せておけ、とびきりの報酬を用意するように伝えておく。さて、報告は聞いたしもう退室していいぞ、特にハヤト。お前にはまだ重要な仕事が残っているだろう? 早く女房の機嫌を取ってこい」
「だから女房じゃない。まあ機嫌は早めにとった方が良いだろうから行かせてもらうぞ」
俺はそう言って学院長室を出る。ミルティアーナとイリスも一緒に退室してきた。
「じゃあ俺はちょっとリアナの部屋に行ってくるから、ティアーナは先に戻っててくれ。イリスはどうするんだ?」
「私は兄さんの部屋から他に差し押さえるものがないか調べに行きます」
「別にいいけど差し押さえるものはもうないぞ?」
「あとホットチリソースも差し押さえないと」
イリスがそんな事を言うと、
「えっ? あれも差し押さえるの⁉」
ミルティアーナが驚いている。しかし、
「冗談です」
とイリスは笑うのだった。
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