第二部 二章 渦巻く不安

 ハヤトの部屋から自室に戻ったリアナは、部屋のベッドに座り込んでいた。

(今日一日であの二人の印象が少し変わった気がするわ)

 なんて事を膝を抱えながら思う。


(ハヤトとミルティアーナの貴族に対する印象があんなに悪かったなんて考えたことも無かった。それにハヤトが元々貴族も平民も嫌いだったなんて……。というか編入理由が伏せられてるのもどうして? 普通なら編入理由くらい公開したって問題ないはずなのに、それどころか孤児からこの学院に通えるほどの人材になったなら寧ろ誇ってもいいくらいなのにどうして編入理由を伏せてるの? 編入理由を教えたら二度と関わることはない、なんて言ってたけどあたしがそんなに薄情に見えるのかしら? やっぱり貴族だから?)


 暗い部屋の中でリアナは考え続ける。


(そもそもハヤトの学院の費用はどこから調達してるの? 初めて会った時は裕福には見えなかった。ということは恐らくハヤトの学費を提供している人物、もしくは組織がいる? だとしたら誰が? どこが? 学院長が学費を出してるとか? でも学院長はあたしがハヤトを連れてきた時がハヤトと初対面だったはず。……待って、でもあの時の学院長、いきなりハヤトに向かって氷の刃を放ってた。あの孤児院出身だな、とも言ってた。ハヤトは自分のいた孤児院は潰れたって言ってたけどなんで潰れたの? 経営が悪かったから? 帝国が孤児院に一定額資金援助しているのに? それでも潰れるってことは援助金をどこかで着服されていたか、その孤児院自体が孤児院ではなかったから? ハヤトとミルティアーナが再開したのは四年ぶりって言ってたわよね? だとしたら四年前に潰れた孤児院を調べたら何か分かるかしら?)


 流石は公爵家の娘というべきか、考察力は見事なものである。

(ハヤトが教えてくれないなら自分で調べてしまえばいいじゃない! あたしは公爵家の人間よ? コネくらいいくらでもあるわ!)


 そしてやるべき事を決めたリアナはそのまま風呂に入りシャワーを浴びながら、

(というかなんでハヤトの部屋にミルティアーナが住むのよ⁉ 普通に考えておかしいでしょ! しかもハヤトはなんでそれを受け入れているのよ! なんかムカツクわ!)


 なんてもう一つの問題に思考を割いていた。

(いくら姉弟だからってお風呂まで一緒に入るのはおかしいでしょ? たとえ同じ時間を共有したいからってそれはまた別の話じゃない⁉ ……というか、あたしはこのひと月でハヤトとは仲良くなったとかじゃなくて、絆ができた、そんな風に思っていたのにミルティアーナにはあたしに見せた事のない表情をして話をしてるし、なんというかすごいモヤモヤするわね……それに最後、ミルティアーナにあんな事を言われて何も言い返せなかった。あたし、ハヤトを取られそうになって不安になってるの? それに加えて貴族に対する印象を知ってからあたしの事をどう思ってるのか分からなくなってきて不安に感じてるの?この気持ちってなんなの……?)

 などとあれこれ悩みながら眠りにつくリアナだった。




翌朝、目を覚ますと既にツィエラとミルティアーナが朝食を作り始めていた。

 なぜあの二人はこんなに早く起きれるのだろうか?

 なんて思いつつ顔を洗い挨拶をする。

「おはよう、二人とも」

「おはようハヤト」

「おはよっ、ハヤト君。朝食がもうできるから座って待ってて!」

 そう言われて俺はテーブル席に座って待つ。


 するとすぐにホットサンドとコーヒーが運ばれてきた。

「今日はお姉ちゃんも手伝ったんだよ! 愛情たっぷり込めてるからね!」

「ティアーナ、料理できたのか」

「簡単な料理だけならね、難しいのは無理かな」

 難しい料理ってのがどういう料理なのか良く分からないが多分それなりに料理もできるのだろう。


 そんな事を思いながら俺はホットサンドにかぶりつく。

「ん? 今日はちょっと辛いな」

「そうなの、お姉ちゃんが帝国騎士団の厨房からホットチリソースをこっそり拝借してきててね、それを使ってみたんだ!」

「ばれて怒られてもしらないぞ?」

「ばれたことがないから大丈夫だよ」


 諜報部隊に入ってからそんな事をしていたのか、と呆れつつ、そもそも諜報部隊が何をしているのか知らない事にハヤトは気付いた。

「そういえば帝国の諜報部隊って何をしてるんだ?」

「んー? 基本的には情報集めかな。例えばサクロム神聖国の軍事の動きとか、エルハイツ王国の軍事もそうだし、経済の流れで武器が集められ始めたとか、物流の流れについて調べたりもするね。後はお尋ね者の捜索とか、場合によっては捕獲とか暗殺もするね」

「じゃあ教団にいた時とあまり変わらないのか」

「そうだね、でも教団と比べるとぬるいよ、元々諜報部隊にいた人達は練度が低いし、皆情報が曖昧だったりするからぶっちゃけ教団から諜報部隊に入った人間だけで仕事をした方がもっと良い成果を出せると思うんだけどなぁ」

 なんてミルティアーナが言う。


 しかし、結局やることはジカリウス教団にいた頃と変わらないのか。

「あ、でも教団にいた時みたいに諜報部隊の人間同士の関わりが禁止されている訳じゃないから交流はそれなりにあるかな、元々諜報部隊にいた人と教団出身者の仲はそんなに良くないけど」

「組織の中で対立してるのか?」

「対立してるって程じゃないよ? でも正直連携は上手く取れてないね、かれこれもう四年経つからいい加減にして欲しいんだけど」

 帝国の諜報部隊も一枚岩ではないらしく苦労しているらしい。

「そんなところに将来俺は入ることになるのか」

「最悪逃げちゃえばいいじゃん、一緒に旅でもする?」

 するとツィエラが、

「もう当てのない旅をするのは勘弁してほしいわ」

 なんて言ってくる。

「当てのない旅を四年もしてたからなぁ。流石に旅はもういいや。あと学院長曰く俺は帝国騎士団入りする可能性もあるらしいぞ」

「あ、その話も出てた! でも絶対阻止するからね、ハヤト君は諜報部隊でお姉ちゃんとイリスの三人でチームを組んでまた楽しく任務しよう?」

「楽しく任務、ね……そんな楽な任務ばかり回してもらえると嬉しいが」

 なんて話をしながら朝食と食後のティータイムを終え、教室へ向かう。



「おはよう、リアナ」

「え、ええ、おはようハヤト、ミルティアーナ」

「おはよ、リアナ」

 今日のリアナは少し眠たそうだ。

「リアナ、夜更かしでもしたのか?」

「ちょっと寝付けなかっただけよ」

「何か悩みでもあるのか? また霊装顕現アルメイヤについてか?」

「それとも昨日の夜にリアナが返る直前に私が言ったことかな?」

 ミルティアーナが昨日、俺には聞こえないように話していたことを問う。

 するとリアナはまた顔を赤くして、

「ち、違うわよ! あたしはこいつのことなんて……」

 と、そこで口ごもってしまう。

「本当にどうしたんだ?」

 俺がそう聞くと、

「な、なんでもないわよっ!」

 と目を合わせることなく答えるリアナだった。



 昼食時、いつも通り三人揃って俺のテーブル席に座り、料理を注文する。

「ねえハヤト」

「どうしたんだ?」

「昨日アンタ言ったわよね? 編入理由を教えたらアンタと関わるなって」

「ああ、言ったな」

「じゃあ自分で調べて編入理由を知ったら別にアンタと関わりを絶たなくても良いわよね?」

「……調べることができると思うのか?」

「あたしは公爵家の人間よ? それにハヤトや学院長から所々ヒントは貰ってるし、地道に調べて行けば年内には答えを見つけ出せるんじゃないかしら?」

「ヒントを与えたっていうより学院長がポロポロ喋ってる気がするんだがな。まあ調べれるものなら調べてみな、後悔してもしらんが」

「後悔なんてしないわよ、それよりあたしだけ除け者にされてる気がして気分が悪いわ」

「じゃあハヤト君の編入理由が分かったら私達に教えてね、そこで答え合わせをしよ?」


 ミルティアーナが爽やかな笑みで言う。

「ええ、良いわよ! それで関係を絶つことなくハヤトの編入理由を知ってあたしがスッキリするのよ!」

「スッキリするといいな」

「……どういうこと?」

「世の中、知らないほうが良い事だってあるんだよ」


「確かにそうね。でも、あたしは昨日アンタに編入理由を教える代わりに関わりを絶つって言われた時、あたしは拒絶された気分になったわ。特別依頼を受けて、お互い死ぬ可能性だってあったのにそれを乗り越えて、確かな絆ができたと思ってたのに、あんな物言いされたあたしの気持ちがアンタに分かる? 見てなさい、あたしは絶対にアンタの編入理由を調べて当てて見せて、それでいてどんな理由であろうと受け入れて見せるわ!」


 リアナが目に炎を灯しながらそんな事を言う。

「すごい、これが女房の風格……」

 なんてミルティアーナが言うと、

「それは言うなって言ったでしょ⁉ 灰にするわよ?」

 といつものリアナに戻るのだった。



 そして午後の実技の講義では、リアナはここ最近の不調を乗り越えたようで今まで通りに霊威の制御に時間を費やした。


 そして実技の講義が終わり、放課後になろうという時、セリア先生から呼び出しを受けた。

「ハヤト、そしてローゼンハイツ、学院長がお呼びだ。放課後に学院長室に行きたまえ」

 そう言われて俺たちは今日は座学の勉強は無理だな、と話して学院長室に向かった。

 学院長室の扉をノックし、

「学院長、入室していいか?」

「ああ、かまわん」

 返事が来たので室内に入る。

「ようやく来たか。ハヤト、お前には女房を連れて狂化妖精インサニアの討伐を特別依頼で出していたが、その調査班が帰ってきた」

「あ、あたしは女房じゃないわよっ!」

 リアナは女房という言葉に噛みつく。しかし、


「あれだけ啖呵を切って女房ではないとは言い切れんだろう? 普通チームのためだからと言ってあそこまで学院長であるこの私に喰らいついて、特別依頼についていく学院生を私は見たことが無い。それに昨日もハヤトの姉がハヤトの部屋に住みつこうとしているのを阻止しようとしていたらしいな? これが女房と呼ばずして何と言うのだ?」


「ち、ちが、女房とか関係なしに男子寮に女性が住むのはおかしいでしょう⁉ だから止めに行ったのよ!」

「そして返り討ちにあったと?」

「うっ……」

「なんならローゼンハイツ、お前もハヤトの部屋に住んでも良いぞ?」

「なっ、誰がハヤトの部屋に住むですって⁉ そんな事するわけないでしょう⁉」

「ハヤト、現地妻には振られたな」


 学院長がくつくつと笑いながら言う。

「リアナは現地妻でも女房でもない、ただの友人だ」

「そうか、友人か。せめて学院生でいる間はそうであるといいな」

 なんて意味ありげな事を言い、それにリアナは怪訝な顔をする。

「それで、インサニアの討伐依頼についてだが」

 ようやく本題にはいるらしい、俺たちは自然と背筋が伸びる。


「結果として暗殺者の死体は見つからなかった。恐らく先に回収されたのだろう。そして鉱夫の焼死体が見つかった。インサニアが憑依していた鉱夫だろうと判断されてこちらは回収して身元を調べている。魔物の残党は無し。インサニアもいなくなっていたことから特別依頼は達成とする」


 それを聞いて俺たちは安堵する。

「それじゃあ暗殺者を倒した分も含めて報酬を貰おうか? 今回の特別依頼、間違いなく騎士団案件だったからな。さぞかし良い報酬が貰えるんだろう?」


 俺がそう言うと、

「無論、報酬は用意してある。金貨百枚と一人五単位だ」

 そう言って学院長は机に金貨五十枚ずつ入った袋を二つ置く。

「き、金貨百枚⁉ 今回の特別依頼ってそんなに報酬が貰えるんですか?」

 リアナが金貨百枚と聞いて驚いている。


「ああ、今回の特別依頼は狂化妖精インサニアの討伐及び魔獣の討伐だったが、インサニアは契約妖精であり、さらに契約者も討伐していることからこの報酬額となる。本来なら騎士団が出るべきだったのだろうが、まさかインサニアと契約している人間がいるとは思わなくてな。しかし騎士団に討伐させていたら犠牲者が何人出たか分からんからお前たちに特別依頼として任せたのが結果的には最善だったのだろうよ」


「じゃあ金貨は山分けで一人五十枚な」

 そう言って俺は片方の袋を受取りリアナを見る。

「あたし、足引っ張ってばっかだったのに五十枚も貰えないわよ……」

「別に足を引っ張っていた訳じゃないだろ? ちゃんとフォローとかもしてくれたじゃないか」

「でも、あたしのせいで脇腹にひびが……」

「あんなのたいした怪我じゃないだろ、それに今回の特別依頼は俺とリアナで受けたんだ、なんで俺が半分受け取るのに相棒のリアナが受け取らないんだよ」

「こういう時だけ相棒とか言うのずるいわよ……」

 とか言いながらようやくリアナも金貨五十枚を受取る。

「よし、五単位はこちらで追加しておく。これで今期の単位は大丈夫だろうな、ハヤト?」

「リアナのおかげで単位は落とさずに済みそうだよ」

「それは良かった。座学なんぞで留年されると色々困るからな」

「どうしてハヤトが留年すると困るんですか?」

 リアナが昼食時に宣言した通り俺の編入理由を調べに掛かる。

「それはローゼンハイツが知る必要はない」


 しかし、そう簡単に情報を渡す学院長ではなかった。

「そうですか……」

「俺の編入理由を知る糸口にでもなると思ったのか?」

「そうよ、そのあたりの謎は早く解明しておかないともやもやするし」

「ほう? ローゼンハイツ、君はハヤトの編入理由を知ってどうする?」

「別にどうもしません、ただミルティアーナが知ってるのにあたしは秘密にされてるのが嫌なだけです。同じチームなのにあたしだけ仲間外れとか嫌じゃない!」

「そうか、では一つだけ情報をやろう」

「おい待て、それは駄目だろ!」

「いや、構わんよ、この一つの情報で全て終わる」

 どういうことだ……?


「リアナ・ローゼンハイツ、ハヤトの編入にはリーゼンガルド帝国が絡んでいる。編入理由も帝国の機密事項だ。ミルティアーナも同様だ。だから誰もこいつらの編入理由を知らないし、平民の、しかも孤児なのにこの学院に通えている。そして帝国が絡んでいる以上こいつらの学費や生活費は帝国民の税金から支払われている。以上の事を踏まえてもう一度聞く。お前は何故帝国の機密事項を調べようとしている?」


「帝国の、機密、事項……?」

「そうだ、ローゼンハイツ。君がやろうとしていることは帝国の機密事項を探るのと同じことだ。君はいつからスパイ行為をするようになったんだ?」


 その言葉で全てを察する。要するに俺の編入理由は帝国そのものが隠しているのだ。機密事項である以上それを知ることができる人間は限られてくる。そして無理矢理知ろうとするのは帝国法に抵触する可能性があるからリアナに調べることはできない。


「そ、んな、あたしは別に、スパイ行為をしようとしたわけじゃ……」

 リアナはまさかそこまで重大な事になるとは考えていなかったらしく、酷くうろたえている。

「では一度だけ警告してやる。こいつらの編入理由を調べるのはやめておけ」

「……はい」

 流石にここまで言われたら調べる事は出来ないのだろう、リアナも大人しく従うようだ。

「話は終わりで良いな? こちらの用件は以上だ。退室したまえ」

 そう言われて俺たちは学院長室から出る。


 リアナはその間ずっと下を向いていた。

「まあ、なんというか、あんまりへこむなよ?」

「へこむわよ、人がやる気になったってのに機密事項ですって? 帝国絡みってことはアンタやっぱり孤児じゃないでしょ」

「孤児なのは事実だ」


「じゃあどうしてよ、どうしてアンタの編入理由が機密事項になるのよ! 帝国がアンタみたいな強い精霊使いを見つけたから国が学費を出して育成するのは分かるわ、それが将来帝国にとって有益だからよ。でもそれがどうして機密事項になるのよ!」


「あー、まあ、なんというか……」

 俺はどう返事をしたら良いか分からなくて口ごもる。

「あたしはこのひと月でアンタの事結構知れたと思ってたのに、これからもチームとして、友人としてやっていけると思ってたのに! 今ではあたしとアンタの間に目の前に大きな壁がある気分よ……」

「そんなことないだろ、確かにこのひと月でお互いを良く知ったさ、それは事実だ。だがお互い言えないことだってあるだろ?」

「それは……そうだけど」

「別に編入理由くらいでそんなに揺らぐなよ、このひと月で積み上げてきた信頼はそんな事で崩れ去るようなものだったのか?」

「……そんな訳ないじゃない」

「ならいいだろ、ほら、部屋に帰るぞ。今日は俺も部屋で夕食食べて行けよ」

 そう言って俺は落ち込むリアナを連れて自室に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る