第一部 四章 特別依頼(Ⅲ)

 そしてそのまま坑道を進む。

 小型や中型は一撃で討伐できるが、大型の魔獣は一撃では討伐できない可能性があるため、ここから先はより一層警戒して進まなければならない。


「リアナ、坑道の奥に大型の魔獣は見えるか?」

「いえ、まだ見えないわ。でも中型の魔獣たちが共食いをしてる」

「分かった。さっきの霊威の斬撃を飛ばすから、その後に射程から逃れた魔獣を倒していってくれ」

「了解」


 そして俺たちは魔獣たちが共食いしている場所に近づき、

「霊威解放・斬」

 そう言ってもう一度霊威の斬撃を飛ばす。

 共食いに夢中になっていた魔獣たちは俺たちの攻撃に気付くことなく霊威の斬撃に飲み込まれ消滅していく。


 そして射程から外れた魔獣はリアナがイグニレオと精霊魔術で一掃していくため特に怪我をすることなく戦闘を終えた。

(しかしリアナの精霊魔術を実技の時間で確認しておいて良かったな。あの時に連射速度とかの向上に気付けなければ多分今もリアナは一発一発を詠唱しながら放っていただろう)

 そんな事を思いながら、坑道の奥に進む。

 そしてようやく大型魔獣のいる場所に辿り着いたらしい。

 リアナからの合図がある。

「リアナ、そこにインサニアもいるか?」

「ええ、この間と同じでツルハシを持った赤黒い靄を纏った工夫がいるわ。それと同時に大型魔獣がたくさんいるわ」

「先に大型魔獣を片付けたい、だが俺の攻撃で一撃で仕留めきれるか分からない。もし、俺の攻撃で仕留めきれなかった大型魔獣がいたら、精霊魔術でもイグニレオでもなんでもいい。とどめを頼む。インサニアには手を出さなくていい、流石に人間に憑依されてるから攻撃するのは辛いだろ?」

「大型魔獣の打ち洩らしのとどめは了解したわ。でもインサニアについては別よ。あたしだって覚悟してここに来てるんだから、ちゃんと仕事はするわ」

 そう言って学院貸し出しの剣を掴んで見せる。


「……分かった。だが最優先は大型魔獣を討伐してインサニア一体を相手にできる状況を作ることだ。」

「了解」

「それじゃ、いくぞ!」


 俺は大型魔獣の前に飛び出し、ツィエラに今日一番の霊威を注ぎ込む。

「霊威解放・斬!」

 そう言って放った霊威の斬撃で坑道の最奥の壁に大きな痕を付ける。

 しかし、やはり大型魔獣の数体は仕留めきれなかったらしく。深手を負っているにも関わらずこちらに襲い掛かってきた。


 だが、

「焔の守護者、紅蓮の獅子よ、今ここに姿を現し敵を滅せよ! きなさい、イグニレオ!」

 リアナがここでイグニレオを召喚し大型魔獣に突撃させる。

 さらにリアナ自身も、

「猛き炎よ、今ここに形となりて我が敵を焼き尽くせ! 火焔球!」

 精霊魔術を連発して大型魔獣にとどめを刺して回っている。


 俺は最奥にいるインサニアの様子を警戒しながら、リアナの手が回っていない大型魔獣にとどめを刺していく。

(奥の方にいる大型魔獣はそれほど傷を負っていないな……斬撃の角度をもっと水平にするべきだったか)


 そう考え、再度、

「霊威解放・斬!」

 今度はインサニアにも当たるように水平に斬撃を飛ばした。

 今度は至近距離で霊威の斬撃を放ったため、大型魔獣は一撃で仕留めることができた。

 しかし、インサニアは身を屈めて斬撃をやり過ごし無傷だった。

(あのインサニア、工夫の身体を使いこなしてるな。以前戦ったインサニアはそんな器用な事はできなかった。ということは、こいつはこういった人間への憑依は初めてではない可能性がある。だとするとこの工夫は契約者じゃないのかもしれないな……)


 インサニアは人型の妖精ではないため、人間に憑依しても身体の使い方が分からず、最初は上手く操ることができないのだ。


 しかし、このインサニアは工夫の身体を人間のように動かすことで、人間の身体の扱いに慣れていることを証明した。

 つまり、野生のインサニアが何人もの人間を犠牲にしながら憑依を繰り返してきたか、インサニアと契約した妖精使いがインサニアを人間に憑依させ、身体の使い方を教え込んだかのどちらかになる。


 これは思っていたより苦戦するかもしれないな、リアナにはイグニレオを精霊界に戻させないといけない。

でないとイグニレオが狂化に掛かる可能性がある。

 そう思い、インサニアを警戒しながら周囲の確認をする。

 するとちょうど最後の大型魔獣がリアナの火焔球によって討伐されたところだった。

「リアナ! 他の大型魔獣はどうなった⁉」

「全部討伐したわ! あとはインサニアだけよ!」

「なら今すぐイグニレオを精霊界に戻せ! インサニアは精霊にも狂化を掛ける!」

「分かったわ!」

 そう言ってリアナはイグニレオを精霊界に戻して坑道に飛び降りて剣を抜く。


 ここからはインサニアしかいないため二対一の戦術を組み、精霊魔術と剣で支援に徹するようだ。

「それと気を付けろ! このインサニア、多分人間に憑依するのはこれが初めてじゃない! 人間の身体の使い方に慣れてやがる! ツルハシを持ってる以上物理的な攻撃をしてくる可能性もある!」

「ならツルハシを先に火焔球で溶かすわ!」

 リアナが火焔球をツルハシを狙って打ち出す。

 しかしインサニアが数歩下がって避けた。


 やはりインサニアの動きが滑らかだ。

(ツィエラ、このインサニアをどう思う?)

(十中八九契約妖精ね、しかも結構長い年月契約しているんじゃないかしら? ここまで人間の身体になれたインサニアも珍しいわ。となるとこの工夫はただの犠牲者ね)

 やはりツィエラも俺と同じ考えだった。

 工夫には悪いがここでこのインサニアを討伐しておかないと後々面倒になる。

「リアナ! ツルハシを狙うのはやめだ! 全身を狙え! このインサニアは恐らく工夫以外の人間と契約している! 今討伐しないと後々面倒ごとになるぞ!」

「工夫ごと狙うと工夫の死体が残らなくなるわよ⁉ それでもいいの⁉」

「事が事だから仕方ない! このインサニアを逃したら次の犠牲者がでるだけだ、確実に討伐したい!」


 リアナは一瞬、ためらうような表情をしたが、

「分かったわ! 火焔球の規模を大きくして全身を狙うわ!」

 そう言って火焔球を繰り出した。

 俺はそれに合わせてインサニアへ向かって身体強化した身体で駆け出し、インサニアが火焔球を躱したら即座に工夫にツィエラを突き刺し、インサニアの霊威を吸収できるようにする。


 そして火焔球が躱され、俺が剣をインサニアに突き刺そうとした時、工夫の腕が人間の限界を超えた速さで振るわれツルハシでツィエラを弾いた。

「マジかよ、このインサニア、実戦経験も多いのか?」

 普通インサニアは魔獣に狂化を掛けて周囲を襲わせて、瀕死になった相手に憑依して霊威を増していく寄生型の妖精で、戦闘力自体は大したことは無いはずなのだ。

 にもかかわらずこのインサニアはツルハシで剣を弾いた。


「インサニアに戦闘経験を積ませるとか契約者は頭おかしいだろ!」

 俺はそう叫びながらインサニア相手に剣を繰り出す。

 弾かれた剣を上から振り下ろし、そこから右にずれながら横薙ぎに剣を振るって工夫の腹を斬りそのままインサニアから離れる。


 直後、

「火焔球!」

 リアナの火焔球がインサニアに直撃し、爆発が起こり土煙りが舞う。

 土煙りが収まると、そこにいたのは霊威で身体強化することで火焔球のダメージを抑えたインサニアが立っていた。

 工夫の服や肌が灼けているところを見るに、無傷とはではいかなかったのだろうが、随分と威力を抑え込まれている。


 それにリアナの霊威の残量がそろそろ気になる、ここにくるまでに随分と火焔球を使わせてしまったからな……

「リアナ、霊威はあとどのくらい残ってる?」

「普段の四割程かしら? 流石にもう火焔球の連発はできないわね」

「ならこれ以上は無理をしなくて良い、後は俺が仕留めるから下がっててくれ」

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ! あたしはまだ戦えるわ! それに剣だって持ってる!」

「だが、お前実技苦手だろ? 今まで基礎剣術の授業も霊威の制御に当ててきたが実際のところ剣術はできるのか?」

「クラスの中じゃまともな方よ!」

「その言葉、信じて良いんだな?」

「チームメンバーの言葉が信用できなくなったら終わりでしょ?」

「それもそうだな」

 なんて確認をしていると、今度はインサニアから攻撃を仕掛けてきた。


 本当にこのインサニアはどうなってるんだ⁉

 なんて思いながら俺は迎撃に出る。

 インサニアのツルハシを避けてツルハシを叩き斬る。

 これでツルハシの片側を切り落とせた。


 すると今度は残った鉄の部分を俺たちに向け、小さな鎌みたいに振り回してくる。

 ツルハシはインサニアではないから触れても霊威を吸収できない。

 そう言う意味ではツィエラの真価が発揮できない。

 しかしインサニアの身体強化が中々練度が高く、そして人間の身体を上手く操り、人間がしないような動きをしながらこちらの攻撃を回避するため決定打が決まらない。


 仕方がないから小さなダメージを蓄積させていく方針に切り替える。

「霊威解放・散!」

 俺は剣先に霊威を収束させ、それを細かく周囲に拡散するように打ち出した。

 これはインサニアも避けきれなかったらしく、数発喰らって吹き飛ぶ。

 が、しかしすぐに体勢を立て直し俺に対してツルハシを構える。


 そして、

「これで終わりよ!」

 リアナがそう言いながら体勢を立て直したインサニアの後ろから剣で斬りかかる、その瞬間、

「タ、スケ、テ……」

 インサニアに憑依された人間の口から助けを求める声が出てきた。

 それを聞いたリアナが顔を青ざめて動揺し、剣を振り下ろす手を止めてしまう。

 それが致命的な隙になった。


 動きを止めてしまったリアナに対してインサニアがツルハシを横薙ぎに振るう。

 今のリアナは両手で剣を上段で構えているため、胴体ががら空きになっている。

 リアナもそれは分かっているようで、後ろに下がろうとするが間に合いそうにない。

 だからだろうか、俺は焦って身体強化でリアナに飛びつき、インサニアの一撃を左脇腹に受けてしまった。

「カハッ!」

 そのままリアナを巻き込んで倒れこむ。


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