第一部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅲ)
リアナは不安そうに俺の顔を見てから、失礼します、と言って退室していった。
これでこの部屋には俺と学院長のみとなった。
「暗殺組織、ジカリウス教団」
「……何のことですか?」
「とぼけるな、孤児院に見せかけ暗殺者を育てる暗殺組織ジカリウス教団で弱冠七歳にして暗殺者のトップになった少年がいたという情報がある。名はハヤトというそうだ。私は当時、帝国騎士として孤児院に乗り込んでいてな、ジカリウス教団の幹部はあの時数名生け捕りにしていてある程度の情報を尋問で聞きだしている。そしてさっきから感じていたその霊威量、間違いない、お前がそうなんだろう? 妖精と契約して生き永らえている妖精使い、ハヤト」
孤児院出身と言っただけでここまで辿り着くのか、なんとか誤魔化したいが、隠し通すのは難しそうだ。
「そうだ、確かに俺はジカリウス教団で暗殺者として育てられ、妖精と契約している。しかしジカリウス教団はもう潰れたはずだ、それとも今も俺の首に懸賞金でも掛かっているのか?」
「懸賞金は掛かっていない。しかし捜索はいまでも続いている」
「何故? 俺はジカリウス教団の馬鹿どもから解放されて自由を謳歌しているところだから邪魔しないで欲しいんだが?」
「その割には水死体を拾って心肺蘇生していたらしいじゃないか」
くつくつと笑いながら学院長が言う。
「確かにさっきの元水死体を俺は助けた。だがそれは俺が真っ当に生きているという証拠にならないか?」
そこで学院長が納得顔をした。
「別にお前を捕らえて殺せ、なんて命令は出ていない。可能なら捕らえて教団の洗脳を解き、リーゼンガルド帝国の諜報部隊に組み込もう、という話がでているだけだ。実際、教団の手から解放された暗殺者の大半が諜報部隊に配属されている。中には普通の生活をしたいと言って自ら働き口を探しに行った者もいたがな。そんな中で数名が未だに見つかっていない。そのうちの一人がお前だったわけだが、まさかのこのこ元帝国騎士の前に出てくるとは思わなかったぞ」
ああ、完全に油断してた。学院なんて帝国騎士の養成所くらいにしか考えていなかった。
まさか当時の帝国騎士が学院にいるなんて考えられないじゃないか。
「それで? のこのこ出てきた俺をあんたはどうするんだ? 先に言っておくが戦闘なら俺が勝つぞ?」
「だろうな。しかしこちらに戦闘の意志は無い。そうだな、どのみちお前が見つかったことは国に報告しなければならん。その間に行方を眩まされても面倒だ。お前、この学院に通う気は無いか?」
「……は?」
「教団から自由になって数年間、別に勉学に励んでいたわけじゃないのだろう? ならせっかくだ、これを機に学院に通って勉学に励み普通の人として生きる道を模索してみてはどうだ? ああ、学費については心配しなくて良いぞ、帝国にお前を見つけた、学院に通わせて動きをある程度規制するから学費を出すように、と進言すればお前一人分の学費くらい帝国民の税金から出してくれるだろうさ」
さて、どうしようか、と考え始めた時だった。
剣が淡い光を放ちツィエラが実体化した。
「いい機会じゃない。ちょうど昨日学園に通ってみたらって話をしたでしょ? しかもただで通わせてくれるんだからありがたく行動を規制されておきましょうよ」
「ほう、そいつが契約妖精か。妖精と契約してもなお生きている人間は本当に初めて見るから驚きだよ」
「あら、人間は私達妖精と契約するには脆弱過ぎるもの、すぐに死ぬのも仕方ないわ。ハヤトは例外よ、例外」
「そうか、例外か。是非ともその例外になった理由を聞いてみたいものだな」
「嫌よ、話す義理なんてないわ」
「そうか、まあいい。それでどうするんだ? 学院に通うか? それともここから帝国騎士と終わりの無い追いかけっこでもしてみるか?」
そう言われるともう答えは決まっているようなものじゃないか……
「学院に通う。それと、学院生でいる間の衣食住もどうにかしてくれ。正直裕福ではないし、なんなら明日の食事にも困るありさまどころか昨日の夜から何も食べてないんだ。さっきの元水死体のせいでな」
「英断してくれてどうもありがとう。衣食住に関しても伝えておこう。まあ、それで卒業後は諜報部隊入りが固くなっていくだけだろうがな。部屋に関してはすぐに伝えて用意させる、お前は学院内の食堂にでも行って食事でもしてくると良い。金は……そうだな、とりあえず金貨五枚を渡しておく。これで明日の朝までは足りるだろう」
そういって学院長が懐から財布を出し、金貨五枚を手渡してくれる。
「ご親切にどうも」
「なに、これくらい構わんよ、後で帝国に請求すれば良いのだからな」
学院長はそんな事を言いながら笑っている。
「じゃあ食堂とやらに行ってくるとするよ」
「ああ、迷ったら元水死体にでも聞け、恐らく受けた依頼の後処理のために依頼の受付所にいるだろう」
それを聞いてツィエラに霊装顕現に戻ってもらい鞘に納め、学院長室を退室した俺は依頼の受付所に行く。
すると本当にリアナがそこにいた。
リアナは俺を見るなり心配そうな顔でこちらに駆け寄ってきた。
「ハヤト! 学院長と何があったの?」
「とりあえず色々話した結果、学院に通うことになった」
「え?」
「で、昨日の夜からどこかの元水死体のせいで食べ物食べてないって言ったら金貨五枚くれて、それで食堂行って食事してこいだとさ。その間に俺の部屋を用意するらしい。食堂の案内はリアナに頼めって言われたから食堂に連れてってくれ」
「え? ええ、分かったわ。……それより元水死体ってなによ」
「リアナの事だろ? 学院長と俺の共通の知り合いでリアナ以外に川で溺れて心肺停止したやついるか?」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「とりあえず、泳ぎの練習でもしてみたらどうだ?」
「うるさい! さっさと食堂に行くわよ!」
そう言って俺はリアナに食堂へ連れて行ってもらった。
アルカディア精霊魔術学院の食堂は華美な場所だった。
そりゃ名家の令嬢令息が通う学院だから金をかけるのは当たり前か。
なんて思いながら食堂をリアナに案内してもらう。
「食堂はまず席を確保すること。基本誰がどこの席に着くかは決まってるからこれから自分が座る席を覚えておきなさい。今日は仕方ないからあたしの席を使わせてあげるわ」
食堂って指定席なのかよ、もっと街の食堂みたいに自由なのかと思ってた。
「悪いな、何分まだ編入すらしていないもんで」
「だから学院長はあたしを案内に付けたんでしょうね」
そんなやりとりをしているとリアナの席に着いたようだ。
「ここがローゼンハイツ家のテーブルよ。さ、早く席に着いて食事を頼みましょう。あたしもお腹ペコペコだわ」
そういえばリアナも昨日の夜から何も食べていなかったな。
お嬢様なのにここまでお腹がすいただとか文句も言わずに依頼をこなした気概は素直に尊敬できる。
「それで、ここのメニューならなんでも頼めるのか?」
「ええ、そしてメニューが決まったらこのベルを鳴らすの」
そういってリアナはベルを押して、チーン……と音が響く。
すると食堂からメイドが出てきて注文を伺いに来た。
俺とリアナはお互いに注文をして料理がくるまでの暇つぶしに先程の学院長室での話に戻る。
「で、結局アンタが学院に通うことになったのは分かったけど、学科はどっちにするかもう決めてるの?」
「学科? 確かリアナは精霊魔術科だったよな、どっち、ってことはもう一つ学科があるのか?」
「そうよ、あたしみたいに精霊と契約している人は精霊魔術科に入って、精霊と契約していない人は魔術科に入るの。違いは精霊使いとしての精霊の使役の講義があるかないか、そして魔術科は精霊と契約しなかった、もしくはできなかった代わりに魔術刻印を学ぶのよ。魔術刻印は精霊契約した時の契約刻印と似ているけど本人の努力次第ではいくつでも魔術刻印を身体に刻むことができるわ」
「魔術刻印? それってその刻印に霊威を流すだけで刻印されてる魔術が使えるってやつだよな? 何個も魔術刻印を刻むなら霊威の制御能力が相当高くないと難しいんじゃないか?」
「そうよ、だから基本的に学生は魔術刻印は一つしか刻まないわ。たまに霊威の制御が飛びぬけて上手いからって二つ魔術刻印を刻む人もいるらしいけど。でもアンタのあの剣、精霊なんでしょ? なら精霊魔術科にするのよね?」
「そうだな、魔術刻印を刻むより自分の契約精霊の属性魔術を鍛えたほうが戦略の幅も広がるだろうし、俺も精霊魔術科を希望してみようかな」
なんて俺の進路の話をしていると食事が運ばれてきた。
俺たちは一日ぶりの食事を楽しんだ。
そして食後の紅茶を飲んでいる時、
「君が編入性のハヤト君で合っているかね?」
と声を掛けられた。
「はい、俺がハヤトですが……あ、もう部屋の用意ができたんですか?」
「そう言う事だ。私はこの学院の教師をしているセリアだ。そして君を部屋に案内した後にアルカディア精霊魔術学院について説明をする。学院の資料も用意してあるから部屋で気が済むまで確認すると良い。あと部屋に着いたら制服を発注するために採寸もする。やることは多いぞ」
「俺が休めるのはまだまだ先なのか……」
「そう言う事だ。早速で悪いが部屋へ案内したいのだが構わないか?」
「ええ、お願いします」
そう言って俺は残りの紅茶を飲み干してリアナに礼を言う。
「リアナ、食堂まで連れてってくれてありがとな。そのうちまた会うだろうからその時はよろしく」
「会う時があったらね」
返事を聞いて俺はセリア先生の案内に着いていった。
食堂を出て、学び舎の外にでて歩くこと数分。
学院の敷地内に色んな建物が立っていた。
そのうちの一つが学院の男子寮らしい。
「ここが学院の男子寮だ。学科ごとに分かれているわけではないから喧嘩など馬鹿な真似はするんじゃないぞ」
男子寮に入りながら会話をする。
「喧嘩を売られない限りは喧嘩なんてしませんよ」
「ちなみに喧嘩に発展した場合、精霊魔術科の生徒の方が罰が重くなる」
「なんで⁉」
「精霊契約をしている精霊使いと精霊契約をしていない魔術師、戦えばどちらの方が強いかなど分かり切っているだろう」
確かに、精霊使いは精霊を実体として召喚してしまえば実質二対一で争う事になる。
数的有利を取れるし霊装顕現として召喚しても対抗できるだけの手段を持つ魔術師は学院生だとそう多くはないだろう。
大体精霊魔術科の生徒が勝つから喧嘩をしないように罰を重くしている訳か。
「分かりましたよ、喧嘩はできるだけ避けます」
「あと異性を連れ込む時は寮長に申請するように」
「部屋に連れ込む異性がいませんよ」
「ローゼンハイツ家の娘がいるだろう?」
「あいつとはたまたま出会っただけで一日程度の付き合いしかありませんって」
「なんだ、つまらん」
この先生、人の人間関係を何だと思ってるんだ?
そうして歩いていると、セリア先生が立ち止まった。
「ここが君の部屋だ」
そう言って鍵を開けて中に入れてくれる。
部屋の中にはベッドが二つ、クローゼットが二つ、大きなテーブルが一つと椅子が二脚ある。
「基本的に寮は二人一部屋なんだがな。今回は空いている部屋が無かったから君はここで一人部屋として使えることになる」
「いいですね、同居人に気を使わなくて済むのはありがたいです」
「そう言ってもらえると助かる。さて、では早速だが採寸を先に終わらせたいのだが構わんか?」
セリア先生が巻き尺を取り出しながら言うので構わないと答え、採寸を済ませた。
「では次にアルカディア精霊魔術学院についての説明をする。とりあえず椅子に座って資料を見ながらにしよう」
セリア先生がテーブルに資料を並べながらそう言うので俺は椅子に座る。
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