第一部 二章 学院の編入生(Ⅳ)

 そして街の散策を続ける。

 町の宝飾店の商品をガラス越しに見て最近の宝飾品はあまり主張が激しくないのね、なんてツィエラが言って、

「私が封印される前は馬鹿みたいにキラキラした宝飾品を身に着けている人が権威を持っている、なんて考え方をしていたのよ」

「馬鹿みたいにキラキラしてる宝飾品? ダイヤの指輪とか?」

「リング本体より重いダイヤを使った指輪なんてしている貴族もいたわね」

「それ、いつの時代だよ……」

「さあ? 私も何年前か数えるのは諦めるくらい前の話よ」



 なんて話をして、露店で子供用の玩具を見て、

「俺が普通に暮らしてたらこういう玩具で遊んでたのかな」

 なんてぼやいて、

「そうね、平民の子供は露店で親と買い物に出かけるでしょ? その買い物に行きそうな場所に露店を開いて子供用の玩具を並べるの。そうするとそこを通った親子が露店を見て子供が親に玩具をねだって、根負けした親が玩具を買っていくのよ。だからハヤトも孤児院に来ることが無ければ、そういった未来があったのかもしれないわね」

「そうだな……いや、でも俺六歳の時点で霊威が制御出来ない程多くなって死にかけてたから、孤児院に捨てられなければ六歳で死んでたな」

「そういえばそうだったわね、ハヤトの場合は生き延びる、という一点に限って言えば、孤児院に来て良かったわね。おかげで私と契約できたのだし」

「そうだな、あと生き延びる、の一点だけじゃないさ。途中からあいつらもいてくれたから、仕事が楽しいと思ったことは無かったけど、ツィエラだけじゃなくてあいつらに出会えた事も孤児院に捨てられて良かったって思ってるよ」

「ふふ、そうね。兄妹みたいに仲が良かったものね。姉と、ハヤトと妹の三人姉弟って感じだったわ」

「実際に『私の事はお姉ちゃんって呼ぶのよ』、なんて言ってたしな」

「でも最後までお姉ちゃんとは言わなかったわね?」

「あの時はなんか恥ずかしかったんだよ」

「なら今なら言える?」

「無理だな、恥ずかしい」

「私の事もお姉ちゃんって呼んでくれても良いのよ?」

「勘弁してくれ……」


 そうしていろんな店を見て回っていると喫茶店を見つけた。

「ツィエラ、昼食はここでどうだ?」

「ええ、ここにしましょう」

 昼食には少し早い時間だが、混んでいる時に入るより良いだろうと思い店内に入る。


 店員にメニューを渡されてツィエラと一緒に何を食べるか話す。

「あら、この喫茶店パフェがあるのね」

「パフェは食後だぞ?」

「もう、それくらい分かってるわよ」

 なんてやり取りをしつつ注文を済ませる。


「そういえば、あいつらと仲良くなる前に一度一緒に任務に出たことがあったろ?」

「そうね、その時にハヤトが初めてパフェを食べたのよね」

「懐かしいな」

「あの時みたいにパフェ、食べさせてあげるわよ?」

「俺はもう十五だぞ? 流石にそれは恥ずかしい」

「ハヤトに羞恥心を教えたのは間違いだったかもしれないわね……」

「さらっと怖いこと言うなよ……」

 なんて言ってると注文した料理が運ばれてくる。

 ツィエラと談笑しながら食事をして、結局食後にパフェを頼んでしまった。

 それと一緒にコーヒーも。

「ところでハヤト、気付いてる?」

「ああ、二人、尾行してきているな。尾行の練度からして学院の人間じゃないだろうから、多分帝国の諜報部隊かなんかだろ」

「せっかくのデートなのに邪魔されるのは気分が良くないわね」

「これがデートなのかって疑問はあるが邪魔されるのは確かに気分が良くない。一度捕まえてみるか?」

「ねずみと追いかけっこする時間が勿体無いわ、視線だけ向けて気付いているぞって教えてあげるくらいにしておきましょう」

「そうだな、それに諜報部隊なら手を出してくることは無いだろうし、お目付け役の編入生がくるまでの我慢だ」

「そういえばそんな話もあったわね。結局いつくるのかしら?」

「さあな、できれば面倒な性格じゃない人が良いな」

「そうね、男の監視役だったら追い返しましょう。私はハヤト以外に下着姿を見せるつもりはないわ」

「そういう問題なのか……?」

「そういう問題よ」



 なんて言ってると食後のパフェとコーヒーが運ばれてきた。

「パフェ、食べるのいつ以来だろうな」

「ハヤトがまだ九歳の時の任務依頼じゃないかしら? あの子たちとは別行動で街を歩いている時に私が食べたいって言ってハヤトも同じのを頼んだのよ?」

「あー、確かにそんな感じだったな」

「ハヤトが初めてパフェを食べる時、長いスプーンの使い方が分からなくてハヤトってば困ってたわね」

「ああ、そんなこともあったな。正直、あの場で回りを見て食べ方を真似れば良かったと思ってるよ」

「私はハヤトが焦ってくれて良かったと思っているわ。おかげでパフェ丸ごと食べさせっこできたんだもの」

「あの時の俺はそれがちゃんとした食べ方だと信じてしまったんだよなぁ」

「私としてはそのまま信じ続けてくれても良かったのに」

「俺は真実を知れて良かったと思ってるよ、あいつには今でも感謝してる。『ハヤト君、それは恋人にやることであってパフェ丸ごとそういう食べ方する人はいないよ?』だなんて言われた時はツィエラの事信じるのやめようかと思ったぞ」

「酷いわハヤト、早めに大人の階段を登れて良かったじゃない、世の中にはああやって異性とパフェの食べさせっこをすることすらできない悲しい人間だっているのよ? はい、あーん」

 そう言われて俺は口を開け、差し出されたツィエラのスプーンを受け入れる。

「じゃあ次はハヤトの番ね?」

 そう言われて俺もスプーンでパフェを一口分すくいツィエラの口に入れようとして、ふといたずらを思いつく。

「ほら、ツィエラ、あーん」

「あー、ん⁉」

 ツィエラが口を閉じる瞬間にスプーンを下げてツィエラは虚空を食むことになった。

 してやった、という顔でツィエラを見ると、

「いじわる、どこでそんな事を覚えたのかしら?」

 なんてちょっと拗ねている。

「悪かったよ、ちょっとした出来心だったんだ。ほら、次はしないから」

 そう言ってもう一度スプーンをツィエラに差し出す。

 そして今度こそちゃんとツィエラはスプーンを口の中に収めてパフェを味わうのだった。

 こうして数年ぶりのパフェを堪能し、最後にコーヒーを飲んでいると昼食時になったのか店内が少しずつ混み始めた。



「早めに入って良かったな」

「そうね、おかげでのんびりできたわ」

「そろそろ出てまた街を散策するか」

「ええ」

 そうして会計を済ませて店を出る。


 最後までツィエラには言えなかったが、白いワンピースを着てパフェをすくったスプーンを俺に差し出してきた時、ツィエラが改めて年上のお姉さんっぽく見えて不覚にもドキッとしたことは、このまま秘密にしておこうと思う。


 そして喫茶店を出てから尾行している奴らの方向を見て、声は出さずに口を動かす。

『気付いているぞ?』、と。

 それでも動く気配が無いという事はやはり帝国の諜報部隊なのだろう。

 これが敵意を持った相手だったら、見つかった時点で即座に撤退するはずだからだ。

 少なくともジカリウス教団の暗殺者ならそうするように教えられていた。



 それから俺たちは街の散策を再開した。

 街の噴水広場で遊ぶ子供たちを眺めたり、武器屋に入ろうとして、

「私がいるのにどうして武器屋に行く必要があるの?」

 とツィエラに怒られたり、途中で屋台の食べ物を買って食べ歩いたり、久しぶりにのんびりとした時間をツィエラと過ごした。

 そして夕方が近づくと、街の高台で夕日が沈んでいく光景を二人で眺める。

「綺麗ね、この街にこんなに場所があったなんて知らなかったわ」

「俺もだ、リアナも教えてくれなかったってことはここを知らないのかもな。今度教えてやろう」

「あら、私とのデートで他の女の名前を口にするなんて酷いわ」

 なんて言いながらツィエラがジト目でハヤトを見る。

「わ、悪かったよ。確かに今のは俺が悪い」

「たった一週間くらい関わったくらいでそんなにあの子が気に入ったの?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ、あいつ俺以外に話す相手いないみたいだし、少しくらい気を使ってやってもいいかと思ってさ」

「へぇ、あのハヤトが随分と他人に優しくなったのね」

「俺に心をくれた誰かさんのおかげだな」

「あら、だとしたら自分で蒔いた種になるのかしら?」

「さて、どうだかな」


 沈んでいく夕日を見ながらそんなやりとりをしていると、日が沈み切って街は街灯で照らされ始めた。

「ツィエラ、そろそろ帰ろうか」

「そうね、今日は楽しかったわ」

「ああ、俺もだ」

「またこうして二人で出かけましょうね?」

「そうだな」

 そう言って俺たちは帰路につく。


 その時、ツィエラが腕を組んできたが何も言わずに受け入れて歩いたのだった。


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