第二部 二章 渦巻く不安(Ⅲ)
翌週、平日はいつも通りに実技の時間はリアナの霊威制御を見て、放課後は座学を教えてもらい、ミルティアーナがチームに加入して二度目の週末がくる前日の放課後、俺たちは学院長に呼び出された。
「悪いな、しょっちゅう学院長室まで来てもらって」
「それは別に構わないが、今回は何の用だ?」
「お前たちのチームに特別依頼だ」
「え、また?」
リアナが怪訝そうな顔をする。
「この学院にはチームは星の数ほどあるが、一番強いチームは間違いなくお前たちのチームだ。なんせハヤトとミルティアーナがいるのだからな」
学院長にそう言われてリアナは歯を食いしばる。自分の不甲斐なさに怒りを覚えて。
「と言う訳で特別依頼がお前たちに優先的に回ってくることになるのも仕方がないだろう? なんせ今年の三年生は不作だ。強力な精霊使いがいるわけでもなく、強い魔術師がいるわけでもない。今年の三年生に特別依頼を出したら全滅するのがオチだろうさ」
「この前の特別依頼では俺たちも全滅しかけたけどな」
「あれは本当に悪いと思っている。というか文句は帝国に言ってくれ」
「そうだな、暗殺者の死体を回収された件も含めて、機会があったら文句でも言っておくか。それで、今回の依頼内容は?」
「サクロム神聖国との国境付近で地龍が確認された」
「地龍だと? それは騎士団案件じゃないのか?」
「無論騎士団も出撃する。しかしお前なら分かるだろう? 騎士団百人とお前とミルティアーナの二人、戦ったらどちらが勝つ?」
「十中八九、俺とミルティアーナだな」
「ううん、確実に私達が勝つよ。帝国騎士はそこまで強くないから」
俺とミルティアーナの言葉にリアナが目を見開き驚く。
どうしてこの二人はそこまではっきりと断言できるのか、それが不思議でしかなかった。
「そうだ、たった二人の学院生にすら負けるのが今の帝国騎士団だ。正直、帝国騎士団より諜報部隊の方が強いんじゃないか、なんて話がでるくらいには今の騎士団は弱い」
「それだったら騎士と諜報部隊の立場を入れ替えたほうがいいんじゃないか?」
「そういう訳にはいかん。帝国騎士団にも誇りはあるらしくてな。それと今回の特別依頼は本来は学院にはださないはずだったんだ」
「ならどうして特別依頼が来たんだ?」
「地龍に敗れたのさ、我が帝国の騎士団が」
「……は?」
「地龍がサクロム神聖国との国境付近で確認されてから、一度帝国騎士団が討伐に出ている。そして騎士の四割が戦死した」
「うそっ……」
リアナが信じられないといった表情で驚いている。
「嘘ではなく事実だ。と言う訳でインサニアを討伐したチームにハヤトがいるという理由でお前たちのチームに特別依頼が回ってきたわけだ。今回はミルティアーナもいるのだ、そう苦労はしないだろう?」
「まあ、慎重に戦えば負けるような相手ではないが……」
「私達だと勝てると思って特別依頼を出すのは構わないけど、相手は地龍よ? リアナはどうするの?」
「ああ、今回の特別依頼にはローゼンハイツは置いて行け」
「え?」
「当り前だ、出撃した帝国騎士団の四割が戦死したのだぞ? 霊装顕現すらできない学院生が行っても足手まといになるだけだ。今回はインサニアの時のようにローゼンハイツを連れて行っても確実に勝てるとは言えない。わざわざ学院生を死なせに行かせることなどせんよ」
「でも、あたしはチームで……」
「ローゼンハイツ、今回ばかりは駄目だ。正直、ローゼンハイツが霊装顕現できたのなら連れて行っても役には立てただろう。しかし霊装顕現ができないお前には精霊魔術しか取れる戦法がない。中位の精霊魔術では地龍には通用せんよ」
「っ!」
それを聞いてリアナは目に涙を浮かべながら学院長室から飛び出してしまった。
「リアナ!」
俺はリアナを追いかけようとしたが、
「待て、話はまだ終わっていない」
学院長に呼び止められる。
「だがあのリアナを放置するのは」
「時間がないのだ」
学院長が先程より深刻そうな顔で言う。
「……どういうことだ?」
「サクロム神聖国との国境付近に地龍がでたと説明したな? 今はまだリーゼンガルド帝国内にいるから良いがもしサクロム神聖国との国境を越えてサクロム神聖国に地龍が侵攻してしまった場合、リーゼンガルド帝国に抗議が来る。最悪小競り合いが起きるだろうな。それを未然に防止するために二人に特別依頼をだしているのだ。全く、ローゼンハイツの姉が去年卒業してしまわなければ火属性の精霊使いを連れていけたのだがな」
「リアナに姉がいるのか?」
「ああ、だがその話はローゼンハイツから聞くと良い、特別依頼が終わった後にな。それと先程は帝国騎士団も出撃すると言ったが、今回出撃した騎士の四割が戦死したため指揮系統がごたついている。よって、出撃するのは諜報部隊となる。お前たちもその方が連携を取りやすいだろう?」
「諜報部隊ってことはもしかしてイリスもいるの?」
「いる」
「そうか、なら勝ちが確定したな」
「そうだね、私達三人が揃えば負けることはないね」
「既にイリスは学院に来てこちらに向かっているだろう。今回はイリスがお前たちを地龍の元まで連れて行くことになっているからな」
「手際がいいな、機嫌取りか?」
「そんなところだ。……来たな」
学院長が俺たちの後ろを見る。
するとリアナが飛び出した扉から肩で髪を切り揃えた小柄な少女が入ってきた。
四年前と比べて少し背が伸びただろうか? そんな事を思いながら少女を見る。
そして少女が俺を見て口を開く。
「お久しぶりです、兄さん」
「ああ、久しぶりだな、イリス」
「姉さんも数週間ぶり」
「そうだね、イリス元気にしてた?」
「はい、問題なく元気にしていましたよ。あと厨房のホットチリソースがなくなったって話が少し前に出たんですけど、姉さん何か知ってますか?」
「い、いやぁ、お姉ちゃんは知らないかな……」
「兄さん」
「この間城の厨房からパクったらしいホットチリソースを使ったホットサンドを作ってくれたぞ」
「ちょっ、ハヤト君、それ話したらダメなやつ……」
「……はぁ、やっぱり姉さんでしたか」
「お前たち、そんなくだらん話をしてないで早く説明の続きをしたいんだが」
「ああ、そうだったな。それで、今回は俺たち三人で地龍を討伐すればいいんだな? それもサクロム神聖国に逃げ込まれる前に」
「そうだ、報酬は期待してくれ、何せ帝国騎士団が討伐できなかった地龍を討伐するのだからな、勲章くらいは貰えるんじゃないか?」
「そんなものはいらん。が、地龍は早く討伐した方が良さそうだ。ティアーナ、すぐに動けるか?」
「一度部屋に荷物を取りに行きたいかな。ハヤト君も隠し持ってる荷物持っていくでしょ?」
「……気付いてたのか?」
「当り前じゃない、お姉ちゃんだもん」
「そういう訳だから学院長、荷物を用意したらすぐに向かう。死ぬことは無いだろうがいつ帰って来るか分からない、公欠処理は任せた」
「ああ、任された。悪いな、私が現役の騎士なら私が討伐に行くのだが」
「引退したんだから仕方ないだろ。それじゃティアーナ、イリス、行くぞ」
「うん!」
「はい」
俺たちはそう言って学院長室を出て自室に向かった。
そして俺たちは自室に戻り、それぞれの荷物を持って学院の外へ向かう。
「今回はリアナには悪いことしちゃったね……」
「ああ、だが仕方ないだろう、流石に地龍はリアナの手に負えない」
「そのリアナという方は誰ですか?」
唯一リアナを知らないイリスが俺たちに尋ねる。
「俺が学院に編入するきっかけを作ったやつ」
「ああ、じゃあ川で兄さんが釣り上げたっていう」
「……その情報出回ってるのか?」
「はい、教団トップの暗殺者を学院に招き入れた奇策を使う方だと」
「奇策じゃなくて素だったんだよなぁ、あれ」
そんな情報が出回っているとは知らずに俺は驚き、そして呆れる。
「帰ってきたらリアナを慰めないとな。このままだとチーム抜けるとか言いそうだし」
「そうだね、この間のビッグボア討伐の時から何か悩んでるみたいだったし。帰ってきたらフォローはしないとね。……それにしてもハヤト君、隠し持ってる荷物に教団の機密になってる物がいくつかあったけど、あれはいつ手に入れたの?」
「孤児院が襲われた時に回収できるだけ回収して逃げてから路銀にしてたんだよ」
「路銀⁉ じゃあいくつか流出してるの⁉」
「してるな、闇市で売ったら結構いい金になるんだ」
「何やってるんですか兄さん、そんなやったら捕まりますよ?」
「現に俺は捕まってないぞ?」
「それでも駄目です。教団の貴重品は全て帝国で差し押さえる事になっています。地龍を討伐した後に回収しますからね」
「なら地龍相手に使い切るか」
「そんなことしなくても三人で勝てます」
「そうだよ、ハヤト君。三姉弟揃って負ける事なんてないんだから無駄使いしないの!」
そう言われて地龍討伐後、俺の貴重品が回収されることになった。
そして学院の外に出る。
「どういうルートで行くんだ?」
「馬車を使うと遅いので馬を用意しています。私が先行しますので付いてきてください。国境付近になるので片道五日ほど掛かります」
「片道五日って馬に相当負担が掛かるんじゃないのか?」
「仕方ありません。場合によってはサクロム神聖国と敵対することになりますから」
そんなやりとりをしつつ俺たちは馬が用意されている場所まで行き、馬に乗って街の外へ出る。
サクロム神聖国との国境線まで五日ということは、ほとんど休憩なしで行くという事だ。
恐らく険しい道程になるのだろうな。
俺はそんな事を思いながら先行するイリスに着いていく。
そして街を出て数時間、夜になったがそれでも馬の脚を止める事なく俺たちは地龍の元へ進んでいた。
「イリス! 馬が疲弊してきている! 少し休ませないと明日から徒歩になるぞ!」
俺は馬の体力の消耗具合を見てイリスに声を掛ける。
「しかし、急がないと間に合わなくなる可能性もあります!」
「でも馬が潰れたら国境線まで五日じゃ辿り着けないよ?」
ミルティアーナも俺と同じことを考えているようで馬を休ませる方針を取ろうとする。
「……では、三十分だけ」
そう言って馬を止めて休ませる。
その間に俺たちは焚火を用意し、馬に水を与え、地龍と戦う前に情報のすり合わせを行う。
「イリス、出撃した帝国騎士団の四割が戦死したってのは本当なのか?」
「はい、本当です。正確には帝国騎士第六騎士団が討伐に出て、その四割が戦死した、と言うべきでしょうか」
「第六騎士団って弱いのか?」
「いえ、どちらかというと騎士団の中では強いほうかと」
「じゃあなんで地龍相手に四割も戦死者が出るんだ? まさか纏まって戦ってたわけじゃないだろう?」
「地龍討伐による功績を得ようとして無理をしたんじゃないかと。ちなみに第六騎士団の団長も戦死しています」
「うわ、じゃあ実質壊滅じゃん」
ミルティアーナの言う通り、団長を失って戦死者が四割ならもはや壊滅と言っていいだろう。
今の騎士団はそれほどまでに弱いのか……
かつてはかなり手強かった印象があるのだが。
「俺たちがジカリウス教団にいた時って帝国騎士団はかなり強いみたいな話じゃなかったか?」
「そうだね、実際戦った時も手強い騎士もいたよね」
「確かに四、五年前は強いと言われていましたが、近年は騎士団の質が低下していることと、強い騎士が何名か引退されたので急激に弱体化しています」
「それで俺の卒業後が騎士団入りの可能性もあるとか言われてるのか」
「はい、ですが兄さんは諜報部隊に入れるようにします。また三人でチームを組んで任務に行って、途中でパフェを食べたりして、そんな小さな幸せをもう一度私は掴みたいです」
「そうだね、また一緒にいられるなら帝国の諜報部隊でこき使われても構わないよ。あ、でもこの前ハヤト君がね、いつか家を買って私達とツィエラで暮らすのも良いかも、なんて言ってたよ」
「いいですね、それ。是非ともそうしましょう。そして死ぬまで一緒に暮らすんです、兄さんの介護は私がやりますので心配しないでくださいね」
「いや、その話は無かったことになったから」
俺がそう言うと、
「そんな……」
イリスが絶望の表情を浮かべる。
「そんなにショックなのか……」
「そりゃそうだよ、せっかく皆で幸せに暮らせると思ったらやっぱなしで、なんて言われたらショック受けるでしょ、お姉ちゃんだってあの時は泣きそうだったんだぞ?」
「嘘つけ」
そんなやりとりをしていたら三十分経つのはあっという間で、
「兄さん、姉さん、そろそろ行きましょうか。今日は徹夜になりますが大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「お姉ちゃんも大丈夫だよ」
「では、行きましょう」
イリスの言葉を合図に、俺たちは夜闇の中、馬に乗って国境付近に向けて進み始めた。
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