第一部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅳ)

「ここ、アルカディア精霊魔術学院には二つの学科がある。一つは精霊魔術科、そしてもう一つは魔術科だ。違いは分かるか?」

「精霊と契約をしているかどうかってリアナに聞きました」

「そうだ、精霊と契約できるだけの霊威があり、尚且つ精霊と契約できたのなら精霊魔術という契約精霊の属性と同じ魔術を使えるようになる。その分野をより伸ばしていくための学科が精霊魔術科だ。君も精霊と契約をしているらしいな? 学院長より精霊魔術科への編入指示が出ている」

「そうですね、契約しています」


 ただし、とな。


「それに対して魔術科は精霊と契約しなかった、もしくは契約できなかった人間が入る学科だ。こちらは武器の扱いを精霊魔術科より専門的に学び、それに加えて魔術刻印という一度刻めば霊威を流すだけで使える魔術を精霊の契約刻印の代わりに刻むことで、一つの魔術を使えるようにする特徴がある。霊威の制御能力が高ければ魔術刻印を複数個刻印することもできるが、私の知る限りでは学院生では二つ刻印している生徒がいる。ちなみに武器に魔術刻印を刻むことで使える魔術を増やす人もいる」

「魔術刻印ってどんな魔術でも刻めるんですか?」

「いや、我が帝国で開発され、使用しても問題ないとされたもののみを刻めることになっている。しかし魔術刻印もそれなりに数が多い、そして魔術刻印が一つしかないといっても皆それなりに工夫しているからな、精霊と契約している精霊使いが絶対の世界ではない事はよく覚えておくといい」

 そう言ってセリア先生は学科の説明を締めくくる。

「学科について聞いておきたい事はあるか?」

「じゃあ依頼を受けることによって単位を得ることができる、とリアナから聞いたのですがそれについて聞いても良いですか?」

「ああ、良いぞ。依頼とは、学院内での問題であったり、学院外、つまり学院のある街からの依頼を学院が受理し、それを生徒が受けることで単位を認めることができる。無論、依頼を一つ受けたから一単位貰えるなんて簡単な話ではない。依頼の難易度と成功したかどうかで単位も増減する。ちなみにどの依頼でもあらかじめ依頼の書類の報酬欄に依頼達成時の獲得単位数が記載されているから欲しい単位の数だけ受けるといいさ」

 一番良いのは講義で単位を取ることだがね、と言いながら依頼についての話が終わる。

「ああ、そうそう、依頼についてだが、一人で受けるのも良し、チームを組んで受けるのも良しとされている。もちろん、チームを組んだ方がランクの高い依頼を受けることができるため報酬として貰える単位も多くなる。そして一人だと何かあった時に助けてもらえないからな。私は依頼を受けるならチームを組むことをオススメするよ」

 なるほどね、確かに一人で依頼を受けると危ないってのは実際にリアナで経験したから身に染みて理解できる。

「分かりました。もし依頼を受ける機会があればチームを組んでからにします」



 そう言って次々と学院の説明が続き、全ての説明が終わる頃には日が傾き始めていた。

「これで学院の説明は以上だ。最後に質問はあるか?」

「俺は制服が届くまではこの服装で授業を受けることになるんですか?」

「いや、制服はサイズが合うものを選んで明後日の午前中に届けさせる。それと明日、明後日は学院は休みだ」

「それは良かった。あと食事って毎食あの食堂で食べるんですか?」

「食事はこの部屋で自炊して食べても構わない。それに伴う費用は自己負担だがね。学院の門まで道は長いが、門さえ通ってしまえば近くに食材を売っている店が沢山ある。自炊している寮生は大体あのあたりで買い物をしているぞ」

「分かりました、ありがとうございます。それと食堂での俺のテーブルってどこになりますかね? 流石にまたリアナのテーブルにお邪魔するのはちょっと申し訳なくて」

「ん? 君のテーブルについてか、それならちょうどローゼンハイツの隣のテーブルが空きになっていたからそこを指定しておいた。テーブルに名前が書かれているから見たら分かる」

「準備が早いですね」

「急ぎでやれと言われたのでね、一体君は何者なんだ? 学院長があそこまで忙しくしているところを見たのは初めてだ」

「ただの精霊使いですよ、ちょっと霊威の量が多いだけの」

「実は皇族だった、なんてのはやめてくれよ? めんどくさすぎる」

「俺は平民ですよ」

「そうか、それじゃあ私はそろそろ失礼するよ」

 セリア先生が部屋から出ていくのを見送る。



 そして部屋で一人になると急に音が無くなったかのように感じた。

 こんなに良い部屋で過ごすのは久しぶりじゃないか?

 なんて思っていたらツィエラが実体化する。

「三日後から学院生として生活できるなんて随分と学院長は頑張ったみたいね」

「そうだな、正直最初の方は部屋で待機とか言われるかと思ってた」

「でも、これでただで学院に通えて勉学に励んでそこら辺にいる人間と変わらない生活を送ることができるわ。ようやく貴方の当てのない旅が終わるのね」

「当てのない旅を続けて悪かったな。俺も俺が何をしたいのか分からないんだよ」


 そういいながらベッドに飛び込む。

「やりたい事なんてこれから探していけばいいわ。これから色んな事を学んで、色んな人に出会って、色んな体験をしていけばやりたい事の一つや二つくらい見つかるわよ」


 そう言いながらツィエラもベッドに乗り俺の隣で横になる。

「相変わらず距離感近くないか?」

「あら、嫌だった?」

「別に……」

 ツィエラは微笑みながらこちらを見てくる。

 俺は何を考えているのかは分からない。

 だけどツィエラは俺の考えている事なんて全て分かっているような素振りを見せる。

 これが歳の差ってやつか、ツィエラは今年で何歳になるのだろうか? 

「今失礼なこと考えたでしょ?」

 ほらみろ、やっぱりお見通しだ。

「そんなことないさ」

「ふーん?」


 なんて言って俺の目をのぞき込んでくる。

 相変わらず綺麗な紫紺の瞳だ、なんて見惚れているとそのまま顔が近づいてきて唇と唇が触れ合う。

 ツィエラの唇は仮の契約から本当の妖精契約をしたあの日と変わらない柔らかさで脳が溶けそうになる。

 唇が触れ合っていたのはほんの数秒のはずだが随分と長く感じた。

「愛してるわ、ハヤト」

 なんて言ってツィエラはまた微笑む。

 俺は恥ずかしくなってベッドから出る。

「……食堂行ってくる」

「ふふっ、行ってらっしゃい」

 ツィエラに見送られて俺は顔を赤くしたまま食堂へ向かうのだった。



 食堂に着いた俺はリアナのテーブルに行き、そこから俺のテーブルを探す。

 本当にリアナの右隣のテーブルに俺の名前が書かれたプレートが置かれていた。

 これでこのテーブルは俺専用になったわけだ。

 そのままメニューを見て夕食を決め、ベルを鳴らしてメニューを注文して食事が届くのを待つ。

 しかしここでも周囲から見られている。

(失敗した。もう少し時間をずらしてから食堂に来るべきだったか)


 そんな後悔をしつつももう遅いため、諦めて周囲から向けられる好奇の視線を浴びる。

「あら、アンタのテーブルそこになったの」

 ここで救世主が現れた。

「ああ、学院長が気を効かせてくれてな。俺が分かりやすいようにリアナの隣にしてくれたんだ」

「へえ、そうだったの。あたしもそっち座っていい?」

「ああ、ぜひそうしてくれ」

 リアナが俺のテーブルの席に座る。

「リアナが来てくれて助かったよ。さっきから周囲の目が気になって仕方なかったんだ」

「確かに、学院に制服を着ていない同年代の人とか不審者でしかないものね。なのに捕らえられることもなく、テーブルについて料理を注文してたら好奇の目線にもさらされるわ」

 そう言ってリアナも料理を注文する。

「そういえばアンタ、剣はどうしたの?」

「部屋に置いてきた」

「精霊って霊装顕現アルメイヤの状態で召喚してるだけで霊威を消費するのに送還した、じゃなくて置いてきたってどういうことなのよ……意味が分からないわ」

「あまり常識に問わられない方が良いぞ」

「アンタはもう少し常識に当てはまりなさいよ! 霊威の総量がバカみたいに多いし精霊は常に召喚してるし、身体強化の練度もおかしいんじゃないかってくらい高いじゃない。正直学院に通う必要あるのか、なんて思っちゃうわよ」

「実技、という点なら確かにそれなりにできると思うけど座学というか俺はお勉強なんてものはほとんどしたことがないんだ、だから学院に通う必要はあるさ」

「そういうものなのかしら」

「そういうものなんだよ」

 なんて話をしていたら二人分の料理が運ばれてきた。

 俺の料理はリアナの料理の提供に合わせてくれたらしい。

 そして料理に舌鼓を打つ。



 それから食後の紅茶を飲んでいる時、リアナから相談を受けた。

「ハヤトってさ、どうやって霊装顕現に成功したの?」

「霊装顕現?」

「うん、私ね、精霊契約はできたし精霊魔術も使えるし精霊の召喚もできるんだけど、霊装顕現だけはできないのよ。だから今回の依頼を受けて単位の補填をしようとしてたわけ」

「なるほどね、それで一度水死体になったわけか」

「良い加減水死体から離れなさいよ!」

「それで、霊装顕現だっけ? 霊威の制御が下手なんじゃないのか?」

「うっ、霊威制御はあまり得意じゃないのよね……単位は取得できそうだけど精霊魔術も中位程度の魔術しかまだ使えないわ」

「ならまずは霊威制御能力を上げることだな。それと契約精霊とちゃんと対話したのか?」

「対話? アンタ契約精霊と話とかするの?」

「するけど、逆にリアナはしないのか?」

「あたしのイグニレオは炎獅子だから対話なんてできないわよ」

「ならコミュニケーションとるとか」

「昔からずっと一緒だったわよ」

「なら分からんな、俺は精霊と契約した時から霊装顕現使えてたし」

「はぁ⁉ どうしてよ!」

「契約した当初は契約精霊と仲が悪くてな、逆にずっと霊装顕現の状態でいられたから霊威を吸われ続けてた」

「それはそれで嫌ね……どうやって仲良くなったの?」

「時間が解決してくれたよ。何年も契約してると自然とな」

「へぇ……そういえば契約精霊と対話って言ってたわよね? あんたの契約精霊って人型なの?」

「ああ、人型だな」

「嘘っ⁉ 最高位の精霊じゃないの! どこで出会ったの? 最高位の精霊なんて精霊界から滅多に出てこないのに」

「秘密」

「えーっ、いいじゃない教えなさいよ」

「いやー、夜の紅茶も美味しかったなー。それじゃ、俺はそろそろ部屋に戻るわ。おやすみ、リアナ」

 そう言ってそそくさと席を立つ。

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 そんな言葉を背に自室へ戻るのだった。




「あら、お帰りなさい。食事は美味しかった?」

「ああ、美味しかったよ。でも服装がこれだから周囲の目線が気になって仕方なかったよ。途中でリアナが食堂にきて俺のテーブル席について一緒に食事をしてくれたから助かったよ、ほんと」

「あの炎獅子の精霊使いね。ハヤトの相手をしてくれるのは嬉しいけれど他の女に浮気されるのは気分が良くないわ」

「いや、浮気とかじゃないし俺たち恋人でもないだろうが」

「恋人みたいなものじゃない。もう何年一緒にいると思ってるの?」

「かれこれ九年くらいか?」

「そうね、それだけ長い時間二人でいたのだから人間でいう恋人みたいなものでしょう?」

「二人じゃない時もあったけどな」

「そんなこともあったわね、あの女たちは騎士団の襲撃で捕まったのかしら?」

「どうだろうな、俺は適当に教団から価値のある品をいくつか持って逃げることしか考えてなかったからそのあたりは分からない。けど、今日の学院長の話だと保護された暗殺者は諜報部隊に組み込まれた、とか言ってたし案外そこにいるのかもしれないな」

 二人とも元気にしているといいが、なんてぼやきながらかつてチームを組んでいた二人の少女のことを思い出す。

 そして寝る前に風呂に入り一日分の疲れを流す。



風呂上りにベッドに座りツィエラと話をする。

「そういえば、夕食の時リアナに霊装顕現のコツ、みたいなことを聞かれてな、俺なりにアドバイスする過程でツィエラが人型の精霊だって言ったら凄く驚かれたよ。人型の精霊ってそんなに珍しいのか?」

「珍しいって言えば珍しいけど、精霊界には多少はいるわよ? 人間界に行く時は人間にばれないようにしてたりしてるだけで、人型の精霊は人間界で遊んだりもしてるわ」

「人間にばれないようにしている?」

「ええ、だって人間に見つかったら最高位の精霊と契約するチャンスだ、とか言って精霊契約したい人が攻め寄ってくるでしょ? それに酷い時だと精霊鉱石に封印されてしまうことだってあるんだから」

「精霊鉱石って昔教えてくれた、精霊が人間界で死んだ時に結晶化したもの、だよな?」

「そうよ、そしてその精霊鉱石は霊威を込めて保存することができるし、精霊の依り代にすることもできる。精霊鉱石に精霊を取り込んだ後に封印処置を施せば精霊を封印できてしまう。一度封印されると中から封印を破るのは最高位の精霊だとしても難しいわ、だから人間にばれないようにしているのよ」

「なるほどね、つまりツィエラは人間界にいたところを人間に見つかって精霊鉱石を使ったペンダントに封印されてしまったわけか」

「私は少し違うわよ」

「違うってどこが?」

「最初は私を討伐しようと人間が大勢で襲ってきたのよ。しかも精霊使いじゃなくて魔術師を主力にして」

「それで、どうなったんだ?」

「最終的に吸収できる霊威が無くなってペンダントに封印されちゃったわ。討伐したらいつか同じ能力を持った妖精が生まれるかもしれない、なんて言ってたわね」

「精霊や妖精って同じ能力を持った存在が複数いるって普通の事だよな?」

「そうよ。でも当時は精霊や妖精についてそこまで詳しい人がいなかったし、同じ能力を持った存在が複数いるとは思っていても、私を消滅させても将来同じ能力を持って生まれ変わるかも、なんて考えたんでしょうね。この能力をもって生まれ変わられるより封印してしまった方が楽でしょ?」

「確かに。でもその人たちのおかげで俺が生きてるって考えるとツィエラを封印したことには感謝しないといけないな」

「酷いこと言うのね? 封印されている間、凄い暇だったのよ?」

「確かにそうかもしれないけどさ、ツィエラが封印されて教団に保管されていなければ俺は死んでただろ?」

「そうね。確かにあのままだと貴方は六歳の時点で死んでいたでしょうね」

「最初の頃のツィエラ、凄い冷たかったよな」

「その話、蒸し返さないでくれる? 今は優しくしてるでしょ?」

「はいはい、あの時と比べて甘々になってくれて俺は嬉しいよ」

 もう、なんて言いながらツィエラはベッドに横になる。

 俺もそのまま横になってそのまま眠気に誘われるまま瞼をおろした。

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