第一部 二章 学院の編入生(Ⅵ)

 午後の実技の講義でリアナの霊威の制御の練習の難易度をさらに上げてみた。

「今日は腕を掴んだりはしないで口頭で部位を指定するから、指定された部位に霊威を集めてくれ」

「分かったわ」

「それじゃ、まず右腕」

「んっ……どう?」

「よし、次、左足」

「え? 足?」

「そうだ、流石に足に触るわけにはいかないから今までは腕だけにしてたが、口頭なら足だって指定できるだろ?」

「へえ、そういうところは気を使ってくれてたのね」

「まあな、それじゃ左足に霊威を集中させてみな」


 リアナが左足に霊威を集中させようと頑張っているが、今まで集中させてこなかった部位なだけあって腕程霊威を集中させることができない。

 しかしそれでも最初よりずっと良くなっている。

「はぁ、はぁ、どう?」

「腕程ではないがまあ悪くはないんじゃないか? 次は右足」

 そうしてどんどん部位を指定して霊威の制御をさせていく。


 実技の講義が終わる頃にはリアナは既に汗だくで疲れ果てていた。

「霊威の制御でこんなに疲れたのは初めてよ……」

「でもこれを当たり前にできるようにならないといざという時、危険な目に合うのは自分だからな、これからも霊威の制御は頑張ろうな」

「ええ、そうね。それと流石に汗が凄いから今日の座学はあたしの部屋で勉強しない? 一度シャワーを浴びたいわ」

 シャワー浴びるのに男を招くのか?

 周囲にいる生徒も目を丸くしている。

「あ、ああ、リアナがそれでいいなら」

「じゃあ決まりね」

 そう言って二人で女子寮のリアナの部屋に向かった。



 そしてリアナは部屋に入ってからシャワーを浴びるのに男を部屋に招いてしまったことに気付いたらしい。

「あ、アンタ! あたしのシャワー中に風呂場に来たら灰にするからっ!」

「今頃気付いたのかよ……大丈夫だ、俺は幼児体型に興味はない」

「誰が幼児体型よっ! このバカッ!」

 そう言ってリアナはシャワーを浴びに行く。

 その間に俺は暇だったのでリアナの本棚にある『公爵令嬢と人型精霊の禁断の恋』というタイトルの小説を手に取って読み始める。


 それから数十分後、リアナがシャワーを浴び終えたらしく部屋に戻ってくる。

「ハヤト、覗きなんてしてないでしょうね……って、アンタなに読んでるのよ⁉」

 そう言って俺の読んでいた本を取り上げる。

「何ってがっつリアナの大好きな本の一つだが?」

「がっつリアナ言うなっ!」

「しかし途中までしか読めなかったが中々面白い内容だったよ、精霊と人間が公爵令嬢を巡って恋の戦いをするとか」

「そんなとこまで読んだの?」

「それで、その本の結末ってどうなるんだ?」

「たしか、公爵令嬢が精霊を選んで精霊と結婚して終わるわ。でも、精霊は悠久の時を生きるけど、人間はそうじゃない。だから最後は寿命で亡くなった公爵令嬢の墓の隣に精霊が寄り添ってる描写で終わるわ」

「へぇ、なんというか切ない話なんだな」

「そうね、人間と精霊じゃ生きる時間が違うから、どうしても精霊の方が長生きしてしまう。そして人間が死んだ後も精霊がその人間のお墓に寄り添い続けるっていうのは悲しいわ」

「……そうだな」

 本当に考えさせられる内容だった。

 俺にとってツィエラは母であり、姉であり、恋人の様でもあるが、俺は人間である以上いつか必ずツィエラより先に死ぬ。

 そうなった時、ツィエラはどうなるのだろうか?

 また新しい人間と契約するのか?

 いや、ツィエラは精霊ではなく妖精だ、契約なんてしてもすぐに人間が死ぬだろう。

 そうなるとツィエラは自由になれるということなのか、なんて考えていると、

「急に黙り込んでどうしたのよ? 具合でも悪いの?」

「いや、何でもない。それじゃあそろそろ座学の講義で分からないところを教えてくれ」

 俺は答えのでそうにないこの問題を考えるのをやめた。



 そしてリアナの部屋で座学の講義で分からなかったところを教えてもらい、明日の依頼の予定を立てて俺は自室に戻ってきた。

「『公爵令嬢と人型精霊の禁断の恋』の結末を知って何か思うところでもあった?」

 なんてツィエラが実体化して聞いてくる。

「まあ、な。俺は人間で、ツィエラは妖精で、一緒に過ごせる時間が限られているって考えると、なんか悲しくなったというか切なくなってさ」

「そんなこと気にしなくていいのよ、気にしてる時間が勿体無いわ」

「それはそうだが、」

「この話はおしまい。たまには夕食を作るの手伝って欲しいわ」

 明らかに気を使われている、ツィエラには敵わないな。

「ああ、分かった。たまには一緒に夕食を作るのもいいな」

 そう言っておよそ二週間ぶりにシチューを食べた。

 上手く切れたと思っていた野菜は、前回ツィエラが作ってくれたシチューの野菜より不格好だった。



 そして二度目の週末。


 ふにふに。

 そんな感触が自分の頬に伝わってくる。

 優しくくすぐったい何かによって俺の意識は浮上していく。

「おはよう、ハヤト」

「おはようツィエラ、朝から何をやってるんだ?」

「可愛いハヤトの寝顔を指でつついてたのよ」

 そう言ってまた俺の頬を指でつついてくる。

「俺はもうそんなことされる歳じゃないと思うんだが?」

「あら、年齢なんて関係ないわよ? 愛し合ってる者同士なら誰でもやってるわ」

「本当か?」

「本当よ? リアナにでも聞いてみたら?」

「あいつに愛する人とかいるのか?」

「あれで公爵令嬢なんだから許嫁がいるかもしれないわよ?」

「だとしたら俺はその許嫁にとって目障りな存在なんだろうな」

「そうね、学院では同じクラスで、隣の席で講義を受けて、昼は同じテーブルで食事をして、実技は付きっ切りで面倒を見て、放課後は座学を教えてもらう。一日の学院生活の半分以上を貴方と過ごしているもの、もし許嫁がいたら背中を刺されないように気を付けなさい」

「朝から怖いこと言わないでくれ……後でリアナに確認しよう」

「それじゃあ朝食を作って来るから顔を洗って着替えなさいな」


 俺は言われるがままに動き顔を洗い着替えて椅子に座る。

「今日はオープンサンドにしてみたわ」

「ツィエラがいると俺がダメ人間になっていく気がする」

「そのまま駄目になっていいのよ? 貴方が死ぬまで一生面倒を見てあげる」

 なんて妖しい微笑みを向けてくる。

「気持ちだけ受け取っておくよ」

 そう言って俺たちはオープンサンドを食べて依頼の受付所へ向かった。



「ハヤト、今日は早いわね」

「おはようリアナ、それでもリアナより遅くなってしまったけどな」

「今回はあたしもまだ来たばかりだから別に良いわよ」

「それよりリアナ、お前に聞いておきたいことがあるんだ。とても大切な話だ」

「え? なによ?」

「リアナには許嫁っているのか?」

「……は?」

「だから、リアナは将来結婚する相手が決まってたりするのかって事だ」

「い、いいいいきなり何を聞いてくんのよ⁉」


 リアナが顔を真っ赤にして聞き返してくる。

「いや、朝ツィエラとリアナには愛する人がいるのか、なんて話をしてたんだけど、リアナは公爵令嬢だろ? だからもしかしたら許嫁がいるかもしれないし、そうなると学院生活の大半を俺と過ごしているのは問題なんじゃないかって話になってな」

「なんで朝からあたしに愛する人がいるのかどうかなんて話をしてるのよ⁉」

「そこについては解答を拒否する。それで、許嫁はいるのか?」

「そ、そんなのアンタに関係ないでしょ⁉」

「おおありだから聞いてるんだ。で、どうなんだ? いるのか? いないのか?」

「い、いないわよ!」

「そうか、良かった」

 俺は心の底から安堵する。

「なんで良かった、なのよ?」

 リアナが睨みながら聞いてくる。

「別に、何でもないさ。今日はどんな依頼を受けるんだ?」

 俺はこの話題は終わりだとばかりに今日の依頼についての話を切り出す。

 しかしリアナはまだ納得していないらしく、

「先にあたしの質問に答えなさいよ!」

 と顔を赤くしたまま詰め寄ってくる。

 しかしその距離があまりにも近く、

「あそこの精霊魔術科の男女、こんな所で痴話喧嘩してるぞ?」

 なんて言われ始めた。

 痴話喧嘩じゃないんだよなぁ、なんて思っていると、

「あ、アンタのせいで痴話喧嘩なんて勘違いされたじゃないのよ!」

「いや、それはリアナがこんな距離まで詰め寄ってきたからじゃないか?」

 なんて冷静に言い返す。

 するとようやく距離が近い事に気が付いたのかリアナがその場から後ずさり、

「あ、あたしは依頼を選んでくるからアンタはそこで待ってなさいっ!」

 と言いながら依頼が貼りだされている掲示板へ行ってしまった。

 しばらく待っていると、リアナが戻ってきて依頼を見せてくれた。

「今日の依頼はこれにするわよ!」

 そういって見せられたのは「街の警備の手伝い」

 報酬は銀貨六枚に単位五分の一。

「随分と旨味の無い依頼だな。単位五分の一だけど良いのか?」

「毎週討伐するのも飽きるでしょ? 時々こういった任務を挟むようにしてるのよ」

「そういうものなのか、分かった、今日はそれを受けよう」

「じゃあ手続きをしてくるわ」

 そう言ってリアナは手続きをしに行く。

 それからほどなくして手続きが終わり、俺たちは街の警備隊の詰所に向かった。

 そして詰所に着いた俺たちは詰所で声を掛ける。

「すいません、街の警備の依頼を受けてきた学院生なんですが……」

「おお、来てくれたか。ちょうど二人だな。いやー良かった、今日巡回予定の警備隊の人間が予定休暇を取っていてな、君たちにはその二人の代わりに街の巡回をして欲しいんだ」

「分かりました。巡回ルートを教えてもらえますか?」

「もちろんだ、巡回ルートはこの地図に記載してあるからそこを夕方までに回ってくれ、もし喧嘩してる民がいたら取り押さえて場合によってはこの詰所まで連れてきてくれ。窃盗した奴は問答無用で捕まえてくれ。あと、この腕章をつけておいてくれ、たまにこれを付けずに巡回した学院生が逆に捕まることがあるから今ここで腕章をつけてから巡回に向かって欲しい」

 そう言われて俺とリアナはこの場で腕章を付ける。

 そして地図を見ながら巡回ルートを回り始めるのだった。

「さて、巡回をするわけだが何も起こらないと良いな?」

「ちょっと! そういうことを言うと何かが起こるってよく言うでしょ? 変な事言うんじゃないわよ」

「悪い悪い」

 巡回と言っても比較的治安の良い場所を指定してくれているため、やはり巡回していても問題は起こらない。

 それどころか街の人たちに今日は君たちが巡回の依頼を受けたんだね、なんて言われるくらいだ。

 恐らくこの巡回ルートは学院生用の治安の良いルートなのだろう。

「……それで、今朝の事なんだけど」

 急にリアナがそんな事を言い出した。

「今朝? 何かあったか?」

「何かあったか? じゃないわよ! なんでいきなりあたしに婚約者がいるかなんて聞いてきたのよ⁉」

「その話はもう終わっただろ? どうして蒸し返すんだ」

「あたしが納得してないからよ! で、なんでそんな事聞いたのよ?」

「朝も言ったけど、俺とリアナは学院生活の大半を一緒に過ごしてるだろ? だからもしリアナに婚約者とかがいたら、俺は背中を刺されるかもしれない、って話をツィエラとしてたんだ。それで怖くなったからリアナに確認したわけだ。」

「それなら最初からそう言いなさいよ!」

「なんでだよ」

「あたしが気になって仕方ないからよ!」

「そんなに気にしてたのか? 別に貴族なんだから婚約者とかいたっておかしくないだろ? たまに誰かに聞かれたりしないのか?」

「あたしの家は恋愛結婚を認めているのよ、ただし霊威の総量が多い人間に限るけどね」

「へえ、公爵家なのに貴族の血が、とか言わないんだな」

「貴族同士の付き合いって面倒なのよ? 嫌な貴族と親戚になってる貴族と結婚してみなさいよ? 地獄を見ることになるわ」

「確かに」


 貴族の婚姻について話ながら巡回ルートを進めていく。

「それに貴族だからって毎回霊威の総量が多い子が産まれる訳じゃないわ」

「まあそこら辺は運と努力だよな」

「それに帝国って結構歴史が長いから、公爵家と釣り合う家系とは過去に婚姻を結んでいる事が多いの。だからたまには平民の霊威の総量が多い人で精霊と契約してる人とかを婚姻相手に選んだりするのよ」

「つまり平民からしたらリアナに選ばれると逆玉の輿って事か」

「言い方悪すぎよっ、でも実際そうなるわね。ま、あたしの目に適う程の霊威を持って精霊と契約している平民がいるなら逆に教えて欲しいくらいよ」

「リアナの目に適う平民となると難しそうだな」

「そ、そうね、そんな平民は多分いないんじゃないかしら?」

「じゃあリアナはそのうち親が決めた相手と結婚することになるんだな」

「それもそれで嫌なのよね……」

「わがままだな」

「あたしの人権を守ってるのよ」

「一度死んだのに人権を主張するのか?」

「まだ言うの? 水死体はもう聞き飽きたわ」

「じゃああたらしいネタを考えないとな」

「考えなくていいっ」


 なんて言いつつ周囲を見て回りながら巡回ルートを回っていく。


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