第一部 二章 学院の編入生

 俺はセリア先生の後ろについて歩いていた。

 なんでも最初は全体に自己紹介だけでもさせておきたいから一緒に教室に入るとのことだ。


 そして教室、一年C組に入り、教壇の隣に立つ。

 ざっと見た感じこのクラスは女子生徒の方が圧倒的に多いな。

 まあ精霊と契約できるのは男性より女性の方が多いというし当たり前か。

「全員揃ってるな。先週の休日から顔を見た奴もいるだろうが今日は編入生を紹介する。さあ、自己紹介をしたまえ」

「俺の名前はハヤト、十五歳、縁あってこのアルカディア精霊魔術学院に通う事になったので仲良くしてくれると嬉しいよ」


 できるだけ接しやすそうな雰囲気で話したつもりだが、反応がいまいちだ。どこか失敗したか?

「よし、自己紹介も終わったことだし好きな席に座れ、お前が座ったら講義を始める」

 そう言われたので俺は空席になってる場所を選んで座る。

 そしてそれを確認したセリア先生が、

「では、講義をはじめる────」

 と言って人生で初めて真っ当な講義を受けたのだった。

 そして講義についていけなくて自室で予習と復習に追われる日々になるのだろうな、と俺は絶望した。



 そして一日の講義が終わる。

 どれもこれも初めて聞くような内容で、新鮮な気持ちで、そして少し落ち着かなかった。

 今まで教団では人を殺すための知識のみを与えられてきたのに、ここでは精霊使いとして生きていくための知識を教えてくれる。

 内容が似ているところもあったが、大半は知らない事ばかりなので面白くもあり、難しく、教室で生徒たちと教科書を広げながら講義を受ける平和な学院の雰囲気に慣れるのも少し時間がかかりそうだ。

 唯一の救いは午後の実技が霊威の制御の講義で楽な事だろうか?


 自室に戻るとツィエラが実体化し、

「今日の講義、教団の教え方と違って戸惑っていたわね」

「やっぱり分かるか? これは慣れるのに苦労しそうだ」


 なんて話をしていると、不意にドアがノックされる。

 ツィエラが剣に戻り、ドアを開けると寮監が立っていた。

「寮監? どうしたんですか?」

「ハヤト君、学院長がお呼びだ。至急学院長室に行くように」

「分かりました」

 俺はそのまま学院長室へ向かう。



 寮からでて数分歩き、学院長室に到着して扉をノックする。

「学院長、失礼します」

「ああ、はいりたまえ」

 そう言われて俺は入室する。

 前回みたいに礼儀正しくはしない。

 俺の正体を知ってるから良い子にしてても意味が無いからな。

「それで、用件はなんだ?」

「お前が見つかったと帝国に報告した。結果、行方を眩まされないように監視役が付くことになった。誰になるかはまだ決まっていないが、近々監視役が同じクラスに編入してくるだろう。それと生活費についても申請が通った。まあ、その分卒業後の進路は狭まっただろうがな。」

「卒業後の進路、ね」

「なんだ? 進路に不安でもあるのか? 一生徒の進路相談くらいなら乗ってやるぞ?」

「いや、そういうのは学院で生活しているうちに見つかるだろうから焦らなくて良いってアドバイスを既にもらっている」

「そうか、ならいい。それと初講義はどうだった? ついて行けそうか?」

「編入前の内容が頭に入っていないから少し苦労しそうだがまあなんとかなるだろう。それに最悪依頼とやらで単位を稼げばいい」

「確かにお前からしたら学院の依頼は楽に単位を取得できるご褒美みたいなものだろうな」

「そうだな、少なくとも水死体になるようなヘマはしないさ」

「そうでないと困る。帝国もお前を諜報部隊に入れるために投資をしているのだからな。ああ、そういえば諜報部隊以外からもお前を求める声が出ているらしいぞ」

「何? どこからだ?」

「帝国騎士団そのものだ」

「訳が分からんな、俺は暗殺以外で戦った記録なんてほとんどないはずだぞ?」

「ジカリウス教団トップの暗殺者なら騎士としても十分戦えるだろうし、そうでなくても教えたらすぐに育つだろう、とのことだ」

「なんとも面倒なことで……」

「それと、今後は特別依頼を出す場合がある」

「特別依頼?」

「ああ、並みの学院生には受けさせることのできない依頼だ。もちろん成功した暁には単位はでるし報奨金も出る」

「暗殺か?」

「いや、多くは魔獣や妖精の討伐だ。討伐手段は問わない。もちろん得意の暗殺でも構わんよ」

「分かった。できれば週末に回して欲しい。出席日数が足りなくて単位を落としたとか洒落にならないからな」

「特別依頼は公式な欠席扱いになるから欠席しても単位を落とす要因にはならんよ」

「特別依頼、いつでもいいぞ」

「変わり身の早さがとんでもないな……まあいい、後は今月の生活費についてだ」

「もう支給されるのか?」

「ああ、帝国も急いで用意してくれた。毎月金貨三十枚支給することになった。特別待遇だな。普通の学生は月金貨十五枚くらいで生きているものだが」

「俺の場合は契約妖精も朝食と夕食は食べるんでね、それくらいでちょうどいいさ」

「ほう? 妖精は食事をとるのか?」

「いや、本来は必要ないらしいが料理を作るのも食べるのも嫌いじゃないらしい」

「妖精も人間みたいなことをするのだな……」

 そう言って金貨三十枚を受取る。

 これでしばらくは金に困らないな。

 前回貰った金貨五枚は結局食事と買い物で消えてしまったからあと少しで貧しい思いをするところだった。

「今日の用件は以上だ。退室して構わんよ」

「そうか、分かった」

 そう言って俺は退室して自室に戻り、ツィエラが料理を作ってる間に今日の講義の復習と、俺が編入する前に抗議が行われたであろう内容を学んでいく。

 食事中、

「そういえば、ハヤトと同じクラスにリアナもいたけど気付いた?」

「え? そうだったのか? 全然気づかなかった」

「ハヤトってば講義の内容についていくのに必死だったものね」

「ああ、今回は本当に余裕が無かったよ、この先も座学はそれなりに苦労しそうだ」

「その代わり実技は問題ないでしょうから座学に集中できていいじゃない」

「それもそうだな」

 なんて言いながら食事を済ませ、明日の支度をして今日もツィエラと共にベッドに入る。

 もうツィエラに隣のベッドで寝ろなんて言わない。

 言っても無駄だからだ。

 俺は過去から学ぶ男なのだ。



 そして翌日

 今日の座学も苦労はしたがなんとかついていくことができた。

 そして午後の実技では、精霊の実体化と霊装顕現アルメイヤについてだった。

 精霊魔術科でも霊装顕現を扱える生徒は多くないようで、俺はツィエラと契約していることもあって随分と目立っていたようだ。

 講義の途中、ちらっとリアナの姿を見たが相変わらず精霊の実体化はできても霊装顕現はできないらしい。

 そんな事を考えていると、生徒の一人がセリア先生に俺との模擬戦を申し込み始めた。

 その男も霊装顕現ができるようで、霊装顕現を使える者同士で戦ってみたいらしい。

「だそうだが、ハヤト、君はどうする?」

 選択権は俺にくれるらしい。

「もちろん受けますよ、学院生の実技がどのくらいのレベルか興味ありましたし」

「よし、では他の生徒は離れろ! 二人も少し距離を取れ」

 そう言われて俺はある程度相手の男子生徒から離れて剣を抜く。

 相手の霊装顕現は斧らしく、恐らく一撃を受け止めて力で押し込んでいくタイプだろう。

 まぁ、ツィエラが相手だとそれも意味をなさないが。

 周囲がちゃんと離れたところを確認すると、リアナが俺を見ていた。

 そういえば、リアナは一度だけ俺に精霊をけしかけて一撃で撃破されていたっけ?

 あの時の沙汰の結果はどうなったんだろう……

 なんて考えていると、

「先に言っておくがお互い殺すなよ? 重傷になるような傷を負わせることも禁ずる。なお、精霊魔術の使用は許可する。他に質問はあるか?」

「「ありません」」

 俺と相手の男子生徒が答える。

「では、始め!」

 セリア先生の合図で模擬戦が始まる。

 しかし、どちらも動かない。

 相手の男子生徒はやはり攻撃待ちでその場を動かず、俺はそれを読んでその場を動かなかった。

 そしてしばらくお互い膠着状態が続くと、相手が先に痺れを切らし、斧を構えて攻めてきた。

 俺はその場を動かず防御に徹し、相手の斧とツィエラがぶつかる瞬間を待つ。

 そして斧が振られ、ツィエラで迎撃した瞬間、相手の斧が断ち切られて消滅した。

 俺はそのまま男子生徒の首に剣を添えて、セリア先生を見る。

「そ、そこまで。勝者、ハヤト」

 模擬戦はあっけなく終わった。

 相手の男子生徒は何故? と言わんばかりに自分の手を見ている。

 そして話しかけてきた。

「君の精霊、属性はなんなんだ?」

「そんなの秘密に決まってるだろ」

 そういって答えをはぐらかす。

 自分の契約精霊の属性や能力をむやみやたらと話すのは弱点を教えるのと同義だ。

 普通は隠し通すもののはず。

 それを聞いてきたってことはそういう精霊使いとしての心構えがまだまだなっていないのだろうな。

 俺は使いですらないが。

 そしてそれぞれ霊装顕現の練習に戻る。

 俺は精霊の実体化も霊装顕現もできるからこの講義ではやることがない。



 そんな時、セリア先生に声を掛けられた。

「ハヤト、少しいいか?」

「セリア先生? どうしたんですか?」

「ああ、実技の講義についてなんだが、お前は霊威の制御も学院ではずば抜けて上手い。そして精霊の実体化、霊装顕現も共にちゃんと使えている以上、一年の実技で君に教えることが無いんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、だから君の実技の単位は一番高いものを確約する。だからこれからは実技の講義中は教室で座学の自習でもしていてくれ。編入してきたからまだ座学は追いつけていないのだろう?」

「気付いてたんですか……じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。明日から実技の時間は教室で座学の勉強をすることにします」

「ああ、分かった。済まないな、せっかく編入してきたのに実技で教えてやれることがなくて」

 そう言ってセリア先生は生徒の指導に戻る。

 望外の喜びだな、セリア先生から単位を確定してもらえた。

 次回からはこの講義の時間は教室で座学の勉強に使って良いとも言ってもらえた。

 俺のやりたいことをさせてくれる先生って最高だぜ、なんて思っていると、

「ねえハヤト」

 リアナに声を掛けられた。

「リアナ? どうしたんだ? 講義中に話しかけてくるなんて初めてじゃないか?」

「そりゃいきなり編入生と仲良く話していたら変に勘繰られるでしょうが」

「変に勘繰られる? 何が?」

「……はぁ、まあいいわ。それより、霊威の制御を少し見てくれない? 毎日少しずつ鍛錬はしてるんだけどいまいちどうしたら上達するのか分からなくて」

「ああ、そういうことなら全然いいぞ。とりあえず霊装顕現やってみな」

 そう言うとリアナは霊装顕現をしようと霊威の制御を行う。

 しかし、リアナは霊威の収束が上手くできておらず、手元に集めることができていない。

「リアナ、霊威が全然手元に集まってないぞ?」

「うるさいわね、それはあたしも分かってるのよ」

「ならまず放出している霊威の量を落とすんだ、まずは制御できる霊威の量を見せてくれ」


 そういうとリアナは霊威の放出を抑え、先程の七割程の霊威を制御して手元に集めることに成功していた。

(これは完全に霊威の制御能力が低いからだな、他の生徒と比べるとまだマシ、というより優秀なほうだがこの量の霊威しか制御できないと霊装顕現は今年中には無理かもな)

「リアナ」

「っ、なによ?」

「それが今のリアナが制御できる霊威の量だとしたら霊装顕現は今年中には完成しないと思う」

「っ⁉ どうして?」

「純粋に霊威の制御能力が低いんだよ、前に言ってただろ? 霊威の制御が苦手で中位の精霊魔術までしか使えないって。正直、中位の精霊魔術も少し怪しいんじゃないか?」

「う、うるさいわね、単位はとれそうなのよ、一応……」

「単位取れても制御が上手くできなければ意味ないぞ? 単位を取るために学院に通ってるわけじゃないだろ?」

「そうよ! 精霊使いとして生きるためにここに通ってるのよ!」

「なら霊威の制御の練習をもっと頑張るんだな。自分が制御できる霊威を少し上回る霊威量を制御できるように練習していくのが地道だが一番確実な練習方法だと思うぞ?」


 そういうとリアナは先程ギリギリ制御できた霊威量に少し霊威を足して制御の練習を始める。

 そしてその都度悪い箇所を指摘していく。

 今日の実技はリアナの指導で終わった。


 なんで教師でもない俺がリアナの指導やってんだろうな、なんて思いながら教室に戻ろうとすると、

「ハヤト! 次の実技の時も霊威制御の指導よろしく頼むわよ!」

 とリアナが笑顔で言ってくるが、

「悪いが俺は霊威制御とか実技の単位はもう確定したから次回から実技の時間は全部教室で自習だ」


 そう告げるとリアナは衝撃が走ったような顔をして固まっている。

「リアナ、大丈夫か?」

「うぅ、どうして? どうして編入してすぐに実技でアンタは単位が確定されるのにあたしは霊装顕現できないわけ?」

「そりゃ年季の違いだろう? 前も言っただろ? 俺は六歳の時に精霊契約をしたって」

「そうだったわね、そりゃ霊威の制御能力も単位が確定されるほど上手くなるわよね……」

 と言って落ち込みながら教室に戻っていった。




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