第一部 三章 エルネア鉱山偵察依頼(Ⅱ)
馬車に揺られること数時間、俺たちはエルネア鉱山の近場の町で馬車を降りた。
「ここから先は歩いて行くわよ」
「ああ」
そうしてリアナが地図を定期的に確認しながらエルネア鉱山までの道のりを進んでいく。
「そういえば、俺はエルネア鉱山の偵察って名称しか確認しなかったから内容を知らないんだが何か問題でも起きてるのか?」
「エルネア鉱山で魔物が出現したそうよ、それも結構な数。そのせいで鉱山の採掘が止まっているらしいわ。その偵察を私達がして、その情報をもとに討伐依頼がでるか、帝国の騎士団が討伐しに行くかのどちらかになるでしょうね。どのみち偵察をする以上できるだけ情報を手に入れて帰りましょう。帰りの馬車も予約しちゃってるから時間も限られてるしね」
「ああ、そうだな。あと魔物だけだといいな」
「どういうこと?」
「いきなり魔物が結構な数出現するってのは、正直自然に起こるのかと問われると起こりにくい、と言える。その場合、誰かが意図的に魔獣を集めている、もしくはそういう精霊や妖精がいる、と考えた方が自然だ。世の中には魔物をおびき寄せる香もあるしな」
「じゃあ人為的な可能性も考えて偵察しろってこと?」
「そういうことだ。例えば、もし儀式を行える祭殿の類があったら最近使われたのかどうか調べたりとか、鉱山の壁に明らかに採掘目的ではない争いの痕があったりとかな。そういう意味では結構厄介な依頼を引き受けてしまったかもしれないな」
「でもこの依頼が成功したらお互い一単位貰えるのよ? 今更引き返すなんてできないんだし覚悟を決めて頑張るわよ」
俺たちはそう言いながら進み、エルネア鉱山の坑道に辿り着いた。
「じゃあ、依頼開始ね。今回は偵察依頼だからできるだけ戦闘は控えるわよ。さっきアンタが言ってた通り、人為的だったり精霊や妖精の仕業だったら敵とみなされて魔獣をけしかけられそうだし」
「そうだな、あと俺が前を歩く、リアナはその後を歩いてくれ。これで前方にいきなり魔獣が出てきても最悪の場合すぐに対処できる。リアナは後方支援で頼む。進むルートとかそういうのも含めて」
「分かったわ、それじゃあ行くわよ」
こうして、エルネア鉱山の坑道へ足を踏み入れた。
鉱山内は人の気配はない。
魔獣が出たのだから当たり前ともいえるが、死体もない。
全員が無事に逃げ切れたのだろう、リアナに嫌なものを見せずに済みそうだ。
岩陰に背中を預け、少し顔をだして周囲を確認してまた坑道の奥へ進む。
最初はリアナは俺の動きに何やってんのよ、なんて言ってたが、場合によっては魔獣と鉢合わせしていきなり戦闘になったりする可能性があるし、最悪魔獣に不意打ちされて死ぬことだってあるんだぞ、というと俺の真似をして動くようになった。
そして坑道の途中で分岐路に行き当たるとリアナの指示された方向へ進み、周囲の壁や足元に魔獣の足跡が無いかなどを確認しながら進んでいく。
「リアナ、俺たちは今坑道のどこらへんにいるんだ?」
「坑道の入り口と最奥の中間くらいよ」
「そうか、わかった」
ここまで、魔獣とは一度も会敵しなかった。
魔獣が集まっているならもっと散発的に魔獣に出くわしてもおかしくないのに何故だ?
坑道を進んでいると、少し斜面がきつそうだが上に登れそうな場所を見つけた。
おそらく工夫が上の通路を使うために用意していたはしごか何かがここにあったのだろう、足元には木の破片やはしごらしき残骸が落ちている。
「リアナ」
「何?」
「今から俺がここを登る、その間周囲の警戒を頼めるか?」
「別にいいけど、なんでここを登るの?」
「近くにはしごの残骸がある。つまりこの上には工夫が使っていた通路がある可能性が高い。もし通路があるならそちらから進んだ方が今進んでる道を俯瞰して見れるし、魔獣に見つかり難くなる」
「わ、分かった」
そう言って俺は荷物をしっかりと体に固定して、斜面のきつい岩壁を身体強化して、足に霊威を集中して一気に駆け上がる。
するとやはり通路があった、周囲の確認をするが特に魔獣もいなさそうだ。
「リアナ、やっぱり通路があった。進む道をこっちに変えたい、リアナも登ってきてくれ」
「ど、どうやって登るのよ! あたしはアンタみたいな身体強化は使えないのよ⁉」
そういえばそうだった、と思い出し、自分の荷物の中からロープを取り出してリアナの足元に垂らす。
「リアナ、自分の荷物をしっかり固定してからそのロープを握ってくれ、俺が引き上げる」
「ひ、引き上げるってアンタ、そんなことできるの? 人一人引き上げるのって結構力が必要なのよ?」
「少し前に少女を一人釣った事があるんだ。リアナが軽いことも知ってる、だから絶対大丈夫だ。」
「嫌な言い方。でも確かに問題なさそうね」
そう言ってリアナは荷物を固定してロープを手に巻き付けて握りしめる。
「握ったわ!」
「よし、じゃあ引き上げるぞ、ゆっくり引き上げていくから足は壁に付けて身体をぶつけて怪我をしないようにしてくれ」
そう言いながら少しずつロープを引き上げていく。
そして時間を掛けてリアナを俺の元まで引っ張り上げた。
「よし、何とかなったな」
「ねえ、このロープはあらかじめ用意してたの?」
「ああ、初めて会った時の事を考えるとリアナってドジなところあるだろ? だからもしかしたら坑道の穴とかに落ちるんじゃないかって思ってロープを買っておいたんだ」
「ドジで悪かったわね! でもそのロープの使い道があたしの救出じゃなくて良かったわ」
「それじゃあ奥に進もうか」
「ええ」
そうして更に奥へと進む。
通路を進みだしてからは下の坑道を俯瞰して見れるため非常に移動が楽になった。
そしてようやく、
「ようやく魔物を見つけたな」
「ええ、結構な数なんてものじゃないじゃない、これって間違いなく帝国騎士団を動かさないといけないレベルよ?」
「とりあえず魔物のおおよその数と特徴をメモしといてくれ、俺は親玉っぽいのを探す」
「分かったわ。でもあまり遠くまでは行くんじゃないわよ?」
「分かってるさ」
そう言いながら少しずつ前へ進む。
通路側は魔獣がいないようで楽に進めるが魔獣が見つかったのなら空を飛ぶ魔獣がいてもおかしくはないため上の警戒もしながら進んでいく。
魔獣は種類がバラバラで小型から中型まで大量にいる。
しかもこいつら、なんか様子がおかしくないか?
魔獣が共食いしているのだ。
魔獣同士の共食いは良くある話ではあるが、これだけの数を集めて共食いするのはおかしい、しかもどの魔獣も自身の怪我を全く気にしていない。
まるで暴走しているようだ。
これは人為的に起こせるか?
そういう精霊と契約していたら可能だろう。
しかしここまでの規模で精霊を使役するとなると相当な霊威が必要となる。
それは流石に難しいだろう。
となると、魔獣を暴走させる精霊か妖精。
俺はここまで大人しくしていたツィエラに声を掛ける。
「ツィエラ」
そしてツィエラが実体化して答える。
「何かしら?」
「妖精の気配はあるか?」
「あるわよ、というかハヤトはもう検討がついてるんじゃないの?」
「できれば当たってほしくない検討だがな」
「多分その検討で合ってると思うわよ? もう少し奥まで進んで答え合わせをしましょうか」
「その前に一度リアナを連れてこよう、これ以上離れると何かあった時の対処が難しい」
そうして俺とツィエラは一度リアナのいる場所へ戻る。
「あれ、ハヤト? もう奥の調査は終わったの? というかツィエラを実体化させてるなんて珍しいわね」
「ツィエラと今回の魔獣が集まってる原因の答え合わせをしてたんだよ。で、その答えを見に行くからリアナを呼びに戻ってきた」
「原因の答え合わせ? そんな簡単に答えが分かるものなの?」
「奥に行けば分かるさ。それと、ここから先は空を飛ぶ魔獣がいる可能性もあるから気を付けてくれ」
そう言って俺はツィエラとリアナを連れてもう一度奥へ向かう。
そして魔獣同士が自らの怪我を顧みず共食いしている光景を見てリアナが、
「何よこれ、魔獣が共食い? こんなに集まっていたのは共食いするためだったの?」
「違う、多分ここにいる魔獣は狂化しているんだ」
「狂化?」
「そうだ、どこかで狂化させられた魔獣がここに連れてこられて共食いをして、その匂いに釣られて鉱山に入った魔獣がさらに狂化に掛かって、こうやって自身の怪我を顧みない魔獣同士の共食いが起きてるんだ。……奥に進むぞ」
「え、ええ」
リアナはこの光景を見て少し気分が悪そうな顔をしていたが気丈に振る舞い付いてくる。
そして最奥に辿り着く。
そこは他の坑道より開けた場所で、大型の魔獣が大量に蠢いていた。
「な、何よこれ……なんでこんなに大型魔獣がいるの⁉」
リアナが身体を震わせながら言う。
「その答えがあそこにいる妖精だよ」
「妖精? あれが?」
そこには片手にツルハシを持ち、赤黒い靄のようなものを纏った一人の人間がいた。
「人間の犠牲者が出ていたとはな、完全に騎士団行きの案件だ」
「ねえ、あれって人型の妖精よね?」
「違うわよ、あれは人間の死体に憑依した妖精よ」
「人間の、死体……?」
「狂化妖精インサニア、それが今回の元凶だな」
「ちょっと待ちなさいよ! 人間の死体に憑依してるってどういうことよ⁉」
「そのままの意味だ、あそこにいる人間は死んでる、どっから見ても生気がないし目が濁ってる、恐らくインサニアに憑依されて、インサニアが能力を使う時に霊威を吸い取られたんだろう、そしてより多く霊威を吸い出すために人間の命を代償にした、ってところか?」
「私も同じ意見よ」
「ねえ、なんで二人はそんなに冷静でいられるの? 人が死んでるのよ?」
「それがどうした? そもそもエルネア鉱山の『偵察』って時点で死人が出てる想定くらいはしてる。むしろ被害者が一人だったのが不幸中の幸いだぞ」
「そうね、インサニアなら魔獣を狂化させるだけ狂化させて、あとは無作為に魔獣を解き放つなんてことをする厄介な妖精だもの。ここで纏まっててくれてるだけでもありがたいわ。人間の被害が一人で済んでいるのも奇跡のようなものね」
「そんな……」
リアナは俺たちの言葉に絶句している。
まあ、確かに温室育ちのお嬢様からしたらこんな光景は初めてでとても異常に見えるのかもしれないが、俺たちからしたらこんな光景は四年前までは当たり前の光景だったのだからいまさら動揺なんてしない。
「それで、どうするのハヤト? 今ならインサニアの討伐はできそうだけど?」
ツィエラが言う。
「いや、俺たちのやるべきことはあくまで偵察だ。それに今の状態のリアナを伴ってインサニアを討伐するのは少し不安だ。だが絶好の機会だもあるんだよなぁ……」
「まあ依頼が偵察なら私達が討伐する必要はないでしょう。討伐隊にどれだけの被害が出るのかは知らないけれど」
「だな、せめてあと五日くらいこのままのんびりしてくれることを願うとしようか。リアナ、偵察のメモは取れてるか?」
「え、ええ……」
(この二人、どうしてこんなに冷静なの? 大型魔獣がこんなにいて人間の死体に憑依している妖精だっているのに……)
「なら元凶は狂化妖精インサニアと記載しておいてくれ。インサニアを最奥にして大型魔獣十数体、中型、小型は数えきれない、そして中型と小型は共食いをしている、ともな」
「わかったわ……」
「リアナ? 大丈夫か?」
「大丈夫よ……」
明らかに大丈夫じゃないな、流石にきつすぎるか。
流石にこれ以上この場に留まるのは精神的に良くなさそうだ。
「それじゃあここから離脱するぞ、最後まで気を抜かずにな」
「ええ……」
リアナはやはり気がそぞろだ。
(ツィエラ)
(何かしら?)
(周囲の警戒を任せていいか? リアナはちょっと駄目そうだ)
(そうね、この程度で何を気落ちしてるのか知らないけど、今のリアナには依頼をこなすだけの役割は果たせなさそうね。周囲の警戒は任せてちょうだい)
(助かる)
そうして俺たちは慎重に来た道を戻り、通路から坑道に降りる。
「リアナ、降りてこれるか?」
「え? あ、うん……」
そう言ってリアナが通路から坑道へ降りようとした時、
「きゃっ!」
足を滑らせて坑道に落ちてきた。
俺はすかさず彼女を受け止め、ゆっくりと地面に立たせる。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう……」
「辛いのは分かるが気を抜きすぎるな、下手したら自分が死ぬんだぞ」
「ごめん、気を付ける。もう大丈夫」
そう言ってリアナは歩き始める。
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