第二部 一章 二人の出会いは唐突に
「ミルティアーナです! ハヤト君、久しぶり! お姉ちゃんのこと、覚えてるかな?」
そう言って、かつてのジカリウス教団の暗殺者チームのメンバーの一人、ミルティアーナが俺に呼び掛けてきた。
薄紫のストレートの長い髪に碧眼、そしてこのお姉ちゃんだと豪語する姿勢、間違いない、ティアーナだ。
そんな俺の驚きと同じように、周囲の学院生も驚いてこちらを見ている。
リアナも、
「は?」
なんて言いながら目を丸くしている。
「……ティアーナ、なのか?」
「そうだよ! それ以外の誰に見えるのかな?」
正直、もう会う事はないんじゃないかと思ったりもしていたかつての相棒が現れて、俺は驚きで言葉が出てこない。
「い、いや……まさかまた会える日が来るとは思ってなかったから」
「お姉ちゃんはまた会えるって信じてたよ?」
「なんでだ?」
「姉弟だから」
「俺たち、血は繋がってないぞ?」
「それでも、私はハヤト君のお姉ちゃんだから」
……意味が分からん。
しかしまさかお目付け役の編入生がミルティアーナだったとは、男でなくて良かった。
と思ったところで、セリア先生から
「なんだお前たち、知り合いだったのか。なら丁度いい、今回はミルティアーナの編入に教材が間に合わなくてな、ハヤト、君は弟らしいな? 悪いが席を移って教科書を見せてやってくれ」
「分かりました。それじゃあリアナ、今日は別の席で講義受けるよ」
「え、ええ、分かったわ」
するとミルティアーナがハヤトに謝る。
「ごめんね、ハヤト君。急に決まった事だからまだ準備ができてないみたいで」
「別にいいさ、多分今日中に用意してくれるだろ」
「だといいね!」
なんて言いながら空いている席に二人で座り教科書を開き二人で同じ教科書を覗き見る。
(なんというか、懐かしいな……)
なんて過去にこうやって肩を並べて座っていた頃を思い出しながら講義を受けるのだった。
講義中、
「ねえ、ハヤト君」
小声でミルティアーナが話しかけてくる。
「なんだ?」
俺も小声で返す。
「こういう学園生活が送れるって幸せだね」
かつては暗殺者として、人を殺し、囚われた組織の人間の開放のために監獄に襲撃をかけたりして学園生活とは無縁の日々を過ごしていた俺たちからしたら、確かにこういう学園生活を送れるのは幸せなのだろう。だから、
「ああ、そうだな」
思いを噛みしめるように、俺はそう答えた。
昼食時、ミルティアーナの席がまだ用意できていないとのことなので俺のテーブル席で食事をすることになった。
「それにしてもハヤト君、大きくなったねえ、昔はお姉ちゃんより背が小さかったのに」
ミルティアーナが昼食のメニューを見ながらそんな事を言う。
「何年前の話をしているんだ、最後に会ったのだって四年以上前だぞ?」
俺がそう返すと、
「寂しかったんだよ?」
突然、そんな事を言われる。
「私、てっきりハヤト君も諜報部隊にいると思ってたのに、ハヤト君は逃げ延びたって聞いて仕事の合間に凄い探したんだから」
「そうだったのか?」
なんて話をしていると、リアナが来て、
「あら、転入生のテーブルってまだ決まってなかったの?」
そう言いながら俺のテーブル席に座った。
するとミルティアーナが、
「あれ? ここはハヤト君のテーブルなのにどうして座るの?」
と不穏当な質問をする。
「あたしはいつもここで昼食をとっているのよ」
「ハヤト君、お姉ちゃんがいなくて寂しいからって現地で女を作るのは良くないよ?」
「いや、ただの友人だよ。俺が編入するきっかけになった子で、ここひと月は大体リアナと一緒に過ごしてたんだ」
俺はありのままの事実を話す。
「へえ、そうだったんだ、弟と仲良くしてくれてありがとね、リアナさん」
ミルティアーナがリアナに礼を言い、
「リアナでいいわよ、ミルティアーナ」
とリアナが返答する。
そして仲が良いのか悪いのか分からない雰囲気になっていく。
その後、全員が注文を終えた時、俺のテーブルの空気だけが一変した。
「で、リアナってハヤト君の何?」
先手はミルティアーナだった、先程友人と言ったにもかかわらずそれ以上の情報を引き出そうとリアナに追求してきた。
「別に、ただの友人よ。あとはチームを組んで週末は一緒に依頼をこなしたりするくらいかしら?」
とリアナは普通に答える。が、
「ああ、後は毎日実技の時間は付きっ切りで霊威の制御の練習に付き合ってもらってるわ。代わりに毎日座学の勉強を教えてあげてるの。お互い苦手分野を補おうってことになってて、特別依頼を受けたりもする相棒よ」
追撃を掛けた、このひと月、どれだけ長い時間を共に過ごしてきたかをアピールするかの如く言葉を紡ぐ。しかも特別依頼まで話しやがった。
「へえ、たったひと月でそんなに仲良くなれたんだ、一体ハヤト君にどんな魔法を使ったの?」
ミルティアーナがあくまでも平静を保ったままリアナに質問する。
「魔法なんて使ってないしそんな魔法は知らないわ。お互いがお互いを知って築き上げた信頼関係よ」
しかし信頼関係、という言葉を聞いてミルティアーナが眉を上げる。
「たったひと月一緒にいたくらいで築ける信頼関係って、本当に信頼関係って呼べるのかな?」
その瞬間、
「なんですって⁉」
リアナが瞬間湯沸かし器のように全身から怒気を発して立ち上がる。
そして周囲の視線が俺たちに向く。
「あのテーブル、なんで三人で座ってるんだ?」
「というかあそこって先月編入してきた男子学院生のテーブルよね?」
「なのになんで女子学院生が二人も座ってるんだ?」
「あれは、本で読んだことがある。……修羅場だ」
なんて声がちらほら聞こえ始めた時、
「お、おまたせいたしました……」
と言ってメイドさんが三人分の料理を運んできてくれた。
ナイスタイミングだ!
「さ、料理も来たことだし食べようぜ」
そう言って俺は料理に手を付ける。
それを見て二人もしぶしぶ食事を始めるが、まだわだかまりが溶けたわけではなさそうだ。
さて、このあとどうしようかな……
食後の紅茶が出されてミルティアーナが一口飲む。
「……美味しい、食後に紅茶を飲むのって初めてだけどこんなに美味しいのね」
そしてミルティアーナも食後の紅茶の美味しさに驚いている。
「やっぱりそう思うよな、俺も初めてここで食事をした時はそう思ったよ、流石は貴族だらけの名門学院って感じだよな」
「そうだね、私もハヤト君も孤児だし本当はここには縁が無かっただろうから、学院に編入しなければこういう紅茶の味とかも知らずに一生を終えていたかもしれなかったのね……」
なんて言っていると、
「ミルティアーナも孤児なの?」
なんてリアナが言う。
「そうよ、私とハヤト君は同じ孤児院で育ったの」
「だからお姉ちゃんって自称していたのね」
とリアナが得心のいった顔をする。
「自称じゃなくてほんとにお姉ちゃんなの、血のつながりなんて関係ないでしょ?」
「俺はお姉ちゃんなんて呼んだことは一度もないけどな」
「ほんと、いつになったら呼んでくれるのかなぁ……チラっ」
「ちら見されてもしないしこの年でお姉ちゃんとか流石にないだろ」
「もー、やっぱり昔無理矢理にでも言わせとけば良かった」
なんてミルティアーナが後悔を滲ませた声を漏らす。
それを見てリアナが、
「……アンタたち、四年ぶりなのに懐かしそうにしたりしないのね」
なんて言う。
「つもりに積もった懐かしい話は二人きりの時にするものでしょ? それに、まだ話してないのもいるしね」
なんてここでは剣として黙っているツィエラのことを言う。
「ふーん? まあなんでもいいけど、ミルティアーナがハヤトと二人きりになる時間なんてないわよ?」
なんて先程の繰り返しになりそうになった時、
「二人きりになる時間なんていくらでもあるから気にしなくて大丈夫だよっ」
と笑顔で答えるのだった。
午後の実技の時間、
「じゃあ今日も霊威制御の練習でいいな?」
「ええ、構わないわ、気合入れていくわよ!」
と息巻いているリアナの水を差すように、
「あれ? ハヤト君は講義に参加しないの?」
とミルティアーナが聞いてきた。
「ああ、俺は一年生の実技の講義で教えることがないからって一番良い単位を確約してもらってるんだ。それでその時間は実技が苦手なリアナの霊威制御の面倒を見てる」
ちょうどひと月程前に単位を確約してもらった話をすると、ミルティアーナが興味を持ったらしく、
「どうやったら実技の単位確約してもらえるの?」
「霊装顕現できる男子生徒と模擬戦して勝ったら確約してくれたよ」
「おっけー、じゃあ私も確約してもらってくるね」
そう言ってミルティアーナはセリア先生の元へ行く。
そして今度はリアナが、
「ねえハヤト」
「ん? どうしたんだ、リアナ」
「あの女、なんで自分が単位確約してもらえると思ってるのかしら?」
なんて事を言う。
「そりゃ、霊威の制御能力も高いし霊装顕現できるからだろ?」
俺は包み隠さずリアナに教える。
「うそっ⁉ あの女も霊装顕現できるの⁉」
リアナは信じられないとばかりに驚く。
「できるぞ、少なくとも十一歳の時にはできてた」
「十一歳⁉ それって四年前じゃない!」
そして更に驚く。これ以上驚いたら貴族がしていい顔ではなくなりそうだ。
「いや、六年前だな」
「え? でも今十一歳の時にできてたって言ったじゃない」
「ティアーナは今年で十八歳だぞ?」
そう、ミルティアーナは俺の二つ年上なのだ。
「は? じゃあなんで一年生に編入してきてるのよ、普通三年生でしょ」
「さてな、そこら辺は知らん」
間違いなく俺がいるからだよなぁ、俺は女性の編入生がくるならてっきりチームを組んでたもう一人の女の子であるイリスだと思っていたが。
リアナとそんな話をしていると、セリア先生から声がかかる。
「ハヤト、悪いが編入生と模擬戦をしてくれないか?」
「え? 俺ですか? 斧使いの精霊使いじゃなくて?」
「ああ、本人の希望でもあるし君もたまには運動したいだろう?」
「……悪いリアナ、ちょっと行ってくる」
「ええ、分かったわ」
俺はリアナに一言断ってからセリア先生の元へ向かう。
「それでは、ハヤトとミルティアーナの模擬戦を始める! 全員離れろ!」
そう言われて学院生たちは下がる。
「では二人も少し距離を開けなさい」
俺たちも背中を向け合い歩いて距離を取る。
(ツィエラ、久しぶりに戦う事になるけどどうする?)
(どうもしないわ、昔みたいにぼこぼこにしてやればいいのよ。クピートーが実体化したら私も実体化するわ)
(分かった)
そうして二人は距離を取ってお互いを正面に見やる。
「こうやって模擬戦するの、何年ぶりだろうね!」
なんてティアーナが言うもんだから、
「さあな。身体、訛ってたりしないよな?」
なんて返事をしてしまう。
仕方ないだろう?
かつては共に競い合いながら成長していった俺たちがまた戦えるんだから、これほど気分が乗ることなんてそうそうない。
「私は訛ってないけど、ハヤト君は訛ったらしいね? お姉ちゃんが鍛え直してあげようか?」
「昔は俺に鍛えてもらってたくせに、どの口が言ってるんだ?」
「もう昔ほど弱くないから大丈夫だよ! それより、賭けをしない?」
突然ミルティアーナが賭けなんて言い出した。
「何を賭けるんだ?」
「勝者は敗者に対する命令権を一つ」
「乗った」
俺は即座に答えた。
昔もこうやってこっそり模擬戦する時に賭けをしていたから、その時の懐かしさに当てられて即答してしまった。
「コホン、そろそろ始めても良いかね?」
「「はい」」
「では模擬戦、始め!」
─────────────────────────────────────────────────────あとがき
お久しぶりです、神凪儀です。
電撃文庫大賞の作品を執筆する合間に10万字書ききれたので再度投稿します。
今回は1日1話投稿していくのでじっくり読んでくれると嬉しいです。
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