第一部 二章 学院の編入生(Ⅴ)
翌日、今日も教室でリアナの隣に座る。
今ではここが定位置になっていた。
「おはよう、リアナ」
「おはようハヤト、あんたなんか疲れてない?」
「いや、疲れてはいないが、まあ休日に色々あってだな……」
ツィエラにからかわれたり、ツィエラと丸一日出掛けたり。
「ふーん、まあアンタが依頼のない休日に何をしようが自由だけど、体調を崩さないようにしなさいよ? お互いの単位が掛かってるんだから」
「ああ、分かっているさ」
そう言って今日も講義を受ける。
講義の合間の休憩時間にリアナに分からなかったことを聞いたりして、俺の座学は順調に理解度が深まっていく。
そして午後の実技ではリアナの霊威の制御を見てその都度改善点を指摘していく。
「リアナ、たまには身体強化で霊威の制御をしてみたらどうだ? 前にも言ったろ? 俺は身体強化とかでも霊威の制御の練習をしたって」
「そういえばそうだったわね、どうやったらいいの?」
「まずは全身の身体強化をやってみてくれ」
「分かったわ」
そう言ってリアナは身体強化を施す。
「じゃあその状態で今から俺が指定した体の部位に霊威を集中させて身体強化の全身の割合を変えてくれ。まず右腕に身体強化に回している霊威の四割を集中させろ」
するとリアナは霊威を制御してなんとか右腕に霊威を集めようとしているが身体強化が不安定になってきている。
「ハヤト、これ凄く難しいんだけどほんとにできるものなの?」
「ああ、できるぞ?」
俺は身体強化を施して右手に霊威を四割集めて見本を見せてやる。
「うそでしょ……」
「これってできるようになると結構便利でな? 敵の攻撃が避けられない時に攻撃を喰らう部位に身体強化の霊威を集中させると結構ダメージを軽減できるんだ」
「あたしそんな状況に陥った事ないから実感が湧かないわ……」
「まあでもこれは精霊使いになるならできておいた方が良いだろうしな、とりあえず昔同じ事を教えた経験があるから、それと同じ方法で練習してみるか」
「アンタ人に身体強化教えたことあったの?」
「ああ、孤児院にいた頃にな」
「へえ、じゃあそのやり方であたしにも教えてちょうだい」
「分かった、じゃあ右腕を掴むぞ?」
「えっ?」
リアナが反応する前にリアナの右腕を掴む。
「ほら、今掴まれてる場所に霊威を集中させてみな」
「え、ちょっ、そんないきなり……」
「ほらはやく、こうした方が霊威を制御しやすいらしいぞ」
そう言われてリアナは身体強化に使ってる霊威を右腕に集中させ始めた。
すると先程より霊威が右腕に集中している。
「な? さっきより霊威が右腕に集中しているだろ?」
「うそっ、ほんとだ、こんなことで霊威の制御が簡単になるなんて……」
「他人に掴まれてるとそこに意識が集中しやすいだろ? 霊威もそれと同じだ。中には無意識に攻撃を喰らう箇所に霊威を集める奴だっている。だから霊威の制御能力っていうのは
今度はリアナの左腕を掴む。
「くっ、ううう……」
苦戦しながらもリアナは左腕に霊威を集めようとしている。
しかし、さっきまでやっていた単純な霊威の制御の練習より効率は良さそうだ。
こうして今日はリアナに身体強化を使いながら霊威を制御する練習を教えて実技の授業が終わった。
そして放課後にリアナに座学を教えてもらう。
最近、リアナのおかげで編入前に終わってしまった内容を理解できるようになってきて、ようやく一部の講義についていけるようになり始めた。
夏季休暇に入る前には座学はリアナの力を借りなくてもよくなるかもしれないな、なんて考えながらリアナの話を聞くのだった。
そして寮に戻り紅茶を淹れて一休みしていると、ツィエラが実体化して冷蔵庫の中身を確認してから買い物に行きたいと言ってきた。
「食材がそろそろ無くなるわ、ハヤト、まだ日が出ている間に買い物に行きましょう?」
「そうだな、食材がないと朝食と夕食が食べれなくなるし、買い溜めでもしに行くか」
そう言って俺とツィエラは学院を出て街の食材屋へ向かう。
そこで冷蔵庫に入り切るだけの材料を買い込み、ついでに茶菓子を買って寮に戻る。
「それじゃあ今から夕飯を作るから待っててちょうだい」
ツィエラがキッチンへ行くのを見送ってから俺は今日の座学の復習に取り掛かる。
学院に編入してから早くも一週間が経ったが、中々楽しい日々を送れていると思っている。
リアナに霊威の制御を教える代わりに座学を教えてもらって、新しいことを学んでいき、週末は依頼に出て魔獣の討伐をした。
(日々が充実するっていうのはこういう事なのかな……)
なんて思いながら今日も俺は講義の復習に勤しむ。
そしてツィエラの料理を食べて眠りにつく。
今日も座学はリアナに質問しながらなんとかついていき、実技では身体強化を使って霊威の制御を高めていく。
今となっては俺たちにとってこれが当たり前になっていた。
お互いがお互いの苦手分野を教え合う事でより成長しやすい環境を作る。
学院だからこそできる生徒同士の教え合いに教団にいた頃の二人を思い出し、懐かしみながらリアナに指導していると、
「アンタ、今日どうしたの? 実技の時間になってからなんか寂しそうというか懐かしそうな顔? とでもいうのかしら? そういう顔をしているわよ?」
「ああ、リアナに教えてる身体強化の霊威の制御方法は前に別の人に教えたやり方だって言っただろ? そいつの事を思い出してな、そいつも今のリアナみたいに最初は苦戦してたなって思うと懐かしくて」
「ふーん……それでそいつとあたし、どっちの方が成長が早いの?」
「何でそんな事を気にするんだ?」
「別に何ででもいいでしょ? で、どうなの?」
「リアナの方が成長は早いよ。なんせあいつに教えた時、あいつは十一歳だったからな、流石に十一歳相手にリアナが負けてたら精霊使いの素質はないようなもんだろ」
「十一歳⁉ あんたそんな小さな子にこんな事教えてたの? 出来るわけないじゃない!馬鹿じゃないの?」
「ちなみにその時俺は九歳だったぞ」
「……」
「ふっ、九歳の俺より霊威の制御が下手な十五歳の精霊使いがいるとは夢にも思わなかったよ」
「ぐぬぬぬぬぬ……霊威制御が下手で悪かったわね! 今に見てなさい! アンタなんかさっさと抜いてやるんだから!」
「そうか、じゃあ俺をさっさと抜く為にも霊威制御の難易度を上げるか」
「え⁉ そ、それはちょっと……」
「どうしたんだ? 俺をさっさと抜くんじゃなかったのか?」
「うるさいっ! 良い加減にしないと灰にするわよ⁉」
「できないくせに(笑)」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
事実のためリアナは言い返すことができなくて唸っている。
「それより、霊威制御の難易度を上げようと思っていたのは事実だ。身体強化に使う霊威を少し増やしてくれ」
「分かったわ……これくらいでいいかしら」
そう言ってリアナは身体強化に使っていた霊威をさらに二割ほど増やす。
「ああ、まずはその状態で霊威を無駄なく身体強化に使えるようにする。それができたらまた体の部位ごとに霊威を集中させたりを繰り返して霊威の制御能力を上げていく。前までの実技の霊威の制御より実用的だし楽しいだろ?」
「まあ、それは否定しないわ。それに自室での霊威制御の練習でも上達してるって思う時があるもの」
「そうか、なら教えた甲斐があったな」
「アンタの座学も少しずつ講義に追いついてきてるみたいだし良い我ながら良い取引をしたわね」
「持ちかけたのは俺だけどな」
「考えたのはツィエラでしょ?」
「まあな」
なんて言いながら実技の講義が終わり、放課後にリアナから座学を教えてもらう。
今日も充実した一日だった。
なんて思いながら自室に戻って座学の復習をする。
そしてツィエラの作った料理を食べて一緒に寝る。
そして翌日も同じように霊威の制御を訓練する。
別に実技の講義は霊威の制御だけでなく、精霊魔術などの講義もあるが、最終的に単位が取れたらそれで良いので、リアナは出席はするが霊威の制御に専念している。
「リアナ、今日は精霊魔術の実技なのに霊威の制御の鍛錬で良いのか?」
「構わないわ。精霊魔術だって結局霊威の制御が上手くできないとちゃんと扱えるようにはならないんでしょ?」
「まあ、そうだけどさ。毎日霊威の制御だと飽きたりしないか?」
「まあ、飽きるとは言わないけれど面白味には欠けるわね。でも、これをやるのが最善の道なんでしょ? 霊威の制御をできるだけ鍛えて試験前に精霊魔術の練習をすればいいわ。それよりアンタって実技科目全部免除になったんでしょ? 精霊魔術もできるの?」
「あー、まあできるけどさ、俺の精霊魔術ってそんなに面白いものじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「簡単に言うと地味。精霊魔術って精霊の属性と同じ魔術になるだろ? あとは霊装顕現の武器と同じ系統の武器生成とか」
「霊装顕現の武器と同じ系統の武器生成? なによそれ」
「言葉通りの魔術だよ。例えば俺のツィエラの霊装顕現は剣だろ? なら剣、もしくは剣に似た刃物とかを作れたりする。精霊魔術の中では燃費が悪いからあんまり使わないけど。俺たちが初めて会った時の滝つぼでさ、俺が川魚を鋼の串で刺して焼いて食べてただろ?あの串も精霊魔術で作ったものだ」
「燃費が悪いとか言っときながらそんな事に精霊魔術を使ってたの?」
「俺は霊威が豊富だからな、それに道具をいちいち買いそろえるのって面倒だろ?」
「確かにそうかも」
「そういう点では、俺の精霊魔術は地味だけど便利なんだ」
「じゃあ霊威で剣を作れたりもするの?」
「やろうと思えばできる。けどそれをやるとツィエラが不機嫌になるんだよ。自分がいるのに他の剣を使うのかってさ」
「ツィエラって結構独占欲が強いのね」
なんて話をしながら霊威の制御を鍛え続け、今日も放課後はリアナに座学の分からない事を教えてもらい、お互いの自室へ帰る。
そして自室で、
「私は独占欲が強いわけじゃないわ」
なんてことを実体化したツィエラが言い出した。
「急にどうしたんだ?」
「別に? 精霊魔術で剣を作ると不機嫌になるって話よ。それで独占欲が強いって言われるのは不本意だわ」
「じゃあ今度の依頼で精霊魔術で剣作って良いか?」
「そんな事するなら夕飯作るのやめようかしら?」
「うそうそ、ツィエラがいれば他の武器なんていらないから作らないよ」
「それで良いのよ」
そう言ってツィエラはキッチンへ向かっていく。
やっぱり独占欲が強いじゃないか、なんて思う俺だった。
今週の最終日の昼休み、いつものようにリアナと昼食を食べている時に気になった事を聞いてみた。
「なあリアナ、今まで受けてきた依頼って水棲魔獣の討伐以外になにかあるのか?」
「え? 急にどうしたのよ」
「いや、俺は討伐系の依頼以外を受けた事がないし、そもそも依頼が貼られている掲示板を見たことが無いからさ、どういう依頼があるのかなって思って」
「そうね、魔獣の討伐に指定された場所の調査とか、あとは街の困ってる人の手伝いなんかもあったかしら。でもあたしは魔獣の討伐しか受けた事ないわ」
「どうしてなんだ?」
「それしかできないからよ。主に報酬になる単位の問題で」
「なんというか、辛いな……それで水死体になるなんて」
「良い加減水死体って言うのやめなさいよ! この間汚名返上したでしょ⁉」
「そういえばそうだったな。次はどんな二つ名が付くのか楽しみだ」
「その二つ名ってアンタとツィエラが付けたんじゃない!」
「いや、水死体って言い始めたのは学院長だぞ? 俺たちが名付けた二つ名は『むっつリアナ』と『がっつリアナ』だけだ」
「うそでしょ……水死体って学院長が言い出したの……」
「ああ、それは本当に事実だ」
「うぅ、学院長のあたしに対するイメージが……」
なんて気落ちするリアナを眺めながら昼食を食べるのだった。
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