第二部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅳ)

 暗闇から意識がゆっくりと浮上してくる。

 どこからか人の声が聞こえる。

「──、────────。」

「──────、────────────。」

 少しずつ意識が戻り、

「もう、結局お風呂には入れてないし夕食はできちゃったのに肝心のハヤトが寝てるなんて……」

「それにしても凄い鼻血だったね、まさかハヤト君があんなにピュアだったなんて」

「それはもうピュアッピュアよ? 私も一緒にお風呂入る時はバスタオル巻いてないとこの子すぐ慌てるんだから。でも身体はチラチラ見てくるのよね、そういうところは男の子というかなんというか」

「そうよねぇ、さっきも私の身体ばっちり見てから鼻血だして気絶してたし、えっちだよねぇ」


 なんて話をしている。

「非常に不名誉な話をなんで俺の側でしているんだ?」

 と俺が聞くと、

「何故って、ハヤト君を膝枕してるからだよ?」

 ミルティアーナが答える。

「良かったわね、ハヤト。この学院に膝枕してくれる子が私を含めて三人もいるわよ」

「え? リアナも膝枕したの?」

 ツィエラの言葉に一瞬でリアナという答えに辿り着くミルティアーナ。

「したわよ? しかも寝てるハヤトの髪を撫でたりしてたわ」

 するとミルティアーナが、

「ハヤト君、学院で女の子をたぶらかすのは、お姉ちゃん良くないと思うな」


 なんて事を言い出す。

「たぶらかしてない、風評被害だ」

「えー? じゃあどうして女の子が男の子に膝枕するのかなぁ?」

「気まぐれだろ、あいつ、契約精霊は炎獅子だけど性格は猫みたいだし」

「気まぐれで膝枕はしないと思うなぁ?」

 ミルティアーナはじわじわと俺を言葉で追い詰めてくる。

「ツィエラ、いい加減助けてくれ」


 俺はついにミルティアーナが手に負えなくなってツィエラに助けを求める。

「そうね、そろそろ夕食を食べましょう、早くしないとチキンが冷めちゃうわ」

 そういって三人でテーブルに座る。

 ミルティアーナの分まで用意されているという事はもうここに住むことは決まってしまったようだ。


 そして三人でツィエラの料理を食べ、改めて風呂に入り、いざ寝るとなったらベッドでツィエラとミルティアーナが待ち構えていた。

「それじゃあ寝ましょうか」

「そうね、こうやって一緒に寝るのも久しぶりだね」

「いや、このベッドで三人は無理だろ」

 ちがう、そうじゃない。もっと根本的な疑問があるだろう俺。

「そもそもなんでティアーナまで俺のベッドで寝ようとしてるんだ? 隣のベッドで寝るって夕方は言ってたじゃないか」

「最初はそのつもりだったんだけどね、ツィエラが毎日一緒に寝てるなんて言うから私も一緒に寝たくなっちゃって」

「ならせめてあっちのベッドをくっつけるとかしてからにしてくれ、狭くて眠れない」


 俺がそう言うと、

「それもそうだね。じゃあ今日はあっちで寝て、明日の夕方に部屋の模様替えをするね」

「模様替え?」

「うん、クローゼットとか、全部同じ位置にしちゃおうよ。その方がまとまった空間ができるし」

「あー、たしかにそれはそうだな」

「じゃあ決まりね! 明日は模様替えするから、放課後の座学のお勉強が終わったら楽しみにしててね!」

 ミルティアーナがお楽しみに、といった風に期待させてくる。

「ああ、分かった。それじゃあおやすみ二人とも」

「ええ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 そう言って三人は眠りについた。



 翌日、

 何故だろうか、両側の頬が突かれている感覚がある。

 今までは片方だけだったのに何故?

 しかもなんか引っ張られているし……

 心地よい微睡みの中でそんな事を思い、瞼を上げると、そこには俺の左右にツィエラとミルティアーナが俺にくっついて俺の頬を弄んでいた。

「あら、起きちゃった」

「おはよ、ハヤト君。良い夢は見れた?」

「おはようツィエラ、ティアーナ。なんで朝から俺の頬で遊んでるんだ? というかティアーナは隣のベッドで寝てたよな?」

 俺は寝ぼけ眼でそんな事を聞く。

「そんなの先に起きてハヤト君のベッドに潜りこんだに決まってるじゃん」

 何を当たり前の事を聞いているんだ? とでも言わんばかりの顔をして言うティアーナ。

「それよりハヤト君の頬、相変わらず柔らかいね!」

「そうか? 自分じゃ良く分からないな。それに他の人の頬とか触ったことないし」

「じゃあお姉ちゃんのほっぺ触ってみる?」

 そう言ってミルティアーナが顔をずいっと近づけてくる。

「……じゃあ、遠慮なく」

 そう言って俺はミルティアーナの頬に触れる。

 恐る恐るミルティアーナの頬に指先で触れてみると、とても柔らかく、そして温かい。

 そして頬をさすり、そのまま突いたり軽く引っ張ったりしていると、

「あ、あのね、ハヤト君、そんなにじっくり触られると流石に恥ずかしくなってくるからそろそろいいかな?」


 なんてミルティアーナが少し顔を赤くしながら言った。

「ああ、悪い。なんというか初めて人の頬に触ったからさ、柔らかいし温かくて。触り心地はすごく良かったよ」

 俺がそう言うと、

「もう、こういう事は他の女の子にしちゃ駄目だからね? 変態扱いされるよ?」

「人に頬触るかって聞いておいてなんでそうなるんだ……というか明らかに俺の頬より柔らかいじゃないか。これからは自分の頬を突いたらどうだ?」

「そういう問題じゃないんだよ、ハヤト君にはまだ分からないかなぁ」

 なんて年上っぽいことを言っているが、俺とミルティアーナの年齢は二歳しか変わらないのだがなんなんだろうか

「たった二歳しか変わらないのにこの差はなんなんだろう」

「それが男の子と女の子の違いでしょ」

 俺の疑問に答えたのはツィエラだった。

「ほら、朝ごはんできたから食べましょう?」

 ツィエラの言葉に従い俺たちはテーブルに座り朝食を食べる。


 そして食後のコーヒーを飲んでいる時に今日の予定を話し合う。

「ティアーナ、今日の放課後は模様替えをするって言ってたよな?」

「うん、その予定だよ。ハヤト君がリアナに座学のお勉強を教えてもらってる間に終わらせる予定だから詳細は内緒だからね?」

「いや詳細は別にいいけど、手伝いとかはしなくて大丈夫か?」

「大丈夫だよ、身体強化使えばベッドもクローゼットも簡単に運べるし」

「それもそうか」

「それでね、模様替えが終わったら私の私物をハヤト君の部屋に運び込んで引っ越しも完了させる予定なの」

「完全に住み着くのか?」

「来年になって知らない男と相部屋になるのは嫌でしょ? ねえツィエラ?」


 ここでツィエラに話が振られる。

「ええ、そうね。知らない男が来るとハヤトをからかえなくなるから困るのよ。それなら昔から知ってるミルティアーナが住み着いて学院長に公認させてしまう方が今後の悩みが減って気が楽になるわ」

「俺は気が重くなるんだが? 知ってるか? 既に昼食時に俺のテーブル席にティアーナとリアナが座ってるからかなり目立ってるし変な噂も立ち始めてるんだが」

「噂は所詮噂だよ、私はハヤト君のお姉ちゃんである以上同じテーブル席で食事をすることはおかしなことじゃないんだし」

 ミルティアーナは俺と同じテーブルで食事をすることが当たり前だという風に話し、

「噂が立ってしまったならもっと複雑にしてみるのはどう? 具体的には私が実体化して一緒に食事をするの」

 ツィエラは更に噂を悪化させようとしてくる。

「そうなったら俺のテーブル席のうち三席が女性になるだろ、俺が気まずくなるわ」

「でも私も食堂の料理を食べてみたいわ、自分の料理のレパートリーを増やせるかもしれないし」

「妖精が料理の研究のために食事をするのか……」

「そうよ? 私はハヤトの恋人でもあるのだから、ハヤトのために料理の腕を磨くのは当然でしょ?」

 なんてツィエラはさりげなく恋人宣言をする。

「恋人じゃないぞ」

 そして俺は即座に否定する。

「往生際が悪いわね、恋人みたいなものでしょ? もう認めてしまいなさいよ、楽になるわよ?」

「何がだよ!」

 なんてやりとりをしつつ、時間も過ぎて教室へ向かう。

 途中、

「そういえば、ティアーナの教科書ってもう貰ったのか?」

「うん、貰ったよ。昨日ハヤト君が放課後の座学のお勉強中に私の部屋にセリア先生が届けに来てくれたの。でね、それを持ってハヤト君の部屋に行ったからこうやってハヤト君の部屋から通学できるわけ」

「なるほどね」

 そんなやりとりをしながら俺たちは教室に入る。

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