第一部 三章 エルネア鉱山偵察依頼(Ⅲ)

 坑道から出てきたときには月が空高く昇っている真夜中だった。

「思ってたより時間が掛かったな」

「そして思ってた以上に厄介でもあったわね」

「全くだ、いっそのこと坑道の入り口を封鎖してしまった方がいいんじゃないか?」

 なんて話をしながらエルネア鉱山の近場の町の近くまで戻ってきた。


「流石にもう宿は空いてないだろうからここで野営するか」

 そう言って木の枝を拾って火をつけて焚火を用意する。

「リアナ、お疲れさん。今日は大変だっただろ? 見張りは俺がやるから食事してそのまま寝ていいぞ」

「流石に悪いわよ、見張りはちゃんとやるわ」

「無理はしなくて良い、お前、どっからどうみても体調悪そうな顔してるぞ? 無理せず寝てな、きつかったんだろう?」

「……うん、ごめん、そうさせてもらうわ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 そういってリアナは食事もせずにマントにくるまって寝てしまった。

 が、寝息は聞こえてこない。さっきの光景を見てしまって寝付けないのだろう。

 あれがトラウマにならないといいが……

「さっきのあの光景、トラウマにならないと良いわね。リアナには結構辛い光景だったでしょうし」

「ああ、正直この偵察依頼自体学院が受理して良いのもじゃない。学院は何を考えてるんだ? それにさっきのインサニアもだ。何故あそこで待機している?」

「あのインサニア、もしかして妖精契約を結んでるんじゃないかしら? 契約した妖精使いから待機の指示が出ている可能性とかもありそうね」

「その可能性が高そうだから嫌なんだよなぁ、妖精と契約した人間は必ずと言って良い程死ぬ。妖精は霊威の消費量が精霊より多いから普通の人間じゃ使役なんてできないし、婚姻によって霊威を高めてきた貴族でも難しいだろう。しかし、普通の人間でも命を代償にすれば一時的な契約はできないこともない」

「あの憑依されてた工夫が命を代償に何を妖精に願ったのかしら?」

「さあな、あれだけの魔獣を集めてるってことはエルネア鉱山の近場の町でも滅ぼそうとしたのかもな、なんか許せない事でもあったんじゃないか?」

「もし本当にあの工夫が一時的な契約をしていたとして、その契約が履行された時、あのインサニアは魔獣を無作為に放って大規模な魔獣災害が起こるわね」

「全て仮定の話だ、絶対にそうだとは限らない。可能性は十分にある話なのがどうしようもなく嫌だけど。それに、別の妖精契約者が工夫にインサニアを憑依させた可能性だってある。エルネア鉱山は帝国の中でも屈指の採掘量を誇る鉱山だからな、仲の悪い国からの嫌がらせかもしれない」

「ということは、他国に妖精使いになった人間がいる可能性が出てくるわけね。妖精使いって面倒だからあまり相手にしたくないわ」

「ツィエラは妖精使いと戦ったことがあるのか?」

「昔のことよ。妖精は精霊と違って属性とかが曖昧なのよ。リアナの精霊は火属性って分かりやすいけどインサニアは何の属性に分類されるのかって言われると分からないでしょ?」

「確かに」

「それに妖精は能力を二つ持っている可能性が高いわ。インサニアが『狂化』と『指揮』を持っているようにね」

「指揮?」

「ええ、インサニアは狂化を掛けた魔獣を『指揮』である程度操れるのよ、人間を襲ってこいとか、命が尽きるまで好きに暴れろとか」

「嫌な能力だな」

「そしてそんなインサニアと契約した人間がいたのなら、相当性格悪いのでしょうね」

「できれば工夫が契約者であって欲しいな、そしたらそれでインサニアの件は終わりになる」

「そういえば、貴方、学院長から特別依頼を受けさせられる可能性があるのよね?」

「やめてくれ、その話をしだしたら最悪の場合の想定をしなくちゃならなくなる」

「でも私とハヤトならあの魔獣たちも、インサニアも全て討伐できるわよ?」

「確かに討伐はできるが……」


 なんて話をしているところを、寝付けずにいたリアナは全て聞いていた。

(どういうこと? 妖精と人間が契約? 命を代償にして? あり得る可能性としてすぐそこの町を滅ぼす事が契約内容? そうでなければ他国の妖精契約者による嫌がらせ? それが終われば魔獣が放たれて魔獣災害になる? そしてそれらを今なら全部ハヤトとツィエラで討伐ができる? どういうことなの⁉ そもそもこの二人、どうしてこんなにもこういった場所に慣れてるの? まるで何度も見てきたかのような……待って、ハヤトはなんであんなに強いの? 孤児院出身とか言ってたけど孤児院にいただけじゃあんな強さは手に入らない。あの霊威制御はどこで身に着けたの? 身体強化に使う霊威を部位ごとに強化の割合を変えるなんてあたしは聞いたことも無かったし考えたことも無かった。そしてツィエラと契約したのが六歳の時って言ってたけど、その時ハヤトは何処にいたの? その時から孤児院? でも孤児院で最高位の精霊と契約した子が出たなら貴族がすぐに養子に迎え入れるはず……もしかしてハヤトの存在が隠蔽されていた? 誰に? ……ダメ、全然分からない、あたし、ハヤトと出会ってからもう三週間経つしその時間の結構な割合をハヤトと過ごしてるのに、あたしってハヤトのこと全然知らないのね……)


 先程の光景を忘れ、ハヤトのことを考えていると眠気が来たのか、ようやく眠ることができた。

「……ようやく眠ったか」

「そうね、ちゃんと眠れたようで良かったわ」

「明日もメンタルケアしないと駄目だろうな……」

「それくらい自分で解決させなさい、でないとこの先何かあった時、毎回メンタルケアをする羽目になるわよ?」

「それは流石に面倒だな……」

 なんて話をしながら夜が明けるのをツィエラと共に待ち続けた。



 翌朝、リアナは乗車時間ギリギリまで寝かせてあげようと思いまだ起こさずにいる。

「さて、いつ頃起きるかな?」

 なんてリアナの寝顔を見ながら呟く。

「女の子の寝顔を眺めるのは失礼よ?」

「ツィエラだって俺の寝顔をいつも眺めてるじゃないか」

「私がハヤトの寝顔を見るのは良いのよ」

「なんでだよ、それなら俺もツィエラの寝顔を見てみたい」

「見れるものなら見てごらんなさい」

「その言葉、忘れるなよ?」

 なんてやり取りをしていると、

「んぅ、う……」

 リアナが目を覚ました。

「起きたわね、調子はどう? リアナ」

「おはようリアナ、少しは疲れが取れたか? 体調はどうだ?」

「おはようハヤト、ツィエラ。昨日よりは全然マシよ」

「そうか、最悪の場合はリアナをマントにくるんで学院まで連れて帰るつもりだったんだが、その必要はなさそうだな」

「なにそれ」

「昨日のリアナの消耗具合を見てその可能性を考えてただけだ」

「あっそ……ていうか結構日が昇ってるのね」

「ああ、できるだけ休ませたくて起こさなかったんだ」

「悪いわね、あたしが受けるって言った依頼なのに途中からアンタに頼りっきりで。しかも野営の見張りも全部任せちゃったからアンタ昨日寝てないでしょ?」

「一日寝ないくらい慣れているから問題ないさ、それに相棒が辛そうにしているならその分を肩代わりするのも当たり前だ」

「でも……」

「別にいいんだよ、それがチームだろ?」

「……ふふっ、そうね、ありがとう」

 そう言ってリアナは身支度を整え、


「それじゃあ帰りましょうか、乗合馬車が来る時間まであまり余裕ないわよ」

「ああ」

「じゃあ私は剣に戻るわね」

 そう言ってツィエラは霊装顕現に戻る。



 そして馬車に乗った帰り道、俺は久々の徹夜で疲れたのか馬車の中で眠りそうになり、それでも眠らないようにと眠気に耐えていた。


 しかし、その姿をリアナに見られていたらしく、

「アンタ、やっぱり無理してたんじゃない。何が一日寝ないくらい慣れている、よ。そんなに眠そうにしてるのによく言えたわね」

「一日徹夜したのは数年ぶりだったからな、昔はよくあることだったからいけると思ったんだが……」

「もう、バカね。……ほら、この馬車、乗ってるのあたしたちだけだから眠ってて良いわよ? 街に着いたら起こしてあげるから。」

「いや、俺こんなに揺れてると流石に眠れん」

「何よ……仕方ないわね、ほら」

 そう言ってリアナが正座をしてスカートの上を叩く。


「なんだ……?」

「察しが悪いわね! 馬車に乗ってる間だけ膝枕してあげるって言ってるのよ! 揺られながら睡魔に襲われ続けるより多少でも眠れたほうが良いでしょ⁉」

 なんて顔を赤くしながら言う。

 昨日のお礼のつもりなのだろうか?

 しかし、せっかくだから甘えておくことにした。

「そうだな、じゃあしばらく枕にでもなってもらうか」

 そう言って俺はリアナの膝の上に頭を乗せる。

 リアナの様な細身の女の子の膝枕も案外心地良いものだな、なんて思っていると、それと同時にリアナの手が俺の目元に置かれ、視界を塞がれた。

「あの、リアナ? 視界を塞ぐのは何故?」

「なんか恥ずかしいからよ、というかさっさと寝なさい」

「ああ、分かった。それじゃあおやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 ほどなくして俺は太ももの感触と温かさで眠気が加速し、眠りに落ちたのだった。



そして乗合馬車に乗って数時間後、

「ハヤト、起きなさいハヤト」

そんな声を聞いて少しずつ意識が戻り目を覚ます。

「良く寝てたわね、もう街に入ったわよ? そろそろ馬車を降りるから起きなさい」

「おはようリアナ、おかげで気持ちよく眠れたよ」

「そういうことは言わなくていいのよっ! 今回だけなんだからね?」

「ああ、分かってるよ。それにしてもリアナの唇、胸に続いて今度は太ももか、よく考えると俺、リアナの身体に触りまくってるな」

「うるさいっ! 胸と唇はノーカウントよ! 意識無い時にファーストキスを済ませたとか嫌じゃない! あたしはもっとロマンティックな雰囲気でファーストキスをしたいわ!」

「リアナのファーストキスは人工呼吸だったのか、なんかごめんな?」

「アンタだって死にかけてる女の子とのファーストキスで残念だったわね」

「いや、俺はリアナがファーストキスの相手ではないから」

「……は?」

「ファーストキスは水死体じゃなくてちゃんと生き物と済ませたよ、だからごめんな? リアナのファーストキスを奪っちまって」

「ノーカウント! あれはノーカウントだから!」

「はいはい」

なんてやりとりをしながら、俺たちは乗合馬車を降りて学院に戻る。

 リアナの調子も回復したみたいで良かった。



 そして依頼の受付所に行き調査結果の報告とメモを渡す。

 それを持って依頼は完了となり二人で金貨三枚と一単位ずつもらうことができた。

「それじゃあハヤト、明日の実技もよろしくね」

「ああ、こちらこそ俺の座学をよろしく」

 そう言ってお互いの自室に戻る。


 俺が自室に入った途端、ツィエラが実体化して、

「私も膝枕してあげましょうか?」

 なんて茶化してくる。

「自室の枕で十分だ」

「あら、つれないのね。昔はよくしてあげたじゃない。貴方が寝付くまで昔話をしてあげたっけ?」

「そんな事もあったな、今となっては懐かしい思い出だよ」

「そうね、あの頃はあんなに純粋で可愛かったのに」

「可愛くなくなって悪かったな」

「その代わりにかっこよくなったわよ」

「だといいんだけどな」

 そんな事を言いながら、昨日の疲れを取るために今日はもう休むことにした。

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