第二部 二章 渦巻く不安(Ⅴ)

 そして日が沈み、地龍が眠りについておよそ二時間後。


「ティアーナ、イリス、用意はいいか?」

「大丈夫だよ」

「問題ありません」

「よし、それじゃあイリス、始めてくれ」

「了解」


 イリスが返事をし、

「幻惑の鳥、夢幻に誘い死を運ぶ者よ、今こそ我が契約に従い、汝の力を顕現せよ」

 霊装顕現アルメイヤを召喚する。

「夢幻に誘え、イルージオ」

 イリスが地龍に精霊魔術で幻惑を掛ける。

「兄さん、完了しました」

「分かった。行くぞ、ティアーナ」

「うん」


 そして俺はツィエラを手に持ち、ミルティアーナは霊装顕現の弓を持って近くの木に登る。

 少しずつ、少しずつ俺は地龍に近づいていき、時間を掛けて地龍の首元まで忍び寄った。

 そしてミルティアーナとイリスに合図を送り、ツィエラに大量の霊威を注ぎ込み、

「霊威解放・斬!」

地龍の左首に霊威の斬撃を放った。

 地龍の首から血が噴き出る。しかし、一撃で仕留めることはできなかった。


「グルゥウウウゥゥ……」

 地龍が唸り声を上げながら周囲を警戒しだす。

 しかし、あらかじめイリスの精霊魔術で幻惑を掛けている以上そう簡単に見つかりはしない。

 このままもう一度首に斬撃を放つ用意をする。

 その瞬間、ミルティアーナからの援護の矢が飛んできて地龍の左目に刺さる。

 そして地龍が矢の飛んできた方向へ口を開き、霊威を集め始める。

(っ⁉ ブレスか⁉)

 俺はブレスを吐かせないために、斬撃のため溜めていた霊威を不十分な状態で再度放つ。

「霊威解放・斬!」

 もう一度首に霊威の斬撃を放つ。


 しかし、先程のようなダメージを与えることは出来なかった。

「流石に龍種なだけあって身体強化されると堅いな」

 だが、ブレスを止めることができ、さらに近くに俺がいるということに気付いたらしく、地龍は自分の周りを見渡すが幻惑に掛かっているため俺を見つけることができない。

(さて、思っていたより地龍が堅いが霊威を吸収しながらちまちま削っていくか?)

 俺はそう考えて地龍の左前足をツィエラで斬りつける。

 しかし、地龍の身体強化が堅くて斬り傷がつかない。だったら。

「斬ってダメなら突き刺してしまえば良い!」

 俺はツィエラを地龍の左前足に突き刺す。

 流石に突き刺すとちゃんと刃が通るようでツィエラが深く刺さった。

 その瞬間、地龍が抵抗しだして暴れだす。


 ツィエラを突き刺された箇所が余程痛むのだろう、地団駄を踏むように足を動かしている。

 俺はツィエラを突き刺したままその場から離脱し、

「象れ、グラディウス」

 妖精魔術で短剣を作り出す。

「ティアーナ! ツィエラで地龍の霊威を吸ってるから弱るまでしばらく待機だ! もしブレスを放とうとしたらその時は全力で攻撃して止めてくれ!」

「了解!」

 ティアーナに援護を中止させてブレスを放つ時以外は霊威を温存させる。

「イリス! 精霊魔術はあとどのくらい保てる⁉」

「あと十分は行けます!」

「十分だ!」


 それから俺は地龍の左側に徹底して張り付き、短剣で地龍の身体を突き刺しては離脱を繰り返す。

 そのまま三分ほどすると、地龍の動きが鈍くなってきた。

(そろそろ霊威が枯渇し始めたか)

 俺はそう判断して地龍の左前足からツィエラを回収する。

(ツィエラ、霊威は沢山吸収できたか?)

(ええ、でも私の扱いが酷いわね、帰ったらお説教かしら?)

(それについては悪かったよ、思っていたより地龍の身体強化が堅くて面倒だったんだ)


 なんてツィエラと話しながら俺は再度ツィエラに霊威を注ぎ始める。

 地龍は今でも幻惑に囚われているため俺たちを見つけることはできず、弱りながらも唸り声を上げながら周囲を警戒している。

「ティアーナ! 次で決める!」

「了解!」

 そして地龍から吸収した分と今注いだ俺の霊威を纏めて、

「霊威解放・斬!」

 今日一番の霊威の斬撃を左首に放った。



 地龍の霊威を吸収していただけあって特大の斬撃を生み出し、地龍の首を斬り飛ばす事ができた。

 そして完全に地龍を討伐できたことを確認し、イリスに精霊魔術の解除の指示を出す。

 そのままミルティアーナと合流する。

「お疲れ様、ハヤト君」

「お疲れ様です、兄さん」

「二人もお疲れ、流石はイリス、精霊魔術のおかげで地龍からたいした攻撃が来なくて助かった」


「たいした攻撃が来なかったのは兄さんがブレスを放たせなかったからでしょう? 諜報部隊員の安全のためですよね」

「なんだ、ばれてたのか」

「それはもう、兄さんの事なら何でも知ってますから」

「しばらく見ないうちにティアーナに似てきたか?」


 俺がそう言うと、

「それはちょっと……」

 イリスが少し微妙な顔をする。

「イリス、それはどういう意味かな?」

 なんて談笑をしているうちに諜報部隊員が地龍の討伐の確認を終えたらしく、報告しに来る。


「イリス様、地龍の討伐が確認されました」

「ご苦労様です。では我々はこのまま休んで明日の朝に学院生を学院に送ります」

「承知いたしました」

 そう言って諜報部隊員が離れていく。


「最初は出撃した帝国騎士団の四割が戦死したとか聞いたからどれだけ危険なのかと思ってたが、終わってみればたいしたことなかったな」

「そうだね、私もほとんどやること無かったし。なんというか期待外れかな」

「今回の作戦は兄さんがいるから採用できる作戦ですよ? 兄さんがいなければ地龍の身体強化はどうやって攻略するんですか」


「……確かに。俺が身体強化して斬ってもたいした傷はつけられなかったし。帝国騎士団はどうやって傷をつけるつもりだったんだろうな」

「恐らくたいした策も無かったんじゃないでしょうか? 私達は最高位の精霊と妖精と、高位の幻惑系の精霊がいるからこんなに簡単に地龍を討伐できたんです。地龍だって龍種ですからね」


「そういえばこれで龍だったな……」

 なんて事を言いながら俺たちは戦後の勝利を祝い、周囲の警戒は諜報部隊に任せ俺たちは睡眠を取ることにした。



 そして俺たちが眠りについて数時間後、突然魔物の咆哮が響き、三人は目を覚ます。

「なんだ⁉」

 俺が驚いて周囲の警戒をする。ミルティアーナとイリスも即座に起きて周囲を見渡す。

 すると、諜報部隊員がやってきて、

「ご報告します、およそ十分前、森の中で怪しい人間を見つけたため捕縛しようといたしましたが、精霊鉱石から双龍ジェミドラゴを解放され逃げられました。双龍の属性は右頭が火属性、左頭が風属性です。」

 と俺たちに報告する。


「双龍ジェミドラゴ……」

 イリスが絶句する。つい数時間前に土龍を討伐したばかりだというのにさらに龍種が現れるとは思っていなかったのだろう。

「また面倒なのが出てきたな。しかも精霊鉱石から、ということは侵略行為と見て良さそうだ。諜報部隊は怪しい人間の捜索をしてくれ。せめてどの方角に逃げたかくらいは知りたい」

「承知いたしました」

 そう言って諜報部隊員は即座に行動に移る。


 そして俺は双龍ジェミドラゴを討伐するために荷物を纏める。

「待って、ハヤト君!」

 しかしミルティアーナに止められる。

「どうした、ティアーナ?」

「双龍は地龍よりやっかいな龍種だよ? 何も作戦を立てずに行くのは危険すぎる」

「だが双龍は炎属性と風属性だ。そうなったら森が全焼するぞ。ここの森はサクロム神聖国と繋がってる、森が全焼した時点で国家間の問題になる」

 俺は最悪を想定して右頭だけでも刎ねようとしたが、ミルティアーナは国家間の問題より俺の心配しているらしい。

「今回の私達の任務は地龍の討伐であって双龍は完全に任務の範囲外だよ? 無理をする必要はないんじゃないかな」


 ミルティアーナはそう言うが、

「なら誰が討伐するんだ? 双龍は地龍より危険な魔物だ。今の騎士団じゃ壊滅がオチだろ? そしたら結局また俺たちのところに特別依頼として回ってくる可能性が高い。それに今帰ったらイリスが一人で双龍と戦う事になる」

 その言葉を聞いてミルティアーナもはっとする。しかし、

「私の事は気にしなくて大丈夫ですよ、兄さん」

 イリスはそう言って微笑む。

「だけど双龍が相手だと一人で討伐はできないだろ?」


 俺がそう言うと、

「確かに私一人では無理です。諜報員全員でも無理でしょうから、時間を稼いで騎士団の出撃を待つしかないでしょうね」

「だがその騎士団は地龍程度で壊滅する雑魚だ。結局俺たちの元に特別依頼として回ってくるなら今討伐した方がどの方面から見ても被害が少ない」


 現在は日の出、つまり夜が明け始めた時間帯。地龍以上に強い龍種が目を覚ましている状態で戦うのはかなり危険ではあるが、やらなければサクロム神聖国との小競り合いに発展する可能性もある以上、やはりここで討伐するしかない。俺はそう考えて、

「イリス、ティアーナ。戦術は地龍と同じで行く。俺が右頭を相手するからティアーナは左頭を相手してくれ」

「うん、分かった!」

「しかし兄さん、起きている龍種にフルゴーレの幻惑が確実に効くとは限りません」

「もし幻惑が掛からなかったら、その時は死ぬ気で討伐するさ。だけどその前に偵察してくる」

 そう言って俺は双龍ジェミドラゴの元へ歩き出し、近くの木に身を潜めて観察する。


 俺は双龍自体見るのが初めてだ。だからどういう姿なのかも知らなかった。

(ツィエラ、双龍ジェミドラゴって知ってるか?)

(知ってるわよ? 昔から龍種の中ではかなり強い部類だったし、同じジェミドラゴでも属性が違ったりするから不思議な龍でもあるのよ)

(ジェミドラゴのブレスは霊威解放で相殺できるか?)

(霊威をかなり消費することになるけどできるわよ、それでも苦戦を強いられるのは間違いないわね)

 ツィエラの言葉を聞いて、俺は苦渋の表情を浮かべる。そして初めて双龍ジェミドラゴの姿を木陰から見た。


 銀色の体表に首の根元から二つに分かれた首と頭。それぞれが意思を持っているなら身体はどっちが動かしているのだろうか? それとも頭は二つ付いていても身体を動かす指示は片方しか出せないのか? そんなことを考えながら見ていると、双龍ジェミドラゴも地龍と同じで森を彷徨っているように見える。

(ジェミドラゴって普段何処にいるんだ?)

(私が覚えている限りだと高山の標高が高い所かしら?)

(ならいきなり地上で解放されて迷子になっているようなものか)


 俺はそう判断し、今すぐに討伐するべきか、ジェミドラゴが眠るまで待つかを考える。

もしジェミドラゴが暴れたりしなければ、このまま夜まで待ってフルゴーレの能力が効きやすい状態に持ち込みたい。暴れるなら討伐するしかないが。

 しばらく観察してみて、双龍ジェミドラゴは最初は彷徨っているだけだったが、段々行動が荒々しくなっていき、今にも破壊活動を始めそうになっている。

(これは日が出ている間に討伐することになりそうだな)

(ジェミドラゴは地龍と違って空を飛ぶわよ? 討伐するなら頭だけじゃなくて両翼も狙うといいわ)

(分かった、善処する)


 俺はツィエラにそう言って、今度はイリスに、

「イリス、幻惑を頼む」

 そう伝える。

「分かりました。夢幻に誘え、イルージオ」

 イリスの詠唱と共に双龍に幻惑の霧が纏う。今回は起きている龍種のため、イリスも慎重に幻術に掛けるべく時間を掛けているようだ。

 しばらくして、

「兄さん、幻惑を掛けました。でも地龍の時と比べると掛かり方が浅いです」

 イリスが幻惑を掛け終えて報告をくれる。


「十分だ。ティアーナ、手筈通りに頼む」

「うん、ハヤト君も気を付けて」

 ミルティアーナの返事を聞いて、俺は双龍ジェミドラゴの右頭へ攻撃を仕掛ける。ジェミドラゴは地龍と違って頭の位置が高く、必然的に遠距離攻撃を強いられる。

「霊威解放・斬!」

 俺は霊威の斬撃を飛ばして右首を斬り落とそうとする。しかし、地龍相手に込めた霊威以上の霊威を込めているにも関わらず、付けた傷は浅かった。

「クソッ硬すぎるだろ! もう一度ツィエラをぶっ刺して弱らせるか?」

(そんなことしてる余裕はないと思うわよ?)

 俺はツィエラの言葉を意味が分からず、考えながら動いていると、攻撃を受けて警戒態勢に入った右頭が口元に炎を滾らせ始めた。

────ブレス⁉

 今一番やられると不味い攻撃が放たれようとしていた。

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