第二部 二章 渦巻く不安(Ⅱ)

 そして夕食時、

「あら、それでリアナがこんなに拗ねてるの?」

「別に拗ねてないし」

「でも学院長が機密事項とまで言ったんだね、ちょっとびっくり」

「俺も驚いた、正直そこまで大事になってるとは思ってなかったからな」

「しかもあたしのチームで編入理由知らないのあたしだけだし。ツィエラだって知ってるんでしょ?」


「ええ、もちろんよ。何せ編入が決まる瞬間も一緒にいたし、ハヤトに編入の後押しをしたのが私なんだから」

「編入の後押し?」

「そうよ、ここからは秘密だけど。機密事項らしいし」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 リアナは機密事項という言葉で話を区切られて悔しそうにしている。


 しかし機密事項か、これは俺も知らなかったから多分学院長とミルティアーナしか知らなかったんだろうな。

 後で少し聞いてみるか。

「ねえ、アンタたちが同居を認められてるのもその機密事項に関係あるの?」

「いや、多分ないんじゃないかなぁ」

 とミルティアーナが答える。

「じゃあなんで同居が許されてるのよ!」

「姉弟だからでしょ?」

「姉弟でも許されないわよ!」


「やっぱり不満があるならリアナもここに住めば良いのに。そしたらハヤト君とお風呂入れるよ?」

「はぁっ⁉ なんであたしがハヤトとお風呂に入らないといけないのよ!」

「というかこれ以上同居人増えると部屋が狭くなるから勘弁してくれ」

 俺は切実な理由で同居を拒む。

「あ、でもハヤト君はもうリアナの身体は堪能したんだっけ?」

「いや、そんな記憶はないが?」

「でも唇に胸、太ももと制覇してるんでしょ?」

「なんの制覇だよ。しかも唇と胸は必要だったからであってお互い本意じゃない」


「そうよ! こいつが勝手にあたしの胸揉んだんだから!」

「揉む程の大きさじゃないだろう」

「アンタ! 灰にするわよ⁉」

「でも事実だろ?」

「それでも言って良い事と悪い事があるでしょうが!」

「それに服の上からだしセーフだろ」

「アウトよ! どこからどうみてもアウト!」

「ティアーナ、判定は?」

「ハヤト君限定ならセーフ、かな」

「アンタの主観による判断を聞いてるんじゃないわよ!」

「セーフって判決がでたので問題なし。以上」

「あ、あたしの人権は何処に行ったの……?」

 なんて馬鹿みたいな話をしながら俺たちは夕食を取り、リアナを元気? 付けてからリアナを部屋に帰した。



「ティアーナ、俺の編入が機密事項って知ってたのか?」

「うん、知ってたよ?」

「なのに昼食の時に『答えが分かったら教えてね』なんて言ってたのか」

「うん、リアナには悪いけど答えを知る機会はこないだろうからね」

 ミルティアーナは紅茶をもう一杯入れながら答える。

「なら俺が機密事項と知らずに話してたらどうするつもりだったんだ?」


「その時はハヤト君を止めるつもりだったよ? もし午後の実技の時にリアナがハヤト君と関わりを絶ってでも知りたいって言ったら止めるつもりだったし、リアナにはその選択はできないって分かってたから」


「その選択ができない? どうして?」

「それは乙女の機密事項だよ」

 訳が分からん……

 そんなやりとりをしてから風呂に入り、明日の用意をしてからベッドに入る。

 やっぱり今日も俺が真ん中で寝るらしい。



 そうして数日が過ぎ、ミルティアーナがチームに加入して初めての依頼を受ける日が来た。

「おはようリアナ、待たせたか?」

「リアナおはよ!」

「おはよう二人とも、あたしも今来たところよ。三人揃ったし依頼を選びに行きましょう?」

「ああ」

 俺たちは依頼が貼られている掲示板を見に行く。

 そして少し眺めた後、

「今日はこの討伐依頼でどう?」

 そういってリアナが見せてきたのは平原の魔獣狩りだった。ランクはBで報酬は金貨三枚と一単位。

「いいんじゃないか? 報酬も悪くない」

「そうだね、お金は気にしないけど単位は保険になるから貰えるだけ貰っておきたいし」

「じゃあ決まりね」


 そう言ってリアナが

依頼の受付所に依頼の受注をしにいく。

「ハヤト君とは久しぶりの共闘になるね」

「そうだな、だけどリアナもいるからあまり出番を奪わないようにな」

「分かってるよ、可愛い弟の学院生活を駄目にするつもりはないからね!」

「なんか可愛い弟って言葉、久しぶりに聞いた気がする」

 最後に言われたのはいつだったか思い出せないくらい前だろう。

「そうだね、かれこれ四年以上は言ってないよね。でもこれからはまた沢山言うからね!」

「言わなくていい」

「かっこいい弟の方がいいかな?」

 なんて姉弟話に花を咲かせていると、

「依頼の受注が終わったから行くわよ」

 とリアナに声を掛けられる。

「それじゃあさっさと終わらせるか」

「ええ、そうしましょう」

「初めての依頼、楽しみだね!」

 それぞれの言葉を聞きながら俺たちは街の外の平原に向かうのだった。



「で、平原のどこに魔獣がいるんだ? 平原だし陸上魔獣だよな?」

「そうよ、空を飛ぶタイプの魔獣狩りもあったけどミルティアーナ以外が戦力になりそうにないから陸上魔獣の討伐にしておいたわ」

「でも魔獣の姿が見えないね?」

 依頼に記載されている場所に来たが魔獣の姿が見えず、俺たちは困惑していた。

「もしかして縄張りを変えたか?」

「その可能性もあるわね、とりあえず近くに足跡とかないか探してみるわよ」

「りょーかい!」


 俺たちはそれぞれ別方向に向かい、魔獣の痕跡を探し始めた。

(ツィエラ、魔獣の気配はあるか?)

(少し遠いところに魔獣の気配はあるけど、この辺りに魔獣の気配は感じないわね。霊威の残滓もないみたいだし、根本的に指定された場所が違ったんじゃない?)

(なるほどね、もうちょっと正確な情報を持ってきて欲しいもんだな)

 ツィエラに魔獣のいる方向を教えてもらい、二人と合流してそちらに向かう。


 そして歩くこと数十分、ようやく魔獣を見つけた。

「魔獣ってビッグボアの事だったのか」

「ビッグボア一体でランクBって学院の評価おかしくない?」

 俺とミルティアーナがそんな事を言うが、

「それはアンタたちだから言える事でしょうが、あたしからしたら凄く脅威なのよ!」

「いや、リアナもあれに苦戦するとかないだろ」

「うん、だってビッグボアだよ?」

「うるさいわね、戦ったことないから分からないわよ。……アンタたちだったらどうやって戦うの?」

「俺だったら身体強化で首を刎ねる」

「私だったらここから霊装顕現アルメイヤの弓で貫くかな、一撃で仕留められるし」


 そう言ってミルティアーナが霊装顕現し風の矢を放つ。

 風の矢はビッグボアの頭を貫通して一撃で仕留められ、その場に倒れる。

「ちょっと! 仕留めちゃったら連携の意味がないじゃない!」

「ごめんごめん、ビッグボア一体に時間取るのもなんかあれだったし」

 そう言ってミルティアーナは苦笑いをしている。

「リアナの出番は取るなって言ったのに」

「ハヤト君まで怒らないでよ、次は気を付けるから」


 なんて言った時、

「ちょっと待って、あたしの出番を取るなって話、初耳なんだけど?」

「そりゃ言ってないからな」

「私達って霊装顕現もできるし実技の単位が確約されるくらい戦闘には慣れてるから、暴れちゃうとリアナの出番が無くなるでしょ? だからほどほどにしようねって話をしてたの」

「それは、そうだけど……」

「だからあらかじめリアナの出番は取らないって決めてたのにどうやって戦うか、なんて聞かれたからつい射止めちゃった」

「まあ今回はもう討伐してしまった以上仕方ないだろう、討伐部位を剥ぎ取って学院に戻るぞ」

 そう言って俺は討伐部位の牙を切り落とす。


 そして三人で学院に戻り、三人チームでの初依頼はなんとも微妙な空気で幕を閉じた。

 そしてリアナと別れ、俺たちは自室に帰る。

「にしてもビッグボア一体でランクがBだなんて驚いたよ、学院の依頼簡単すぎない?」

「ああ、俺もそう思う。この間は森の魔獣七体討伐するだけでランクがCだった。多分学院生に合わせてランクを調整しているんだろうけど俺たちには向かないかもな」

「だね、もっと高いランクの依頼を受けるか特別依頼でないと話にならないね」

「その特別依頼でこの前は死にかけたけどな」


「あれは学院長が悪いよ、インサニアと魔獣の群れがいたなら騎士団案件なのに、騎士団の損耗を抑えたいからってハヤト君にやらせるんだもん。普通に考えたら学院生にはやらせない依頼だよ」


「今後もああいった依頼が来るのかと思うと気が滅入るな」

「かといって今日みたいな依頼じゃ準備運動にもならないんだよね」

「程よい塩梅の依頼って中々ないもんだな」

 なんて話をして俺たちはツィエラの作る夕食を食べ、風呂に入り就寝した。



 一方、リアナは自室で今日の依頼で自分が気遣われていた事にかなりショックを受けていた。


(ビッグボア一体をあんな簡単に仕留める事ができるってもう学院生のレベルを超えてるじゃない! 武器の相性が良いのもあるんでしょうけど、頭にピンポイントで当てる精密な射撃は他の学院生じゃできないわよ! 連携してあたしが注意を引いて、ハヤトが首を刎ねるかミルティアーナに胴体を狙ってもらうつもりだったけどビッグボア一体程度じゃあの二人だと敵にすらならないのね……)


 と、今回の依頼で本来採る予定だった作戦を思い返してそれが不要であったことに肩を落とす。


(これ、チームにあたしがいる意味あるのかしら? あの二人は間違いなく実技の単位はS評価、座学の方は分からないけど実技だけなら三年生より強い。これはセリア先生が三年生になっても教えることがなさそうとか言ってたし多分事実。そうなってくるとあたしってただの足手まといなんじゃないの?)


 そう考えた時、数日前にミルティアーナが言っていた言葉を思い出す。

(昔は良く言ってたじゃない。『足手まといはいらない。邪魔になるから近くにくるな』ってね)

(ああ、今のあたし、完全に足手まといだ……どうしよう、あたしからハヤトをチームに誘ったのにあたしが足手まといになったら意味がないじゃない)

 などと考えてリアナは自己嫌悪に陥る。

(強くならないと。ハヤトについていけるように)

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