第一部 四章 特別依頼


 四週間目の初日の朝、

「おはようリアナ、疲れは取れたか?」

「あら、おはようハヤト、万全の状態に戻ったわ」

 なんてやり取りをしてリアナの隣に座り、座学の分からないところを質問していると、

「あの二人って付き合っているのかしら……?」

 なんて声が聞こえてきた。

 それはリアナにも聞こえていたらしく、動きが止まっている。


「そういえば実技の時もハヤトさんが付きっ切りでリアナさんに霊威の制御を教えてますわよね……?」

「お昼休みはハヤトさんのテーブル席で一緒に食事をしてらっしゃいますわ」

「放課後は座学の勉強を教えているところを見たことがありますわ」

「しかも休日は二人きりで依頼に行ってるとか」

「でも別の女の子と一緒に歩いているところも見たことがありますわ」

「そういえばハヤトさんが編入する直前、制服を着ていないハヤトさんがリアナさんのテーブル席でリアナさと共に食事をしているところも見ましたわね」

「あら、では学院に編入する前からのお知り合いなのでしょうか?」

「だからあんなに仲睦まじい様子なのですね……」

 なんて声が遠くから聞こえてリアナが顔を真っ赤にしている。

「良かったな、リアナ。ついこの間まではクラスで浮いてたのに、今ではクラスの注目の的だぞ」

 なんて茶化すと、

「どれもこれもアンタが関わっているからでしょうが⁉」

 と小声で返してきた。

「じゃあ関わらない方が良いか?」

「誰もそんなこと言ってないっ!」

「関わってて欲しいんじゃないか、素直に言えよ」

「うるさいっ、灰にするわよ?」

「はいはい」

 なんてやり取りをしていると、セリア先生が教室に入ってきて講義が始まる。


 午前の講義を終えて昼食をとる時、ちらほらと視線を感じる事があった。

「なんかたまにちらっと俺たちを見ている学院生がいるな」

「そうね、なんでかしら?」

「今朝のクラスメイトが言ってたことと同じじゃないか?」

「ほんと無粋よね、こっちはお互いにメリットがあって一緒にいるのに」


 食後の紅茶が届いたので喉を潤しながら話を続ける。

「そうだな、リアナと取引するメリットがあったから学院生活の大半を共に過ごしているのであって、メリットが無ければ多分最初の出会い以降関わることは無かっただろうな」


 俺がそういうと少しリアナは寂しそうな顔をする。

「……そうね、正直、川であんたと出会ってたとしても、座学を教えてくれなんて言われても断ってたと思うわ。もしアンタがあたしに霊威の制御を教えてくれなければ、そこであたしたちの関係も終わってたわね」

「そうだな、だからリアナが霊威の制御が苦手で良かったよ」

「でも、あたしはもう少ししたらハヤトに座学を教える必要もなくなりそうだわ。最近、講義についていけるようになってきたでしょ? 多分夏季休暇に入る前にはもう座学を教える必要はなくなるわ。そしたらあたしはお役御免ね。依頼とかも多分、ハヤト一人の方がもっと効率的にこなせそうだし、もう少ししたらこの関係も終わりになるかもね」

 なんて珍しくリアナが自嘲的な事を言う。


「確かに夏季休暇に入る前には講義内容は追いつけそうだな。正直、依頼を効率的にこなせる、という意味でなら確かに俺一人の方がいいのも確かだ」

 そう言うとリアナの顔が陰る。

「でも、別にチームを解消しようなんて思ってないし、座学が追い付いたとしてもリアナに霊威の制御を教えるのは構わないぞ?」

「どうして?」

「友達だからだよ」

「……え?」


 リアナは驚いた顔をしている。


「別に今の関係が終わっても普通に友達で良いじゃないか。それで分からない事があったら教え合って、チームは組んだままにして色んな依頼を受けて、知らない場所に行ってみるのも良いし、毎週のように討伐依頼に出るのも良い」

「でも、あたしは霊装顕現アルメイヤだってできないし」

「今年中にはできるようになるんだろ? それにさ、俺がこの学院に編入したのって、学院長からの提案だったんだけどさ、ツィエラにも言われたんだ。『やりたい事なんてこれから探していけばいい、これから色んな事を学んで、色んな人に出会って、色んな体験をしていけばやりたい事の一つや二つくらい見つかるわよ』ってな。だから俺がリアナに霊威の制御を教えるのも色んな体験の一つなんだよ。リアナと依頼を受けるのだって結構面白いぞ? ドジなところも見れるし、たまに頼りになるし」

「たまには余計よ! でも、そうね。もし今の取引が終わっても、友達でいてくれて、チームも組んだままでいてくれると嬉しいわ」

「じゃないとまたひとりぼっちになるからな」

「それはアンタもでしょ?」

「俺にはツィエラがいるから」

「ツィエラを出すのはずるいわよ」

 なんて言いながら俺たちは紅茶を飲み終え実技の講義へと向かった。

 その時のリエラは、大切なものを手に入れたような、それでいてやる気に満ちた表情をしていた。



それから数日後、

「おはようリアナ」

「おはようハヤト、今日の実技の講義の身体強化の霊威量についてちょっと相談したい事があるんだけど」

 なんて珍しくリアナから霊威の制御についての相談を持ち掛けてきた。

「どうしたんだ?」

 俺が聞き返し、リアナの言葉を聞こうとすると、

「ハヤト、それとリアナ・ローゼンハイツ、学院長がお呼びだ。今すぐ学院長室に行くように」

 教室にセリア先生が入ってきていきなり俺たちを学院長室へ行けと言い出した。

 そう言われた瞬間、俺は嫌な予感がした。

「学院長室に呼ばれるってことは数日前に出した偵察依頼のことよね……」

「ああ、だろうな」

 どうか、嫌な予感が当たりませんように……



「学院長、ハヤトとリアナです」

「はいりたまえ」

 返事が来たので入室する。

「で、数日前の偵察依頼の件で何か問題でもあったのか?」


 俺が学院長に敬語を使わなかったことにリアナがぎょっとするが、

「問題と言えば問題だな。狂化精霊インサニアがいたということだが、これは間違いないか?」

「ああ、特徴が一致していた。過去にも見たことがあるから間違いはないだろう。中型、小型の魔獣は狂化して共食いしまくってたしな」

「そうか……ハヤト、お前に特別依頼だ」


 そう言われた瞬間、俺は全てを潔く諦めた。


「狂化精霊インサニア及び狂化された魔獣の討伐をしてこい。依頼の完了手続きはお前の帰還後にエルネア鉱山に派遣した者たちの証言を聞いてからとする」

 ああ、やっぱりこうなるのか……そもそもあの依頼が学院に来てたのがおかしいのだ。

 誰が受けたとしても最終的に俺に回ってきたのだろうな。


 さて、どうやって倒そうか?前回と同じルートでインサニアを先に討伐してから魔獣を片っ端から討伐していくか、それとも魔獣の近くででかい一撃を一発放ってある程度数を減らしてからインサニアを討伐するか……

 まあ、どちらにせよ流石に一人で行くしかないな、今回の依頼はリアナには能力的にも、精神的にも辛いだろう。

「講義の公欠処理はちゃんとしてくれよ?」

「無論だ、それとそこのローゼンハイツも連れて行っていいぞ」

「は?」

「お前ら、チームを組んでいるのだろう? チームを組んでいるなら特別依頼の参加も認めてやる」

「待ってくれ、リアナは……」

 と俺が話している途中でリアナが、

「特別依頼、受けます」

 と言い切った。

「ほう? 狂化精霊インサニアがいると知りながら行くのか?」

「はい」

「なんのために? 参加を認めてやるとは言ったがお前じゃ間違いなく足手まといだぞ? それに今回は狂化精霊インサニアだけでなくその周囲の魔獣の討伐も含まれている。間違いなく乱戦になる。依頼の難易度はSランクだ。たかだか中型魔獣七匹討伐するCランク依頼とは何もかもが違う。にもかかわらず受けるのか?」

「はい、あたしはハヤトとチームを組んでいます。チームを組んでいるのに依頼が難しいから、なんて理由で置いて行かれるのは嫌ですし、ハヤトとの依頼では毎回学院では学べない貴重な経験を得られます。だから付いていきたいんです……なんて優等生みたいなことは言わないわ」


 リアナの雰囲気が変わる。

「ほう?」

「あたしは! ハヤトとチームを組んでるのよ? なのに足手まといはいらないですって? それでもしハヤトが学院に帰って来なかったらどうするのよ⁉ そうなった時は絶対あたしがいたら帰って来れたかもしれないって後悔するわ! そんなの嫌に決まってるじゃない! ハヤトの足手まといになるだけだぞ、じゃないのよ! 少しでもハヤトの力になるために一緒に行くのよ! それがチームでしょうがっ!」

 なんて言いながらリアナは目に涙を浮かべながら学院長に対して吼えた。

 すると、

「ふ、ふふ、ふははははははははははっ!」

 学院長が大笑いしだした。

 そして俺は驚いていた。

リアナは今回の特別依頼にはついてこないと思っていたからだ。


 ついてきても力になれることはほとんどなく、霊装顕現ができない時点で足手まといになるのは明白だった。

 それでも、もし俺が学院に帰って来なかったら絶対に行かなかったことに後悔するから、なんて理由で一緒に特別依頼を受けようとしている。

 どうやら、教団にいた時といい学院にいる時といい、俺は一人で戦う機会はそうそうないらしい。


 (可愛い弟を絶対に一人になんてしないわっ! お姉ちゃんが一緒にいるからね!)


 なんて言ってたかつての仲間を思い出し、全く似ていないのにその仲間とリアナの姿が重なって見える。

(ああ、俺は妖精といい人間といい、仲間に恵まれたな)

 そう思いながら事の顛末を見守る。


 そして、大笑いしていた学院長が、

「そうか、そこまで言うのなら私は止めはしない。死ぬ可能性は十分にあるということをよく理解しておくんだな」

 そう言ってリアナとの話を終わらせる。


「これが依頼の書類だ、今回の依頼はお前宛てだからな、お前に渡しておく。ローゼンハイツを連れて行くかどうかは好きにするといい。話は以上だ。依頼の用意ができ次第すぐに出発しろ」

 学院長がそう言って締めくくる。

「じゃあさっさと行って終わらせてくる」

 俺もそう言って退出する。


「ちょっと! 待ちなさいよハヤト!」

 リアナもついてくる。

「どうしたんだ、リアナ?」

「どうしたんだじゃないわよ! あたしもついていくって言ったわよね」

「言ってたな。なんだっけ? 少しでも俺の力になるために一緒に行くのよ! だっけ?」

 さっきの学院長に対する啖呵を真似てみると、

「うるさいっ! 灰にするわよ⁉」

 なんていつも通り返事がリアナから返ってきた。

「正直、ついてくるとは思ってなかったから驚いてるよ。でも、ああ言ってくれたのは凄く嬉しかった、ありがとな、リアナ」

「チームなんだから当たり前でしょ、バカ……」

 なんてやりとりをしつつ、水と食料を用意し、ギリギリ間に合った乗合馬車に乗って、俺たちはもう一度エルネア鉱山に向かうのだった。

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