第一部 三章 エルネア鉱山偵察依頼

 俺がアルカディア精霊魔術学院に編入して二週間が経った。

 にもかかわらず未だにお目付け役の編入生がこない。

 いくらなんでも遅くないか?

 なんて思いながら教室に入りいつもの席に向かう。


「よう、リアナ」

「おはよう、ハヤト」

「結局あの魔術科の学院生ってどうなったんだろうな」

「さあ? なにかしらの処分は受けてるでしょうけどたいした効果はないでしょうね」

「そっか」

 なんてやりとりをしつつ、セリア先生が来るのを待つ。


 そして、午前の座学を終えて昼食時、

「リアナ」

「なに?」

「今日の霊威の制御の時に精霊魔術使ってみて欲しいんだけどいいか?」

「別に良いけど、どうして?」

「リアナに霊威の制御を教え始めて二週間くらいたっただろ? そろそろ目に見える成果が欲しいなって思って」

「身体強化を使った霊威の制御は結構様になったと思うけど?」

「精霊魔術で霊威の制御を試したか?」

「そういえば試してないわね」

「霊威の制御ってのは身体強化以外にも必要になるって話しただろ? それは精霊魔術もそうだ。だから試しに精霊魔術を使ってみて以前と比べて制御が楽かとかを知りたいんだよ」

「そういうことね、分かったわ」

 そんなやりとりをして俺たちは食後の紅茶を飲みながら話を続けた。



 そして午後の実技の講義時間。

「よし、リアナ。俺に向かって精霊魔術を放ってみてくれ」

 俺はツィエラを構えながらリアナにそう言う。

「え? アンタに精霊魔術を放つの? 的を用意するんじゃなくて?」

「的の用意も片づけもめんどくさいから俺が的になる」

「何よそれ、火傷しても知らないわよ?」

「大丈夫だ、俺に当たることはないから」


 そう言うとリアナがやる気をだしたようで、

「言ったわね? 絶対灰にしてやるわっ!」

 そう言いながら霊威を手のひらに集め始める。

 以前よりスムーズに霊威の制御ができている、やっぱり身体強化で鍛えて正解だったな。

「猛き炎よ、今ここに形となりて我が敵を焼き尽くせ! 火焔球!」

 そう言って以前討伐任務で使っていた中位の精霊魔術を放ってくる。

 それを俺はツィエラで斬り、そのまま消滅させる。


「なんであたしの火焔球が斬られて消えるのよ!」

「さあ? なんでだろうな? でもこれで的を用意する必要が無いって分かっただろ?」

「そうね、どんどん打ち込んでいくわよ!」

 そう言いながらリアナは火焔球を連発してくる。

 一発一発の威力、速度、そして連射速度もかなり良くなっている。

 俺はそれらを全てツィエラで斬り落としながら確認していく。


 そのままリアナが精霊魔術を使い続けていると、

「ちょ、ハヤト、これいつまで続けるの?」

「リアナの気が済むまで?」

「じゃあちょっと休憩させてくれない?」

「ああ、良いぞ」

 そういうとリアナがその場にへたり込む。

「どうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃないわよ。あんなに中位の精霊魔術を連発したのよ? 流石に疲れるし霊威の消耗も激しいわ」

「でも成長は実感できただろ? 以前見た火焔球とは威力も速度も段違いだった」

「そうね、正直精霊魔術はここ最近使ってなかったからあんなに上手く使えるようになってるとは思わなかったわ」

「良かったな、専属の良い先生に手取り足取り教えてもらえて」

「そうね、それは本当に良かったと思ってるわ」

「珍しくリアナが素直だ……」

「何よ、あたしはいつも素直でしょ」

「実技の時間と俺に座学を教える時間はな」

「アンタこそ、あたしの様な座学が優秀でとびきりの美人に付きっ切りで勉強を教えてもらえて良かったでしょ?」

「ああ、そうだな」

「……ツッコミなさいよ」

「いや、実際リアナの事は初めて釣り上げた時から美人だとは思っていたよ」

 なんて言うと、


「……え?」

 リアナが顔を赤くして固まってしまった。

「どうした? 自分で美人とか言っておきながらなんで固まるんだ?」

「べ、別に固まってなんかないわよ⁉ というかなんなのよ、いつもだったらツッコミいれた挙句茶化してくるのに、どうして今日はそうじゃないのよ⁉」

「なんだ茶化してほしかったのか? じゃあがっつリアナの次のネタは自称美人だな。これから毎日朝の挨拶に使ってやるよ、おはよう、自称美人のリアナってな」

「アンタやっぱり性格悪いわ」

「そんなことないぞ、多分。それより霊威の回復はどうだ?」

「ごめん、そっちはちょっと厳しいかも……」

「分かった、じゃあ今日はここまでだな。だけど精霊魔術の成長を確認できて良かったな」

「そうね、今度から定期的に精霊魔術の練習も取り入れましょう?」

「だな」

「あと今日も座学の勉強はシャワーを浴びてからでいい?」

「もちろんだ、今日はどの本を読もうかな」

「いや、アンタは部屋の外で待つのよ?」

「なんでだよ、この前は普通に入れてくれただろ? 覗きもしなかったじゃないか」

「アンタに貞操観念を疑われた以上はそのあたり、徹底していくから」

「言うんじゃなかった……」

なんてやりとりをしながら今日の実技の講義を終えた。



そしてリアナがシャワーを浴びた後、俺はリアナの部屋で座学を教えてもらっていた。

「アンタの座学もだいぶマシになってきたわね」

「まあ元々遅れは一ヶ月分だったからな、リアナの教え方が良いのか座学の内容が頭に残りやすいんだ」

「それは良かったわ」

「このままいくとそのうち座学でリアナを抜かすかもな」

「ありえない事言ってないで集中しなさいよ、まったく……」

 そんなやりとりを挟みつつ、座学の遅れを取り戻すために勉強を続ける。

 そして勉強が終わり、リアナとの別れ際に新しいネタを使う事にした。

「それじゃあまた明日な、自称美人のリアナ」

 そう言って俺はさっさと女子寮を出る。

 同じ女子寮にいた他の女子に別れ際の言葉を聞かれていたと気付かずに。



 翌日の教室で、

「おはよう、じ」

「灰にするわよ? ハヤト」

 俺が挨拶を言い切る前に返答されてしまった。

「なんだよ、最後まで言わせてくれても良いじゃないか」

「嫌に決まってるでしょ⁉ それで恥ずかしい思いをするのはあたしなのよ⁉」

「だからだよ、俺に実害はない」

「あたしの扱いが雑になりすぎよ!」

「それだけ仲良くなったってことだろ? 俺たち他に話をするクラスメイトいないし」

「まあ、それはそうだけど……」

 なんてやりとりをしていると、

「昨日、ハヤトさんがリアナさんに初めて見た時から美人だと思ってたって言ってましたわ」

 なんてささやきが聞こえてきた。

「昨日の実技の講義での話、聞かれてたんだな」

 なんて言うと、

「そりゃ聞かれるでしょ⁉ あんなに派手に精霊魔術連発してたのよ? むしろ注目を浴びない方がおかしいわよ」

「確かに一年生にしては凄い連射速度だったよな。精霊魔術の発動も早かったし」

「最近噂になってるわよ? アンタに霊威制御を教えてもらえば自分も伸びるんじゃないかって。そのうち教えてくれって言いに来る人が出てくるんじゃない?」

「悪いけどリアナ以外に教えるつもりは無いよ。メリットないし。リアナとチームを組んでる以上リアナを鍛えた方が良いだろ?」

「そうね、あの時アンタとの取引に応じて心から良かったと思ってるわ。おかげであたしの実技もどんどん伸びてるし。この調子なら今年中に霊装顕現アルメイヤできるんじゃないかしら?」

「そうだな、今のペースでいけば今年中になんとかなるんじゃないか?」

「まだ前期だから時間はあるわ、夏季休暇も練習にあてれば……って思ったけど夏季休暇は流石に実家に帰らないと駄目かしら」

「帰る家があるなら帰ってやれよ、でないといきなり会えなくなる可能性だってあるだろ?」

「……そうね、アンタに話す内容じゃなかったわね、ごめん」

「いや別に良いって、気にするなよ」

「あ、だったらアンタがあたしの家に来たら良いじゃない! アンタって霊威の総量多いし、最高位の精霊と契約してるから家の人間が無下に扱う事はないわ」

「いや、流石に悪いだろ、家族水入らずの団欒? っていうやつを楽しんできな。俺にはツィエラがいるから寂しくないしな」

「でた、なにかあったらすぐツィエラ」

「悪いか? あれでツィエラは俺の母のようで姉でような存在だからな」

「そして恋人でもあると? 少し前に白いワンピースを着たツィエラを見かけたわよ?」

「見てたのか、声かけてくれたら良かったのに」

「いや、そんな事できるわけないじゃない。アンタたち完全に恋人って感じだったわよ?」

「あまり実感ないな……リアナも早く恋人出来ると良いな」

「余計なお世話よ!」

 なんて話をしているとようやくセリア先生が教室に入ってきた。

 今日は少し遅かったな、なんて思いながら授業を受けるのだった。




 そして編入してから三度目の週末。

 朝食を済ませて以来の受付所に行くと、今日はまだリアナが来ていないらしく、せっかくだからどんな依頼があるのかと思い依頼が張り出してある掲示板を眺める。

(以外と種類多いな、というか迷子の犬を探してくれって依頼はなんだよ、なんでこれで単位五分の一が貰えるんだ? 訳が分からん……ん? 水棲魔獣の討伐と陸上の魔獣の討伐、エルネア鉱山の偵察? そんなものまであるのか、しかもこれ報酬がいい、俺一人ならこれを受けてたな)


 なんて考えていると後ろから声を掛けられる。

「遅くなったわね、ハヤト」

 声の主はリアナだ。

「いや、対して待ってないよ、それに面白いものも見れたしな」

「何か良い依頼でもあったの?」

「良い依頼っていうより『エルネア鉱山の偵察』って依頼があってな、これの報酬が金貨三枚と一人一単位なんだよ」

「エルネア鉱山の偵察? あそこって今も採掘が進んでる鉱山よね? なら強い魔物も出ないだろうしそれを受けましょうよ」

 そう言ってリアナはエルネア鉱山の偵察依頼の書類を掲示板から取って受付に持っていく。

鉱山ってたまにとんでもない精霊とか妖精がいたりするんだよな……

 リアナはそれを理解しているのだろうか、なんて思いながら既に受理された依頼の書類を持って駆け寄ってくるリアナを俺は見ていた。



「今回の依頼は一泊することになるわ、依頼に行く前に乗合馬車の手配と野営用の荷物を用意しましょ」

「ああ、分かった。俺は野営用の食料と寝る時のマントを二着買ってくるからリアナは乗合馬車の予約を頼んでいいか?」

「ええ、任せなさい。一時間後までには乗合馬車まできなさいよ? でないとおいて行かれるかもしれないから」

 そう言って俺たちは別行動をする。

 俺は日持ちするパンと干し肉、そして水の入った水袋を二つ買い、食料はこれでいいだろうと判断し、次は雑貨屋で野営用の厚手のマントを二着購入し、鉱山で落ちた時、登る時に必要になるかもしれないロープも一つ購入した。

 リアナがどこかに落ちた時にロープがないと引き上げることができないからな。

 あいつはドジなところがあるからこれくらい用意しておいた方が良いだろう。

 そして乗合馬車に向かった。



「あら、意外と早かったじゃない」

「俺は元旅人だぞ? 旅に必要なものは大体わかるからな。選ぶのも早くなるんだ。こっちがリアナの分、どれくらい食べるのか分からないから俺と同じ量買ったけど足りるか?」

「足りるわよっ! ……マントが厚手なのはどうして?」

「行先が鉱山だからだ。偵察ってことは鉱山内に入るわけだから多分気温が低くなる。今はまだギリギリ春だから厚手のマントを用意しておいた方が良いと思ったんだ」

「へぇ、旅人の知恵ってやつかしら」

「そういうことだ、リアナも寒い中野営とか嫌だろ?」

「そうね、正直鉱山内の気温とか考えてなかったわ」

「そういうのはこれから学んでいけばいいんだよ、まだ一年生だろ?」

「同じ一年生に諭されるのはなんか納得いかないわね……」

 なんて言っていると乗合馬車が出発する時間が近づいてきたらしく、乗客がいるなら乗るように促される。

「それじゃあ行くわよ」

「ああ」

 俺たちは乗合馬車に乗ってエルネア鉱山に向かうのだった。




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