第一部 一章 二人の出会いは唐突に(Ⅱ)
依頼の水棲魔獣討伐はあっけなく終わった。
「しっかしこいつでっかいな、確実に大型じゃないか」
「そうね、依頼の情報が間違ってるなんて初めてだわ」
「その依頼の発注側、魔獣の大きさの基準がわからなかったんじゃないか?」
「そんな適当な依頼を学院が受理するとは思えないけど……」
ん? 学院?
「リアナってどこかの学生なのか?」
「そうよ、あたしはアルカディア精霊魔術学院の精霊魔術科の一年生よ」
「へえ、アルカディア精霊魔術学院ってエリートの通う名門校じゃないか」
「すごいでしょ? アンタは学院とかは通ってないの?」
「通ってないし通えるだけの金もないよ。さっきも言った通り数年前まで孤児院にいたんでね」
「……そうだったわね」
「それより、こいつどうするんだ?討伐部位とか指定されているのか?」
「討伐部位がどうのっていうよりこれもう依頼のランクとかも完全に変わってくるかわどうしたらいいか分からないわ……とりあえずこいつを学院に運ばないと駄目かしら」
「そいつ、俺の身長の三倍くらいあるけど運べるのか?」
「何言ってるのよ、アンタも一緒に運ぶのよ」
「俺の手伝いって討伐の手伝いだろ?」
「あたしは依頼の手伝い、としか言ってないわよ? だからこれも依頼の手伝いよ」
「マジかよ……」
そう言って俺はリアナと共に四本足の水棲魔獣をリアナの指示の通りの方向に運び始めた。
最初は面倒でどうしようかと二人で悩んだが、よく考えたら身体強化で引きずって行けば簡単に運べるのでは?と思いリアナに提案したが、
「あたしの身体強化、アンタについていけないのよね……」
なんて事を言っているがそうでもしないと陽が暮れる。
そうしてお互い身体強化で全身を使って水棲魔獣を運ぶが、途中で日が暮れてしまった。
「おいリアナ、日が暮れてしまったがどうする?」
「どうするも何も、今日はここで野営するしかないでしょ」
「何か食べ物持ってるのか?」
「……」
「こいつ、食えるかな」
「討伐対象を食べようとしないでくれる?」
そんな馬鹿な事を言いながら野営の用意をする。
食べ物が無いにしても火は熾しておくべきだし、二人いるなら見張りも交代制でできるから一人よりは楽だ。
「見張りの順はリアナからでいいか?」
「あら、先にさせてくれるなんて優しいじゃない」
「流石にそれくらいはな」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ、交代になったら起こすから、それまで休んでいなさい」
「はいよ」
そう言って俺は手元に剣を置いて荷物の中からマントを取り出し地面に敷いて横になる。
「ねえ、アンタのその剣ってほんとになんなの?精霊を一撃で消し去る武器なんて聞いたことないわよ?」
「企業秘密だ」
「ふーん、まあいいけど」
その言葉を最後に会話が無くなる。
無言の場に焚火の音と周囲の木々が靡く音が聞こえてだんだんと眠気を誘ってくる。
「起きて。ねえ、起きてったら」
「ん……もう交代か?」
「そうよ、だからそろそろ起きて」
気付けば俺は眠っていたらしい。
昔と比べるとありえないくらい平和ボケしたな。
「分かった。地面に敷くものはあるのか? もしないなら俺のマントでいいなら使ってくれ」
「そうさせてもらうわ、それじゃ、おやすみ」
そう言ってリアナはすぐに眠りについた。
今日初めて会った男の目の前ですぐに眠りにつけるなんて凄まじい度胸してるな。
別に何かをするつもりもないが。
そうして一人で周囲の警戒をしていると、相棒が声を掛けてきた。
「ようやくうるさいのが静かになったわね」
「そうだな、今日はなんというか踏んだり蹴ったりだった」
「ならこのまま立ち去ってしまえばいいじゃない」
「流石にそれは可哀そうだろう、ツィエラ」
俺にツィエラと呼ばれた剣は、淡い光と共に人型に変わって俺の側に寄ってきた。
黒く艶やかな長い髪に紺色のドレスを身に纏っている。
「ハヤトって昔と比べて本当に他人に甘くなったわよね」
「それはツィエラもだろ。おかげで俺は今も生きてる」
「それとこれとは話が別よ」
「そうか? それより、ここら辺で魔獣や妖精の気配はあるか?」
「いいえ、ないわ。私がいるのにわざわざ近づいてくる妖精はいないでしょ」
「なら今夜は平和に過ごせそうだな」
「そうね。……ところで、ハヤトは学院とかに興味はないの?」
「興味がないって言えば嘘になる。けど通う手段がないだろ」
「別に今すぐ通う必要はないわ。今からでもお金を稼いで数年後に通ってみるのも悪くないんじゃないかしら? 知識は蓄えておいて損はしないわよ?」
「確かに知識は蓄えて損はしない。だけど俺は精霊使いじゃないんだから無理だろ」
「そんなもの通ってみないと分からないじゃない、それにもしばれたとしても何か問題になるのかしら?」
「……そういえばそうだな、妖精と契約していることがばれて何かまずいことってあるのか? 精々珍しがられるくらいだろ」
「そうね、過去にも妖精と契約した人間はいたらしいし大した問題にはならないわよ」
なら数年間学院に通うための金を稼いで学生になるのも良いかもしれないな。
なんて思っていると、
「すぐに答えを出す必要はないわ。貴方の人生だもの」
ツィエラはそう言って微笑んでいる。
俺は人間で、ツィエラは妖精で。
これまで生きてきた時間も、これから生きていく時間も違う。
そんなツィエラは俺にとっては母のようであり、姉のようでもある、今となっては恋人のようでもある。
ツィエラを契約精霊と偽って学園に通って、三年間学院生として世の中の知識を集めてみるのも悪くないのかもしれないな、と思いながら俺は夜明けの朝日を眺めていた。
「それじゃあハヤト、私は剣に戻るわ」
「ああ、分かった」
そう言ってツィエラは剣になる。
精霊と妖精は元は同じ神霊によって生み出された存在で、違いは人間の敵か敵でないかでしかない。
それ以外は全て同じなのだ。
殺されない限り無限の時を生きるところも。
実体と
「リアナ、そろそろ起きろ、朝日が昇ったぞ?」
「んぅ、あと五分……」
「じゃあ俺はこれで帰るから」
「っ⁉ 嘘よ嘘っ! 起きるからそんなこと言わないで!」
帰ると宣言したら速攻で起きた。
「最初から今みたいに起きていたら良かったんじゃないか?」
「うるさいわね、野営なんて演習以外でしたことなかったからちょっと失敗しただけよ」
「学院の授業の野営とかじゃなくて良かったな」
なんて軽口を叩きながら今日も身体強化で丸焼きにされた水棲魔獣を学院へと向けて運ぶ。
リアナによると昼あたりに学院に到着するらしい。
「そういえばハヤト、アンタ夜中誰かと喋ってなかった?」
やばっ、もしかして聞かれてたのか? とりあえず誤魔化すか。
「いや、誰とも喋ってないが、風の音と聞き間違えたんじゃないか?」
そう言って誤魔化す。
リアナは不思議そうな顔をしていたが、一応は納得してくれたようでこれ以上の追求はなかった。
それからしばらくは他愛もない会話をしながら移動を続け、昼頃にようやくアルカディア精霊魔術学院に到着した。
「ふう、これで手伝いは終わりでいいか?」
「ここまで来たのならちゃんと最後まで手伝いなさい、依頼の報告まで一緒に行くわよ」
「へいへい」
昨日の昼から何も食べておらず、気性の荒いお嬢様の相手で疲れていた俺は、もう反論する気力も残っていなかった。
そのままリアナと水棲魔獣を運ぶ。
道中、学院の生徒だろうか? そんな人たちに見られながらひそひそと何あれ? なんて囁かれているのが聞こえる。
リアナを見ると恥ずかしそうな顔をしているので自分が馬鹿なことをしている自覚はあるのだろう。
「ここが依頼の受付所よ」
そういってようやく水棲魔獣の運搬から解放された俺は、リアナが受付の担当に今回の依頼について報告をしているのを眺めている。
そして周囲の人から俺は凄く見られている。
なにせ学院の制服を着ていない人間が学院の中にいるのがおかしいのだろうからな。
そう考えるとリアナには早く帰ってきて欲しくなってきた。
しかし、この学園の制服は二種類あるのか。
リアナが来ていた白いブレザーに白いプリーツスカート、男は白いズボンなのだろう。
それとは別に黒色のブレザーに黒のスカートとズボン。
そういえばリアナは精霊魔術科とか言ってたっけ? つまり黒いブレザーは別の学科なのだろう。
そんな考察をしているとリアナが戻ってきた。
「今から学院長の元に行くわよ」
「おう、いってらっしゃい」
「アンタも行くのよ!」
「なんでだよ……」
そう言いながらリアナの後ろについていく。
それから少し歩いて、今、学院長とやらがいるらしい部屋の前にいた。
「俺まで学院長のもとに必要あるか?」
「あるからアンタを連れてきてんのよ」
そう言ってリアナは学院長室の部屋をノックする。
「学院長、精霊魔術科一年のリアナ・ローゼンハイツです。入室してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ、はいりたまえ」
女性の声で返事が返ってきた。
「行くわよ」
「ああ」
そんな短いやりとりをして学院長室に入る。
「失礼します」
リアナが丁寧に入室したから俺も真似して、
「失礼します」
と言って部屋に入るとリアナが目を見開いていた。
お前は俺を何だと思ってるんだ……
「ふむ、来たか。今回の依頼については聞いている。中型の水棲魔獣の討伐という依頼のはずが、出てきたのは大型の水棲魔獣だったそうだな」
「はい、しかしなんとか討伐できました」
「討伐したことは誉めてやろう。しかしだリアナ・ローゼンハイツ。君は溺れて心肺停止していたそうだな」
「っ⁉ ……はい」
「火属性の精霊と契約している君が水棲魔獣の討伐をする必要はないだろうに。それとも単位が足りていないのか?」
「あ、その、一部単位が危うくてその補填をしようと思い依頼を受けました」
「……なるほどな。それで、そちらの少年がリアナ・ローゼンハイツを救ってくれたのだな?」
「はい、あたしはこちらのハヤトに心肺蘇生を施して頂き無事に帰還することができました」
凄い感謝してる風に言ってるけどお前息を吹き返してから開口一番になんて言ったかもう忘れたのか?
「そうか、ハヤトといったな。この度は当学院の生徒の命を救ってくれたこと、心から感謝する」
「いえ、たまたま釣り上げたのがリアナだったので、成り行きですよ」
「ん? 釣り上げた?」
学院長が首をかしげる。
その瞬間、俺の足をリアナが全力で踏み抜いた。
いっっっったああああああああああ!
こいつ、そこまでするか? まさか自分の都合の悪いところだけ伏せようとしてないか?
そっちがその気ならこちらも徹底抗戦してやる!
「はい、川の下流で昼食用の魚を釣っていたのですが、何故か釣り針にリアナがかかりまして、最初は水棲魔獣が人間に擬態しているのかと思ったのですが、いつまで経っても襲ってこないので人間と判断して陸に引き上げたんです。そしたら呼吸をしていないし心肺停止までしていたので、必死に心肺蘇生をしました。なのにリアナは意識を取り戻した直後、開口一番『アンタ、何やってんのよ?』ですからね、俺は涙がでそうでしたよ」
全部言ってやった。
どうだリアナ、足を踏んだ代償はでかいぞ?
「リアナ・ローゼンハイツ、君は命の恩人に何をやっているんだ……」
「挙句の果てには変態とか言って精霊をけしかけてきましたね」
その言葉を聞いてリアナの顔は真っ青になり、学院長は真顔になる。
「リアナ・ローゼンハイツ」
「……はい」
「彼の言葉は、事実か?」
「……はい」
「君の契約精霊は獣型、つまりは高位精霊のはずだ、それを学院生ですらない人間にけしかけるとは何を考えているんだ?」
「それは……」
流石にこれ以上は可哀そうか。
自分で引き起こしておいてなんだが助け船でもだしてやるかね。
「学院長、発言してもよろしいですか?」
「構わんよ、何かね?」
「確かに精霊をけしかけられましたが、その精霊は撃退していますので特に問題は起こりませんでしたよ」
「何? 精霊を撃退? 君は精霊使いなのか?」
「まあ、はい」
リアナが目を見開く。
薄々気付いていそうではあったが、確信は無かったようだ。
「ほう、その剣が君の精霊か? 常に霊装顕現として用いているとは相当霊威量が多いと見た」
「今まで比べる対象がいなかったので良く分かりません」
「君は学院の初等部や中等部に通ってはいなかったのかね?」
「俺は孤児院出身ですので」
そう言うと学院長がまた真顔になった。
「その孤児院とは、この国の孤児院の事かね?」
「はい、と言っても、数年前に潰れましたけど」
嘘は言っていない。
本当の事も言っていないが。
わざわざ馬鹿正直に全てを話す必要はない、孤児院の話をしてから学院長の雰囲気が変わったことから、もしかしたらあの時の事に関わっていたのかもしれないからな。
そして学院長が何かを考えるように黙り込む。
それから部屋が沈黙に包まれ、突然学院長が精霊魔術で氷の刃を放ってきた。
リアナは驚いて固まっているが、俺はツィエラで氷の刃を粉砕する。
「……なるほど。ハヤト、お前はあの孤児院の出身だな」
何故ばれた? 孤児院なんて何処にでもあるはず、そして潰れる孤児院もそれなりにあるはずだ。
なのに今の攻撃といい「あの孤児院」、という言い方は、まるで自分の過去を知られたかのようだ。
「リアナ・ローゼンハイツ」
「は、はい」
「退室したまえ。今回の学院外の人間に精霊をけしかけた件については追って沙汰を下す。今はこいつが先だ」
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