第一部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅴ)
翌日、目を覚ますとツィエラは既に起きていたようで俺の寝顔を見てほほ笑んでいた。
「おはよう、ハヤト」
「おはよう、ツィエラ」
「今日の予定はどうするの?」
「とりあえず食堂に行って朝食を食べて、その後は学院の外に出て自炊するための道具や食材を買いに行こうかと思う。あと学院の依頼ってのが気になるからそれについても時間があれば今日中に見ておきたいな」
「じゃあ朝食以外は実体のままでいても問題ないわね」
「問題しかないだろ、昨日自分で言ってたじゃないか。最高位の人型精霊は精霊鉱石に封印される可能性もあるって」
「大丈夫よ、私を封印するならかなり高品質の精霊鉱石を用意する必要があるし、そもそも私は妖精よ? 簡単に人間に捕まるほど弱くないし、なんなら精霊鉱石に込められた霊威を吸収してしまえばただの石になるのだし、私が封印されても契約者のハヤトが助けてくれるでしょ?」
「まぁ、助けるけどさ……」
「頼りにしてるわ、ダーリン?」
なんて言いながら茶目っ気たっぷりのウインクをしてくる。
ここで何か言い返しても自分に勝ち目がないのは長年一緒にいるだけあって分かっていたので、おとなしく食堂へ向かう事にする。
ツィエラのいってらっしゃい、という言葉を聞きながら。
朝の食堂は思っていたより空いていた。
今日が休日だからだろうか?
なんて思いながら自分のテーブル席に着きメニューを選んでいるとリアナがやってきた。
「お、リアナ、おはよう」
「おはようハヤト」
なんて言いながらリアナはふぁぁ、とあくびをしている。
「公爵令嬢が人前であくびなんてはしたないんじゃないか?」
「ここは学院よ? ちょっとくらい良いじゃない」
そう言ってリアナは俺のテーブル席に座る。
そしてお互いに注文を済ませて雑談に興じる。
「昨日は夜更かしでもしてたのか?」
「ええ、昨日アンタと話してやっぱり霊威の制御能力を上げない事にはどうにもならないと思って部屋で練習してたのよ」
「へえ、努力家なんだな」
「努力するのは当たり前でしょ、あたしは卒業する時は学院の主席になるって決めてるのよ」
「主席になったら何か良いことでもあるのか?」
「ただの自己満足よ、悪い?」
「いや、いいと思うぞ」
「それで、霊威の制御なんだけど、ハヤトってどうやって霊威の制御能力を上げたの?」
「俺は……身体強化で練習してたな。普通は身体強化って言うと全身を強化するだろ?」
「そうね」
「でも俺は全身じゃなくて体の一部を強化したりとか、全体を強化しても部位ごとに強化に消費する霊威を増減させたりして色々やってたら霊威の制御が上達してた」
「なによそれ、そんな練習方法聞いたことないわ」
「あとはそうだな、霊威で身体強化をすると自己治癒能力も強化されるだろ? 俺は怪我した時は身体強化で自己治癒してきたからそれで上手くなったのかもな」
「アンタそんなに怪我してたの? 何? 孤児院ではやんちゃだったの?」
「ああ、中々やんちゃだったよ」
暗殺者としての任務をやんちゃで済ませて良いのかは知らんがな。
話が途切れたところで食事が運ばれてきたため朝食にする。
そして食後の紅茶を飲んでいると、
「そういえばハヤト、今日の予定は何かあるの?」
「ああ、学院の外の街で自炊するための道具や食材を買いに行くつもりだ。あと、時間が余ればリアナが受けてたような依頼についてもう少し詳しく知りたいから依頼の受付所に行ってみようかと思ってる」
「ふーん……そうだ、あたしが学院の外を案内してあげるわ」
「いや、学院の外って言ってもただの街だろ?」
「その街で迷子になる人もいるのよ、あたしからの厚意は大人しく受け取っておきなさい」
「なんと恩着せがましい……」
「なんか言ったかしら?」
「いえ、ありがたくご厚意に甘えさせていただきます。」
「ふんっ、最初からそう言っていれば良いのよ。一時間後に学院の正門前に集合で良いわね?」
「ああ、分かった」
そう言ってお互い自室に戻る。
そして自室に戻ってリアナが学院の外を案内してくれることをツィエラに話すと、
「あら? 私とのデートじゃなかったの? 恋人に期待させておきながら他の女を連れていくなんて酷いわ」
なんて言われてしまった。
「別に俺はデートのつもりじゃなかったんだが。あと別に恋人じゃないよな?」
「恋人みたいなものよ。貴方がそうでも私にとってはデートだったのよ。はぁ、せっかくハヤトが久しぶりに私を実体として連れまわしてくれると思ってたのに……精霊界に帰っちゃおうかしら?」
「それは本当にやめてくれ、場合によっては俺が死にかねない。というか、別に二人で出かけるのは別の機会で良いだろ、まずは身の回りの情報を集めるのが先だ。」
「それもそうね、それでいつ出発するの?」
「一時間後に正門前で待ち合わせをしているんだ。あと二十分くらいしたら部屋をでるよ」
「分かったわ」
俺は手荷物を纏め、袋に入れて腰に剣の鞘を差して出かける用意をして時間を潰す。
「それじゃ、そろそろ行くぞ」
「そうね、行きましょうか」
そう言ってツィエラは俺と共に部屋を出ようとする。
「待ってくれツィエラ、何で実体のまま外に出ようとしてるんだ?」
「あら、何か問題でもあるのかしら?」
「いや、腰に鞘差してるのに剣が無いっておかしいだろ」
「ならその鞘は置いていきなさいな」
「どうしても剣にはなってくれないのか?」
「ないわ」
そう言いながら部屋の外へ出ようと入り口に向かっていく。
俺は諦めて鞘を腰から抜いてベッドに立てかけてツィエラと共に正門前へ向かった。
そして正門前へ着いたわけだが、リアナはまだ来ていないようだ。
元々遅れないように少し早めに来ているのだからこのまま待つことにする。
そして待つこと数分後。
「随分と早いのね、待たせたかし……ら?」
リアナがやってきた。
しかし言葉の最後に妙な空白があった。
「ねえ、アンタのとなりにいるのって、もしかしてアンタの契約精霊?」
「ああ、俺の契約精霊のツィエラだ」
俺はリアナにツィエラを紹介する。
「へぇ、ほんとに人型なのね」
「なんだ、疑ってたのか?」
「疑ってたわけじゃないけど、実感が無かったのよ。今まで人型の精霊って見たことなかったし」
やっぱり最高位の精霊って珍しいんだな、なんて思っていると、
「私の話を私抜きでするのはやめて欲しいわ」
と言いながらツィエラが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「なっ⁉ ア、アンタ、自分の契約精霊と何やってんのよ!」
「あら? 腕を組んだだけだったのだけれど、子供には刺激が強かったかしら?」
なんてツィエラがリアナを煽る。
「べ、別に刺激なんて強くないし! それより契約精霊とそんな不純なことするなんて何考えてるのよ!」
「そう言われてもツィエラと街を歩く時はいつもこんな感じだったし」
「そうよ、元々ハヤトは少し目を離すとどこに行くか分からなかったから、こうやって腕を組んでないと見失ってしまうの」
「なんか、親子みたいね……」
「恋人としてしっかり手綱を握っているのよ」
「恋人っ⁉」
「違うからな? リアナ、へんな勘違いはするなよ? 俺とツィエラは人間と精霊だ」
「き、禁断の恋……」
「そうなの、だから私のハヤトを盗らないでね? お嬢さん」
ツィエラがリアナに牽制をする。
お前そんなことのために実体で付いてきたのかよ……
「べ、別にハヤトのことなんてなんとも思ってないわよ!」
「そ、なら問題ないわね」
「話が終わったならそろそろ街に行かないか? 周囲の視線が痛いんだが」
そうなのだ、ツィエラが俺と腕を組んでから周囲の学院生の視線がこちらに向けられているのだ。
休日だから人気が少ないとはいえ学院の正門前なので人通りがないわけではない。
俺は出かける前から既に疲れ始めていた。
「ここが学院生が良く利用している食材を売ってる店よ」
そうリアナが説明してくれる。
「へぇ、本当に学院の近くにあるんだな」
「しかも他の店より少し安いのよ、学院生がちゃんとご飯を食べられるようにってね」
なんとも優しいお店だ。
しかし周囲に食材を売っている店がないということは学院生は本当にここで食材を揃えているのだろう。
さぞかし儲かっているのだろうな、なんて考えていると、
「トマトがあるわね、ハヤトは昔からトマトが好きだったものね、ここで買っていく?」
ツィエラがそう言うが、
「いや、先に調理器具を揃えたいから後にしよう」
「そうね」
「リアナ、悪いが調理器具が売ってる店も教えてくれないか?」
「ええ、構わないわ」
そうして三人は金物屋へと向かう。
街を歩くこと十分ほどで金物屋に到着した。
「金物屋っていうとここかしら?」
リアナがそう言って連れてきてくれた店は包丁からフライパンまで一式揃っていた。
「ここで全部揃いそうね」
「だな、とりあえず包丁とフライパンとフライ返しと……」
と言いながら必要な調理器具をツィエラと共に選んでいく。
「……なんでツィエラまで選んでるの?」
「私が主に料理をするからよ?」
「嘘⁉ 精霊が料理⁉」
「精霊だって人間のやることに興味を持つものよ? 私は人型の精霊だから手足も使えるし、昔はハヤトによくトマト煮込みを作ってあげてたわね」
「そんなこともあったな、ツィエラのトマト煮込み美味いんだよなぁ」
なんて昔のことを思い出していると、
「ぐぬぬぬぬぬ……」
とリアナが唸り声を上げている。
そしてイグニレオを召喚する。
「ねえイグニレオ、アンタって人型になれないの?」
なんて変な質問をしている。
ツィエラに対抗心でも燃やしているのだろうか?
「いや、高位の精霊と契約してるだけでも十分凄いだろ」
俺がフォローするが、
「最高位の精霊と契約しているアンタに言われても嬉しくないわよ! あとあたしだって料理くらいできるんだからね⁉」
なんて料理に対しても対抗心を剥き出しにしてきた。
「本当に料理できるのか? 公爵令嬢だろ?」
「公爵令嬢だからって料理ができないと思われるのは心外だわ! アンタ、今夜あたしの部屋にきなさい! そこであたしの料理の腕を見せてあげるわ!」
なんて部屋へご招待されてしまった。
どうするか考えていると、
「良いわね、お言葉に甘えてお邪魔させてもらいましょうか」
と、ツィエラが返事をしてしまった。
こうして今夜、リアナの部屋で夕飯を御馳走になることが決まった。
今日は依頼の受付所には行けそうにないな。
そして金物屋で買い物を済ませた俺たちは、リアナに街を案内してもらい、喫茶店、家具屋、闘技場などいろんな場所を案内してもらい、夕方になったあたりで最初に案内してもらった食材屋に戻ってきてそれぞれ食材を買い込み、一度自室に戻りリアナのいる女子寮に向かった。
女子寮でリアナに呼ばれていると寮監に伝え手続きをしてツィエラと共にリアナの部屋に向かう。
道中、他の女子生徒がちらほらと談笑していたりしていたが、俺たちを見るなり目を丸くして驚いている。
まさか休日の夜に男子生徒が女子寮に来るとは思ってもみなかったのだろう。
そしてリアナの部屋に到着する。
部屋をノックしてリアナを呼ぶ。
「リアナ、来たぞ」
するとすぐにドアが開き、リアナがよく来たわね、なんて言いながら迎え入れてくれた。
「それじゃあすぐに料理に取り掛かるから座って待ってなさい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
俺とツィエラは椅子に座りリアナの部屋を眺める。
「女の子らしい部屋ね」
「そうなのか? 俺は同年代の女子の部屋に入るのが初めてだから良く分からん」
「そういえばそうだったわね。いい、ハヤト? この年頃の女の子は可愛いものが好きなのよ。だから部屋はぬいぐるみとかで飾ったりするの」
「へえ、ぬいぐるみねぇ……」
そう言いながらぬいぐるみを探すと、イグニレオに似たぬいぐるみを見つけた。
「あのぬいぐるみ、イグニレオに似てるな」
「もしかしたら契約精霊のぬいぐるみを特注で作ってもらったのかもしれないわね」
そんなこともできるのか、裁縫を仕事にしている人は器用だな、なんて思っているとふと部屋の本棚が視界に入った。
「本棚? この学院の教科書ってあんなにあるのか?」
なんて俺が驚愕していると、ツィエラが本棚に収納されている本のタイトルを読み上げていく。
しかも少し大声で。
「えーっと、本棚の中は……『怪盗に攫われたお姫様』、『ご主人様、私はもう我慢できません』、『公爵令嬢と人型精霊の禁断の恋』……」
「ちょっと! アンタなに人の本棚を勝手に物色してるのよ!」
顔を真っ赤にしながらリアナが包丁を持ちながらこちらに走ってくる。
「いや、物色はしてないぞ? 学院の教科書ってあんなにあるのかって話をしてたらツィエラが本のタイトルを教えてくれたんだ。……にしても、中々偏ったジャンルの本を読むんだな、リアナ」
俺がそうからかうと顔をさらに真っ赤にしながらイグニレオを召喚して、
「イグニレオ、こいつらを灰にしなさいっ!」
なんて言いながら俺たちにイグニレオをけしかけてきた。
しかし、イグニレオは襲い掛かってくることなくそのままリアナのベッドに飛び乗り丸まってしまった。
ご主人様と違って契約精霊は賢いらしい。
「ぐぬぬぬぬぬぬ、イグニレオ、アンタまであたしを裏切るのね……!」
「これじゃどちらがご主人様か分からないわね」
ツィエラが更に煽る。
「なんで部屋に呼んだだけでこんな辱めを受けなきゃいけないのよっ! 理不尽だわ! 明日はあたしがアンタの部屋に行くから! 覚悟してなさい!」
「別に構わないけどむっつリアナが期待してるような物は置いてないぞ?」
「むっつリアナってなによっ⁉」
「さっきの本のタイトルからしてそういう本なんだろ? とんだむっつりスケベなリアナ、略してむっつリアナ」
「アンタ、それ学院内で言ったら本当に灰にするから!」
ぷりぷり怒りながらリアナはキッチンに戻っていく。
「……からかい過ぎたか?」
「そうね。でもむっつリアナは良いあだ名だと思うわ」
なんて言うツィエラだった。
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