第二部 二章 渦巻く不安(Ⅳ)

 その頃、学院長室から飛び出したリアナは、


(……置いて行かれた。ほんとは、後からハヤトが迎えに来てくれて、相棒を置いて行くなんてことするわけないだろ、とか言ってくれるんじゃないかって期待してた。でも、来てくれなかった。今回の特別依頼ではあたしは本当に足手まといなんだ、この間の特別依頼について行って、なんとか生きて帰ってくることができて、ハヤトとの絆ができたと思って、二人でこれからも困難に立ち向かっていくのだと思ってた。でもそこにミルティアーナが来て、あたしたちのチームに加入して、しかもハヤトと同じくらい強くて、今回の地龍討伐の特別依頼に参加が認められてる。なのにあたしは霊装顕現ができないから連れて行ってもらえない。ううん、違う。多分霊装顕現できたとしても連れて行って貰えなかった。出撃した帝国騎士団の四割が戦死する場所に普通は学院生を行かせたりはしない。なのにあの二人は百人の帝国騎士より強いからって理由で地龍討伐に行った。そんな二人のいるチームにあたしっている必要あるの? 学院長が言ってたようにこれからも特別依頼は優先してハヤトの元に回ってくる。その度にあたしは戦力外だからって置いて行かれるの? ……だったらあたし、最初からいる必要ないじゃない。これまで必死に努力してきたのに、霊装顕現だってもう少しでできそうなのに、ハヤトの事をもっと知ってハヤトの隣に立ちたかったのに、あたしじゃ無理じゃない……。ハヤトの隣には、ハヤトの事なら何でも知っててハヤトと同じくらい強いミルティアーナがいる。もうあたしの居場所、ないじゃない……)


 自室でどうしようもないほどに、落ち込み、自分の存在意義を見失っていた。

 リアナにとって、このひと月で築き上げたハヤトとの絆も、努力も本物で、どちらも確かな手ごたえを感じていた。

 しかし、ミルティアーナが編入してからはどちらも簡単に崩れてしまった。

 自分よりハヤトとの絆が深いと感じさせる相手、自分より強くてハヤトと同等の力を持つ相手。

 そんな人がハヤトの側に常にいるのなら、一体あたしはなんなんだ、と思い、


(ああ、客観的に見たらあたしって腰巾着だ、強い人に着いて回っておこぼれを貰って評価を得る、そんな意地汚い腰巾着じゃない。多分そう遠くないうちに回りの学院生からもそう言われるようになるんでしょうね……そうなるくらいなら、あたしはチームを抜けた方がいいじゃない……)


 こうしてハヤトの知らぬ場所で、一人の少女が暗い覚悟を決めてしまう。



 ハヤトたちが馬で進み始めてから三日経った。

 その間、馬には所々休みを入れているが少しずつ走る速度が落ちてきている。

 そろそろ馬が限界に近づいていた。

 しかしあと二日で国境線に辿り着く。国境線に辿り着くのが先か、馬が潰れるのが先か、そんな状況になっていた。

 そして四日目の夜、馬の体力が尽きて走れなくなってしまった。


「流石にこれ以上は進めませんね。兄さん、姉さん、今日はここで野営をしましょう」

「分かった、俺は焚火の用意をしてくる。イリスは馬に水をあげてくれ」

「分かりました」

「じゃあ私は食料を調達してくるね」


 そう言ってミルティアーナは周囲の魔獣を探し始める。

「そういえば兄さん」

「ん? どうしたんだ?」

「兄さんが孤児院が襲撃された時に持ち去った貴重品って何なんですか?」

「教団の機密資料庫に格納してあった精霊鉱石」

「それ、中に精霊が封印されてたりしませんでしたか?」

「封印されてるのもあったな」

「それ、売ったりしてませんよね?」

「……」

「兄さん」

「ひ、ひとつだけ、売った……」

「なんて事をしてるんですか……」

「いや、仕方なかったんだ、精霊が封印されていない精霊鉱石は全部売ってしまったから手持ちの精霊鉱石はもう精霊を封印している精霊鉱石しかなくて、その時に路銀に困ってさ」

「その精霊が凶悪な精霊で、犯罪組織の手に渡っていたらどうするんですか、大問題ですよ?」


 そう言われて俺が言葉を詰まらせていると、ツィエラが実体化して、

「大丈夫よ、その時に売った精霊鉱石は岩の高位精霊サクソムだから、たいして役に立たないし問題ないわ」

「ツィエラ、久しぶりですね。もっと早く姿を見せてくれても良かったのに」

「そんなこと言わないでちょうだい、でも元気そうで良かったわ」

「それより、今、手持ちの精霊鉱石は全て精霊が封印されているもので間違いないですか?」

「ええ、間違いないわ。ハヤトが追手に見つかった時に解放して逃げる時間を稼ぐために残していたの。どれも高位精霊よ? 私たちからしてみればたいして強くない精霊でしょうけど、騎士団からしたら多少手こずるような精霊ばかりね」

「地龍討伐後に回収しますからね?」

「ええ、構わないわ。なんせハヤトはもう追われる身ではないし、持っている必要もないもの」

「あれ全部高位精霊が封印されていたのか?」


 俺がそんな事を聞くと、

「兄さんは何も知らなかったんですか?」

「流石に何が封印されているかまでは知らなかったな」

「私が孤児院から逃げる時に指示を出して持ち出させたのよ。後々役立つかもしれないからってね」

「ツィエラの入れ知恵でしたか……」

 なんて教団から持ちだした精霊鉱石の話をしていると、

「ただいま! ギリギリ三人分の食料は手に入ったよ!」

 と、ミルティアーナが元気よく帰ってきた。



 ミルティアーナが仕留めた魔獣を食べ、野営の順を決めて一夜明かして次の日、

「今日の夕方には国境線沿いに到着します。討伐はどうしますか? 日が登ってからにしますか?」

「地龍って夜目効く魔獣だったか?」

「あまり情報がないから何とも言えないなぁ……現地には諜報部隊が既に配置されてるんだよね?」

「はい、ジカリウス教団にいた諜報部隊で固めています。現地到着後は彼らから話を聞いて討伐作戦を立てましょう」

「それがよさそうだな。じゃあ今日で最後だ、頑張って俺たちを運んでくれよ」

 そう言って俺は馬の頭を撫でた。



 そして朝から馬で駆ける事数時間、鬱蒼と木々が繁茂する森に入った。

「イリス! 森に地龍がいるのか?」

「はい、何故か地龍はこの森の奥地で確認されています、なので戦闘も森の中になる可能性が高いかと」

 なんで森で地龍がでるんだ?

 しかも森で帝国騎士団が戦ったなら大人数で固まっていたわけでもないだろうし、どうして第六騎士団から死者が四割もでたんだ?

 森なら騎士を分散し隠れながら討伐するのに最適だ。

 そう簡単に大量の死者をだすことはない。

 にもかかわらず大量の死者を出した。死者が死んだ原因は本当に地龍の攻撃なのか?

 地龍のブレスなら死人が出るのも分かる。しかしあれは一方向にしか放てないと思っていたが……もしかしてその前提が違うのか?

 地龍の首は短く硬い。ブレスで周囲を薙ぎ払うなんてことは難しいはずだ。

 考えれば考えるほど謎が増えていく。

 そして俺たちは森の奥地に向かった。



 夕方に差し掛かる少し前に目的地に到着したらしく、イリスが馬を減速させ始めた。

「到着しました」

「ようやくか」

「長かったねぇ」

 そして俺たちは馬から降り、近くの木に馬を繋ぐ。

 すると、少しずつ知らない気配が近づいてくる。

「イリス様」

「学院生を連れてきました。今から情報の共有をして、地龍の討伐手段を決めます。決断は全て兄さんにお任せします」

「ああ、分かった」

 そしてイリスに話しかけた諜報部隊員が俺を見て、頭を下げた。

 かつてジカリウス教団にいた頃は序列があり、序列が高い程丁寧な扱いをされ、周囲の暗殺者も丁寧な態度をとる決まりがあった。

 おそらくその名残だろう。

「ここはジカリウス教団じゃないし、俺はもうジカリウス教団の暗殺者じゃない。頭は下げなくて良いぞ」

「はっ。では早速情報の共有をさせていただきたく思います」

「ああ、聞きたい事が結構あるんだ。まずは帝国の第六騎士団から戦死者が四割出た理由についてだ」


「はっ。こちらは森の中での戦闘にも関わらず、騎士団がまとまって行動していた事が原因になります。大きく三つの隊に分けて正面と左右から攻撃を仕掛けましたが、正面にいた騎士たちはブレスにより戦死、そしてその中には第六騎士団長も含まれておりました。その後、副団長が指揮を執りましたが、一時的に騎士たちが烏合の衆となりまして、すぐに撤退命令を出したそうですが地龍が暴れてさらに戦死者が増える結果となりました」


 なるほどね、騎士団を三つに分けたのは悪くないが正面から攻撃するのは駄目だろう。これは普段は人間を相手に戦う騎士団だからこそ考えられなかったことなのだろうか?

 しかし、学院で魔獣討伐だってするのだからそれくらいは考えても良いと思うが……

「騎士団の団長は何故正面から攻めた? 魔獣討伐の経験があるなら龍の正面が危ないことくらい分かるだろう?」


「騎士団長の性格によるものだと考えられます。元々何事も正面突破という考え方をする団長でした。今回は副団長から正面は避けるべきだという提言をしたそうですが、団長は頑迷な方だったそうで……」


「派遣する騎士団間違えてるだろ……」

 他の騎士団を出していれば俺たちに特別依頼は来なかったんじゃないか?

「分かった。次だ。地龍のブレスの範囲はどのくらいだ? 首を曲げて左右にブレスを吐けるのか?」


「いえ、地龍の首は短く硬いです。今回の地龍も例外ではありません。ブレスは一方向にしか放てないものとみております。」

「次だ。俺は地龍との交戦経験はないんだが、地龍は夜目が効くのか?」


「詳細は不明です。しかし、地龍は夜になると睡眠をとります。ここ五日程偵察しておりましたが、例外の行動を起こした日はありませんでした。また、食事は行っておりません」


「そうか。地龍はどこから現れたか知っているか? いきなりこの森に出てきたのか?」


「そちらは不明です。我々も地龍が何故出現したのか調べていますが、未だに原因が特定できておりません。しかし、森に地龍が現れるというのは少々不自然でありますので、精霊鉱石を使って封印した地龍をこの森に解き放った可能性を考えています」


「精霊鉱石で封印した地龍……その場合は人為的な行為になるな。前回の狂化妖精インサニアと同じ組織か?」

「仮に人為的な行為として、同一の組織だとした場合、これは完全に帝国に対する侵略行為になります。早期の原因特定と組織の殲滅が必要になるかと」


「だな。……最後の質問だ。地龍はここに現れてから、どこに向かって移動している?」

「これといって決まった方角には移動しておりません。どちらかというと、地龍が森で迷って岩場を探そうとしているように見えます」

「本来岩場を好む地龍が森の中に現れるってのがもうおかしいんだよな……」


 俺はそう考えてもう一つ質問することにした。

「悪いがもう一つ質問だ、地龍って岩に穴をあけて住処を作ったりするよな? つまり土を掘り進めていたら森に出てきた、という可能性はないか?」

「我々も地龍が穴を掘る可能性を考えて周囲を探ってみましたが、地龍が通れるような穴は確認できませんでした」

 つまり本当に地龍がいきなり出現したわけか。


 今は夕方、そして地龍は夜は眠るというのなら、夜襲を掛けて一気に叩くのがベストか。

「よし、俺とティアーナ、イリスで今夜夜襲を仕掛ける。そこで討伐してこの問題を終わらせるぞ」

「分かった! お姉ちゃん頑張るからね!」

「分かりました。では作戦は食事をしながら立てましょう」

 そう締めくくって俺たちは諜報部隊の食料を分けてもらい、食事をしながら作戦を立てる。


「まず、仕掛けるのは地龍が眠ってから二時間後にする。眠りは深い方が良いだろうからな。その時、最初にイリス、フルゴーレで地龍に幻惑を掛けてくれ」

「はい」

「そして俺とツィエラで霊威解放して首を攻撃する。これで決まってくれたらそれで良し。駄目だった場合はティアーナ、クピートーで援護を頼む」

「うん、分かった」


「今回、イリスは地龍に幻惑を掛ける事と自分の守りに専念してくれ、攻撃は俺とティアーナで行う。地龍が幻惑に囚われている以上そうそう攻撃を喰らう事はないだろうしな」

 と、俺は過去にも同じ作戦使ってたな、なんて思いながら作戦を決めていく。


「結局、昔と作戦は変わらないですね」

「でもこれが一番確実だもんね」

 どうやら、そう思っていたのは俺だけじゃなかったらしい。


「相手がなんであろうと俺たちがチームとして戦う以上負けはない。それとイリス、諜報部隊には俺たちの戦闘中に地龍の正面に出るな、と伝えておいてくれ。あと周囲に人がいないか警戒するようにとも」

「周囲に人ですか?」


「ああ、前回のインサニアのように、地龍がこんな所にでてくるってのがおかしい。森に出現した痕跡もないんだろう? なら人為的だと考えるべきだ。もしかしたら遠くから地龍を見ているかもしれないしな」


「分かりました、伝えておきます」

「よし、じゃあ地龍が眠るまで待つか」

 俺たちは役割を決め、夜襲に備えて休息を取る。

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