第一部 二章 学院の編入生(Ⅱ)

 そして放課後、自室で教科書とにらめっこをしている俺にツィエラが、

「ねえハヤト、そんなに座学で苦しむならリアナに教えてもらえば? その代わりに実技の授業でリアナの霊威の制御を見てあげたら良いじゃない。貴方のその座学のセンスのなさを見てるとそっちの方が効率が良い気がするわ」

 なんて言ってきた。

「俺ってそんなに座学のセンスないように見えるのか?」

「私の目にはそう見えるわね」

 ツィエラが素っ気なく言う。

 そんなにセンスなさそうに見えるのか……

「こればかりは教団にいた頃の名残りね。あそこでは頭で考えて学ぶのではなく身体を動かして覚える方針だったじゃない? だから座学の伸びが悪いのよ」

「あー、確かにそうかもな……」


 ジカリウス教団から抜けて四年経ってもなお身体に染みついた教育方法は健在らしい。

 ならリアナに座学を教えてもらった方が良いのかもな。

 俺は実技が得意で、リアナは座学が得意だ。

 お互いの欠点を補う形でやっていこうじゃないか。

「明日リアナに頼んでみるよ」

「ふふっ、頑張ってね」



 翌日の朝、教室でリアナに声を掛ける。

「となり、座っていいか?」

「何よ急に? 別にいいけど」

「取引をしよう」

「は? 取引? なにを取引するのよ?」

「お互いの時間だ」

「どういうこと?」

「俺は実技の単位を既に確約されてるのは昨日話しただろ?」

「そうね、そしてその時間は教室で自習するそうね」

 少し不満そうにリアナが言う。

「実技の時間、付きっきりで霊威制御の面倒をみてやる、だからこれから毎日放課後は俺に座学を教えてくれ」

「そ、それは良いけど……何かあったの?」

「昨日ツィエラに言われたんだよ、そんなに座学が難しいならリアナに教えてもらえば良いんじゃないかって。代わりに俺が霊威の制御を教えたらお互いの欠点を補いあえるだろうってさ」

「……確かにそれは名案ね。いいわ、これからはあたしが座学をアンタに教えてあげる。その代わりアンタはあたしの霊威制御の面倒を見る。座学を教える時間は実技の時間と同じで良いのかしら?」

「それは放課後にしては長すぎるだろ、放課後一時間くらいでいいよ」

「あら、随分と優しいじゃない、ツィエラに言われるとそんなに素直になるのね」

「別にツィエラは関係ない」

「ちょっとむくれてるところが怪しい」

「なんだよがっつリアナ」

「アンタっ! それ学院で言ったら灰にするって言ったわよね⁉」

 リアナが急に大声を出したせいで教室内が静まり返る。

「あーあ、教室が静まり返った」

 なんて小声でリアナに言ってやる。

 するとリアナも小声で

「誰のせいだと思ってるのよ⁉」

 と返してきた。

 そしてセリア先生がくるまで気まずい時間は続いた。



 昼休み、食堂で俺とリアナは同じテーブルで昼食を食べる。

「アンタのせいで朝はひやひやしたわ」

「スリル、楽しめたか?」

「灰にするわよ?」

「そしたら誰が霊威制御を教えるんだ?」

「うっ」

「まあ今のまま一人で続けたとしても来年あたりで霊装顕現アルメイヤできるようになるだろうから俺が教える必要はないのかもしれないけどな」

「来年って二年生じゃない、もし一年生に霊装顕現できる後輩がいたらどうするのよ⁉ あたしはその時に霊装顕現できなかったら恥ずかしいじゃない!」

「後輩と関わる予定でもあるのか?」

「……仮定の話よ」

「だろうな、なんせ今のクラスでも少し浮いてるみたいだし」


 そういうとリアナはこわばった声音で俺に尋ねた。

「どうしてそう思うの?」

「俺は編入して以来、リアナがクラスの生徒と話してるところを見たことが無い。だからもしかしたらクラスで浮いているのかな? って思ってたんだ」

「……そうね、正直に言うと少し浮いているわ。そして今日が決定打になったと思うわ。主にアンタのせいでね?」

「それは失礼、でも良かったな、こうしてクラスで話ができて、昼休みは一緒に食事ができるクラスメイトができて」

「……何も言い返せないのが悔しい」

「ふっ(笑)」

「ねえ、今の笑みは何? もしかして馬鹿にした? 馬鹿にしたわよね?」

「いや、してないよ、まさかこの広い学院で話し相手がクラスメイトただ一人なんて可哀そうだとか思ってないさ」

「めちゃくちゃ馬鹿にしてるじゃないの! ほんと最悪、アンタ段々あたしに対する態度悪くなってきてない?」

「リアナの扱いになれてきたってことだろ」

「ぐぬぬぬぬぬ……」


 リアナはまた何も言い返せないらしく唸っている。

「というかなんでクラスで浮いているんだ? 別に浮くような性格してないだろ?」

「あたしが公爵家の人間だからってのが大きいんじゃないかしら? この学院の生徒ってほぼ貴族なんだけど公爵家って帝国には三家しかないから関わり難いんじゃない?」

「ローゼンハイツ家と、エレクトリス家、後はテンペスタ家だっけ?」

「そうよ、公爵家同士の関わりは一応あるけどそこまで仲が良いわけでもないし話し相手にはならないのよ」

「貴族って大変だな、俺は平民で良かったよ」


 とそこで思い出したかのようにリアナが話を変えてきた。

「そういえばアンタって週末とかはどうする予定なの?」

「俺はツィエラが出掛けたいって言わない限り依頼を受けて座学の単位の保険を用意しようと思ってる。ちなみに学院長からは特別依頼を回す可能性もあるって言われてるから、その時は悪いが霊威制御の面倒は見てやれないぞ」

「うそっ⁉ 特別依頼ってかなりランクの高い依頼なのよ? それをなんで一年生に回すの?」

「それだけ俺が強いってことだろ」

「まぁ、確かに強くはあるわよね、昨日の模擬戦も何が起こったか分からなかったし」

「俺とリアナが初めて会った時と同じことをしたんだよ」

「それが分からないから不思議なのよ」

「まあ契約精霊の能力や属性ってのはばれないほうが有利だからな」

「そうよね、そのあたり、アンタのツィエラが羨ましいわ、姿を見ただけじゃ属性も能力も全く分からないんだもの。あたしのイグニレオとは大違いね」

「イグニレオは分かりやすすぎるからな……でもかなり高位の精霊だろ?」

「そうね、ローゼンハイツ家に代々伝わる精霊よ」

「代々伝わる精霊? つまり親から子供に精霊契約を受け継いでいるのか?」

「受け継ぐって言い方は少し違うけど、まあ似たようなものね」

「ならどういう霊装顕現なのか見たことは無いのか?」

「代々精霊契約者が変わると霊装顕現も変わるのよ。だから正直なところ自分の霊装顕現がどんな形になるのか分からないのよね」

「なるほどなぁ、難しいもんだな」

「そうね……それで、話を戻すけど、アンタ週末は依頼を受けるのよね? だったらあたしとチームを組まない? チームを組めば受けることのできる依頼の幅が広がるし、報酬の単位も少し高くなるわよ?」

「……悪くないな」

 そうして、俺はリアナとチームを組んで依頼をこなす事になった。



 早速午後の実技ではリアナの霊威制御を見た。

 セリア先生に自習は良いのか? と聞かれたが放課後リアナに教えてもらうと伝えるとなるほどな、と言ってリアナの霊威制御の面倒を一任されてしまった。

そして放課後はリアナに俺が座学を教えてもらう。

 そんな日が続いてようやく編入して最初の週末が訪れた。



 瞼越しに外の光がはいってくるから朝が来たのだと思い目を開く。

「おはよう、ハヤト」

 そして一番最初に目に入るのは、契約妖精の微笑みだった。

「おはよう、ツィエラ」

「今日はどうするの?」

「リアナと依頼を受けようって話になってる」

「分かったわ、じゃあ朝食を用意するから少し待ってて」

 そう言ってツィエラはキッチンへ向かう。

 その姿を見て俺はこの学院に通う男子の中で一番恵まれた環境にいるのかもしれない、なんて思うのだった。



 ツィエラと共に朝食を食べた後、そのまま依頼の受付所に行くと既にリアナがいた。

「遅いわよ、バカ」

「悪かったよ、朝食食べてたんだ」

「まあいいわ、良さそうな依頼を見繕っておいたからアンタがこれで良ければこれにしましょう」

 そう言いながら手渡してきた依頼の書類を確認すると魔獣討伐だった。


依頼の難易度はCランク。

報酬は単位二分の一と金貨一枚。

ただし今回は陸地に縄張りを持つ魔獣だ。

「分かった、これにしよう。水棲魔獣の討伐を選ばなかったのはえらいぞ」

「うるさいわね、一言余計なのよ!」


 そう言ってリアナは受付所に依頼を受ける手続きをしに行く。

 先日の昼休みの話し合いでチームを組むにあたってリーダーはリアナにすることになったのだ。

 理由は簡単、俺が依頼云々の仕組みを知らないからだ。

 だからリアナがリーダーとなってその手続きをしてくれているのだ。

「手続きが終わったわよ、魔獣はこの町の外を歩いて三時間程のところにいるらしいわ、地図も借りてきたから早速行くわよ」

「身体強化使えば一時間で行けるか?」

「あたしがついて行けないわよ!」

「そういえばそうだったな……歩くしかないか」

 そう言いながら学院の外で昼食を買って魔獣退治に向かう。



 学院を出て街を抜け、そのまま街道を進む。

「このまま街道を進むのか?」

「途中で街道から外れて森に入るわ」

 そして街道を外れて森に入り、魔獣の捜索を続ける。

「この森、結構でかいな」

「その分魔獣も住み着きやすいし精霊も多いわ、たまに平民で精霊と契約する人っているでしょ? ああいう人たちはこういうところで精霊と契約するのよ。といっても、低位精霊ばかりだけど」

「そりゃ高位の精霊なんてそんなポンポン出てこないだろうさ。それに、精霊契約は霊威の量が多くないとできない。帝国では霊威の多い貴族同士で婚姻をして霊威を高めてきたから平民の霊威なんて大した量じゃないんだろ」

「じゃあアンタは平民じゃないわね」

「は? なんでそうなるんだよ?」

「前から思ってたけど、アンタの霊威の量っておかしいのよ」

「そうか? 多い方だとは思ってるけど」

「自覚もないの? 普通、精霊は必要な時に呼び出して戦ったりするのであって、常に霊装顕現の状態で持ち歩く人なんていないわ。何故なら霊装顕現しているだけで霊威を消費するから。にもかかわらずアンタはずっとツィエラを霊装顕現している。それって霊威の量がとんでもなく多くないとできないことよ? だから霊威の量がとんでもなく多いアンタは平民だとは考えられない。ハヤトって名前が偽名、もしくは元貴族とかじゃないの?」

「残念ながらどちらも外れだ。俺は本当にただの平民だよ。元々ツィエラと契約したのも、当時六歳の俺の霊威量が多くて身体が耐えきれなくて死にそうになったからなんだよ。ツィエラと契約して、霊威を消費し続けることであの時の俺は命を繋ぐことができたんだ」

「ふーん……まあ契約した経緯については納得したわ。でもアンタが平民ってのはちょっと信じられないわ、ファミリーネーム言わなかったし」

「ファミリーネームも本当にないんだよ、孤児院出身だって言ったの忘れたのか?」

「あ、そういえばそうだったわね……でもなんでこんなに霊威の量が多いのに貴族の養子として迎えられなかったのかしら? 貴族が孤児院で見つけたら真っ先に引き取りそうなものなのに」

「貴族が孤児なんか見ないだろ。貴族にとって孤児ってのは炉端の石と大して変わらないらしいぞ」

「それ、貴族の前で言うの?」

「でも事実だろ? 実際、そんな事を言っている貴族を見たことがある」

「確かに貴族の一部にはそういう考えをしている奴らもいるのは事実よ。でも、そんな考えなんてしていない貴族だってちゃんといるわよ」

「そうだといいな」


 なんて答えて会話を切り上げる、これ以上はリアナに火がついて喧嘩になりそうだ。

「なんで気付かないのよ……」

 リアナが不満そうな顔をしている。

「ん? リアナ、いまなんか言ったか?」

「なんでもない!」

 既に火が付いていたようだ。


 なんて思っていたその時、森が静かになっていることに気付いた。

 小鳥のさえずりすらない。

 ということは、魔獣の生息地に近づいているんだろうな。

「リアナ」

「ええ、分かってるわ」

 そこから先は無言で慎重に進む。


 それから森の中で少し開けた場所を見つけた。

「いたわね」

「あれが討伐対象か、ざっと七体。どうする?」

「アンタが前衛、あたしは精霊魔術で後方支援、それしか取れる戦術がないわ」

「わかった、俺はいつでも行ける、合図をくれ」

「分かったわ……三、二、一、ゴー!」


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