第二部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅵ)

 昼食時、ミルティアーナは自分のテーブル席を割り当てられたが結局俺のテーブル席で食事をするらしく、俺の左隣に座っている。

 そして俺の対面にはいつも通りリアナが座っている。

 全員注文を終え、料理がくるのを待っている状況だが、いつもと違って会話が無かった。


 流石に今朝の孤児の話がきつかったのだろうか? それとも俺がこのひと月の間に貴族に対して持っていた印象が良くなかったことに言葉が出てこないのだろうか?


 なんて考えていると、

「そういえばハヤト君とリアナって依頼を受ける時にチームを組んでるんだよね?」

 ミルティアーナが口を開いた。

「ええ、そうよ」

「そのチームに私も入れてくれないかな?」

「どうして急に?」

 リアナが不思議そうにしている。

「今朝も言ったでしょ? 同じ時間を過ごして思い出を共有したいって。それにハヤト君が前衛で、精霊の実体化と精霊魔術を使うリアナは中衛でしょ? 私の霊装顕現は弓だから後衛になってバランスが良いと思うんだけど、どう?」

 ミルティアーナが提案する。


 確かにチームで見たらミルティアーナの加入は大賛成だ。戦闘力が高く後衛がいない今の俺たちのチームには一番欲しい人材でもある。

 つい先週は特別依頼の時にしばらくは二人でいいと言ったが、これは理想のチームが作れるチャンスでもある、断る理由がない。

 それはリアナも理解しているようで、

「ええ、いいわよ。これで前衛、中衛、後衛が揃って討伐依頼もやりやすくなるわね」

「やった! ちなみにチームの戦術指揮はどっちが取ってるの? やっぱりハヤト君?」

「いや、リアナにやってもらってる。俺は指揮とか苦手だし、リアナの指揮は結構うまいぞ?」

「そうなの? じゃあ次の依頼を受ける時が楽しみだね」

 なんて話をしていると料理が運ばれてくる。

 俺たちは若干の気まずさを残したまま、食事を食べ始める。



 食後の紅茶を飲んでいる時、

「ねえ、ハヤト」

 リアナが声を掛けてきた。

「どうしたんだ?」

「今朝はセリア先生が来たから聞きそびれたけど、どうしてこの学院に編入することになったの?」

「秘密」

「どうして? あたしには言えない事なの?」

「……そうだ」

「ミルティアーナは知ってるの?」

 話をミルティアーナに振る。恐らくミルティアーナも知らないだろうから聞きたがると思ったのだろう。

「私は知ってるよ?」

 しかしリアナの予想を裏切る形の返答が返ってきた。

「どうしてあたしには教えてくれないのにミルティアーナには話してるのよ!」

 リアナが怒る。

「俺からティアーナには何も話してないぞ?」

 俺がそう返答すると、

「どういうこと? じゃあなんでミルティアーナはハヤトの編入理由を知ってるの?」

「秘密」

「どうして? あたしが貴族だから?」

 リアナが哀しそうな顔をしながら聞いてくる。

「それは違うな」

「ならなんで……」

「ちなみに私はハヤト君の編入した理由は学院長から聞いたよ」

「学院長が?」

「うん、だからこの学院でもハヤト君の編入理由を知っているのは、ハヤト君と私と学院長だけ、他の人は誰も知らないと思うよ?」

「なんで編入理由を隠してるのよ、別に隠す必要はないんじゃないの?」

「俺は隠しておいた方が賢明だと思うし、学院長もそうだと思ってるだろうな」

「だろうね、それにリアナ、あまり人の個人情報探るのは良くないと思うな?」

 ミルティアーナにそう諭され、

「それも、そうね……」

 そう言ってリアナの質問は終わり、食後のティータイムも終わった。



 午後の実技では今まで通り霊威制御の鍛錬を行っていく。

 しかし、リアナの霊威制御が普段より乱れている。そんなに俺の編入理由が気になるのだろうか?

「リアナ、霊威の制御が乱れてるぞ、さっきのこと、まだ引きずってるのか?」

「別に、そういう訳じゃないけど……」

「やっぱり引きずってるんじゃないか」

 なんて思い、いっそ自分で編入理由を聞かないという選択肢を取らせてみようと思い、

「リアナ、どうしても編入理由を知りたいなら、条件付きで話す事はできるぞ?」

「条件付き? その条件ってなんなの?」

「編入理由を知ったら、二度と俺と関わらない事」

 するとリアナはしばらく放心し、

「……は? どうしてそうなるのよ、おかしいでしょ!」

「おかしくないさ、それだけ俺の編入理由は重い内容だし、多分聞いたらリアナは俺と関わりたくなくなって距離を取るだろうから」

「どうしてそんな事言いきれるのよ! 実際に聞いてみないと分からないじゃない!」

「分かるよ、こればっかりは」


 俺は穏やかな表情でそう言って、

「リアナは潔白というか真面目というか、なんかそんな感じの性格だろ? だから絶対に俺とは距離を置くだろうさ」

「私もそう思うな、というよりお姉ちゃんはいっその事編入理由を公開して学院生が近づかないようにしても良いと思うな?」

「なんでだ?」

「そしたら一緒にいる時間も増えるでしょ?」

「そんな理由で公開しないでくれ、これでもリアナと過ごす時間は結構気に入ってるんだ」

「でも公開したら私がハヤト君の部屋に住んでることも皆納得してくれるから過ごしやすくなるよ?」

 そこでリアナから待ったが掛かる。

「ちょっと待って、なんでミルティアーナがハヤトの部屋に住むの?」

「姉弟だからだよ? 今朝も説明したじゃん」


 ミルティアーナはやれやれ、といった感じで言葉を返す。

「いや、ダメでしょ⁉ 百歩譲って一日泊まりましたは良いとして、住んでるのは確実にダメでしょ!」

「えー? でも今日の放課後にハヤト君の部屋を模様替えして私の荷物も運び入れることになってるし」

「ちょっとハヤト! どういうことよ! アンタ編入理由といいミルティアーナと同棲といいおかしなことばっかじゃない!」

「俺に言われても困るんだが……しかしいきなりいつものリアナに戻ったな」

「いつものあたしって何よ?」

「そうやって所かまわず噛みついてくるところとか」

「あたしはそんな狂犬じゃないわよ!」

「あ、そういえばリアナって学院長からはハヤトの女房って言われてるんだっけ?」

 なんていきなりミルティアーナが脈絡のない事を言いだす。


「な、なんでミルティアーナが知ってるのよ、ハヤト! アンタ話したわね⁉」

「俺は話してないぞ、話したのはツィエラだ」

「全く、ツィエラはどうしてそう余計な事を言うのかしら」

 リアナは剣となって黙っているツィエラを見ながら呟く。

「ハヤト君に膝枕もしたらしいね」

「それは、その……」

「しかも眠ってるハヤト君の髪を撫でたりしてたってツィエラが言ってた」


 その瞬間、リアナの顔が真っ赤になり、

「ツィエラ! ちょっとアンタ実体化しなさい! アンタ人の事どんだけ好き勝手話してるのよ!」

 なんて言うが、ツィエラは実体化しない。無視を決め込むようだ。

「ツィエラは実体化する気はないんだとさ」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

「それより、霊威の制御の鍛錬に戻るぞ」

「そうだね、リアナの霊威の制御ってもう少しで霊装顕現できそうなくらい精度が高くなってきてるから、頑張ったら前期の間に霊装顕現できるようになるだろうし頑張って」


 そう言われてようやく意欲が戻ったらしく、

「そうね、前期の間に霊装顕現できるようにして夏季休暇でお母様を驚かせるんだから!」

 そう言って身体強化で霊威の制御を練習していく。



 そして放課後、

「アンタもだいぶ座学の勉強が今の講義内容に追いついてきたわね」

「だな、あの時リアナと取引して良かったよ。おかげで単位はなんとか取れそうだ」

「前期の単位が全部取れたらあたしはお役御免かしら?」

「そうだな、それから先は分からなかったところをちょくちょく休憩時間とかに教えてもらうくらいになるかもな。でも霊威の制御はちゃんと面倒見てやるから心配するなよ?」

「べ、別に心配してないわよ! あたしだって前期の間に霊装顕現できるようになるんだからアンタの鍛錬も前期でお役御免なんだからね⁉」

「だといいけどな、でもリアナはドジだから試験本番で霊装顕現失敗したりしそうで心配なんだよなぁ」

「失礼ね、あたしだってやる時はやるのよ?」

「ああ、それも知ってるよ。先週の特別依頼でよく知ったからな」

 俺がそう言うと、

「なら心配してないであたしの霊装顕現が成功するところをしっかりと見てなさい!」

 と威勢良く返事を返してきた。


 それから座学の勉強に戻り、

「……ふう、今日はこんなもんか」

「そうね、にしてもアンタも結構努力するのね。最初は実技ができるから座学はできなくても良いって考えてると思ってたけど。これも編入理由と関わってるの?」

 リアナが唐突にそんな事を聞いてくる。

「いや、座学の勉強は編入理由とは関係ない。ツィエラに言われてるんだ。色んな事を学んで、色んな体験をしろって。だから勉強とかも三年間だけ頑張ってみようかなって」

「ツィエラの言葉はほんとに素直に聞くのね」

「そういうつもりじゃないんだけどな……」

 なんて言いながら荷物をまとめ終え、

「それじゃあリアナ、俺は部屋の模様替えがどうなったか気になるし、そろそろ自室に帰るよ」

 と自室に戻ろうとすると、

「え? あの話本気だったの⁉ 男女で同じ部屋に住むとかダメに決まってるでしょ⁉ 今すぐ止めに行くわよ!」

 なんて言い俺の自室にリアナが付いてくることになった。



 そして男子寮でリアナの立ち入り手続きをしてから自室に向かい、

「それじゃあ、入るぞ」

「ええ」

 なんて討伐依頼の時と同じような緊張感を漂わせながら俺は自室の扉を開ける。

 するとそこには、部屋の片側に二つ並べられたクローゼットと、二つくっついたベッドがあった。


 テーブルにはテーブルマットというべきなのか白い生地の布が敷かれていて清潔感がでている。

「ちょ、ちょっと! なんでベッドが二つくっついてるのよ! おかしいでしょ⁉」

 リアナがベッドを見て叫ぶ。

「あ、ハヤト君帰ってきたんだ、お帰り! リアナもいらっしゃい、ここが私とハヤト君の新居だよ!」

「新居だよ! じゃない! どうしてベッドをくっつけてるのよ!」

 リアナはベッドが二つくっついているのがそんなに気になるのか、二度目の指摘をする。

「だってそうしないと三人で寝るには狭いし」

「三人?」


 その瞬間、俺は嫌な予感がしたから会話を中断させようとした。

「待てリアナ、ベッドは後で良いだろう、それより他の確認をしよう」

 とベッドから話題を逸らそうとした時、ツィエラが実体化して、

「普段は私とハヤトの二人でベッドで眠っているの。でもミルティアーナが来たからベッドをくっつけて並べないと三人では眠れなくて、仕方なくこうしたのよ」

 ツィエラが盛大に三人で寝ている事実を暴露した。

「……ねえハヤト、アンタって精霊と一緒に寝てるの?」

「……」

 俺は何を言っても碌な事にならないと思い沈黙を貫く。ここでの正解は沈黙なのだ。

「何か言いなさいよ」


 しかしリアナの圧に負けて口を開かざるを得ない。

「いや、その……」

「リアナが心配するようなことは何もないわよ? ちゃんと下着は付けているわ」

「下着⁉ 服は⁉」

「寝る時に服を着ると寝付けないのよ。だから寝る時は下着だけにしてるわ。ハヤトの反応も可愛いのよ?」


 ツィエラが更にリアナに向けて燃料を投下していく。

「ハヤト! アンタって下着姿の精霊に興奮する変態だったのね!」

「違う! それは断じて違う!」

「あらハヤト、この間は下着姿の私に興奮してくれてたじゃない。私が手を出してくれて良いのよ、って言った時なんて」

「だああああああああああああああ! 頼むからやめてくれ! なんで俺がこんな辱めを受けなきゃいけないんだよ!」

「ハヤト、アンタってちょっと変わってるわよね。精霊に興奮したり、心肺停止してる異性に興奮したり。アンタって普通の変態より少しグレードの高いハイグレード変態だったのね!」

「ハイグレード変態ってなんだよ! そもそもがっつリアナには言われたくない!」

「がっつリアナ言うなっ! このハイグレード変態! ……でも良かったわ、これでようやくハヤトの弱みを握れたわね」


 なんて言いながらリアナが悪い笑みを浮かべている。

「いまさら弱み握ってどうするんだよ」

「いままではあたしが教室で恥をかかされたから、明日からはあたしがアンタに恥をかかせてあげるわ!」

「チーム、解散しようかな」

「ちょっ! 嘘よ嘘! 教室で変な事言わないからチームの解散はやめなさいよ!」

 なんて冗談をかましていると、

「私は夕飯を作るわね、リアナも食べていくのかしら?」

「そうね、せっかくだしまた御馳走になるわ」

 そう言って夕飯にリアナの同席が決まった。



 そして夕食後のティータイムで、

「ついにリアナに弱みを握られちゃったわね」

 なんてツィエラに言われる。

「そうよ、だからこれからはあたしを怒らせるとどうなるかよく考えて発言しなさい?」


 とリアナは得意げになって言う。

「別に、俺にはまだ最後の手段が残されているから問題ない」

 しかし俺は余裕の表情で返事をする。

「最後の手段? ハヤト君、それって何?」

「学院長に女房呼ばわりされた件」

「あーそんな事も昨日言ってたね」

「アンタ! それは流石に取り返しがつかなくなるから人のいるところで言うんじゃないわよ⁉ 言ったら灰にするからっ!」

「取り返しがつかないってどういうことだ?」

「男の女房を気取ってる女性に婚約を申し込む貴族が何処にいるのよ⁉ そんな事人前で言われたらあたしの将来に関わるのよ!」


 その言葉を聞いて、ハヤトはフッと笑みを浮かべ、

「最強の弱み、握ってしまったな」

「これからリアナは私達に気を使って学院生活をしていくのね、可哀そうに」


 なんてツィエラが言う。

「その女房気取りってどんな感じだったの?」

 唯一リアナの学院長に対する啖呵を聞いていなかったミルティアーナが質問する。

「そうね、たしか……」

「言わなくて良いから!」

 啖呵の台詞を再現しようとしたツィエラを必死にリアナが止める。

 そしてようやく話は夕方のベッドに戻り、

「というかミルティアーナはなんでそんなにもうこの部屋が自分の部屋です、みたいに馴染んでるのよ⁉」

「だって私とハヤト君の部屋って感じに模様替えしたし。ベッドもくっつけたし。枕は一人分足りなかったから本来の私の部屋から持ってきたよ」

 そして持ってきた枕を見せてきた。

 その枕カバーには、表にOKと書かれ、裏にはYES、と書かれていた。

「なっ、なんなのよその枕カバー⁉」

 案の定リアナが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何ってハヤト君が分かりやすいように用意しておいたの」

「ミルティアーナ、アンタやっぱり痴女じゃない!」

「ハヤト君以外にこんな事しないから痴女じゃないよ、普通だよ」

「普通の女性はそんな枕カバー使わないのよ!」

「え? でも雑貨屋さん曰く結構売れてるらしいよ? この枕カバー」

「うそでしょ……」

「もしかしたら貴族では痴女って感覚なのかもしれないね、平民では普通に使われているみたいだけど。私は平民だしこれを使うのも普通だね。今度ツィエラの分も買ってこよっか?」

「ええ、お願いできるかしら? ハヤトってばいつ手を出しても良いって言ってるのに中々手を出してくれなくて困ってたの」

「手を出せるわけないだろっ!」

 そう言って俺は叫ぶ。

「どうして?」

 なんて聞いてくるツィエラに、

「どうしてもだ」

 と誤魔化す事しかできなかった。


「あ、どうせだったらリアナもこの部屋に住もうよ、そしたら文句ないでしょ?」

「どうしてあたしが文句を言いに来ているってことになってるのよ⁉」

「え? 違ったの? てっきり女房の許可なく姉を自分の部屋に住ませようとしているのが気に食わないのかと……」

「違うわよ! 普通に考えて男子寮に女子が住むのがおかしいって言ってるのよ!」

「本当に?」

 ミルティアーナがただ一言、問う。

「本当よ」

 リアナもただ一言、答える。


 するとミルティアーナがリアナの耳元で、俺に聞こえないようにささやく。

「嘘つき、普通好きでもない男の子に膝枕なんかするわけないじゃん、それも二回も。なのにそんな嘘を吐くんだ?」

「なっ……」

 その瞬間、リアナの顔が真っ赤になる。

「ティアーナ? リアナに何を言ったんだ?」

「何でもないよ! 乙女の秘密!」

 そう言って誤魔化されてしまった。

 そしてリアナは頭から煙を出しながら帰ってしまった。

「さて、これでリアナももう何も言ってこないだろうし堂々と三人で眠れるね!」

「本当に最後、リアナに何を言ったんだ?」

「ハヤト君、乙女の秘密を聞き出そうとするのは良くないよ? 女の子には謎があった方が魅力的でしょ?」

「そういう問題なのか?」

「そういう問題なの」

 そうやりとりをして俺たちは三人でベッド二つを使って寝ることにした。

 俺はもちろん端を希望した。しかし現実は非情である。俺はツィエラとミルティアーナに挟まれて眠ることになったのだった。

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