第一部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅵ)

 それから待つこと数十分後、

「待たせたわね、料理ができたわよ」

 そう言ってリアナが料理を運んできてくれた。

 料理は俺がトマトが好きだって話を覚えてくれていたのか、鶏肉のトマト煮込みだった。

「本当に料理ができたんだな……てっきり貴族って自分で料理とかしないものだと思ってた」

「本来ならそうよ、あたしたち貴族がわざわざ料理なんてしなくても家に料理人がいるもの。でもね、学院では料理人はいないわ。そして食堂の料理って結構高いでしょ? だから自炊をする貴族の令嬢が多いのよ」

 と、貴族の令嬢が料理をする切実な理由を教えてくれた。

「なるほどね、それで料理ができるようになったわけか」

「そういうこと」

「人間は食事をしないといけないから大変よね……」


 なんて一人食事をしなくても問題ない妖精がそんなことを言う。


「でも案外楽しいわよ? 料理をつくるもの」

「それには同意するわ。特に食べて欲しい人がいるとより一層やる気がでるのよね」

 リアナとツィエラの意見が一致する。

「それじゃ、食べましょうか」

 リアナの言葉で食事を始める。

「⁉ 本当に美味しいな……」

「そうでしょ? これでも料理は得意なのよ、あたしのトマト料理、気に入ってくれたかしら?」

「ああ、本当に美味いよ、街の食堂とかよりよっぽど美味い!」

「そうね、本当に美味しいわ、貴方精霊使いより料理人の方が向いてるんじゃない?」

「料理人の方が向いてるんじゃなくて精霊使いと同じくらい才能があるのよ!」

 なんて言いながらゆっくりとリアナの料理を堪能していく。


 そしてリアナの料理を食べ終えた後は紅茶を入れてくれた。

「この紅茶、学食の紅茶より上手くないか?」

「学食のものより良い茶葉を使ってるから」

「へえ、流石は公爵令嬢、そういうところはやっぱりお嬢様なんだな」

 なんて言いながら明日の食後の茶葉どうしよう、と考えるハヤトだった。



「それじゃ、御馳走様でした。また明日な」

「御馳走様、美味しかったわ、明日は私の腕に期待していなさい」

「ええ、お粗末様でした。明日の夕食、楽しみにしてるわ」

 そう言って俺たちは部屋に戻って寝る支度をして明日の話をしてから眠りについた。




「ハヤト、起きて、もう朝よ?」

 ツィエラの声で目が覚めていく。

「んぁ、おはよう、ツィエラ」

「おはようハヤト。もう朝ごはん作っちゃったわ、早く顔を洗ってきなさいな」

 そう言われて俺は顔を洗ってテーブル席に着く。

 目の前にはサンドイッチと湯気が立ち昇るコーヒーが用意されていた。

「さあ、召し上がれ」

「ああ、いただきます」

 そう言って朝食を済ませる。

 そして午後になったらリアナが来た時様の食器と食材を買いに行く予定を立てていると、部屋のドアがノックされる。


 もしかして制服の件だろうか?

 と思いドアを開けると、セリア先生が立っていた。

「休日にすまんな、先日言った通り、制服と一年生で使う教科書を持ってきた」

「ありがとうございます。これで明日から講義に参加できます」

「ああ、講義の時間割はこれだ。それぞれに必要な教科書も記載しておいたから忘れずに持ってくるようにな」

「何から何までありがとうございます」

「別に構わんよ、それじゃあ用は済んだので私は失礼する」

 セリア先生はそう言って帰って行った。



 早速テーブルに教科書を出し、俺は制服に着替えてみる。

 サイズは問題ない、そして思っていたより動きやすい。

 なんというか、制服の生地が丈夫なのに伸縮性も兼ねている感じだ。

「この制服、霊威を込められているわね。護符みたいな効果かしら?」

「どうなんだろうな。でもまあいいだろ。どうだツィエラ、制服は似合ってるか?」

「ええ、良く似合っているわ」

 ツィエラはそう言いながら微笑んでいる。

 まるで息子の成長を見守ってきた親の様に。

 それから明日必要になる教科書を用意して、制服を着たまま午後の買い物に行く。

「ハヤトは今夜何が食べたい?」

「ツィエラが作る料理ならなんでもいいよ」

「何でもいいが一番困るのよ」

「そうか?」

「そうよ?」

「じゃあシチューが良いな」

「ふふ、分かったわ」

 そんなやりとりをして金物屋でリアナの食器を買ってから食材屋でシチューとサラダの材料を買って寮に戻るのだった。



「ハヤト、来たわよ!」

 そう言いながらリアナが部屋のドアをノックする。

「おう、上がってくれ」

「お、お邪魔します……」

 なんて部屋に入った途端リアナがしおらしくなった。

「どうしたんだ?」

「よく考えたらあたし、同年代の男の部屋に入るの初めてだわ」

「昨日の俺と同じこと言ってるな。ま、椅子に座ってのんびりしててくれ、ツィエラが料理を作ってくれてる」

「じゃあそうさせてもらうわ。というかアンタは料理しないの?」

「俺はたまにツィエラの手伝いをするくらいだよ。だけど今日は手伝いはいらないんだとさ」

「ふーん……」

 リアナが早速部屋を物色し始める。


 だが残念だったな、リアナが探しているような恥ずかしいものはこの部屋には置いていない、なんせ一昨日入寮したばかりで、それ以前は旅人だったから荷物なんてほとんど持っていないからな。

「アンタの部屋、殺風景ね」

「一昨日入寮したばっかだぞ? むしろなんで入寮してひと月であそこまで自分色に部屋を染めれるのか俺は不思議だ」

「ひと月も生活したらああなるわよ。何よ、せっかくアンタの見られたくないものでも見てやろうと思ってたのに」

「そんな事を考えていたのか、このむっつリアナ」

「むっつリアナ言うなっ!」


 なんてやりとりをしているとツィエラが料理を運んでくる。


「あら、もうできたの?」

「あらかじめ仕込みをしていたのよ」

「そんなに手間を掛けたの?」

「ハヤトには美味しいものを食べて欲しいから」

「ふーん」

「これを愛情というのよ? 覚えておきなさい、お嬢さん」

「そういうやりとりはもういいから早く食べようぜ」

「そうね、それじゃあいただきます」


 そしてリアナがサラダとシチューを食べる。

「⁉ 美味しい! 悔しいけどあたしより料理が上手いわね……」

「年季が違うのよ」

「そりゃそうだ、なんせ俺が九歳の時から料理を作ってくれてるからな」

「九歳ってことは六年前から? そんなに前から作ってるのね……ん? ねえ、アンタたちっていつから精霊契約してるの?」

「俺が六歳の頃からだな」

「じゃあ十年近く一緒にいるってこと?」

「そうね、十年近く一緒に過ごしてきたわ」

「最初の三年くらいは仲悪かったけどな」

「ハヤト? 余計な事は言わなくていいのよ?」

 なんて話をしながら食事が進んでいく。


 そして食後の紅茶を出す。

「悪いな、茶葉はあまりいいやつが見つからなかったんだ」

「そんなの気にしないわよ。むしろ食後に紅茶がでてきたことに驚いたわ。正直、紅茶はでてこないと思ってたから。食後に紅茶を嗜むのって貴族くらいでしょ?」

「確かにそうだな、俺は学食で初めて食後に紅茶を飲んだよ」

「だから食後の紅茶を用意しているだけで貴族を相手にする最低限のもてなしはできてるってことよ」

「本物の貴族様にそう言ってもらえるのは嬉しいな」

「本性はむっつりだけどね」

「むっつりじゃないわよ!」

「確かに、あんな堂々と本棚に並べていたらむっつりじゃなくてがっつりね、これからはがっつリアナと呼びましょうか」

「それほんとにやめてよぉ……」

なんて言いながら食後の紅茶を楽しみ、

「御馳走様、美味しかったわ。ハヤトの弱みを握れなかったのは残念だけど」

「弱み、握られなくて良かったよ」

「そのうち見つけてやるわ! それじゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 そう言ってリアナは帰って行った。


 その後、夕食の後片付けをして、寝る支度をしてベッドで横になる。

 するとツィエラも当然のようにベッドに入ってくる。

「ツィエラ、ベッドはもう一つあるぞ?」

「一緒に寝たいのよ、ダメ?」

「別に、駄目ってわけじゃないけど……」

「なら問題ないわね」

 結局今日も同じベッドで眠ることになった。

 そして俺は明日からの講義を少しだけ楽しみに思いながら眠りについた。

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