第一部 二章 学院の編入生(Ⅶ)
今のところ目立った問題はなし。
ただ、俺が監視されているな。
さっきから尾行されている。
先週と全く同じ状況だ、なんともめんどくさい。
早くお目付け役の編入生は来てくれないかな、なんて考えていると、
「急に黙ってどうしたのよ?」
とリアナが不思議そうな顔をして声を掛けてきた。
尾行されている、なんて事は流石に言えない。
「いや、とにかく俺は背中を刺される心配をする必要はなくて良かったなと思ってただけだ」
「そうね、まあ許嫁がいたら流石にここまで関わったりはしないわよ」
「シャワー浴びるのに男を部屋に招き入れる女の言う事じゃないな、リアナの貞操観念は一体どうなってるんだ?」
「うるさい! あの時は無意識だったのよ、というか別にアンタの事を男とは思ってないわ!」
「じゃあなんだと思ってるんだ? 胸骨圧迫する時に胸に触れて、人工呼吸する時に唇を重ね、シャワー浴びるために部屋にあげた俺のことをリアナは何だと思ってるんだ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「っ! 別になんだっていいでしょ⁉」
「まあこうなるとは思ってたから別に良いけど」
そのやりとりを最後に少しの間無言が続く。
お互いに巡回ルートで問題が起きていないか確認しながら歩くが、少しだけ気まずさを感じる。
そして午前の巡回ルートの周回が終わった。
「リアナ、午前の巡回ルートってここが最後だよな? 昼食食べてかないか?」
「え、ええ、良いわよ」
リアナはまだ気まずさを感じているらしく、返事がぎこちない。
「リアナ、お前まださっきの話引きずってるのか? 何気まずそうにしてるんだよ」
「べ、別に気まずくないわよ」
「そうか……昼食はあの店で良いか?」
「ええ、良いわよ」
そう言いって俺たちは昼食のために店に入る。
そして昼食を済ませ、午後の巡回ルートの見回りを始める。
しかし、巡回中に喧嘩をしている学院生と街の住民を見つけてしまい、平和な巡回は終わってしまった。
「そこの学院生! 今すぐ喧嘩をやめなさい! でないと警備隊の詰所に連行するわよ?」
リアナが警備隊の腕章を見せつけながら告げる。
しかし、
「精霊魔術科の人間が魔術科の俺を連行? 精霊がいないと何もできない癖にバカみたいなこと言ってんじゃねえぞ⁉」
どうやら喧嘩していたのは魔術科の学院生だったらしい。
制服を見た時点で気付くべきだったが、魔術科は精霊魔術科を見下しているのか?
「魔術科とか精霊魔術科とか今は関係ないだろ、街で喧嘩をするなら詰所に連行するって言ってるんだよ」
俺がお互いに必要な事だけを言うと、
「精霊魔術科の生徒が調子に乗ってんじゃねえ!」
なんて言いながら喧嘩していた一人が俺に向かって手を翳してきた。
相手の手の甲が光っている。
あれが刻印魔術か、なんてのんきに考えていると、
「ハヤト、避けなさい!」
とリアナが叫ぶ。
それと同時に炎の槍が相手の学院生から放たれた。
俺はツィエラで炎の槍を断ち切る。
それだけで炎の槍は消滅してしまう。
「は? 俺の炎槍はどこに消えた?」
「さあな? だが、お前は街の警備の依頼を受けている俺に刻印魔術を使用したんだ。問答無用で詰所行きだな」
「うるさい! 精霊魔術科のやつらに捕まるほど俺は弱くねえんだよ!」
そう言って逃亡しようとする学院生。
しかし、俺は身体強化で学院生の腹に一発拳を当て、そのまま気絶させる。
「刻印魔術使用の現行犯確保。リアナ、一旦詰所に戻るぞ」
「ええ、分かったわ」
そうして俺たちは気絶した学院生を担いで詰所まで戻り、事の経緯を説明して学院生を引き取ってもらった。
そして午後の巡回ルートに戻る。
「ツィエラって不思議よね」
リアナが唐突に言う。
「急にどうしたんだ?」
「前にイグニレオを斬った時もそうだったけど、今回の刻印魔術の炎槍も斬っただけで消滅させてしまうなんて……あの炎槍、学院で刻める刻印魔術ではそこそこ威力がある方なのよ?」
「そうなのか? 全く知らなかった。というか学院で刻める魔術刻印自体どんなものがあるのか知らないんだよな」
「アンタは不勉強ね、いいわ、巡回ついでに教えてあげる。学院で刻める魔術刻印の属性は四つ。火、風、土、雷属性しかないのよ」
「水属性はないのか?」
「精霊でもないのに魔術刻印ないと魔術を使用できない人間がどうやって水を生み出すのよ?」
「確かに、刻印魔術で霊威を水に変換できたりはしないのか?」
「できなくはないらしいけど燃費が凄く悪いらしいわ。それで、それぞれ低位の魔術から中位の魔術まで刻印として刻むことができるのよ。さっきの炎槍も火属性の中位の刻印魔術ね」
「あれで中位か、魔術科のあの学院生、随分と精霊魔術科を見下してたけどあれだと戦場に放り込んでもすぐに死ぬだろ」
「どうなんでしょうね、あたしは戦場に出たことが無いから分からないけど、ハヤトに手も足もでなかった事を考えるとあまり活躍はしなさそうね」
「あいつ、身体を動かすより口を動かしてたからな。喋ってる暇があるなら炎槍を二発放つくらいしたら良かったのに」
「刻印魔術の扱いが上手い人は同じ魔術刻印に霊威を流し込み続けて、刻印魔術の連発はしてくるわよ」
「へえ、じゃあ魔術科にも強い学院生はいるんだな。俺はてっきり言い方は悪いけど精霊と契約できなかった貴族の受け皿だと思ってた」
「実際そうでしょ、そして魔術科に入学した貴族は精霊魔術科を目の敵にするのよ。でも卒業後は魔術科の卒業者もある程度仕事はあるから、精霊と契約できなかったからって学院にすら通えないよりマシじゃない? 中には帝国騎士団に所属する魔術科の人間だっているんだから」
「魔術科から帝国騎士団か、それは夢のある話だな」
「アンタは帝国騎士団を目指したりしないの?」
「俺は今のところ何も考えてないよ」
「そうなの、じゃあ卒業前に進路教えなさいよね」
そう言ってリアナは俺の前を歩き始める。
そのまま魔術科についての話をしながら巡回ルートを回り、他は問題なく見回りを終えることができ、そのまま警備隊の詰所に戻る。
「おお、戻ってきたか。すまんな、いつもは問題が発生しにくい場所を選んだつもりだったのだが……」
「いえ、相手が弱かったので大した問題でもなかったですよ。それで、捕まえた学院生はどうしたんですか?」
「あの学院生は学院に連絡を入れて引き取りに来てもらったよ。しばらく謹慎処分でも喰らうんじゃないかね」
「それで反省してくれたらいいんですけどね」
「多分反省しないわよ、魔術科のああいう奴ってバカだから同じこと何度もするし」
「そうなんだよなぁ、大体町で起こる学院絡みの喧嘩とかは魔術科の学院生がほとんどなんだよ」
「魔術科、いらなくね?」
「帝国の戦力を減らさないためにも、精霊契約できなかった貴族のためにも、必要な場所なんだ、あそこはね」
そう言った警備隊のおっさんは遠い目をしていた。
「ともかく君たちはよくやってくれた、依頼はこれで終了だ、もし機会があったらまた頼むよ」
「分かりました、機会があったらまた受けます」
俺たちはそう言って学院に戻り、依頼の受付所で依頼の達成手続きをして、単位五分の一と銀貨六枚を手に入れた。
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