第二部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅴ)
そして俺はいつも通りリアナの隣に座る。
「おはようリアナ、気分は良くなったか?」
「おはようハヤト、おかげでだいぶ良くなったわ」
「あれ? 昨日の放課後何かあったの?」
「ああ、昨日貴族は孤児の事を炉端の石程度にしか見てないって話をしただろ? ローゼンハイツ領にも孤児院があるらしくてな、そこの孤児も貴族をそういう風に思ってるのだろうか、って気落ちしてたんだよ」
「ああ、そういうこと。別に全ての貴族が孤児を炉端の石と思ってるわけじゃないのと同じで、全ての孤児が貴族をそういう風に思ってる訳じゃないと思うよ?」
ミルティアーナが素直な感想をリアナに告げる。
「そうね、そうだといいけど。今回の長期休暇でそのあたりについてお父様に聞いてみる事にするわ」
それでもリアナは自分の生まれた領地では孤児院の印象がどうなっているのか気になるらしい。
「リアナがそんなに深刻そうな顔をする必要はないと思うんだけどなぁ」
「それでも気にするわよ。しかもミルティアーナの口からエレクトリス家なんて家名が出てきたのなら、ローゼンハイツ家が孤児に対してどう思ってるのかを知って、もし父もエレクトリス家と同じ考えだったら、あたしの代でそれを変えていかないといけないし」
と、リアナは自分が将来孤児の印象を変える必要があるとまで考えているらしい。
「リアナは孤児に対して友好的だな」
俺がそう言うと、
「あたしの学院で唯一の友人が孤児なのよ、だから孤児に対する印象が変わったというか、変わらざるを得なかったというか」
「リアナの学院で唯一の友人ってハヤト君の事?」
「そうよ、何か悪い?」
「別に悪くないよ、こんなに広い学院で友人が一人しかいなくて可哀そうだなんて思ったりしてないよ?」
何故か前に聞いたことがあるような煽り文句を俺は今、目の前で聞いている。
「ねえ? それバカにしてるわよね? あたしのこと絶対バカにしてるわよね⁉ なんなの? アンタたち揃いも揃ってなんで同じ煽り方してくるわけ⁉」
「ハヤト君も同じこと言ったことあるの?」
「ああ、先月言った気がする」
「まあ、姉弟だから言動が似るのは仕方ないよね」
「ほんと、血が繋がってなくても姉弟なのね。そういうところを見ると本物の家族に見えるわ」
本物の家族、か。もしも血のつながった家族がいたのなら、と考えるが、それは考えるだけ無駄でしかない儚い夢だ。
俺の家族はツィエラとティアーナ、そして今はここにいないイリスの三人だけだし、三人もいたら十分だろう。
なんて考え、
「そうだな、少なくとも、俺にとっては本物の家族だよ」
と答えた。
するとミルティアーナも、
「そうね、私達三姉弟は本物の家族よ、例え血が繋がってなくても、それ以上の絆があるんだから」
そう言って少し遠い目をしている。イリスの事を考えているのだろう。
「あ、でもツィエラもいるから四人家族かな? ツィエラが母で、私が長女、ハヤト君が弟でイリスが妹。母子家庭になっちゃうけどこれはこれで幸せじゃない?」
「確かに。いつか四人で暮らせる家を買うのもいいかもしれないな」
「それいいね! そしたら毎日ハヤト君がからかわれて、みんなが幸せになれるね!」
想像すると俺が気苦労で倒れる未来しか思い浮かばない……
「やっぱ四人で暮らすのはなしで」
「えぇ、そんな事言わないでよぉ」
幸せな家族、というものを考えて一緒に暮らせる場所を作ることを考えたが、ミルティアーナの言葉で自分が窮地に陥る毎日を想像してしまい即座に取りやめる。
と、その時、
「そういえばアンタたち、今日一緒に教室に入ってきてたけど待ち合わせでもしてたの?」
と質問してくる。
「いや、してないぞ」
俺はそう答えてミルティアーナが誤魔化してくれると信じて後を託す。
「うん、待ち合わせはしてないよ。だって私はハヤト君の部屋に泊まったから。昨日の夕方からずっと一緒にいるし」
──────ミルティアーナを信じたのは間違いだった。
「は、はぁっ⁉ ハヤトの部屋に泊まったですって⁉ ちょっとハヤト! どういうことよ⁉」
リアナが大声で驚き叫ぶせいで教室内が静まり、俺たち三人が注目を浴びる。
「いや、昨日の放課後に自室に戻ったらティアーナが俺の部屋のベッドで寝転がってたんだよ。」
俺じゃなくてミルティアーナに聞いてくれ、あとそんな大声で叫ぶな、と思いながら答える。
「じゃあ何? アンタたちはそのままハヤトの部屋で二人で過ごしてたってこと?」
「そうよ? 正確にはツィエラも含めて三人で、だけど」
「男子寮って女子が止まるのは禁止のはずよね?」
「ばれなきゃ大丈夫よ、それにほら、私とハヤト君は姉弟だから」
「姉弟でもダメでしょ⁉」
「姉弟だから問題ないよ、一緒にお風呂にも入ってご飯を食べて、一緒に寝るの。家族なら当たり前じゃない」
「い、いいい一緒にお風呂に入るですって⁉ おかしいでしょ! どう考えてもおかしいでしょうが⁉」
リアナが至極真っ当な事を言っている。
「風呂はティアーナが乱入してきたんだよ、最初は一人で入るつもりだったし一人で入ってたんだ。あとベッドは同じものじゃなくて別々のものを使って寝たぞ」
「お風呂に乱入⁉ ミルティアーナ! アンタって痴女だったの⁉」
「痴女じゃないよ、ハヤト君だから一緒に入れるんだよ? 他の男の前で裸なんて見せられないし見せたくないよ」
「そういう問題じゃないでしょ⁉ 年頃の男女が一緒にお風呂に入るのがおかしいのよ! というかこの年の姉弟だって一緒にお風呂に入ったりはしないわよ!」
「やっぱそうだよな、リアナ、もっと言ってやってくれ」
俺はリアナに共感しながらミルティアーナの行動がおかしいことを言及するように頼む。
「でも家族の形ってそれぞれじゃない? 私は年頃であろうと、おばあちゃんとおじいちゃんになってもずっと一緒にお風呂に入れるしハヤト君と一緒にいたいよ?」
「いやいやアンタだってそのうち結婚だってするかもしれないでしょ? 婚姻前に裸をさらすなんてダメに決まってるでしょ!」
「孤児がまともに結婚できると思う?」
「っ……」
ミルティアーナの言葉でリアナが言葉を詰まらせる。
「孤児はね、どんなに頑張っても結局孤児であることに変わりはないの。運よくどこかの家に引き取ってもらえたら普通の人みたいにどこかで恋をして結婚するかもしれないし、貴族に引き取られたら貴族間の話し合いとかで結婚相手が決まったりするんだろうけど、そうでない孤児は一生孤児院出身の人、って印象が付いて回るから孤児でない人たちからは避けられがちになる。結婚できたとしてもそれは孤児と孤児の結婚でしかなくて決して裕福にはなれないし、子供を作れたとしてもまた孤児院に捨てることになる可能性が高いんだよ? 貴族なら知ってるよね?」
「それは……」
「それに孤児院によって孤児の教育とかも色々違いがあるみたいだし。私たちのいた孤児院は良い教育は受けさせてくれなかったから、その孤児院出身だってなると余計に避けられる。逆に孤児院でも教育とかに力を入れているところだと孤児に文字を覚えさせて算術を覚えさせて、孤児院を出る時にせめて働けるだけの知識を与える孤児院もある。そういう孤児院出身だと孤児の中でも人気になるし、孤児でない人から受け入れられることもある。孤児院にも当たりはずれがあるんだよ」
「でもアンタたちは文字の読み書きもできるし、精霊契約だってしてるじゃない。しかも最高位の精霊とよ? 望めば貴族とだって結婚できるでしょう?」
「私は貴族とだけは結婚したくないかな、私達を炉端の石なんて言う人たちと同じ立場にはなりたくないし」
ミルティアーナが嫌悪感を滲ませながら言う。そして俺も、
「俺も貴族との結婚は嫌だな。貴族のしきたりとかめんどくさいし。それに逆にここまでできる孤児になると、都合の良い駒として使おうとして寄ってくる貴族だって出てくるだろうしな」
と貴族との結婚はしたくないと言葉にする。
「そんなこと……」
「ないとは言い切れないだろう?」
「だから私たちはまともな結婚なんてできないし、するつもりもないの。ただ、大切な家族と一緒に入れるなら、それだけでいいのよ。だから一緒にいれる時間は長くしたいし、だからこそお風呂だって一緒に入っていたいの。同じ時間を過ごして、将来、同じ記憶を持って思い出話ができるように」
その言葉を聞いてリアナだけでなく俺たちに注目していた他の学院生も口を閉ざす。
確かにこの帝国では孤児というのはあまり世間体の良い生き物ではない。
そして、それは貴族が何よりも一番理解しているはずなのだ。
何故なら古い過去に、貴族が孤児を汚いと言い自分たちに近づけるな、と言い始めたのがきっかけで孤児に対する印象が悪くなったのだから。
それ以来平民の中でも孤児は汚いという印象をもつ人は少なくない。
だから孤児が孤児院を出ても働く場所を見つけることができず、犯罪者になったり、餓死したりする例も多い。
それでも孤児院を経営するための金を寄付してくれる貴族はいるし、帝国からも毎月一定の支援額は出ている。
帝国自体は孤児に対する印象を変えようとしているようだが、その試みは上手くいっておらず、やはり孤児は孤児というレッテルを貼られたまま生きていくことになる。
「確かに、孤児に対する偏見や今の立場を生み出したのはあたしたち貴族よ。だけど全ての貴族が孤児を炉端の石のように思っている訳じゃないし、全ての平民が孤児を汚いと思ってる訳じゃないのは知ってるでしょ?」
リアナがそう言うが、
「まあな、リアナみたいに孤児相手に親切にしてくれる貴族もいるのは事実だ。だけど俺はリアナがまだ若いから孤児に対する偏見が固まっていないんじゃないかとも思ってる」
「なにそれ、どういうことよ」
リアナが少し不機嫌そうに聞く。
「孤児を炉端の石というのは大人の、それもそれなりに歳をとった貴族が多い。それに対して若い貴族はそういう考えをしている人はそこまで多くない。多分、貴族としての考え方に染まりきってないからなんじゃないかと思うんだ」
「じゃあ何? あたしがアンタとこうやって友人として関わっているのも、貴族としての思考に染まってないからだって考えてるわけ?」
「それもあると思っている。それに俺が編入生としてここに連れてこられた時、自己紹介しただろ? あの時のクラスの反応がどうだったか覚えてるか?」
「……覚えてないわ」
「酷く微妙な雰囲気だったよ。俺がファミリーネームを言わなかったことから、そして編入前の恰好を見てた学院生もいたんだろう。それらが理由で俺が孤児なんだと思ってあんなイマイチな反応になったんだよ。なんで孤児が学院に編入してきたんだ? ってな」
それを聞いたリアナが目を見開いて、
「アンタ、編入した日からずっとそう思ってたの?」
なんて聞いてくる。
「そうだ」
「じゃあ、実技でアンタに霊威の制御を教えてもらえば上達が早くなるかもって言ってた学院生がいたって言ったわよね? それは受け入れられたからだとは思わなかったの?」
リアナが過去にそう言っていた女学生を例に出して俺に問いかけてくる。
「孤児にしては使える、くらいに思ったんだろうなと思ってた。あと前も言ったが、リアナ以外の面倒を見る気はないぞ」
そこでミルティアーナが、
「むしろハヤト君がリアナに霊威の制御を教えてるのが不思議なくらいだよ、昔のハヤト君は貴族どころか平民も嫌いだったんだから」
なんて言い、そういえばそんな事もあったな、なんて往時に思いを馳せる。
「貴族どころか、平民も嫌い……? どうして?」
「リアナは俺が孤児になった理由を知ってるよな?」
「たしか、親に捨てられたって……」
「そうだ、親に捨てられたんだよ。ろくに育てることすらできないくせに子供を作って、やっぱり育てられません、なんて孤児院に捨てるような平民から生まれてきてるんだ、そして貴族には炉端の石とか言われて平民にも汚いなんて言われる。どうしてそれで貴族や平民が好きになれるんだ?」
と過去に思っていた事を正直に話す。
「……じゃあ、どうしてこの学院に編入したの? ここは、ほとんどの学院生が貴族なのよ? なのにどうして?」
「事情があったんだよ」
俺は編入した理由を答える気にはなれず返答を濁す。
「その事情を聞いてるのよ」
「言えない」
「……どうして」
リアナが哀しそうな顔をする。
なんてミルティアーナが俺の部屋で寝泊まりした話から随分と話の内容が変わってしまったが、ようやくセリア先生が来てくれた。
これでこの会話も終了だな。
「おはよう諸君。今日も全員揃っているな。……どうした、今日は全員心なしか雰囲気が暗くないか?」
なんてセリア先生が不思議がっている。
「まあいい。何があったか知らんが切り替えろ、講義を始めるぞ」
そして今日の講義が始まった。
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