第二部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅲ)

「セリア先生、まだ勝敗はついていませんが何故止めたんですか?」


 せっかく楽しんでいたのに水を差されて俺は少し機嫌が悪くなる。

「今回の模擬戦はミルティアーナの単位を確約するかどうかを調べるための模擬戦であって勝敗を決める必要はない。そしてミルティアーナにも一年生の実技で教えてやれることはないと十分に分かったから止めた」

「そうですか」


 俺は理由は筋が通っているものだったためそれ以上セリア先生を咎める事はできず、大人しく引き下がる。

「じゃあ私もハヤト君と同じで実技の単位は確約してもらえるんですね?」

 ミルティアーナが念を押して確認をする。

「ああ、正直、今の戦いを見る限りだと、三年生になっても教えることはなさそうだがな。君たち、もう午後からは講義に来なくても良いぞ? いや本当に。教師の沽券にかかわるから」


 なんて事を言いながらセリア先生は見学していた学院生たちに各々の鍛錬に戻るように指示を出している。

 そういえばツィエラは?

 と思い辺りを見回すと、クピートーを仕留めて満足気にしているツィエラの姿がそこにあったのだった。



 結局模擬戦は不完全燃焼で終わったまま講義に戻ってしまい、俺はなんとも言えない複雑な気持ちになっていた。

 そんな時、リアナが話しかけてきた。

「ねえ、ハヤト」

「どうしたんだ、リアナ?」

「アンタ脇腹ひび入ってる状態なのにあんなに動いて大丈夫なの?」

 先日の特別依頼の時に負った怪我を心配してくれているらしい。

「あまり大丈夫ではないな」

「じゃあなんで模擬戦やったのよ」

「ティアーナとの模擬戦は楽しいんだよ、だから久しぶりにやりたかった」

「でも引き分けって初めてだよね!」


 なんて言いながらミルティアーナがやってきた。

「そうだな、いつも俺が勝ってたし」

「四年間身体を動かし続けた甲斐があったよ、これでもうハヤト君に足手まといとは言わせないよ?」

 そう意味あり気な事をミルティアーナが言う。

「……そうだな、もう足手まといではないな」

 かつて自分が言った言葉を思い出して、その時と比べてミルティアーナがどれだけ強くなったかを実感した。

ミルティアーナは足手まといとは言えなくなるくらいに強くなった。

 それで、俺は?

 この四年間何をしていた?

 当てのない旅をして、ろくに働かず、ただ目的のないままあちこちを旅していただけだった。

 ミルティアーナがこれだけ努力していた中で自分はだらだら旅をしていたと考えると、かなり情けなく感じる。

「やった、じゃあこれからは堂々と隣にいられるね」

「なんだそれ」

「昔は良く言ってたじゃない。『足手まといはいらない。邪魔になるから近くにくるな』ってね」

「どれだけ昔の話してるんだよ……というかリアナがいるところで昔話は勘弁してくれ」

 あまりリアナには聞かれたくない話のため、俺はミルティアーナにその場で口留めする。

「あ、それもそうだね。ごめんねリアナ、聞かなかったことにしてくれる?」

「いやがっつり聞こえてたし聞こえるように言ってたわよね?」

 リアナはミルティアーナのわざとらしい言動に全力でツッコミを入れる。

「そんなことないよ? それより霊威制御の鍛錬するんじゃないの?」

「ああ、そうだった。リアナ、とりあえず今日も身体強化でいいか?」

「ええ、いつも通りお願いね」


 そう言ってリアナは身体強化を始める。

 そして俺が指定した部位に霊威を集めては別の部位にまた集める、の繰り返しを行う。

「わ、懐かしい、これ六年前にお姉ちゃんに教えてくれたやつだよね?」

「ああ、リアナは霊威制御が下手だったからこれで鍛えてるんだ。これでもだいぶマシになったんだぞ?」

「へぇ、霊装顕現アルメイヤはできないの?」

 ミルティアーナは俺がリアナに教えている霊威の制御を見て、懐かしみながらリアナに問う。

「っ、うるさいわね、どっちでもいいでしょ」

「できないんだ、精霊と信頼関係築けてないんじゃないの?」

 そしてかつての俺と同じことを言う。

「イグニレオとは信頼関係築けてるわよ!」

「ティアーナ、そのくらいにしてくれ、そもそもリアナの精霊は人型じゃないんだ、会話でコミュニケーションとれたりはしないんだよ」

 俺も多少リアナのフォローをしておく。

「あ、そうだったんだ。霊威の質が良いからてっきり最高位の精霊と契約しているのだとばかり思ってた」

「公爵家に代々伝わる高位精霊らしいぞ」

 そこでミルティアーナが公爵家と聞いて驚く。

「え? リアナって公爵家の人間だったの? 赤髪ってことはローゼンハイツ家かな?」

「そうよ、それがなによ」

「エレクトリス家と違ってなんというか庶民的なのね」

 ミルティアーナが正直な感想を漏らす。そしてリアナはその言葉を喧嘩を売られていると解釈したのか、

「アンタ、もしかして喧嘩売ってる?」

 とミルティアーナを睨みつける。

「売ってないから怒らないでよ、褒めてるんだよ? エレクトリス家は孤児は炉端の石程度にしか思ってないから、私達孤児とは会話をしようとはしないし」

 そういうとリアナが少しの間黙る。

 そして、

「ねえ、ハヤト」

「なんだ?」

「アンタ数週間前に言ってたわよね? 貴族って孤児を炉端の石とたいして変わらないと思っているだろって」

「ああ、言ったな」

「それって、エレクトリス家の事だったの?」

「別にエレクトリス家の事だけじゃないさ。貴族なんて大体そんなもんだろ。リアナが珍しいんだよ」

「……そう」

「まあ貴族と孤児じゃ住んでる世界が違うから仕方ないんだろうけどね」

 そうミルティアーナが締めくくってこの話は終わりにする。

「さ、身体強化の続きをやるぞ」

「そうね」

 そして今日は身体強化の鍛錬を続けたが、どことなくリアナが不機嫌に見えたのは気のせいだろうか……



 放課後、やはりリアナは不機嫌だったようで、

「ハヤト、もう一度だけ言っておくけど、全ての貴族が孤児を炉端の石とたいして変わらないなんて思ってるわけじゃないから」

 なんて俺に念を押して言ってくる。

「前も聞いたよ、急にどうしたんだよ」


 するとリアナは、

「前からハヤトの貴族に関する知識ってどこか悪印象の方が強いって感じてたのよ。でも今日ミルティアーナも同じことを言ってて思ったんだけど、孤児ってみんな貴族の事をそんな風に思ってるの?」

「さあ、どうだろうな。でも、少なくとも俺たちのいた孤児院で貴族が好きだなんていう孤児はいなかったよ。そして貴族も孤児を好きだなんて言わないし思っていないだろうよ、どれだけ孤児院に金を寄付したって利益なんてでないし、貴族によっては孤児院そのものが邪魔と思ってる奴だっているだろ」

「それは……」


 俺の言っていることが事実であるためリアナは反論ができない。

「というか本当にどうしたんだ? ローゼンハイツ領にも孤児院があるのか? それで孤児にどう思われているか不安なのか?」

「それもあるけど、孤児院出身の人にとって貴族ってそんな風に見えていたって思うと、ちょっと……」

 リアナは不機嫌かと思っていたが、違ったようだ。


 孤児の貴族に対する感情が良いものではないと知って少し落ち込んでいたのか。

「別にリアナが気にすることじゃないだろ? 俺とは仲良くしてくれてるじゃないか。最初はあれだったけど」

「最初のことは蒸し返さなくて良いのよ!」

 そう言っているがどことなく覇気がない。

 やはり気にしているのだろう。

「よし、今日は座学は休みにしよう。たまにはゆっくり休めよ。そしたら気分も晴れるとおもうぞ」

 俺は気を効かせてリアナに休息を取るように言ってみる。

「……ええ、そうね。悪いわね、あたしのせいで座学休みにしちゃって」

「気にしてないって。たまにはこういう日も良いだろ、じゃあ、また明日な」

「ええ、また明日」

 そう言ってお互い別れて自室に戻っていった。



 そして自室に入ると、

「ハヤト君お帰り~」

 なんて言いながらベッドでごろごろしているミルティアーナがいた。

「ティアーナ、どこから入ってんだ?」


 俺の部屋の鍵は俺と寮監以外持っていない。それで不思議に思って聞いてみると、

「え、窓からだけど?」

 思いっ切り不法侵入していた。

「なんで窓から入ってるんだよ! しかもまだ夕方だぞ!」

「だって私ハヤト君のお目付け役だし、お姉ちゃんだし」

「お姉ちゃんは関係ないだろ」


 そんなやりとりをしているとツィエラが実体化する。

「うるさいのがまた一人増えたわね」

「ツィエラも久しぶりね、元気だった?」

「ええ、もちろん。貴女も元気そうね、少しは落ち着きを持ったらどう?」

「お姉ちゃんは包容力に全振りしてるから今更落ち着きとか言われてもなぁ」

 とミルティアーナは諦めの境地で語る。

「貴女、自室は用意されてないの?」

「用意してもらったよ? でもこのベッド使ってないみたいだし私は今日からこっちで寝るね」


 いや、無理だろ。

「……まあ、知らない男が来るよりマシね」

 いやツィエラ、許可するなよ。

「なんでこの部屋の主である俺抜きで話が進むんだ?」

「部屋の主なら女の子一人増えたくらいでそんなこと言っちゃ駄目だよ? ちゃんと受け入れてあげないと」

「ティアーナ、それは自宅なら分かる。けどここは男子寮だぞ?」

「別にばれないから大丈夫だよ、もし寮監に見つかってもクピートーでどうにかするから」

「最悪じゃねえか」


 クピートーは、魅了の能力で相手の好感度を上げたり下げたりできる能力を持っているため、寮監に使い好感度を最大まで上げてしまえばなんでも言う事を聞いてくれるだろうな。

「これでイリスが来年後輩として入ってきてくれたらチーム復活するのになぁ」

「イリスも諜報部隊にいるのか?」

 俺が妹の様に思っていた女の子、イリスの事を聞くと、

「いるよ? ハヤト君のこと凄く心配してたよ。特にエルネア鉱山の暗殺者との闘いでね」


 イリスも諜報部隊にいるらしく、しかも特別依頼の事も知られているらしい。

「もうそこまで知ってるのか」

「まあね、因みに暗殺者の死体はやっぱり回収されちゃってたみたい。多分そのあたりは学院長から話があると思うけどあまり期待しないでね。鉱夫の遺体は残ってたよ、火傷がすごかったけど、まあ狂化妖精インサニアが憑依してたら仕方ないよね」

「あれは本当に死ぬかと思った」

「足手まといを連れて行くからそうなるんだよ。ハヤト君一人ならもっと楽に片付いてたでしょ」

 ミルティアーナにそう言われ、

「それはそうだが……」

 俺は効果的な反論が出来なくなる。

「それはそうだが?」

「学院長が何故かリアナの同行を許可したんだ。それでリアナが学院長に啖呵切ってそのままついていくことになったんだよ」


 俺はありのままの出来事を話すと、

「あら、リアナの啖呵にちょっと心を掴まれてたくせに良く言うわ」

 なんてツィエラが茶化してくる。

「心を、掴まれた……?」


 それを聞くとミルティアーナがゆらゆらと俺に近づいてくる。

「ハヤト君、それは一体どういう事かな? お姉ちゃんがいるのに他の女に目が行ってたの? やっぱりあの子は学院内の現地妻的なポジションなの?」

「違う! あとそんなポジションは存在しない!」

「そういえば、リアナは学院長からは女房って言われてたわね」

 ツィエラがさらに燃料を投下する。

「私、クピートーであの女の好感度変えてこようかな」

「本当にやめてくれ、俺の座学の単位が掛かってるんだ……」

「あ、あとハヤトはリアナと初対面の時に胸を触ってキスもしてたわね」

 ツィエラが悪質な言い方でミルティアーナの誤解を招く。

「ツィエラ! 言い方が悪い、悪すぎる! お前は悪魔か⁉」

「あら、私は妖精よ? 人にいたずらしたくなる時だってあるわ」

 なんて言いながらこの惨状を楽しそうに見ている。

「ハヤト君、どうしてお姉ちゃんがいるのにそういう事を他の子にしているのかな? そういうのはお姉ちゃんにするべきだよね? しかも相手は貴族だよ? しかも公爵家だよ? 何があっても結ばれることはないし、公爵家なんてどこも孤児は炉端の石程度にしか見てないよ?」

「まずティアーナにするべきことでもない! そして誤解だ! 俺は溺れて心肺停止していたリアナを胸骨圧迫と人工呼吸で助けたんだよ!」


 俺は必死になってティアーナに当時の経緯を説明する。

「あ、そういうこと。もうツィエラったら、てっきりお姉ちゃんローゼンハイツ家の人間暗殺しちゃうところだったよ」

 なんてミルティアーナが物騒な事を言う。

「怖すぎるだろ」

「ごめんなさいね、貴方たちを見ていると昔を思い出して、つい」

 つい、でこんな事をされたらたまったものじゃない。

「確かに、昔三人でチーム行動をする時はこんな感じだったな」

「いつも私たちが賑やかで、イリスが必死についてきて、懐かしいね」

 なんて言って、今はこの場にいない人間のことも含めて懐かしんでいると、

「ハヤト、私はそろそろ夕食を作るわ。貴方はお風呂にでも入ってきなさいな」

 とツィエラに言われ、

「ツィエラってお母さんみたいになったね」

 なんてミルティアーナが言い、

「貴方達と離れてからは一人三役やってるのよ?」

 なんて冗談を言う。

 もう二度と戻らないと思っていた風景が、少しずつ自分の元に戻り始めた。

 そんな事を実感しながら俺は風呂に向かったのだった。



 そして案の定、

「ハヤト君、一緒にお風呂入ろ!」

 そう言って自称姉、ミルティアーナが風呂に乱入してきた、しかも全裸で。

「ティアーナ、せめてバスタオルくらい巻いたらどうだ?」

「どうして?」

「いや、年頃の男女が全裸同士ってどうなんだ?」

「別にいいんじゃない? 私は今十七歳で、ハヤト君は今十五歳。もう子供だって作れるよ? いつ作る?」

 そんな事を言うミルティアーナに冗談で、

「今でしょ」


 なんて言ってみる。するとミルティアーナは、

「……え?」

 予想外の言葉が返ってきたのかその場で固まってしまう。が俺は、

「なんて言うとでも思ったか⁉ 普通に一人で風呂に入れよ! 色々我慢するの大変なんだぞ?」

「でも、設備の使い方とか良く分からないし……あと昔温泉に入った時みたいに湯舟に一緒に浸かりたいなぁって」

「設備の使い方はまあ分かるとして、温泉に入った時はちゃんとバスタオル巻いてたじゃないか」

「あの時はまだ恥ずかしかったのよ」

「今は?」

 俺が聞くと、

「恥ずかしくないよ! 見られても恥ずかしくないプロポーションだから!」

 そう言って惜しげもなく自分の身体を見せつけてくるミルティアーナ。

 確かに抜群のスタイルをしている。

 水の滴る綺麗な胸、腰はほっそりとしているにもかかわらずお尻は女性らしい丸みを帯びている。

 確かに、人に見せても恥ずかしくない身体なのだろう。

 しかし、見せられる側がそれに耐えきれるかどうかはまた別の話だ。

 俺は、その場で鼻血を流しながら倒れて気を失った。

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