第二部 二章 渦巻く不安(Ⅵ)


 自分たちに当たらなくても森に炎が放たれたらサクロム神聖国まで延焼する可能性がある。


 俺は右頭の正面に回り、右頭がブレスを吐くと同時に、

「霊威解放・発!」

 瞬時に込められるだけの霊威を込めて霊威解放・発を放った。

 直後、ブレスと霊威解放・発が衝突し、周囲を巻き込んで爆発した。


 結果的に森の炎上は避けられたが、爆発した周囲の木々が吹き飛んで森の中に更地ができてしまった。


 直後、ミルティアーナが弓で双龍ジェミドラゴの左翼を連続で貫く。不可視の矢を放っているということは風属性の矢で貫通力を上げているのだろう。

 しかし、翼といっても相手は龍種だ。貫通させるために普段より霊威を多く込めて矢を放っているだろうからミルティアーナがいつまでもつか分からない。

 早めに右頭をなんとかする必要があった。右頭さえ潰してしまえば、少なくとも森が炎上することは無くなるのだから。

 ブレスを相殺されたことに気付いたジェミドラゴは、近くに自分の敵がいると理解して、左頭が全身に風を纏い始める。試しに風を斬ってみるが、風圧がかなり強く、ツィエラがジェミドラゴの身体まで届かなかった。

「これ、不味くないか?」

 俺はそんなことを一人呟く。

 ミルティアーナの矢も風を纏ったジェミドラゴには届かないらしく、一度攻撃が止んだ。


 そして再度右頭がブレスを放とうとするので俺は霊威解放・発で相殺する。

 二度目の周囲を巻き込んだ爆発が起こり、土煙が立つ中、突如土煙が風によって吹き飛ばされていく。

(風を纏い直した? もしかしてブレスを放つ時は風を纏えないのか?)

 俺はわざわざ風を纏い直したジェミドラゴに一つの疑問を持ち、

「ミルティアーナ! 次のジェミドラゴのブレスの時に一度左頭を狙って攻撃してくれ!」

 ミルティアーナにそう伝える。隠れているため返事は無いが伝わっているだろう。


 戦い始めて早くも五分が過ぎた。イルージオの持続時間は対龍種となると少し心許ないためそちらも考えて戦う必要がある。

 俺は次のブレスに備えて霊威をツィエラに注ぎ込む。次は相殺ではなく押し返すつもりで霊威解放を行うと決めて。

 そしてジェミドラゴの右頭が俺を視界に捕らえた。やはりイルージオの掛かりが甘かったのだろう。いや、起きている龍種にここまで持たせたことを褒めるべきか。

 三度目のブレスを右頭が放とうとする。

 その瞬間、左頭にミルティアーナの矢が直撃する。当たった矢は不可視の矢ではなく魅了の矢。つまりジェミドラゴをミルティアーナの支配下に置こうとしたのだろう。

 しかし、左頭は大人しくなったが右頭はブレスをそのまま放つ。

 それを押し返すべく俺も霊威解放・発を放ち三度目の爆発を起こす。


 その間に俺はジェミドラゴの右側後方に移動し、ツィエラに霊威を注いで右翼を潰す用意をする。土煙が晴れると同時に仕掛けるつもりだ。

 だがジェミドラゴは先程の様に土煙を風で吹き飛ばすことはなく、未だに土煙が晴れない。ということはミルティアーナの矢の効果が出ているのか? 

 しかしそれだと何故右頭は魅了の矢を受けた後にブレスを放った?

 俺はそう考えて一つの結論を導き出す。

 双龍と呼ばれる所以は頭が二つあるから。つまり脳も二つある。先程ミルティアーナの矢が当たったのは左頭だから魅了の効果が出たのは左頭だけだった。おそらくそういう事だろう。

 そう考えている間に土煙が晴れてくる。そのタイミングで、

「霊威解放・散!」

 ブレスの直後から注ぎ続けた霊威を全て使って、俺は右翼を潰しにかかる。

 その甲斐あって霊威の散弾は右翼を貫通し、これでジェミドラゴの両翼を潰す事ができた。

「よし! これで両翼は潰した! 後は右頭をなんとかすれば被害は落ち着く! イリス! 幻惑は再度掛けれそうか⁉」

 俺はイリスに幻惑の再行使が可能か聞き、

「幻惑はこれ以上使っても効果が薄いです! それに流石に双龍が相手だと時間をかけても五分程度しか持ちません!」

 と厳しい返答が返ってくる。

 ならこのまま右頭のブレスを相殺しつつ倒す手段を考えるしかないか……

 俺がそう考えた時、ジェミドラゴの左頭が右頭の首に噛みついた。

「ハヤト君! 左頭には魅了掛けたから、このまま右頭に攻撃させて共倒れしてもらうよ!」

 ミルティアーナがそう叫んだ。

「分かった!」

 俺はそう言って再度ツィエラに霊威を注ぎ込み始める。次で右頭を斬り落とすために。

 そうしている間にもジェミドラゴの双頭はお互いに争っている。


 互いが互いの首に噛みつき、血を流してもなお食らいつく。そんな状態が続いている。

 そして、遂にはお互いの首に噛みついたままブレスを放つ。

 僅差で左頭の方がブレスを放つのが早かったらしく、ジェミドラゴの右首は宙を舞い、そのまま地面に落下した。地面にはジェミドラゴの首元から血の雨が降り注ぎ、落ちた右頭に降り注いでいる。


 こうしてミルティアーナの魅了の矢で一番の脅威であった炎属性の右頭は失われた。あとは風属性の左頭を斬り落とすだけで良い。

 そう考えて俺は左頭を落とすために霊威解放を放とうとしたその時、ジェミドラゴがけたたましい咆哮を上げて近くにいた俺は思わず耳を塞ぐ。

「ごめんハヤト君! 魅了の力を無理矢理破られちゃった!」

「分かった! 続けて援護を頼む!」


 恐らく自分で自分の右首を落としたことで我に返ったのだろう。脳が二つあるとこういうことが起きるのか。

 そして俺が首を落とそうとした瞬間、ジェミドラゴは再度風を全身に纏い始める。

(しくじった! 左頭の風を纏う能力を失念していた!)

 俺は右頭を斬り落とす事しか考えておらず、左頭の厄介な能力を失念していた。

(ツィエラ、どうしたらいいと思う?)

(一度あの状態のジェミドラゴに一撃入れてみたら良いじゃない、その結果を見てから考えても良いんじゃない?)

 ツィエラの言う事にごもっともで、と心の中で思い、俺は溜め込んだ霊威を纏めて斬撃として首を狙い放つ。

「霊威解放・斬!」

 時間を掛けて溜めた霊威の斬撃を飛ばして風を纏ったジェミドラゴに通用するか試す。

 しかし、攻撃は多少の傷を付けるだけでほとんど纏っている風に相殺されてしまった。


「打つ手なしだな」

 守りの手段はあれども攻撃手段の乏しいジェミドラゴと、攻撃手段が乏しく守りの手段を持つ俺たち。どちらも攻撃手段が乏しいため、完全に千日手だった。


 俺は一度後退し、イリスと合流する。

「イリス、あの風を纏ったジェミドラゴには俺の攻撃はあまり効果が無い。そしてティアーナの魅了も破られた。イリスの幻惑ももう効果が薄い。お互い攻撃手段が無い状態だ。何かいい案は無いか?」


「私は時間は掛かりますがこのまま攻撃を続けるか、ジェミドラゴの霊威が尽きるのを待つかの二択しかないと思っています。兄さんもそうでしょう?」

「ああ、それか手持ちの精霊鉱石を適当に解放してみるか、だな。もしかしたら現状を打破してくれる精霊が出てくるかもしれない」


「それは絶対に駄目です。逆に手に負えない精霊が出てくる可能性だってあります」

「だよなぁ……」

 俺とイリスで打開策を考えていると、ミルティアーナも合流してきた。

「何か打開策は見つかったの?」


 ミルティアーナの質問に対し、

「持久戦に持ち込む以外の案が出ないんだ。できれば早く終わらせたいんだが」

 俺はそう答える。

「幻惑はもう効果が薄いだろうし、私の魅了も解けちゃったし、風を纏ってるせいでまともに攻撃が入らない。これじゃあ確かに持久戦になるよね……」


 ミルティアーナも良案は見つからないらしい。

「やっぱりツィエラを突き刺して霊威を吸収するのが一番良いんじゃない?」

 唐突にミルティアーナがそんなことを言い出す。

 そしてそれは俺も考えていた事であり、

「やっぱりそれが一番手っ取り早いか」

 とミルティアーナの案に同意する。イリスもそれに同意のようで、

「問題はどうやってあの風を止めてツィエラを突き刺すか、ですね……」


 俺たちが如何にしてツィエラをジェミドラゴに突き刺すかを考えていると、ツィエラが実体化し、

「私を突き刺す前提で話を進めるのはやめてもらえないかしら?」

 なんて言う。しかし、

「だけどツィエラ、もうそれくらいしか討伐手段がないぞ?」

「そうだよツィエラ? お互いに攻撃手段がないなら、ツィエラを突き刺してジェミドラゴの霊威を吸収して弱らせるくらいしか取れる手段がないもの」

「ツィエラには申し訳ないと思っています。でもこれが現状で考えられる最善策です」

 と三人は作戦を変えるつもりはないとツィエラに言う。

「私、精霊界に帰っちゃおうかしら?」


 そしたらツィエラが拗ね始めた。

「精霊界には帰らないでくれ、本当に打つ手がなくなる」

 俺がそう言ってなんとかツィエラを現世に留める。

「しかしあの風をどうにかしないとツィエラを刺せません。無理矢理突き刺そうとして兄さんに何かあったら困りますし、どうしましょうか」

 三人で悩んでいると、

「精霊鉱石を使えば良いじゃない」

 とツィエラが簡単そうに言う。

「精霊鉱石は使わせません。兄さんが持っているのは全て回収しなければならないものです」

 イリスはその案を即座に否定する。しかし、

「今の手持ちの精霊鉱石に空のものは無いけれど、一度手頃な精霊を出してしまえばその精霊鉱石は空になるわ。そこにジェミドラゴを封印してしまえば良いじゃない。それかジェミドラゴに有用な精霊を封印から解き放つかのどちらかね」

 ツィエラはジェミドラゴを討伐するのではなく封印する手段を提案してくる。

「それは、そうですが……」

 イリスは今までより堅実な案であることを理解しているため反論しにくいようだ。

 そこにツィエラが続けて言う。


「イリス、貴女が心配しているのはハヤトが風邪を纏ったジェミドラゴに近づいて怪我をした時の事を考えているからでしょ? 一番手っ取り早いのはあの風ごと私が吸収してしまうことよ? 私の特性を理解している貴方達なら霊威で生み出されたあの風だって吸収できるって理解しているでしょう?」


「確かにそうだけど、それだとハヤト君が風に切り刻まれる可能性があるのよ? それに前回のエルネア鉱山で負った怪我が治りきってるわけじゃないからあまり無理はさせたくないな」

 ミルティアーナもそう言ってハヤトの安全を重視している。しかし、


「そういえばあの風も霊威で生み出されてるんだったな」

 俺は純粋にそのことを失念していた。

「「「え?」」」

 ツィエラ、ミルティアーナ、イリスの声が重なる。

「いやほら、さっきまではジェミドラゴの右頭のブレスを吸収しきれるか分からなかったから相殺してただろ? だから霊威で生み出された風を吸収するって発想が抜けていた」


「……兄さん、それでも危険なのは同じです」

 イリスは俺を心配しているのか、今から俺がやろうとしていることを止めようとする。

「だがこれが一番確実で手っ取り早いだろ?」

「それはそうですけど……」

「というわけでツィエラ、あの風は別に襲い掛かってくるわけでもないから吸収してしまおうぜ、今日消費した分の霊威も回収しておきたいし」


「そうね、それが一番手っ取り早いわ。そしてその霊威でジェミドラゴの左首を刎ねて終わりにしましょう。これで私を突き刺す理由も無くなったわね」

 そういってツィエラは剣に戻り、俺の手に収まる。

「ハヤト君、無理はしちゃ駄目だからね? あと一応援護の用意をしておくから。一瞬でも魅了が効くならやるべきだろうし」


 ミルティアーナがそう言い、

「では私も幻惑を再度掛けましょう。……どれほど持つか分かりませんが」

 イリスもこの案で覚悟を決めたのか再度ジェミドラゴに幻惑を掛けようとする。

「ああ、何かあった時の援護は任せた」

 そう言って俺はジェミドラゴの背後へ駆け出した。


 俺は迂回してジェミドラゴの背後に辿り着くと、

(じゃあツィエラ、存分に吸収してくれ)

(ええ、今日使った分を利子を付けて返してもらってくるわ)

 そんなやりとりをしながら俺はツィエラをジェミドラゴの纏う風に当てる。


 その瞬間、一気にジェミドラゴを纏っている風が弱まった。それに疑問を持ったジェミドラゴは、さらに纏う風を強くしようとして風の勢いを強めるが、ツィエラにとっては霊威という御馳走でしかない。炎のブレスは吸収しきれなかったら俺が死ぬし森が燃えるしで吸収する、という選択肢を取れなかったが、風を纏ってるだけならたいした危険もなく霊威を吸収できる。


 流石にジェミドラゴも疑問から確信に変わり周囲を見渡すが、イリスが再度掛けた幻惑で俺を見つけることが出来ない。右頭を落として霊威を吸収しているからか、今度はしっかりと幻惑が効いているようだ。


 時間が経つごとにどんどんジェミドラゴの纏う風が弱まっていき、遂に風を纏うだけの霊威を失ったらしく、もう風は纏っていなかった。

(ツィエラ、利子付きで霊威を返してもらえたか?)

(ええ、龍種なだけあって沢山利子がついてきたわ)

 もはや霊威を消費しすぎて立つのもやっとというジェミドラゴの首を狙い、背後から俺は、

「霊威解放・斬!」

 霊威の斬撃を飛ばしてジェミドラゴの左首を刎ねたのだった。

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