第一部 四章 特別依頼(Ⅳ)

「⁉ ハヤト! ハヤト、しっかりして!」

「だい、じょうぶ、だ……リアナ。ちょっと脇腹にツルハシの一撃を受けただけだから」

「大丈夫って、アンタ脇腹から血が……」

「問題、ない。たいした怪我ではないさ。それより、インサニアの声に惑わされるな。あいつが憑依している人間は既に死んでいる。死人に口なしって言うだろ? 多分、あのインサニアはそうやって攻撃を躊躇わせて隙を作って相手に反撃するように教えられたんだろうな、だからあそこまで戦闘経験が豊富なインサニアが誕生したわけだ」

「教えられた? どういう事よ?」

「あのインサニアは恐らく誰かと契約している。それもかなり長い年月だ。でないと人間の身体をあそこまで上手く使いこなす事なんてできないし、死体から声を出して相手の動揺を誘うような真似はしない。インサニアの本質は魔獣の狂化と単純な指揮だからな」

「じゃああの工夫はただの犠牲者ってこと?」

「多分、そうだろうな」

 俺は息を整えながら立ち上がる。

 

 身体強化で左脇腹に霊威を集中させて自然治癒能力を高める。

 さっきの一撃、リアナを庇う事しか考えていなかったために霊威を左脇腹に集中できなかった、多分骨にひびが入ってるだろうな。

「ハヤト、無理したら駄目よ! アンタの脇腹、多分ひびが入ってる……ツルハシが当たる瞬間に嫌な音が聞こえたわ。だから……」

「でもリアナじゃあのインサニアは討伐できないぞ? そしてあのインサニアは今討伐しないと契約者の元に帰ってまた次の場所で同じように事を起こすだろう。だから、多少無理をしてでも倒しておかないといけないんだ」


 その言葉を聞いて、リアナは自分の行いに後悔する。

(あたしがあの時素直に下がっていれば、ハヤトが怪我をすることなんてなかったのに……どうしよう、あたしのせいでハヤトがさらに怪我をするかもしれない)


 そんな事を思った時、インサニアが再び攻めてきた。

「本当に面倒なインサニアだな!」

 そういってハヤトも前に出る。

 が、ハヤトも自分の身体にひびが入っている以上長期戦は避けたい。


 故に、

「霊威解放・斬」

 インサニアの間近で霊威の斬撃を、自身の剣の延長線上に斬撃が伸びるように振り切った。

 そして、遂にインサニアのツルハシが完全に破壊される。

これであとは本体にツィエラを突き刺して霊威を吸収しきればインサニアは消滅する。


 ここで一気に決める!

 そう思い一歩踏み出した瞬間、横から投げナイフが飛んできた。

 ハヤトは咄嗟に後ろに下がり、ナイフを躱して飛んできた方向を見る。

 そこには黒いフードをかぶった人間がいた。


「悪いねぇ坊ちゃん、俺の契約妖精をいじめるのはそれくらいにしてくれないかい?」

 契約妖精、確かにこいつはそう言った。


 つまり、こいつがインサニアの契約者、まさかこんな近くにいたとはな。

「いやぁびっくりしたぜ、あれだけ魔獣を集めたのに討伐にきたのは騎士団じゃなくて学院生がたったの二人。しかし片方はもう霊威の残量も少なくて戦力にならないときた。坊ちゃんも惜しかったな、そこのお嬢さんがいなければインサニアを吹き飛ばした時点で勝てただろうに」


 それを聞いてリアナが悔しそうな顔をする。

「確かにな、だがチームの命の方が大事なんだよ。それに」

「それに、なんだい?」

「インサニアの討伐は今からでもできるだろう?」

「へぇ、言うじゃないか。こっちは妖精とその契約者。そっちは戦えるのは坊ちゃんだけだろう? しかも手負いと来たもんだ。二対一をどうやって凌ぐ?」

「こうするんだよ!」


 そう言って俺は霊威を剣に収束させてインサニアの契約者に向けて剣を振るう。

「霊威解放・斬!」

 しかしインサニアの契約者はそれを避けて短剣を抜き、こちらに攻め込んでくる。


 俺はその動きを観察しながら刃を交える。

「お前、どこの組織の人間だ⁉ なぜこんな所でインサニアを放った?」

「答える義理はないねぇ。それにそう言うのって普通言わないでしょ?」

 なんて言いながら短剣と体術を使って攻撃してくる。

 その攻撃をいなし剣と体術で反撃する。


 この戦い方、そして妖精との契約、そこから考えられるのは、

「どこの暗殺組織の人間だ? それともどこぞの国の諜報部隊か。少なくとも盗賊や国の正規兵ではないな」

「へぇ、そういうの詳しいんだ? もしかして君もこっち側かな?」

「こっち側ってのがどういう事か知らんが、そうか」

 今のやりとりでこっち側、と言った。

 短剣と体術を使った戦闘を得意とするのは暗殺組織が多い。


 つまりこいつは暗殺組織の人間なのだろう。

 戦い方は似ていても、体術の方が違う事からジカリウス教団ではないのだろう。

 それにあそこはもう壊滅したはずだし、ジカリウス教団の暗殺者なら俺を相手に戦闘を仕掛けてくるとは思えない。

「とぼけなくても良いのにねぇ、それとも後ろの嬢ちゃんには隠してるのかい?」

「そもそも俺はお前らの側じゃないんだ、よ!」

 そう言って相手の腹を蹴り飛ばす。


 その好きにインサニアを見るが、こちらはリアナが必死に動きを止めてくれていた。

「リアナ! 無理はしなくて良い! 逃げれるうちに逃げろ! インサニアの契約者は暗殺組織の人間だ! 不意を突かれたらリアナが死ぬぞ!」

「ならあたしが死ぬ前にアンタがそいつを倒しなさい! もうインサニアに何をされようが迷わないわ! 確実に斬るから!」


 そう言ってリアナは一歩も引かずにインサニアと戦っている。

「いやぁあのお嬢ちゃん中々根性あるねぇ」

「それが取り柄なんだよ、あいつは」

「へぇ、ところでさぁ、君のさっきの体術、見覚えがあるんだよね。どこで見たと思う?」

 俺の背中を冷や汗が流れる。

「さあな」

「暗殺組織・ジカリウス教団ってとこの体術によく似ているねぇ」

「それって数年前に帝国騎士によって壊滅させられたっていう暗殺組織だろ?」

「そうそう、今はもう幹部とかも捕まっちゃって存在しない組織なんだけどね、何人か暗殺者が騎士団に捕まることなく逃げ延びてるんだよ」

「……それで?」

「そのうちの一人がうちの組織にいるんだけどね、その子の体術と君の体術、そっくりなんだよねぇ、なんでかな?」

「さあな!」


 これ以上会話を続けるのはまずいと判断し、暗殺者を殺しに掛かる。

 怪我の痛みを無視して身体強化を底上げして、今度は剣のみで攻撃を試みる。

 しかし相手も相当な手練れらしく、中々決定打が決まらない。

 そして隙が無く、時々暗器を使って攻撃をしてくる。

 暗器はリアナに当たらないように叩き落とさなければならないから対処がきつい。


「君強いねぇ、しかも暗器にも対応してくるってことはやっぱりこっち側、いや、元こっち側の人間ってことだねぇ」

 クソッ、戦えば戦う程俺の情報が洩れていく。


 俺は今まで他の暗殺組織の体術を見る機会なんてほとんど無かったからこちらから得られる情報は殆どない。

 しかし、相手は既に俺の元居た組織まで割り出している。

 生きて返してしまえば間違いなく身元が割れる。

 ならここで殺すしかないか。


 そうしてようやく俺は覚悟を決める。

「霊威解放・発」

 俺は暗殺者から距離を取り、圧縮した霊威の光線で暗殺者の真上の坑道の天井を破壊する。


 そして落石をよけようとしている暗殺者相手に、

「霊威解放・散」

 圧縮した霊威の弾幕を張り、動きを制限し、あわよくば当たるようにと祈る。

 が、霊威の弾幕はうまく防がれてしまった。

 しかしこれで落石までは躱し切れないだろう。

 そう思い、暗殺者が落石に飲み込まれるのを確認する。

 大きな落石の音と衝撃でインサニアの動き一瞬が止まる。


 リアナを横目で確認すると、インサニアの動きが止まった隙を逃さず火焔球を直撃させていた。

 インサニアが憑依していた死体が灼けて膝から崩れ落ちる。

(リアナがインサニアを追い詰めた⁉ だがこれが最後のチャンスだ! 今ここでインサニアを仕留める!)


 そう考えて、インサニアとリアナが戦闘を止めた隙に身体強化をさらに底上げして、インサニアに不意打ちを掛ける。

 憑依している工夫の胸元にツィエラを突き刺し、

「やれ、ツィエラ!」

 そう叫んでツィエラにインサニアの霊威を全て吸い取らせて消滅させようとした。

 が、その時、俺の左肩に投げナイフが刺さった。

「ぐっ、クソ、やっぱり生きてるか!」

 なんて言いながらすぐに投げナイフを抜き取る。

 暗殺者の投げナイフは毒が塗られていたりするのが常識だ。

 俺は抜いた投げナイフを確認すると、

(なんで投げナイフに最高級の金属であるミスリルを使ってるんだよ!)

 なんて思いながら右手でツィエラをインサニアに突き刺し、左手で投げナイフを投げ捨て、暗殺者の方を見る。


 すると、流石に無傷では済まなかったのか、所々服に血をにじませ、左腕が折れているらしい姿が確認できた。

「投げナイフにミスリル使うとか頭大丈夫か?」

「大丈夫だよ、君みたいな強者相手にしか使わないから今まではただの飾りになってたんだよねぇ。いやぁミスリルの投げナイフまで使ったのに肩に少し刺さるだけって君の身体強化もおかしいよねぇ。頭、大丈夫かい?」

「お前ほどいかれてないさ」

「それは残念」


 そう言っている間にインサニアの霊威を吸収し尽くす。

 そうして狂化精霊インサニアは音もなく消滅していった。 

「あぁ、僕が頑張って育てたインサニア、死んじゃったか」

 男の右手の手袋の内側から光が漏れ、光が砕けるように散った。

 契約刻印が破壊されたのだ。


「これで二対一だな」

「そうだねぇ、でも僕も手負いだけど君も結構危ないよねぇ? さっきのミスリルの投げナイフには麻痺毒を塗ってあるんだ、少しずつ体の感覚が無くなってきてないかい?」

「⁉ ハヤト⁉」

「問題ないさ」


 リアナにはそう言ったが正直左腕の感覚がもうない。

(ツィエラ、いざとなった時はリアナを守ってくれ)

(いやよ、私は貴方の契約妖精なのよ? 貴方を守るのが最優先に決まってるでしょ?)

(はは、だよなぁ……なら、この場であいつを殺すしかないか)


「さて、そろそろお互いに消耗してきたし、戦いも終わりにしよう。君たちにはインサニアを殺した敵討ちをしないといけないしね」

「そうかよ、だけどこんなところでリアナを死なせるわけにはいかないんだ、悪いけどアンタが死んでくれ」

 そういって俺は右手でツィエラを構える。


 左腕はもう使い物にはならない、ならせめて右腕が動く今のうちに───と考えていると、リアナが俺の隣に立つ。

「リアナ、下がってろ、お前じゃ相手にならないんだ」

「あたしじゃ相手にならないからって左腕が動かないあんたの後ろに下がってろと? ふざけるんじゃないわよ? あたし言ったわよね? 足手まといになるんじゃなくて、少しでもアンタの力になるためについていくんだって」

「もう十分力になってくれたさ、おかげでインサニアは討伐できた。だから」

「だから下がれって言うんじゃないでしょうね? アンタが学院に戻らなかったらあたしは後悔するとも言ったわよ? まだひと月なんて短い付き合いだけど、これほど濃い時間を一緒に過ごしてきたんだもの。アンタを死なせたりなんかしないわ!」


「いいですねぇ、そういう青春、私も送って見たかったなぁ」

「なら生まれ変わって青春を送ってこいよ」

「この世界が滅んだあとに、そうしようかなぁ」

(世界が滅んだあと……?)

「それじゃあ、最後の戦いを始めようかい」

 そう言って暗殺者が駆け出してくる。

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