第一部 四章 特別依頼(Ⅴ)

 俺も無理やり身体強化で身体を動かして右手で剣を振るう。

 リアナはその攻撃についていこうとするが、俺たちの速度についてこれず、その場で留まっている。


「お嬢さんはこの速度についてこれませんか、助かりますねぇ、おかげで実質一対一だ。そして麻痺毒を喰らっていない分、こちらに分がある」


 そう言って暗殺者は俺の左側面を狙って攻撃を仕掛けてくる。

「お前だって左腕折れてるだろ? 無理すんなよ」

「お気遣いどうも、でもこの程度、暗殺者にとってはたいしたことはない、そうでしょう?」

 左腕が動かない以上俺は剣で防御に回ることしかできなくて、短剣で機動力を活かして攻撃してくる暗殺者に対して現状の打開策が思いつかない。

 そしてリアナだけでも逃がすべきか考えていたが、そのリアナは───


(あたしじゃあの二人の速度についていけない……でも、このままだとハヤトが不利だから勝ち目は薄い。あたしの剣じゃ一瞬で返り討ちにあうだけ。精霊魔術もハヤトを巻き込む可能性がある以上使えない。なら、あたしには今何ができる? ハヤトの力になるためには、どうすればいい? イグニレオを呼び出したら暗殺者が逃げるかもしれない。何か、一撃で良い、相手の隙を作れる何か───霊装顕現アルメイヤ。まだ一度も成功していないけど、ハヤトと霊威の制御の鍛錬を始めてから一度も試していない。だったら、イチかバチかの大勝負、ここでできなきゃどのみち死ぬのよ! だったら、迷ってないで行きなさい! リアナ・ローゼンハイツ、アンタは何のためにここに来たの⁉ 少しでもハヤトの力になるためでしょう⁉)

 リアナが右手に霊威を集中させて唱える。

「焔の守護者、紅蓮の獅子よ、今こそ我が契約に従い、汝の力を顕現せよ!」

(あいつ、何をする気だ⁉ あの詠唱は聴いたことがない。が、汝の力を顕現せよ、ということは霊装顕現か⁉ まだできないはずなのにどうして⁉)

 なんて驚くハヤトの事なんて考えず、リアナは霊装顕現に集中する。


(お願い、不完全でも良いから! 相手に隙を作れるだけの力を貸して! ハヤトを守りたいの! イグニレオ!)

 その想いが届いたのか、リアナの右手に炎が形を作っていく。


「ここで霊装顕現をするのかい? 面倒だねぇ」

 と言いながら暗殺者は俺と斬り合いを続ける。

 しかし、少し焦り始めたのか攻撃が早く、そして雑になり始めた。


 その時、リアナの手に炎の剣が完成した。

 しかし、武器としての形を成してはいるが霊装顕現に成功したのかと言われると失敗している代物、というのが正しいだろう。

 だが、リアナはそれでも構わなかった。

「いっけええぇぇぇええええええええ!」

 そういってリアナが炎の剣を暗殺者に向かって振るう。

 すると炎の剣が伸び、暗殺者の右腕を切り落とし、そのまま地面をも切り裂いた。

「ぐあぁあああああ!」

 暗殺者の右腕が地に落ち、肉が灼ける音がする。

(できた! 暗殺者の隙!)

「ハヤト!」

 俺は暗殺者の心臓にツィエラを突き立てる。

「ごふっ、う、ふぅ……まさか、不、完全な、霊装、顕現に、やられるとは……」

「残念だったな、あの世に行くのはどうやらお前らしい。来世では青春が送れるといいな」

「ふっ、そう、で、すね……我らの、信仰に、栄光があらん、こと、を……」

 その言葉を最後に暗殺者は逝った。


 それと同時に俺も倒れる、もう麻痺毒が全身に回り始めて動けそうにない。

「ハヤト!」

 リアナが叫びながら駆け寄ってくる。

 最後に、最高の援護のお礼くらい言いたかったんだが、それも無理そうだ。

 俺は気力を振り絞り、リアナに笑顔を向けると、気を失った。

 ツィエラ、ごめん───後は任せた。




 あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか?

 俺は意識が朦朧とする中、重い瞼を開ける。

 すると、最初に視界に入ったのは、リアナの顔だった。


「あ、ハヤト、目が覚めた?」

「あ、あ……ここは? まだ坑道の中か?」

「そうよ、まだ坑道の中よ、戦闘が終わって四時間くらい経ったんじゃないかしら?」

「そんなに経ったのか……暗殺者に仲間とかはいなかったか? 襲われたりは?」

「暗殺者に仲間はいなかったみたいよ、あれからあたしたちは襲われていないし。それよりハヤト、身体は大丈夫なの? 動きそう?」


 そう言われてそう言えば麻痺毒喰らったな、なんて思い出し身体を動かそうとするが、全身に重りがついたかのように身体が重い。

「身体が物凄く重くて動かせない」

「そう、ならもう少しこのままでいましょうか」


 そう言えば、さっきからなんでリアナの顔が上下反転して見えるんだ?

「リアナ? なんでお前上下反転してるんだ?」

「は? 何言ってるのよ? やっぱりまだ意識が朦朧としてるんじゃないの? 膝枕してるからに決まってるでしょ?」


 ああ、どうりで後頭部が柔らかいと思ったらそういうことか。

「膝枕、二度目だな」

「そうね、ツィエラに恨み言を言われたわ。『本当だったら私がしたかったのに』って」

「そう、だ、ツィエラは?」

「ハヤトの霊威の回復を早めるために精霊界に帰ったわよ、最後に『精霊界に行くのは何百年ぶりかしら』なんて言ってたわ。ツィエラって何年生きてる精霊なの?」

「そのあたりは俺も詳しくは知らないんだ、聞いても教えてくれないし」

「まあ、女性に年齢聞いても教えてくれるわけないわよね」

「そうだな。……ところで、最後の霊装顕現、あれは練習してたのか?」

「してないわよ?」

「じゃあなんであの場で使ったんだよ、下手したら霊威が暴走してたんだぞ?」

「それでも、今の自分にできる最善は何かって考えて、イチかバチかに賭けたのよ。結果は……まあ、不完全だったけど隙を作るくらいはできたでしょ?」

「そうだな、正直あそこで隙を作ってくれなきゃ死んでたのは俺たちだったと思う。あの時はもう全身に麻痺毒が回ってて意識を保ってるのも正直きつかったんだ」

「じゃあ本当にギリギリだったのね……今回の特別依頼、報酬は弾んでもらわないとダメね」

「そうだな、とびきり弾んでもらおう」

「ええ、でも全てが終わったから言えるけど、良い経験になったわ。妖精相手に躊躇ったら死ぬことも、世の中には自分じゃ歯が立たないくらい強い人がいるってこと。どちらも分かっていた事だけど改めて認識する良い機会だったわ。それに、あたしの霊装顕現、不完全とはいえ大まかな形は分かったのだから、大きな収穫だったわ」

「不完全だったのにあの切れ味は凄かったな、地面も切り裂いてたぞ。多分中距離型の霊装顕現なんだろうな」


「だと良いわね。そしたらハヤトが前衛で、あたしが中衛、チームとしては後衛も欲しいところだけど今は二人だけでいいわ」

「そうだな、今は二人でいいや、気楽で楽しいし。……? そういえば俺の麻痺毒、何か対処してくれたのか?」

「ええ、ハヤトの麻痺毒に関してはツィエラがアンタの荷物から常備している解毒薬を飲ませてたわよ? 新種の毒でなければこれで効くはずって言ってたわ。実際に意識を取り戻したのなら解毒薬が効いたって事でしょ」

「そうだな、いや、解毒薬とか常備してて良かった……」

「そうね、というかアンタの荷物って普段から何が入ってるのよ? 今後の参考のためにも今度見せなさいよ」

「見られたくないものがはいってるかも」

「あら、ならかつてやられたことをやり返すチャンスでもあるわけね」

「そんなことはさせないさ。……さて、そろそろ身体も楽になってきたし起きるか」

「本当に大丈夫なの? 左脇腹だってひび入ってるでしょ?」

「大丈夫だって」

 そう言いながら俺は立ち上がる。


 身体のだるさは残っているがまあ帰るだけならなんとかなるだろう。

「ほら、問題ないだろ?」

「どうせ強がってるんでしょ?」

「多少わな、でも帰りはゆっくりでもいいだろ。と、その前に」


 俺は暗殺者が持っていたミスリルの投げナイフを拾い、暗殺者の死体に近づく。

「ハヤト? 何をするの?」

「暗殺者の情報を持ち帰りたい」

「俺たちが受けた特別依頼は俺たちの帰還後、エルネア鉱山に派遣した人たちの証言で達成とされるだろ? もしかしたらその間に遺体が回収される可能性がある。だから武器、装備から所属とかが分かりそうなものを持って帰るんだ」


 そう言いながら俺は暗殺者の遺体から装備を取り出し、所属の手がかりになりそうなものを探すが、やはり見つからなかった。

 仕方ないから武器だけ持ち帰ることにする。

 それから、工夫の遺体の元に行き、手を合わせる。


「それじゃあ帰るか、学院へ」

「ええ、帰りましょう」

 そう言うと俺の左手の甲の契約刻印が光だし、ツィエラが召喚された。

「ハヤト、体調はもう大丈夫なの?」

「ああ、ある程度は動けるようになったから帰ろうって話をしてたんだ。というか俺、ツィエラが精霊界から召喚されるところ初めて見た」

「私も数百年ぶりに精霊界に帰ったけど不思議な事になってたわ」

「不思議な事って?」

「神霊がいなくなってた」

「神霊? それって精霊界と人間界に存在する精霊と妖精の生みの親のことよね?」

「ええ、そうよ。何故か知らないけどもう百年ほど行方不明らしいわ」

「神霊が迷子になるのか」

「さあ、どうでしょうね。それよりも帰るんでしょう? 早く行きましょう?」

 ツィエラの言葉で俺たちは坑道の外へと歩き始めた。



 そしてエルネア鉱山の外にでると今回も真夜中だった。

「また真夜中か、リアナは夕食食べて寝てしまって良いぞ、俺はさっきまで寝てたから寝れる気がしない」

「悪いけどあたしも眠れる気はしないわ。今日の出来事が頭にこびりついて離れないのよ」

「まあ、いい気分の依頼では無かったからな」

「それもあるけど、霊装顕現の感覚とかも今も残ってるのよ、正直今すぐにでもまた霊装顕現の鍛錬をしたいくらい」

「やめとけよ? リアナの霊威、霊装顕現でほぼ使い切っただろ?」

「まあね、おかげでアンタが倒れた後は大変だったんだから」

「そりゃ悪かったな」

「今週はもう依頼はやめにしてゆっくり休みましょう。そしてアンタの部屋で祝勝会でも開きましょうよ、せっかく特別依頼を達成したんだから」

「それもいいな、でも手荷物の中は見せないからな?」

「やっぱり覚えてたか」

「抜け目のないやつめ、これだからがっつリアナは」

「がっつリアナ言うなっ!」

 なんて声が夜明けの朝日に響き渡るのであった。



 それから学院に到着したのは午後だった。

 俺たちは身体が重くて動きにくいし敵の所持品を証拠として持ち帰っているため途中で襲撃に遭わないか警戒しながら学院に帰還したのだった。

 そして学院長室へ向かい、扉をノックする。

「学院長、ハヤトとリアナだ、入るぞ?」

「ああ、いいぞ」

 返事を聞いて学院長室に入る。


 そして事の顛末を報告する。

「ほう、狂化精霊インサニアと契約していた暗殺者がいたとはな」

「ああ、被害が人間一人で済んでるのが奇跡だぞ。ただ、暗殺者の遺体もインサニアに憑依された工夫の遺体も現場に放置してあるから回収される前に人を派遣してくれ」

「分かった。暗殺者の所持品か何かは持ち帰っているか?」

「ああ、暗殺者の投げナイフとか武器の類だけな」

「その暗殺者はミスリルの投げナイフを使っていたのか? 馬鹿なのか?」

「俺もその場で同じことを言ったよ。そしたら俺みたいな身体強化の練度が高い相手に使うために用意しているらしくてな、普段は飾りだったみたいだぞ」

「なるほどな、しかし暗殺者が妖精と契約して鉱山で何をしようとしていたんだろうな」

「さあな。正直あのインサニアもおかしかったし、もしかしたらリアナがいなかったら俺は学院に帰って来れなかったかもな」

「だとしたらお前がローゼンハイツを気遣い過ぎたか身体が訛ったかの二択だな」

「さて、どっちだろうな?」

「ローゼンハイツ、お前はどっちだと思う?」

「いや本人に聞くなよ!」

「間違いなくあたしを気遣い過ぎたからだと思います。正直、あたしがいなければあそこまで苦戦はしなかっただろうし、ハヤトが怪我をすることもなかったんじゃないかと今は思っています」

「特別依頼に参加したことは後悔しているか?」

「いいえ、後悔はしていません。ハヤトがちゃんと学院に帰って来れたから」

「ふん、……少し良い顔をするようになったな」

「そうですか?」

「ああ、女房面と言えばいいのか?」

「女房じゃないわよっ!」

「そうか? てっきり学院長である私に啖呵を切った時から女房を気取っているのだと思っていたが」

「ちがっ、あたしは普通にチームの仲間が心配で」

「普通あそこまでして啖呵切るか? あれは中々男心に来ただろう? どうなんだ?」

「まあ、正直グッとくるところはあったな」

「ハ、ハヤトまで何言ってるのよ……」


 リアナが赤面して黙り込んでしまう。

「まあなんにせよ、インサニアは討伐したし、魔獣も討伐したし、ついでにインサニアの契約者も討伐した。文句なしだろ。証人の派遣は早めに頼むぞ。あとインサニアの契約者を倒したんだ、報酬は上げてもらうぞ」

「ああ、構わんよ。武器の類を持ち帰ってきたことからも暗殺者の話は事実だろうからな。話は以上だ、ローゼンハイツ、お前は先に退室して外で待っていろ。ハヤトには聞きたい事がある」

「分かりました。それじゃハヤト、外で待ってるから」

「ああ、分かった」

 そう言ってリアナは退室していった。



 そして俺は念のために学院長に近づく。

「それで、暗殺者の情報は他に何かあるか?」

「俺と軽く戦っただけで俺を同じ側、つまり暗殺者の側だと判断された。そしてその暗殺者の所属している暗殺組織にはジカリウス教団から流れた暗殺者がいるらしい。俺の体術と似ているという理由で俺をジカリウス教団の暗殺者と判断されたから無理をしてでも殺した」

「そうか、ジカリウス教団の暗殺者が流れている暗殺組織か、調べる必要があるな」

「あと、最後の死に際に『我らの信仰に栄光があらんことを』とか言ってたな」

「……そうか、それで十分だ、よく情報を持ち帰った。それとローゼンハイツは役に立ったか?」

「ああ、最後の最後に不完全だが霊装顕現してみせたよ、多分中距離型の霊装顕現だろうな」

「ほう? たったひと月でそこまで成長したのか、お前は教師に向いているのかもな」

「実技だけならいけるかもな。他に聞きたい事はあるか?」

「いや、もう十分だ。ローゼンハイツを待たせているだろう? 退室して構わんぞ」

「そうか、じゃあ部屋に帰るわ、今日は流石に疲れた。間違いなく騎士団案件だっただろ」

「騎士団に行かせると何人犠牲になるか分からんだろうが」

「酷い話だ」

 そう言って俺は退室する。


 すると、

「ハヤト」

 リアナが近寄ってきた。

「悪い、待たせたな」

「別に良いわよ。それじゃあもう放課後だし、今日は流石に帰りましょうか。祝勝会は明日にしましょう?」

「分かった、夕方に俺の部屋に来てくれ」

「ええ、分かったわ」

 そう言って俺たちはお互いの部屋に帰るのだった。



 自室に着くと、

「あぁ、もう無理今日は動けん」

「そんな事言わないでお風呂くらい入りなさいな、昨日から入ってないんだし鉱山にいたんだから汚れてるわよ?」

「それもそうだな」

 そう言って俺は風呂に入る。

 全身を洗って最後に頭からシャワーを浴び、今回の一連の出来事を思い返す。

(あの暗殺者が言ってた世界が滅んだあとっていうのは何なんだろうな……それにどこに雇われてエルネア鉱山を標的にしたのかが気になる。鉱物資源の枯渇を狙ったのか? 戦争でもしたいのか? まあ、俺がそんな事を考えても意味は無いか)

 そして風呂から出ると食事が用意されていた。

「お腹も空いてるでしょ?」

「まあな、正直眠気と食い気の狭間にいる感じだ」

「食べさせてあげましょうか?」

「いや、一人で食べれるよ」

 そう言ってツィエラの作った料理を食べる。

「今回の暗殺者、結構な手練れだったわね」

「そうだな、純粋な一対一ならもっと早く片付いたんだが」

「でも生きて帰って来れたから良かったじゃない。リアナも成長したみたいだし」

「そうだな、霊装顕現を不完全な状態で使うとは思ってもみなかったけどな」

 なんて言いながら食事を済ませ、夕方だがもう眠りにつくことにした。

「おやすみ、ツィエラ」

「ええ、おやすみなさい、ハヤト」




 翌日、

 頬を突かれている感触がある。

 ということはもう朝でツィエラが俺の頬を突いているのだろう。

 俺は眠気に逆らい瞼を上げると、そこには綺麗な妖精がいた。

「おはよう、ハヤト」

「おはよう、ツィエラ」

「今日は朝食を食べたら祝勝会の買い物に行きましょう。夕方からリアナが来るからそれまでに諸々の用意を終わらせたいわ」

「ああ、分かった」

 俺がそう言うとツィエラはキッチンへと向かって行き、俺はそれを見送った。

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