第二部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅱ)
「では模擬戦、始め!」
その瞬間、身体強化を全力で掛ける。
それに対しミルティアーナは、
「人の仲人、感情の天秤を操りし仲裁者よ、今こそ我が契約に従い、汝の力を顕現せよ!」
そう唱え霊装顕現する。
彼女の手には、昔見た時と変わらない弓が握られていた。
最初は霊装顕現同士で戦うか、なら即座に接近戦に持ち込む!
そして俺は全力で前へ走り出すとともに、ミルティアーナは矢を連続で放ってきた。
ミルティアーナの矢は主に二種類。
一つは眼に見える矢、もう一つは眼に見えない不可視の矢。
今のところ見える矢しか使ってないがこちらは剣で受けると厄介だから全て避けてミルティアーナに近づいていく。
「やるねハヤト君、やっぱりこれくらいは躱すかぁ」
「連射速度が落ちてるんじゃないか? 昔より矢の本数が少なく見えるぞ?」
「そう? じゃあもっと増やすね」
と言いながら今度は矢が途中で分裂し細かな矢となって襲い掛かってきた。
俺は右足を踏み込み全力で右側に駆け出し矢の雨から逃れる。
ミルティアーナの精霊の能力は風と魅了、目に見える矢は魅了の効果があるため一本たりとも当たる訳にはいかない。
「どうしたの? 攻めてこないの?」
なんて挑発までしてくる。
こっちはこの間の暗殺者との戦闘の怪我もまだ癒えてないってのに、まったく。
そうしているうちに再度矢の雨を降らせてきた。だからそれに応えるように、
「霊威解放・散!」
こちらからも霊威の散弾を打ち出して応戦する。
「あはっ! そうこなくっちゃ!」
ミルティアーナはこちらの応戦を見てテンションが上がってきたらしく、矢を更に打ち出してくる。
それを俺は搔い潜り、ようやくミルティアーナの近くまでこれた。
ミルティアーナの霊装顕現を狙ってツィエラを振り下ろす!
が、しかしミルティアーナには読まれていたらしく後ろに飛んで躱されてしまった。
「なんだ、ハヤト君全然身体訛ってないじゃん」
「最近戦闘感覚を取り戻す機会があってな」
「へえ、そうなんだ。それは後で聞かせてもらうね。次はこっち!」
そう言ってミルティアーナは霊装顕現を解除してクピートーを実体化した。
小さな羽の生えた赤ちゃんと言うのが正しいだろうか?
クピートーは無邪気な笑みを浮かべながら弓を握っている。
その瞬間、見学していた学院生が、
「人型の精霊……」
「嘘、最高位の精霊なんて初めて見た……」
なんて言っているし、セリア先生も目を見開いている。
(ハヤト、私も実体化するわよ)
(ああ、分かった)
そう言って今度はツィエラも実体化する。
艶やかな長い黒髪、紫紺の瞳に紺色のドレス。
しかし今日はいつも俺が使っている剣がツィエラの手に握られている。
「え……ハヤトさんも人型の精霊⁉」
「なんで学院に最高位の精霊と契約している精霊使いが二人もいるんだ⁉」
「将来騎士団入りが確定しているようなもんじゃないか……」
俺たちを遠巻きに見ている学院生はそんな事を言っている。
「それじゃ、第二幕、始めよっか」
そう言って今度はミルティアーナが攻めてきた。
ミルティアーナの片手には短剣が握られている。昔から愛用している短剣だ。
だから何が刻印されているのかも知っている。
俺はそれを確認してから、
「象れ、グラディウス」
俺の妖精魔術で短剣を作り出し、ミルティアーナの短剣に触れないように迎撃していく。
そしてツィエラとクピートーは──────
「キャッキャッ!」
「相変わらず人型のくせに言葉を話さないのね」
なんてやりとりをしながら矢を打ち、矢を躱し霊威の散弾を打ち出し、迎撃したりを繰り返している。
そして俺とミルティアーナは、
「やっぱりこの短剣の魔術刻印覚えてたのね」
「当たり前だろ? 何年一緒にいたと思ってるんだ? 忘れるわけがない」
そう言いながら俺たちはお互いの短剣を当たらないように避けながら攻撃し、時には体術も使って如何にして勝者の命令権を手にするか考えている。
同じジカリウス教団の暗殺者である以上、同じ短剣術、同じ体術を使う事になり、実力はハヤトの方が少し高いがミルティアーナの魔術刻印が危ないため短剣同士で切り結ぶことができず、一瞬たりとも止まることのない攻防が続いているにも関わらず、戦況は膠着していた。
そしてその光景を見て学院生はおろかセリア先生も何も言えなくなってしまっている。
そしてお互い短剣は当たらず、体術は防がれ、これ以上は千日手になると踏んで次の手を打つ。
「風よ、荒れ狂え!」
ミルティアーナがクピートーの属性魔術を行使する。
正面から荒れ狂う暴風が吹き、俺は一瞬足を止めてしまう。
「そこっ!」
ミルティアーナが隙を見つけたとばかりに短剣で斬りつけてくる。
「霊威解放・散」
しかし俺もツィエラの能力を使ってミルティアーナに距離を取らせる。
「相変わらず遠距離も近距離も厄介だな」
「私をこうさせたのはハヤト君でしょ? この短剣だって元はハヤト君対策なんだから」
そう言って短剣を軽く振るミルティアーナ。
確かに昔、俺が近距離まで持ち込んでしまえばたいしたことないな、なんて言ったせいであの短剣を持つようになったんだったな。
「あの時余計な事を言わなければ良かったよ」
「今更後悔しても遅いよ」
今度は俺から攻める。
右手に短剣を持ち、左拳で相手の鳩尾を狙い、ミルティアーナは左足を後ろに下げ、半身になって躱され右手で持つ短剣で俺の懐を狙って切り上げてくる。
この攻撃を俺は左腕を無理矢理動かしてミルティアーナの右腕を弾くことで短剣の軌道をずらして身体に当たらないようにする。
そしてそのまま右足で胴体に蹴りを入れるもミルティアーナは自ら後ろに飛んで衝撃を緩和し、そのまま衝撃を殺しながらトンボを切って、即座に短剣でひと当てするために飛び掛かってくる。
ミルティアーナの短剣に刻んである魔術刻印は雷属性の魔術刻印で、一度刃を交え、その時に魔術を使われたら全身が痺れて動けなくなる可能性がある。
如何に身体強化の練度が高かろうともこればかりは完全に防ぐことは難しい。
しかも最後にミルティアーナと戦ってからかれこれ四年以上空いているため、魔術刻印の使い方も複雑になっているかもしれない。
俺は襲い掛かってきたミルティアーナを二歩下がり距離を調整して右腕を掴み投げ飛ばす構えを取る。
するとそれに気付いたミルティアーナが途中で短剣を引っ込めて、空中で左足の回し蹴りに変えてきた。
投げ飛ばしの構えを取っていたためここから躱し切ることはできない、彼女の左足の蹴りを右腕でガードしつつ威力を殺すために蹴りに合わせて力の方向に飛ぶ。
そこで再度ミルティアーナが仕掛けてきた。
「風よ、舞い上がれ!」
ほんの少し飛んだ俺をミルティアーナの魔術で滞空時間が伸びる。
「これで決めるよ!」
ミルティアーナがそう言いながら今度こそ短剣を当てようとしてくる。
だがしかし、お互いの命令権が掛かっているのに負けるわけにはいかない。
俺が負けたら、
「これからはお姉ちゃんって呼んでね」
と言われるのが目に見えているからだ。
この年でお姉ちゃんとか言いたくない!
「霊威解放・発!」
そう叫んで俺はミルティアーナに向けて収束した霊威の光線を放ち、中空に浮いていることから霊威の光線を放出すると同時に自分も反動でミルティアーナから離れていく。
「あちゃ、また仕留めきれなかったかぁ」
ミルティアーナが残念、といった感じでポツリと言葉を漏らす。
「今のは危なかったよ、命令権が賭けの対象じゃなければあそこで負けてたな」
俺は俺で今のがかなり危なく、今の攻防で決着がついていてもおかしくなかったことを認める。
「そんなに負けたくないの?」
「負けたくない」
「どうして?」
「……それは秘密だ」
今更お姉ちゃんなんて呼ばされるのは嫌だがそれを言うとミルティアーナが余計に本気になるだろう。
しかしミルティアーナは違う解釈をしたらしく、
「あ! もしかしてお姉ちゃんにして欲しいことでもあるの?」
「ない」
「じゃあ負けてもいいんじゃない?」
「それは駄目だ」
「もう、ハヤト君はわがままだなぁ」
そう言って三度目の攻防が始まろうとした時、
「そこまで!」
セリア先生の声が響いたのだった。
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